ツッコミという重要な役目
ロケット製作は、その日のうちに始まった。
「積荷を置く場所の温度管理のための情報を知りたい。積み込む計器は何℃までの間なら動作が保証されている?」
ケイがノートPCの表計算ソフトになにやら打ち込みながら訊ねると、大和田は乱雑に小物が置かれた机の引き出しから、計器の取扱説明書を引っ張り出してきて答える。
「マニュアルによれば、『マイナス三十℃から百五十℃(結露なきこと)』とのことだが、上空の異常な低気圧下でも同じなのかな。メーカーに問い合わせてみるわい」
問い合わせてみると言いながら、彼はすぐには連絡を取ろうとしなかった。自分のやっていた作業を優先したのだろう。つい今しがたまでドラフターに
「これがロケットの先端部分の設計図なんだが、一枚のジュラルミン板を『へら絞り』という技法で正確な放物面に加工してもらわにゃならん。必要な強度・精度・均質さを出せる板金屋が見つからんのだが、君らの方の知り合いで誰か優秀な職人とか居らんだろうか」
俺らの中でそんな知り合いがいるとしたら――、俺は竹代を見る。
「竹代の知り合いで、そういう技能を持つ変人はいるか?」
片平も言っていたとおり、変人は往々にして突出して優れた面を持つ。変人の知り合いの多い竹代なら、一人ぐらいは超一流の板金職人を知っていそうだ。
「ああいるぞ。世界屈指の板金加工技術を持ちながら、女性の着用した眼鏡を集める趣味があるのが玉に
「『どう変人なのか』は言わなくていい。そいつにロケットの先端部を作れないか頼んでみてくれ」
俺が言うと、竹代はすぐに板金屋へ電話をかけ始めた。大和田は技師探しはこちらに任せることにしたようで、先程ケイに聞かれていた件でメーカーに連絡をするため、携帯電話を取り出した。
徹子はと見ると、爆発と燃焼に異常に詳しい知り合いに来てもらって、最も効率的にエンジンを稼働させるためには燃料を毎秒どれくらいずつエンジンに送り込んだら良いかなどについて、角を突き合わせて会議している。徹子の知り合いで爆発に詳しいということは、かなりの高確率で反社会的な勢力な気がするが、気にしないことにする。
電話を終えた竹代が、結果を報告する。
「先程の板金加工の件だが無事発注できたぞ。多忙な人なので一度は難色を示されたが、私が丸一日眼鏡を着用してそれをあげると言ったら快諾してくれた」
「『どう交渉したか』も言わなくていい」
だが竹代は、なぜか得意げに詳細を報告してくる。
「着用の三日前から耳の裏を洗わないで欲しいと言われてね。私の場合耳の裏をちょっと洗わないでいるとすぐ
「言わなくてもいいと言ってるんだが」
「あと着用後、つるの部分をアルコール等で洗浄したら承知しないと言われた」
「『もう直接耳の裏の匂いかげよ変態』とその天才技師に伝えてくれ」
竹代の相手は疲れるので、俺は一人で黙々と表計算ソフトに数字やら数式を打ち込んでいるケイのそばへと避難する。
「ケイ、何か困ってることとかないか?」
「……強いて言うなら、やっぱり私の知識は理論でしかないから、実際のロケット発射実験の経験のある人に色々と話を聞きたい」
もちろん、そんなことは難しいのはわかってるけど、とケイは付け足す。
「ロケット発射の経験者ねえ……」
俺たちの会話に、徹子が口を挟んだ。
「ロケットの、発射……。ロケットの、
「そのロケットは外気圏まで飛ばすわけじゃないから却下だ」
「外気圏まで飛ばすロケットだったら、隣の国にいる友達のジョンウンさんって人が詳しいよ。アメリカの大統領から『ロケットマン』って呼ばれて一目置かれるほどロケット開発に詳しいの」
「一目置かれてるんじゃなくて目をつけられてるんだよ危険人物として」
全く、なんで徹子の知り合いと言うのは、ことごとく関わり合いになっちゃいけない類の輩なんだろう。
という訳で、俺たちのロケット開発は、曲がりなりにも少しずつ前進していた。
変人時計技師と変人部の部員たちは、それぞれが自分の持ち味を活かして開発に貢献していたし、自分たちにできないことは知り合いの変人の力を借りたりして、なんとかロケットは形になりそうなところまで来ていた。
そんな中で俺が担っている役割は、こんな変人ばかりのプロジェクトにおいては最重要の役目、つまり、ツッコミだった。
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