奥の手

 全員総当たりで軽く手合わせしてみたところ、やはり一番弱いのは俺だった。竹代と徹子は俺よりは強いが初心者の域を出ない。ケイは変人部の中では圧倒的に強い。ケイ対かすりの勝負は一応かすりが勝ったものの、かすりに言わせるとケイの実力は自分と互角くらいではないかということだった。


「さて、この結果をふまえてまずはオーダーを決めるわけだが……、今日はもう遅いから明日にしないか?」


 竹代の提案は最もだった。午後五時半を過ぎて、もう日が暮れかかっている。

 俺たちがうなずくと、竹代は「じゃあ解散」と言って、率先して鞄を肩に引っ掛けて帰り支度を始めた。


「今日の夜は各自、自宅で適当にチェスの練習でもして、明日の放課後図書室に集まろう」


 そうして俺たちは、チェス部の部室を後にした。



 翌日の放課後、いつものように俺は図書室へと向かった。斜め後ろにぴったりと寄り添うように徹子がくっついてきている。

 さて、今日はチェスの五番勝負の戦略を練ってオーダーを決めるんだったな。チェスが弱い分、戦略面で何か有意義な意見でも出して、チームの勝利に貢献しなければ。そう思って、昨日の夜から少し戦略について真面目に考えていたんだよな。さて、作戦会議を始めようか。

 そんなことを考えながら図書室の扉を開けると、ケイ・竹代・かすりの三人はもう来ていた。


「あっは。ようやく来たねお二人さん。実は、昼休みにケイとかすり嬢と相談して、もうオーダーを決めてあるんだ」


 竹代が、入室した俺たちを見るなりそんなことを言った。


「なんで俺らに内緒で決めるんだ?」


 俺が不満を漏らすと、竹代は「すまんすまん」と、右手のひらを顔の前に持ってきて謝罪のジェスチャーをした。


「実は今回の勝負に際して、『奥の手』を容易しておきたかったんだ。そしてその奥の手は、仲間にすらもなるべく隠しておきたいものなんだ」


「奥の手?」


「ああ、だがこの奥の手、はっきり言って物凄くアンフェアなんだ。これはチェス部の部室を賭けたかすり嬢のための勝負だから、かすり嬢がアンフェアなやり方を良しとしないならばこの手は不採用とせざるを得ない。だからかすり嬢には相談した。

 そして、変人部の頭脳担当であるケイの意見も聞いておかねばならないと思った。だが、それ以外の二人には、黙っておきたい内容なんだ」


 何やら竹代には、秘密の作戦があるらしい。別に俺や徹子を信頼していないわけではなく、リスク管理のために極秘事項は必要最低限の人物にしか知らせたくないのだという。


「なんか釈然としないけど、まあいいや。その奥の手とやら、結局使うことになったのか?」


「かすり嬢が言うには、相手がフェアプレイで来る限り、たとえ負けそうでもアンフェアな手は使いたくないそうだ。試合の流れを見て、相手がアンフェアだと感じたら、奥の手に対するゴーサインを出すとのことだ」


 かすりの話では、部室には兄の世代の部員たちが残したトロフィーや写真などがあるので守りたいが、勝負を受けた以上はフェアプレイで負けたら部室を諦める覚悟はあるのだという。ただし、もしも生徒会が何か卑怯な手を使ってくるならば、こちらも奥の手を使わせてもらう。ということだそうだ。


「それを踏まえてのオーダーだが、一番手ケイ、二番手由明、三番手かすり嬢、四番手が私で、五番手が徹子、という布陣で行く」


 昨日の生徒会長が提示した条件によると、五番勝負で一番ごとに先手後手を交代し、こちら側の先手が三回まわってくるという取り決めだったはずだから、奇数番はこちらが先手、偶数番は向こうが先手ということになる。有利な先手を取れる奇数番に棋力のあるケイ・かすりを配置し、確実に最低二勝は確保しようという戦略だろう。


「そして俺はもちろん、引き分け狙いで行けば良いんだな」


「ああ、私もそうだ。徹子は基本的には引き分け狙いだが、こちらの先手だし最終試合ということもあって、条件さえ揃えば勝ちを狙えるように、相手を詰ませるためのエンディングの定跡も覚えてもらう」


 それって大丈夫なんだろうか。徹子は破壊的なこととか、反社会的なことに関するスキルは異常な速さで習得するが、まともな知識はそんなに飲み込みが早い方ではない。竹代と徹子の順番は逆の方が良くはないだろうか。


「いや、徹子のほうがメンタルが強いから最終試合に向いているし、奥の手を使うタイミングはおそらくかすり嬢の試合が終わった直後になる。その次が私の順番である必要があるんだ」


 奥の手がどういうものか分からないのでいまいち話が見えないが、とりあえずここは竹代の立てた作戦を信じることにして、あとはチェスの腕を磨くことだけを考えることにしよう。

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