デタラメ高校変人部

夢樹

時計塔編

時計塔編プロローグ

 煉瓦造りの尖塔の中、時計の心臓部ともいうべき大きな振り子を前に、大和田おおわだ勉三べんぞうは地べたに座り瞑想していた。

 振り子は単に平面的に左右の揺れを繰り返すのではなく、正八角形の各頂点を目がけて立体的な運動をしていた。

 頂点の一つで一瞬停止した振り子は、緩やかな円弧を描きながら時計回りに五つ先の頂点へと向かう。そしてそこでまた一旦静止した後、また五つ先の頂点へと振り下ろされる。いわゆるフーコーの振り子だ。

 フーコーの振り子というものは、地球の自転に起因するコリオリ力の関係で、通過する頂点の位置がだんだんずれてくる。しかし大和田勉三の眼前にあるこの振り子は、まったく同じ頂点を延々と通過し続けている。その秘密は、各頂点に壁から突き出ている小さなスイッチにあった。

 振り子が頂点にあるスイッチを押すと、スイッチはその作用に対する反作用を、きっかり垂直には返さない。振り子に加わっているコリオリの力を吸収し、振り子本来の軌道へ戻るように補正をかけるのである。そしてこの時吸収したコリオリ力は、滑車とワイヤーを介して振り子の振幅の減衰を回復させる力に変換される。これによって、振り子は減衰せずに動き続ける。

 いわば、地球の自転を利用した永久機関。そんなものが存在できるわけがない。少なくとも、これ程簡単な機構で永久機関が実現できるなら、大和田がこの時計塔を作るよりずっと以前に、誰か他の人物が制作に成功しているだろう。永久機関などこの世のどこにも存在し得ない。


 だから、「今、ここ(now, here)」は、「どこでもない(nowhere)」。


 だが大和田は、そんなどこでもない今ここを愛していた。

 どこでもないからこそ、彼のような変人も存在しうるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る