チェス編
チェス編プロローグ
今日はイタリアンゲームで始めようか。そんな風に考えながらわたしは、白の
それを迎え撃つべく、黒の歩兵をe5へわたしが動かす。白のキングサイドの
(こっから、お兄ちゃんならこう打つはずや――)
白が四手目でキャスリングした後、わたしは黒のクイーンの前の歩兵をd6へ動かす。ここで白がb4へ歩兵を進めれば、エヴァンス・ギャンビットという定跡になるが――。わたしは、幼いころの記憶を思い出した。
「今の四手目、なんで騎士じゃなくて歩兵動かしたん? イタリアンゲームじゃないん?」
「d6に歩兵を動かすオープニングもあるんや。こういう場合、白がこう来て、そのあとこう、こう、こう動かすと、エヴァンス・ギャンビットいうオープニングになる。するとここから――」
直前に本で読んだばかりの知識を披露する兄の得意げな顔を、今でもよく覚えている。覚えたてのわたしがそれを感心しながら聞いていたのがよほど嬉しかったのか、兄はその後、エヴァンス・ギャンビットを好んで使用し、いつしか兄の得意戦術となっていった。相手の得意な定跡で戦うのは、あまり得策ではない。
だから白はb4をやめて――、そこまで考えた時、ふと我に返って苦笑する。今、黒を動かしているのは兄ではなく、兄を演じているわたしじゃないか。
兄を演じるという意味では、兄が得意な定跡を使ったほうが演じやすい。わたしは迷わず、b4へ歩兵を動かして、壁に掛けられた時計を一瞥する。
午後九時。兄のいるピッツバーグは午前七時だ。兄と対戦したくとも、彼は今、学校へ行く支度で忙しいだろう。
兄でなくても良いのなら、インターネットでいくらでも対戦相手は見つかるだろうが、顔も知らない相手との対戦は、なんとなくつまらない。
せめて学校に、チェスのできる友達でもいれば良いのだが、兄の創設したデタラメ高校チェス部は兄の代が卒業した後は部員ゼロ人となり、その一年後に入学したわたしが入部してなんとか部を存続させている状態。他の部員はいない。
だからわたしは、今日も一人でチェスを打つ。
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