反社会的な彼女

 午前七時半、パジャマから普段着に着替え顔も洗って朝食のトーストも食べ終えた俺は、ゆったりとした時間を過ごしていた。

 学校に行くならそろそろ出発しないといけないのだが、制服でなく普段着に着替えていることからも分かるとおり、俺は今日、学校に行く気がない。

 今日は家に引きこもりたい気分なんだ。この家がいいねと俺が言ったから、今日は引きこもり記念日。と言うわけで、今日は時間が有り余っている。ゆっくりとEテレの小学生向け番組でも観ながら二度寝と洒落込もう。


ピンポーン


 ドアチャイムが鳴ったが、おそらく隣家だろう。今日はアマゾンの荷物が届く予定もないし、新聞の売り込みや宗教の勧誘は、来るたびにミッキーマウスの声真似で応対していたら、いつの間にか来なくなった。


ピンポンピンポーン


由明よしあきくーん。がっこ行こー!」


 俺は三輪みわ由明という名前だったような気もするし、あんな声の幼なじみがいたような気もするのだが、きっと気のせいだろう。さて、TVのチャンネルをEテレに合わせよう。


「由明くん、がっこ行こ?」


 十九インチTVを視界の正中にとらえ、リモコンを持つ手をそちらへ差しのばした瞬間、俺の眼前に幼なじみの矢場やば徹子てつこが現れた。


「徹子、どうやって入って来た?」


 俺の問いに彼女は、何やら黒い針金めいた道具をひらひらさせて答えた。


「ピッキングだよ? ちょっと公言できない組織に属しているっていう友達に教わったんだ」


「よし分かった。そいつとは今後一切縁を切れ」


 俺が言うと、徹子は不思議そうに首を傾げた。


「よく分かんないけど、由明くんが縁を切れっていうならそうする」


 Eテレを垂れ流していたTVの電源を、徹子はさりげなく落とす。


「由明くんが縁を切れっていうなら切るし、鼻を削げっていうなら削ぐし、殺せっていうなら殺すよ」


 こえーよ。

 こんな感じで、幼なじみの矢場徹子は、何やら反社会的な感じの友達がいることと、なぜか俺を溺愛していること以外は至って普通の美少女女子高生だ。


「そんなことより由明くん、がっこ行こ?」


 徹子は、本日三回目となるその台詞を繰り返した。


「むー、今日は引きこもるというとても重要な仕事があるんで学校へは行けな……」


 俺の反論が終わらないうちに、徹子はまつげが触れ合うほど顔を近づけて、四度目の言葉を言った。


「が・っ・こ・行・こ?」


 その瞳は語っていた。五度目はない、と。


「あ~今日はいい天気だし学校へ行きたいな~。さあ行くか」


 そう言うと、徹子は心底嬉しそうな笑顔を見せた。


「じゃ、外出てるから着替えて来てね~」


 彼女が出ていくと、俺は玄関の鍵を掛けた。


「ふう」


 さてコーヒーでも淹れようか、とコーヒー豆の置いてある戸棚の方に目をやると、矢場徹子がそこにいた。


「絶対に来てね。絶対だよ?」


 そうだピッキングできるんだったこいつ。

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