第22話

 箕面市についたのは午後3時過ぎだった。思ったよりも道が空いていた為30分程度で着く事が出来た。

 阪急箕面線桜井駅にほど近い所に2階建てのアパートがあった。

 駐車場を見つけるのに苦労して、目的地周辺を2周ほど辺りをぐるぐる回った。

 やっと車を降りるとたくさんの高校生とすれ違った。近くに高校があるのだろう、ロングトーンのラッパの音が遠くに聞こえる。


「そんなにひどそうに見えませんけどね!」

「あ? 何か言ったか!?」

 空を自由に飛び回る飛行機の所為で、どうしても会話が大きくなる。途中池田市から箕面市に入るまでにたくさんの飛行機を見た。そういえば、この辺りは伊丹市が近く、大阪国際空港があるはずだ。

「そんなに! ひどそうに! 見えませんね!」

「周りを良く見てみろ!」

 その時特大ジャンボが頭上を飛んだ。煩さに耳を塞ぐが、アパート前を散歩する通行人は慣れた様子で気にも留めていない。散歩している犬さえもハッハと涎を垂らしているだけだ。

「周りを良く見てみろ。道が狭いし、一方通行だ。契約駐車場も無ければアパート前にベタ付けすることも出来ん。エレベーターも無いから完全持ち降ろしの上に、物件前に車止められなかったら台車で駐車場まで運ぶ事になるだろう。物量云々より、人を入れなければ時間がかかりすぎる」


 その古びたアパートは、雨の日には滑りそうな金属の外階段で、人一人登るのが精一杯な狭さだった。登れば高い音を立てて足元が細かく揺れる。

「外階段は持ち降ろしに注意が必要だ。足元が見えない分、滑り落ちたり危険が多い。

 それにこの狭さなら水屋や冷蔵庫、洗濯機なんかはロープで吊り降ろし作業になるだろう。が、あそこ見てみろ」

 鹿骨の細い指は、錆びた雨樋を指している。

「ロープ吊りの場合腕力が無い奴が行うと、どうしても不安定になりやすい。可能ならばバイトも力のある山下とか内本辺りを入れた方がいい。

 それにあの樋は外にはみ出しているだろう。接触すれば破損する可能性が高い。ハシゴを使って傾斜をつけて滑らす方法が無難だ。見積もりの時、こういうのもしっかり見とけよ、でないと……」

 その時冷蔵庫を廊下に運び出した汗だくの夕凪が大きく手を振る。

「あーやっと来た! 盤! 出雲! 助けてくれ!」

「こういうことになる」

「勉強になります……」

「最悪の事態を考えながら行うのが仕事だ」と完璧主義者は愛用の緑色の軍手を身につけた。


 初めが初めだったから、未だに出雲は鹿骨を好んではいない。魚吉のおかげで立ち直ったが、あの日見た光景は今でも夢に見るほどショックだった。だが仕事に関しては尊敬している。聞けばきちんと教えてくれる。出雲はこの会社で学んだ事がある。

 新入社員に必要なのは学習能力ではない。どれだけ馬鹿にされても折れない心だ。

「大声出すな! 近所迷惑だろう!」と階段を登る鹿骨に続いた。

「いやー、助かった!」

 出雲が差し入れの冷たい炭酸を渡すと、夕凪と力持ちの大学生アルバイト山下が畳に腰を降ろし一気に半分ほど飲み干した。

「生き返った~! 久々にしんどいっスわ!」

「ホントすまん!」

 がばりと頭を下げる夕凪に「若いっすから全然大丈夫ッス!」と山下は力瘤を作って見せた。

 アルバイトの山下は現在大学3回生だ。大学院に進まず就職を考えているなら今は大切な時期だが、本人は「世界を見て回りたい」らしく、現在は大学は休学してアルバイトばかりしている。

 数ヶ月トートでアルバイトすれば、纏まったお金が入る。それを持ってまた海外に貧乏旅行へ行くのだ。将来は青年海外協力隊に参加するのが夢らしい。

 5歳から空手を習っていた彼は礼儀正しく、サボることをしない。会社としては貴重な戦力である彼には是非頑張ってほしい所だが、若い彼の青春を止める権利は無い。 


 因みに社内で一番力が強いのが夕凪だ。洗濯機ぐらいなら1人で持ち上げる。口も動くが体も動く。頭は良いとは言えないが機動力はナンバーワンだ。

 その2人がペアになって作業を始めてもう2時間だが、部屋はまだ半分しか片付いていなかった。

「確かに物量多いですね……」

 1人暮らしとは到底思えないぐらいの物があふれている。

 箪笥が2竿、曇った大きな鏡のドレッサーには安物の化粧品が未開封のまま置かれている。高く積み上げられた本も何処かで拾ってきたのかと思うぐらい黄ばんで汚れていた。運び出した物量を聞く限り、布団以外のすべてに物が溢れていたのだろう。

「捨てられない人間は、決断力に欠ける人間だ」

「物が多い人間は、情に深いんだぞ」

 真反対の事をいう上司と先輩のどちらに賛同すれば良いのか。出雲と山下は曖昧な愛想笑いを返すだけだった。

「ま、とりあえずは外に出すしかないな。杵築は俺と分別と荷詰。廊下まで出すからお前ら2人で降ろして行け」

「ウス!」

 ペットボトルの蓋を閉めて気合を入れた。

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