和田勉

「君たちは、この時計塔を、――この永久機関を、どう思うね?」


 大和田は、少ししゃがれた声でそう言った。


「永久機関? あっは。偉大なる技師ビッグベンはそんなものを造ったというのか! そりゃあさぞかし虚しい気分だろうね。世界の常識を覆す程の大発明なのに、特許庁に申請を出しても精査もされず突き返されるのだから」


 そう。特許庁は永久機関についての特許申請を受理しない。そんなものはあり得ないのに、申請に来る人が後を絶たないからだ。あり得ないものをいちいち審査するほど特許庁は暇ではない。


「虚しいとも。なにしろ、永久機関が造れるということは、この世界が実在しないことの証左なのだから」


 大和田は白銀色のジッポライターでマールボロに火をつけると、紫煙を一息吸って大きく吐き出した。大和田のため息を乗せた煙はどこまでも消えずに立ち昇って、時計塔のムーヴメントをほんのわずか汚した。


「この世界が実在しないとは、どういうことですか?」


 俺の問いに、彼はもう一口、煙草を吸ってから答えた。


「永久機関などというものは、真っ当な世界には存在し得ぬものだ。世界を構成するシステムのほころびだ。この時計塔はコリオリの力を利用して永久機関を実現しているが、フランスのコリオリがその力を発見してからどれだけの年数が経っている? その間に、わしなど比肩し得るべくもない傑出した天才が数えきれないほど存在したのに造れなかった永久機関を、わしごときが造れたことこそ、この世界がご都合主義で成り立つまがい物の世界だという証拠ではないかね」


「ご都合主義――まるでこの世界が、誰かが書いた物語かなにかだとでも主張しているように聞こえますけど」


 大和田は、「そう言ってるんだ」と首肯した。


「わしはこの世界が結構気に入っている。わしの如き狂人の存在が許容されるのだからね。だが、その世界が虚構であり、創作物だとしたら、自分の存在もひどくあやふやになるではないか。例えばこの世界が、どこかの小説家の書きかけの小説であったりしてみたまえ、その小説家がこの先の展開に困って原稿を放り投げでもしたら、わしはこの次のセリフも言えないまま、今この瞬間から先へ行くことができない」


 もしもこの世界が物語であったら。そう考えるのは、たしかに怖いことかも知れない。たとえばこの物語が、どこぞの素人ラノベ書きがウェブサイトに投稿している小説だったりしたら、そいつが飽きて続きを書かなくなったら、俺達は一時停止ボタンを押されたDVDのように、この瞬間で停止してしまうのだ。


「ぷふい、あなたの悩みはわかった。それで、我々がなにか力になれることはあるかな。さすがにこの世界の外側にいる作者に向かって、続きを書けとせっつくことはできないけれど、この世界の中のことであれば、出来得る限り協力しよう」


 竹代の申し出に、大和田はマールボロを丸々一本吸いきる間思案して、やがて最後の紫煙とともに、こんな答えを吐き出した。


「ロケットを、宇宙空間まで届くロケットを造りたいんだ。手伝ってくれんか」

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