あら不思議、腐れメガネがもう一人

「石北先輩を作るってどういうことだよ」


 ケイは俺の質問に答えず、石北に問いかけた。


「例えば海せんぱいは、『猫』と聞いて快いと感じる? 不快に感じる?」


 石北はちょっと戸惑いつつも答える。


「……快いと思う」


「じゃあ『雪』」


「……不快」


「『メガネ』は?」


「強いて言うなら、……不快かな」


 そんな質問を、ケイはいくつか続けたあとで言った。


「こんな風に、沢山の事柄について、海せんぱいが『快』『不快』どちらを感じるかを調べる。人間の好みとか趣味趣向とか言ったものは、その根源をたどれば脳の扁桃体に起因する快不快原則だから、その人が何を快いと感じ、何を不快に感じるかを正確に知れば、その人と全く同じ趣味趣向を持つAIが作れる。それが作れれば、その後は――」


 そこまで言ってケイは、鞄から俺らが異能ベーションの選考会で使用した『自律思考型ロボット開発』のプレゼン資料を取り出した。


「そのAIをこの自律思考型ロボットに載せれば、あら不思議、腐れメガネがもう一人」


 先輩を腐れメガネとか言うなよケイ。


「あっは。なるほどね。ケイの考えはわかった。だが確かプレゼン時の話では、ロボットのハードウェア開発に関して、まだ技術的な課題が幾つか残っているという話じゃなかったかな?」


 竹代の質問に、ケイは事もなげに答えた。


「技術的に絶対になしえないような事でも実現できてしまう技術者に、私たちは心当たりがあるはず」


※ ※ ※


 そして俺たちは、その心当たりの技術者、大和田勉三氏のいる時計台に来ていた。


「そのプレゼン資料にあるとおりのロボットのハードウェア製作を依頼したい。ソフトウェアはこちらで何とかする。できる?」


 ケイの問いに、大和田氏は少し困ったような表情をした。


「永久機関ですら作れるわしにこの程度作れない訳がないが、予算がいる。わしはロケット製作で浪費しすぎて金がないからな」


「予算ならある」


 ケイは、鞄から封筒を取り出し、その中から小切手を取り出してみせた。デタラメ財団の署名捺印がしてあり、額面は九千万円だ。


「このロボット製作はデタラメ財団主催の校内異能ベーション制度の適用対象になっている。小切手振り出し済みの九千万円だけじゃなく、追加費用が必要なら理由を説明して申請して受理されれば出してくれる」


 そう、校内異能ベーション審査会の結果、ケイの自律思考型ロボット製作にはデタラメ財団が出資してくれる事になっていたのだった。ケイは正真正銘の異能にして異才だし、プレゼン資料がガチすぎたから順当な結果ではあるのだが。

 ケイの目論見もくろみは、ロボット製作事業の試作を兼ねて、石北と同じ趣味趣向を持つロボットを作ってしまおうというものだった。


「でもいいのかよ。予算を使ってしまったら、ロボットを量産して販売するところまでやりきらないと財団との契約に反する。今ならまだやっぱり事業化しませんと言って予算を返せば引き返せるぞ」


 本を読むこと以外の一切の活動をしようとしないケイが、事業などできるわけがない。途中で飽きるに決っている。


「大丈夫。面倒くさくなったら、財団に事業を買収バイアウトしてもらう。ビッグベン氏が試作品を作ってくれて、残っていた技術的課題の解決方法や量産化への道筋をつけてくれれば、それらの知的財産には財団が出資してくれた金額に見合うだけの価値がある」


 ケイはすべて計算済みのようだった。

 これは、本気でロボットが作れてしまうかもしれない。ただし、ケイのあのプレゼン資料が、いつぞやのように彼女が夢で見た理論に依拠していたりしなければだが。

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