空かける架空

 驚いたことに、ロケットは完成してしまった。

 ジェットエンジン四基を搭載し、外気圏の外側を観測可能な(はずの)ロケット。

 発射時はまず滑走路を水平に走りながら加速し、最大速度一四〇〇kmまで達する。その後滑走路は弧を描いて天上を向き、水平一四〇〇kmの速度を垂直一二〇〇kmヘ変換する。と同時に内部の電流発生装置が八〇〇〇kwの電流を発生させ、地磁気との間のフレミングの法則で機体の上昇を補助する。それぞれのユニットが正常に動作することも確認できて、あとは打ち上げるだけとなった。


「五・四・三・二・一、発射!」


 大和田の号令を合図に、校庭に敷かれた滑走路をロケットが轟音をあげながら疾駆する。そして、計画通り時速一二〇〇kmで、ロケットは発射された。

 全ては順調に思えたのだが、ほどなくケイが渋い顔をして、何やら計算を始めた。


「想定より遥かに減速されていっている」


 ロケットに積まれた計器から送信されてくる時速は、もちろん段々と減速されていく。それは想定通りなのだが、減速が理論値よりも急激に進みすぎるというのだ。

 速度はほどなく、俺のような門外漢から見てもこのペースでは宇宙にたどり着く遥か手前で落下を始めるだろうと予想できるレベルまで落ち込んだ。そして、発射から三十秒をちょっと過ぎた頃、とうとうロケットは落下を始めた。

 ロケットに搭載したカメラからの映像を見ても、ロケットが落下に転じたのがわかる。先端部が下を向いてしまって、カメラの映像には緑色の地表が映っている。ケイは慌ててジェットエンジンを停止させるコマンドを送信した。


「発射から三十六秒で落下開始。これは、時速一二〇〇kmの初速で打ち上げられた物体が、重力加速度九.八m以外の一切の力の影響を受けないとした場合の落下を始める時間とほぼ等しい」


 ケイが呻くように呟いた。


「つまり、フレミングの法則による補助が効いていないってことか?」


「空気抵抗の分は相殺できている。でも、私の計算より遥かに小さい上昇力しかなかったということ」


 不可解だ。という感じで、顔に幾つものはてなマークを浮かべているケイ。しかし竹代は、「こうなるような気はしてたよ」と言い放った。


「だってそうだろう? もしフレミングの法則による補助がロケット発射にそれほどまでに有効であり、その理論が最新の学術論文ではなく、専門書とは言え一般の書籍に載るほど人口に膾炙しているのであれば、国家が打ち上げるロケットだってそれを利用しないわけがないじゃないか。そして地磁気を利用するのであれば、磁極に近いほど磁場は強くなるから緯度の高いところから発射するほうが有利だ。だが実際は、国家の打ち上げるロケットは地球の遠心力を利用するために緯度の低い、少しでも赤道に近いところから打ち上げている」


 まだまだおかしな点はあるぞ、と竹代は続ける。


「そもそも地磁気とたった八〇〇〇kwごときの電流で起こるフレミングの法則がそんなに強力なはずはない。例えば火力発電所の発電機一基の発電量は一〇〇万kwくらいある。その発電した電気を送電する際に、あっは、うっかり東西方向に電線を通しただけで何トンもの力が発生したら、発電所が壊れてしまうじゃないか」


 竹代の言い分は、まったくもって正論だった。しかし、ケイは間違いなく「できる」と言ったのだ。


「なあケイ、フレミングの法則でロケットの推進力を補助できるなんて、本当に書いてあったのか?」


 俺が問うと、ケイは「間違いない。この本に書いてあった」と言って点字の本を取り出し、ものすごい勢いでページを繰っては紙面に指を這わせ始めた。

 しばらくあちこちのページを開いては読み開いては読みした挙句、魂の抜けたような表情で、こう言った。


「書いてなかった」


 は?


「たぶん、眠る直前まで読んでたせいで、読んでいる途中で寝てしまって、夢の中で続きを読んでいた。そして、本当に書いてあったことと夢の中で読んだ嘘の情報とをごっちゃにした。そういうことだと思う」


 確かに、俺にも似たような経験はあるにはある。睡魔をこらえながら読書をしていて、途中で眠ってしまって夢の中で続きを読んでいるというような経験が。ましてやケイは眠るために目をつぶってから眠りに落ちるまでの僅かな時間も無駄にせず読書をしたいという理由で点字を覚えたのだ。夢と現実の境界ギリギリまで本を読んでいれば、そんなこともあるだろう。


「つまりは、ケイが夢の中で読んだデタラメ理論に基づいて、俺らはロケットを造っていたと?」


 ケイは申し訳なさそうに、こくり、と小さく頷いた。

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