校内ベンチャー編エピローグ

「石北海と海音の二人、二年生の間では『石北夫妻』と呼ばれてるそうじゃないか」


 竹代が、心底愉快そうに言う。


「ごめん、最初にその呼び方したの俺だわ。用もないのに二年生の教室へ行って『石北夫妻はいますか?』とか言ってたら流行った」


 俺が衝撃の事実を告げると、さすがの竹代も一瞬、あっけにとられた様な表情になった。


「まったく、あなたは悪ノリさせたら日本一ね」


 いつのまにかやってきた片平が、そう言って俺の頭を軽く小突く。それに対して、徹子がフォローを入れてくれる。


「でもあの二人にぴったりのあだ名だよ。いつも一緒にいて楽しそうに話してるし、苗字まで一緒だなんて」


「そうですよ片平先生。自分に伴侶がいないからって幸せそうな二人に焼きもちを焼くのはみっともないですよ」


 片平が俺の頭を小突く力が、一段と強くなった。


「そ・う・い・う・の・が・悪ノリだって言ってるの。三輪由明。あなた、悪ノリがオリンピック競技だったらメダルを狙えるわよ」


「痛い痛い痛いです先生」


 片平はひとしきり俺をとっちめた後、「はい注目~」と言ってパンパンと手を叩いた。


「そんなわけで、石北くんはどうやら幸せそうにやってるみたい。変人部の活動の結果としては上々ね。よくやったわ」


「でも先生、彼ら、全然起業する気配がないですね」


 俺は気になっていたことを言ってみた。彼らは起業について語り合うことはあっても、何か起業のための準備をしているようには見えない。せっかく作ったメッセンジャーアプリも、ソースをGitHubに公開するだけして、それっきりメンテもなにもしていない。


「いいんじゃないの? 重要なのは彼らが幸せかどうかであって、起業するかどうかではないわ」


 そうかもしれない。当たり前のことだが、起業は手段であって目的ではない。どうしてもやりたいビジネスがあって、それが既成の会社に入ることでは実現できないのならば起業すればいいし、そうでなければ起業など必要ない。究極的に言ってしまえば「どうしてもやりたいビジネス」とやらすらも本当は目的ではなく、真の目的を突き詰めれば、どんな人でも「幸せになること」こそが目的なのだ。最終的にその目的地につけるならば、途中でどんな道を通るかはあまり問題ではない。


「彼らはあれで幸せなのよ。その幸せの構成要素を分析してみれば、『起業を目指している自分に酔っている』側面もあるかもしれない。そもそも一緒に同じ目標を目指せる人がいないから、自分と趣味の合うロボットを作るという事自体、あまり健全ではないのかもしれない。そんな幸せは、やがてはかなく壊れてしまうものなのかもしれない」


 でもね、と片平は続ける。


「どんな幸せだって永遠には続かないわ。今ある幸せが壊れても、彼らなら次の幸せを探すために歩きだす事ができるでしょう。人間はみんな、つかの間の幸せを手に入れては失い、また次の幸せを求めてもがき続ける、そう生きるしかないのよ」


 そんなものかもしれない。どうせ永遠かつ究極の幸せというものはないのだから、石北たちの幸せが仮に他人からは偽りに見えようと、彼らが今幸せであればそれで良いのかもしれない。

 他人から『意識高い系』と嘲笑されようと、『自分に都合の良いロボットを作ってお人形さん遊びしてるだけ』と否定されようと関係ない。他人からみて彼らの幸せが奇妙なのは当然だ。

 だって彼らは、変人なのだから。

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