じゃあ作ろう、海せんぱいをもう一人
後日、俺たちは石北のもとを訪ねていた。
「はじめまして石北先輩。異能ベーションの選考会でのプレゼン、拝見しておりました。先輩のプレゼンが一番まともでしたね」
「ああ君たちは、あの時の――。皮肉を言いに来たのかい? 実際に社会で成功する『まともなプレゼン』なんてものはもっとしっかりしているし、そもそも異能ベーションというのはまともじゃいけない。まともを超えていなきゃならないんだ」
石北は意識の高いことを言う。だがもちろん俺たちは皮肉を言いに来たわけではない。俺は石北に変人部の活動について簡単に説明した後、こう報告した。
「『異能ベーション』の選考結果は残念でしたが、石北先輩のプレゼンは我らの『変人ベーション』制度の選考に合格いたしました。つきましては先輩のその、仮想通貨がどうとか、なんたらコントラクトがどうとかいうサービスの実現を、我々にお手伝いさせてくれませんか?」
ちなみに『変人ベーション』というのはたった今思いついた口から出まかせだ。元の単語である『イノベーション』から遠ざかったために、一層下ネタ感が増してしまっているが名前は重要ではない。俺たちには石北の夢を応援する意志がある。それだけだ。
「あのサービスが本当に僕のやりたいことなのかどうかすら、実はわからないんだ」
だが石北は、いまいち乗り気ではないようだ。
「自分一人で考えているから、他人に話して第三者視点からの意見をもらえないから、独りよがりなものになってしまっている。独りよがりなままサービスを実現しても誰も使わない。誰かと一緒に議論して企画を練り上げていければ、今とは全く違う魅力的なサービスを構想できるかもしれない。僕は僕の考えを実現する手助けをしてくれる人よりも、むしろ僕の考えを時には批判しつつ『こうした方が良いものになるよ』と意見をくれる人の方が欲しい」
「ぷふい、だがそれは難しいな。私は先輩のプレゼンの内容を十分には理解していない。うちのメンバーで先輩の構想を完全に理解できた人がいるとしたら、ケイぐらいか……」
竹代は、ちらとケイを見る。だがケイは、静かに首を横に振った。
「海せんぱいがどの様なものを作りたいかは理解できた。でもそれを作る意図が、それにどんな価値を見出しているのかが見えないから、どうしたら海せんぱいにとっての『良いもの』になるかはわからない」
ケイは、とても申し訳なさそうに言った。意地悪で『なんの価値があるの』などと言っているわけではなくて、純粋に力になりたいけどどうすれば良いかわからない、という感じだった。
「それだよ。みんなそうなんだ。誰に話して聞かせても、まず大抵の場合、仮想通貨について詳しくないから理解できない。たとえ内容は理解できても、それに興味を持ってくれない。僕が自分の本当に作りたいものを作るためには、僕が良いと思えるものを同じように良いと思ってくれる、僕と同じ夢を見てくれる人が必要なんだ。そんなもの、僕がもう一人いないと無理だろう」
畢竟これが石北の悩みの根源なのだろう。共感してくれる人がいない寂しさ。夢を誰とも共有できない孤独感。俺たちがすべきことはそれを癒やすことであって、なんとかコントラクトがどうとかいうサービスを作るのを手伝うことではない。
「じゃあ作ろう、海せんぱいをもう一人」
ケイが、突拍子もない事を言い放った。
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