第23話

 ふと思い出したが、号泣していた遺族はどこに行ったのだろう。

 出雲と鹿骨が来てから30分ほど経つが、少し出て行った割には一向に姿を現さない。

「あと、ご遺族の方はどこに行かれたんでしょうか」

「あぁ、もう帰ってこないだろうよ。部屋のあまりの汚さに、娘さんが帰るって言い出してそれに全員がついて行ったよ。所有権破棄の書類は書いてくれんかった。最後に確認したいから、綺麗に分けて最後に物確認させろだとよ」

 そんな事言うならここに居ろって話だよな。と夕凪がクリアファイルに入った未記入の書類を見せる。

「そんな……だってずっと泣いてたんでしょう?」

「そんなもんだ。どうせ貴重品と金目の物以外要らないというから、そこまでキチンと詰めなくても良いぞ」

 何て事も無いように鹿骨はダンボールを組み立てる。ビニール袋も広げ、可燃・不燃・紙とそれぞれマジックで書いた。


 家族の遺品を他人にすべて任せ、取る所はきちんと取る。

 出雲が冷たく感じてしまうのは、仕事だと割り切れないからなのか。

 もやもやする気持ちに答えは出るのかもわからず、埃っぽい部屋でただひたすら手を動かす。

 幾つかの現場を経験して、出雲にもやっと周りを見る余裕がでてきた。少しずつ自分で考えて動く事も、人の動きをサポートすることも出来てきたと思う。


 あらためてみると現場にはいろいろなものが残されている。

 今回は違うが、意外な事に自殺部屋にも恥ずかしいものがたくさんある。念入りに計画を立てていた場合はそれらはきちんと処分されているが、自殺はほとんど衝動的に行うせいで、見なければ良かったと思うものも残されている。

 体を動かさないと、心が変に動く。

 自殺を覚悟して部屋を片付けている内に冷静になるものだ。

 人は鬱々と何日も考え込んで、その苦しみから逃げるかのように自殺をするのだ。

 奥さんも娘さんもいたのに、同居していなかった。それに男の1人暮らしでは不必要なドレッサー。

 つい好奇心が働き、別居か離婚で新しい女と住んでいたのだろう。と当たりを付けていた出雲だったが、ここにきて考えが覆される。


「あの、これ、ご遺族さんとかも見られるんですよね……」

 押入れの奥の方に入っていたのは、大量のアダルトグッズだった。

 女性物のパンティから、男性器の形を模したいわゆるローターと言われるものまでダンボールいっぱいに入っていた。

「まぁ遺品だからな」

「でも、こんなものは見られたくないと思いますよ、恥ずかしいですし」

 生々しく使われた後が残る物を顔を歪ませて分別していると、紙袋の下の方から特大サイズのセーラー服が隠されていた。


 そういわれれば丸まっていた赤い下着もやけに大きい――まるで、男性物のようだ。

 新しく思いついた仮説に「ひぇえ」と声にならない悲鳴が漏れた。

「苦しみから逃げる為に自殺する面の皮が厚い奴が、恥ずかしがるわけないだろう。どちらにしろ自殺者と2度と会う筈もないんだから、そんな所に時間を割く必要はない」

「違います! そんな死者を貶めるような事はしないでください!」

 あんまりな言い分に出雲は反論する。しかし鹿骨は眉を上げることで一蹴した。

「それこそ人間様の考え方だな。大体、事件性の有無にかかわらず、俺達の所に来るときには、もう警察が証拠やら遺留品やら引っ掻き回した後なんだ。そんなモンにプライバシーもクソもないだろう」

「それこそ、死神様の考え方です! 人間相手に商売するなら、もっと心を籠めてありがとうと言われるようにならないといけないと思います!」

 今回ばかりは出雲も引かない。確かに、鹿骨は仕事は出来るが、人間の心を全く理解していない。

 今だって不用品とわかれば迷うことなく不用品に投げ捨てる。壊れようが関係無い。それが遺族にとって大切な物かもしれないのに。

 仕事にスピードは大切だ。出雲もそれは理解している。もたもたしていると、それだけで信用も時間も無くなる。

 しかし、どうしてもやり方に納得がいかない。もっと、遺族の心に寄り添うようなやり方があるんじゃないだろうか。

「……わかった。そこまで言うならお前1人で考えて、マニュアルを作れ」

「そんな……」

 出来るはずがない。出雲はまだ入社したてで、遺品整理の「い」の字もわからないのだ。

「学生じゃねぇんだ。情で仕事をするな。口だけなら誰でも何とでも言える。キーキー喚いていないで行動で表せこの猿女」

「さ、猿!?」

 あまりの言い様に出雲が絶句してると、後ろで吹き出す声が聞こえた。夕凪と山下が「確かに……」と口元を押えてうずくまっていた。

「今に見てろよ!!死神ども!!」

 顔を紅くしてキィ! と叫んだ姿は、確かに箕面の山の猿に似ていた。

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