棒々鶏と昼休み

 昼休みに図書室へ言ってみると、長机に棒々鶏と玉子スープとご飯のセットが三人前並んでいて、その中の一つの前に片平が座って俺たちを待っていた。


「マジで俺の分も用意してくれたんですね。ありがとうございます。白飯のおかずにはあまり合わない気がしますが」


「うるさい黙って食べなさい」


 俺とケイは片平謹製の棒々鶏の前に座り、徹子と竹代は長机の向かい側に座って持参した弁当を広げ、五人での昼食となった。

 ともすれば料理を無視して本を読もうとするケイの口に、片平は根気よく箸で料理を持っていく。赤ん坊の世話をする母親みたいだ。実際には片平には子供はおろか夫もいないんだけれど。


「一体なんで片平先生は、そんなにケイの世話を焼くんです? 自分の子供がいないから母性本能の持って行き場がないんですか?」


「子供がいないとか関係ないわ」


 片平は、ギロリ、と俺を睨んだ。


「やっぱり、ケイちゃんが頭が良くて博識だからだよね。図書室に住んでいっぱい本を読めば、きっと将来学者か何かになって活躍するに違いないよ」


 俺の一言で剣呑な空気となりつつあるその場を取り繕うように徹子が言うと、竹代もそれに同意する。


「ケイならあり得る話だね。片平先生はその才能を見込んでパトロンをやってるということかな」


 だが片平は、ゆっくりと首を横に振った。


「残念だけど違うわ。私はケイが社会に出ても、成功し活躍するとは思えない」


「え? でも、ケイのやつ成績はぶっちぎりで学年トップですよ。このまま行けば東大へ首席入学だってできるでしょう」


 ケイは授業中ずっと関係ない本を読んでいるのに成績は全教科すこぶる良い。ジャンルを問わず濫読した本から得た知識と天性の計算の速さで、高校で習う程度の問題など簡単に解けてしまうようだ。


「東大に首席入学したとして、どうやって卒業するの? 東大の図書館に住まわせてくれて、食事を作ったり朝起こしたりしてくれる人はいるの?」


 確かにそうだ。ケイは頭が良いけれど、そもそも授業に出たりテストを受けたりできているのは片平の献身的すぎる世話の結果だ。それがなければ、彼女は本を読むこと以外は一切何もしない。これでは社会に出て成功どころか、普通に生活していくことすら難しい。


「変人には往々にして突出して優れた部分がある。ケイだけじゃなくあなた達も、程度の差こそあれそうだと思うわ。でもね、それによって成功している変人はごく一握り。なぜなら、変人は優れた部分を持つことの代償であるかのように、人間として決定的に欠けている部分があるから」


 片平はそこまで話して、悲しそうに目を伏せた。


「他人から見て成功しているように見える変人ですら、その人間として欠けている部分のゆえに苦しんでいたかもしれない。歴史を紐解けば、変人と見做されながらもその才能ゆえに世間に認められ、その評価の絶頂期に自殺した天才たちを幾人も挙げることができるわ」


 つまり、と片平はそこで一旦言葉を切った。


「変人は必ず社会との軋轢に苦しむことになる。ケイも、他の三人もね。私がケイの世話を焼くのは、その苦しみを少しでも和らげてあげたいから」


「ぷふい、だが先生。それではケイが卒業するまで苦しみを先延ばしにするだけじゃないか? 先生だって、一生ケイの介護をして暮らすわけじゃないだろう?」


 竹代が当然の疑問を口にすると、片平は我が意を得たり、といった風に微笑むと、「そう、今日みんなを呼んだのは、まさにそれが関係してるんだけど」と言った。


「私はケイの面倒をみながら考えていたのよ。ケイやあなた達が社会の軋轢に負けず、かといって誰かの庇護に依存してもいない、そんな生き方ができるようになるためには、何が必要かってね。そして、ついに結論を見つけたわ」


 この先生は、重大なことを言うときもったいぶる癖がある。そんなことを思いながら俺は、結論が語られるのを待った。


「あなた達、部活を作りなさい」


 片平の出した結論は、すぐには理解不能なものだった。

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