勝負

「部室を明け渡せ、ちゅうのはどういうこっちゃ。いくら生徒会でもそんな横暴許されへんやろ」


 かすりが、眉間にしわを寄せて怒りの表情が作った。


「先日こちらの十万石とまいしさんが、高校将棋選手権の全国大会に出場したことはご存知ですよね」


 噛みつきそうなかすりの表情に構わず、やま生徒会長は淡々と説明する。


「県予選を勝ち抜いただけでも素晴らしい実績ですが、残念なことに全国大会では初戦敗退してしまいました。彼がもっと強くなるためには、将棋に打ち込める環境が必要です。なのに将棋部には部室すらない。それでは環境が整っているとは言い難いです。そこで部員わずか一人の、なんの実績もないチェス部には涙を飲んでいただいて、将棋部へ部室を提供しようというわけです」


「ふざけるなや! チェス部かて、チェスの全日本ジュニア選手権で三位になったりしとるで」


「二年前に、今は卒業してしまった貴方のお兄さんが一度だけ、ですよね。唯一の現役部員である貴方は、校外での公式試合に勝ったことがない」


 かすりは、「ぐっ」と言葉に詰まった。


「生徒会としては、校外での実績のある部活を優遇したいのです。我が校のアピールになりますので」


「お言葉ですが狭ノ山先輩」


 竹代が口をはさむ。


安場あんばさんは私たちにチェスを教えてくれていたんですよ。部外の生徒にその競技の楽しさを教えるというのも、立派な活動でしょう?」


「ええ、立派な活動ですわね。ですが、貴重な部室を割り当てるに足るほどではありませんわ」


 文連委員長の岩槻いわつきが答える。狭ノ山も上品で丁寧な喋り方をするが、岩槻はもっと極端な、アニメのお嬢様キャラしか使わなそうな「ですわ」口調で喋る。


「仮に貴方がたがそれで興味を持ってチェス部に入ったとして、対外試合で立派な成績を残せるようになるのはいつになるのかしら。我が校の名を高校チェス界に轟かせるのはいつになりますの? 卒業までにそのレヴェルに達することがお出来になって?」


「……できるかも、しれへんやろ」


 かすりが、怒りの表情のまま言う。


「お兄ちゃんが三年前にチェス部を作った時、他の創部メンバー三人は初心者やった。在学中にメキメキ強なって、今ではそん中の一人はFIDEが認定するキャンディデイト・マスターいう資格の条件をそろそろ満たせそうな腕前や。こいつらかてもしチェス部に入ったら、来年ごろにはわたしより強なってるかもわからん」


「……へえ、そんなに上手くいきますかしら」


 岩槻は、冗談はよしてくれとでも言いたげな、笑いをこらえた表情で言った。


「例えば、の話ですけれども、昨年の学園祭で、こちらの十万石さん監修の元で我がマイコン部が制作した将棋ソフトを展示いたしましたのはご存知でして?」


「知っとるで。なんやあれ全国大会出場者が監修してたんか。将棋はチェスほど得意やないわたしでも勝てたで。ちょっと上手い素人なら勝てるレベルや。まあ学園祭の展示やから、素人としか対戦しないんやから妥当な難易度やけどな」


「そのプログラムをチェスに改変いたしましたものを、今年の学園祭に出すために鋭意製作中ですの。あと数日で完成いたしますわ。そのプログラムにそちらの初心者さま方が勝てるようになるまでに、どのくらいの期間が必要ですかしら」


「つまり『ちょっと上手い素人』レベルになるには、ってことか。素質ある奴やったら一ヶ月でいけるやろ」


 かすりの答えに、岩槻は少し嘲るような笑みを浮かべた。


「そのペースでは、卒業までに何らかの実績を残すことなどできませんわ。ちょっと上手い素人程度なんて、二週間かそこらで到達していただかないと」


「二週間でも、できる可能性はゼロやないで」


 かすりと岩槻のやり取りを静観していた狭ノ山が、おもむろに口を開いた。


「でしたら、試してみましょう」


 一同の視線が、一斉に狭ノ山へ向く。


「再来週の週末、安場さんを含めたあなた方と、マイコン部の製作したチェスソフトとで対決してもらいます。あなた方が勝ったら部室の接収は撤回いたします」


 俺たちはなにやら、妙なことに巻き込まれてしまったようだ。

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