企画会議

 そして翌日。

 石北と我々は図書館に集まり、企画会議をしていた。むろん、どんなwebサービスを作ろうか、という件に関してである。

 石北は海音に告白する前、彼女と話し合って様々なビジネスのアイデアを考えていた。それらのアイデアをまとめたファイルを、めいめい自分のスマホやらノートPCやらで開いて読みながら、どれが使えそうか話し合う。


「この『仮想通貨のブロックチェーンを利用したメッセンジャーアプリ』というのは?」


 ケイの質問に、石北が説明する。


「中枢となるサーバの要らないメッセンジャーアプリだよ。ユーザ同士のフレンド登録とかは、仮想通貨のアドレスを使って行う。ユーザは自分のIPアドレスが変わるたびに、フレンド毎に相手の公開鍵で自分のIPアドレスを暗号化したものをブロックチェーンに書き込む。フレンドはそれを読み取って、それ以降はブロックチェーンを介さず、端末同士が直接IPアドレスでやりとりする」


 俺はITにあまり詳しくないので、彼の説明を聞いても『わかったようなわからんような』といった感じだが、ケイが大体理解したようなのでよしとする。


「ブロックチェーンに書き込む必要があるなら、無料で提供するのは難しい。無料で使えるメッセンジャーが他にいくらでもあるのに、どんな人がそれを使うの?」


 石北は少し躊躇してから、こう答えた。


「本当は、独裁国家の元で民主化運動をしているコミュニティとかに使ってもらえたらと思っているんだ。IPアドレスは暗号化されてやり取りされるし、端末同士の通信も暗号化するつもりだから国家が監視することが出来ないし、メッセンジャーサービス自体へのアクセスを遮断したくても、中枢となるサーバがないから遮断のしようがない」


 ただし、そういう目的での使用に耐えうる物にするにはまだまだセキュリティに関する考慮が足りないし、そもそもそんな人達にこのサービスを売り込むための手法が見当もつかないんだけどね、と、彼は少し恥ずかしそうに付け加えた。

 ケイは、「ふーん。面白そう」と、興味ありげに呟いた。


「海せんぱいが昨日言ってた、ビジネスとして成り立つところまでは望んでないっていうのが本心なら、とりあえず作って私達が使ってみて、実用に足ることを証明するだけでもせんぱいの自信を取り戻すには十分なはず。後はソースコードを公開しておけば、興味を持った他の誰かがセキュリティ面を改良してくれるかもしれないし、そうして改良されていくうちに有名になって、独裁者の圧政に苦しむ民主化運動家の目にも止まるかもしれない」


 ケイのその言葉は、希望的観測ですらない、夢物語みたいな話だったが、可能性はゼロではない。何もしないまま、自分に自信を持てないままでいるよりは、そんな夢を追ってみるのも良いのではないか。

 徹子も、うんうんと頷く。


「やってみようよ。私の知り合いに『日本は事実上の独裁国家である』って主張してる反政府運動の人がいるけど、その人が使ってくれるかもしれないし」


 その人にはあまり使ってほしくない。

 独裁的な指導者の治める国で、本当に抑圧され虐げられている人々が政府に対抗するために戦っているのなら、その人の役に立つものを作る手伝いが出来たら光栄に思うけれども、徹子の知り合いはおそらくそういうのではない気がする。

 徹子の知り合いに使ってほしくはないけれども、石北がこれを作りたいというのなら、俺たちで手伝うのはやぶさかではない。手伝うにあたって一番役に立ちそうなケイが『面白そう』と言っているわけだし。


「どうです? 開発するwebサービス、これにしてみましょうか?」


 俺が問うと、石北はこくり、と頷いた。

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