時計塔編エピローグ

「なあ竹代。そんなにおかしいと思っていたんなら、最初に言ってくれよ」


 俺の嘆願に、竹代は涼しい顔で答える。


「だってやる前から否定するより、やって失敗した方が面白いだろう?」


「面白いって、そんな理由でこんなに予算と労力をかけて……」


 俺はちら、と大和田を見る。

 ジェットエンジンを始めとするロケットの部品の代金や、手伝ってくれた変人たちへの報酬の支払いなどは、全て大和田の私財から支払われている。一般的なロケット開発とは比べ物にならないほど低予算だったとは言え、個人が負担するには大きすぎる金額だ。ひょっとしたら全財産を浪費してしまったのではなかろうか。

 しかし、大和田はさして気にしていないようだ。


「なに、また今度挑戦するさ。宇宙を目指すのが無理なら、他の方法で世界の限界に挑む」


「あっは、懲りない男だね。それでこそ私の見込んだ変人だ」


「何を懲りることがあろうか。滞空時間七三秒、最大高度六一〇〇m。老いぼれ時計技師と高校生が造ったロケットにしては驚異的な結果じゃないか。そして何より、造っている間は本当に楽しくて充実感があった」


 大和田の表情は、達成感のようなものが溢れていた。ロケットは成層圏にすら達しなかったのに、何も達成していないのに、彼は満足げだった。


「これでこそ世界だ。永久機関なんてものがこのわしに造れてしまって、そのうえ外気圏を突破できるロケットまで簡単に造れるような世界では、退屈すぎて死んでしまう。わしはまだまだ挑み続けることができる。それが今は嬉しい」


 思えば彼は、やりがいを感じたかったのかもしれない。永久機関の時計という、とんでもないものを作り上げてしまった後で、それ以上の目標を見つけられずに虚しい日々を送っていたのかもしれない。そして今、新たに挑戦すべきものを見つけた。


「ぷふい、とりあえず、夢の中で読んだいい加減な理論で計画を失敗へ導いたケイは、罰として以後三日間、耳の裏を洗うことを禁ずる」


 竹代はケイにそう命じた。


「っておい、例の板金屋への報酬の眼鏡、自分じゃなくケイにかけさせようというしてるな?」


「だって耳の裏が痒くなるのは嫌だろう?」


 悪びれもせず言い放つ竹代。平気でケイをそんな変態の餌食にできるとかサイコパスかお前は。


「ケイは私が毎日洗ってるから無理ね。他を当たって頂戴」


 いつの間にいたのか、俺らの輪の中に混じっていた片平がそう宣言した。


「あ、行きおく――じゃなくて片平先生」


「どうやら自殺願望があるようね。三輪由明?」


 片平は一瞬怒気をはらんだ目で俺をねめつけてから、すぐに無表情に戻って全員に言った。


「一部始終見ていたわ。どうやらロケット開発は失敗したようね。だけどまあ、大和田氏が満足げだからこれで良しとしましょう」


 むしろ、成功していたら逆に彼の悩みは深くなったかもね。と片平は言う。


「どちらにせよ変人部は今後も同じように、変人たちの悩みに対し、全力で手助けをしていくこと。いいわね?」


 片平のその指令は、とても面倒くさいもので。

 以前の俺ならば、拒否していただろうもので。

 にもかかわらず、俺はこう答えていた。


「やりますよ」


 他の変人部メンバーも答える。


「あっは。もちろんだとも」


「由明くんがやるならやるよー」


「今回の失敗のリベンジをしたい」


 俺も人のことは言えないが、ケイがやる気になっているのは意外だった。失敗の責任を感じて、というだけではなく、おそらく俺と同じ思いからだろう。つまり、今回、ロケット開発に必死に取り組んだ日々は、ケイにとっても楽しかったのだ。

 あまり乗り気でなかった変人部だけど、案外悪くない。そう思えた。

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