生徒会、襲来

 チェス部の部室は、クラブハウス棟の三階のつきあたりにあった。文化部の部室は体育会系の半分の広さしかなく、俺たち五人が入ると若干狭く感じた。


「んで自分ら、チェスについてはどんくらい知っとるんや」


「りろんはしってる」


 とケイ。ケイが『理論を知っている』と言う場合、座学で学べることはすべて学びつくしているとみていい。実際の対戦経験は浅くとも、定跡や戦術に関して深い知識があるはずだ。


「私は、駒の動かし方が分かる程度だね」


「私はそれすらわかんないよー」


 竹代と徹子が口々に応える。


「残りのあんたは?」


「ダイの大冒険読んだから色々知ってるぞ。チェックメイト後のキャスリングは反則だとか」


 かすりはダイの大冒険を知らなかったようで、いまいちリアクションが薄い。


「メイトじゃなくてもチェックされとる時はキャスリングでけへんで。キャスリングでキングが移動する途中経路に敵の駒が効いててもアウト」


「あとは、駒がオリハルコンでできてるとか」


「つまりは、何も知らんちゅうことやな」


 かすりは駒の基本的な動かし方から説明を始めた。

 ひと通りのルールについてレクチャーが終わると、いよいよプレイしてみることになり、初心者代表の俺と徹子の対戦が始まった。


「由明くん、この騎士ナイト僧侶ビショップで取れちゃうよ?」


「くっ殺せ」


「いや白の騎士は別に女騎士やないし、黒の僧侶も別にオークちゃうで」


「『黒の僧侶』っていかにも悪そうだな。大司教きさま、神に仕える身でこのような穢らわしい――」


 徹子は、容赦なく僧侶で騎士を取る。


「あっやめろ、あっ、あっ、ああぁーっ!!

 ――女王陛下、ラケルは穢されてしまいました。もう陛下のお側に仕える資格はございません。陛下だけでもどうかご無事で……!」


「駒に感情移入すな!」


 そんな風にふざけながら、わいわい楽しく対戦していると、不意に部室の戸がノックされた。かすりがドアを開けると、男子二人、女子二人の四人の生徒が立っていた。


「おや、お客さんがたくさんいらっしゃるようね。それとも新入部員かしら」


 リーダー格とおぼしき女子が口を開く。


「自分、たしか生徒会長やったな」


 かすりが問うと、女生徒は首肯した。


「デタラメ高校生徒会長、やま茶子ちゃこと申します」


 他の生徒たちも、次々に名乗った。部室に入りきらないので、全員部室の外に立ったままだ。

 まずは生徒会長の右隣の強面の男子が低い声で名乗る。


「生徒会副会長、草加くさか千兵衛せんべえ


 その右隣の女子、姫カットというのだろうか、背中までの長いストレートヘアで、サイドの髪を段状にカットした髪型の生徒がそれに続く。


「文連委員長にしてマイコン部部長、岩槻いわつきひなですわ」


 最後に、左端の眼鏡の男子。


「デタラメ高校将棋部所属、十万石とまいし饅頭まんとうです。ヨロシク」


 かすりは、警戒の表情を浮かべた。


「文連? 将棋部? なんやチェス部にとって嬉しい話ではなさそうやな」


 文連というのは、『文化部連合』の略で、デタラメ高校における文化系の部活すべてを統括する生徒会の組織だ。もちろん体育会系の部活を統括する体連もある。文連が、それも他の部のメンバーを連れてわざわざ訪ねてくるなど普通ではない。確かに嫌な予感がする。


「さすがはチェスプレイヤーですのね。常に二手先、三手先を読んでいらっしゃる」


 そう微笑む生徒会長と対照的に、かすりは警戒を強くする。


「けったくそ悪い言い方すんなや。二手三手しか読めへんなんて侮辱にしか聞こえへん。ええから本題を言い」


「あら、褒めたつもりですのに。

 ――それで本題ですけれども、チェス部はこの部室を、将棋部に明け渡しなさい」

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