第14話

 インターネットの検索バーに打ち込み出てきた衛星写真付きの地図を操作し、「あのあたりか」と手帳を広げた。

 帝塚山が電話を切ったことを確認して声のボリュームを上げる。

「港区の担当は誰だ」

「ハイ! 俺!」

 立ち上った夕凪は、月間予定の書いてあるホワイトボードの隣に設置された棚から作業指示書を取り出す。枠から飛び出すようなダイナミックな文字が書き込まれたそれを上司に差し出す。

「競馬仲間のおっさんの知り合いの現場です。生活保護受けてギャンブル三昧するようなろくでもないジジイだったけど、ボケて施設に入っていたカミさんが死んだショックに耐え切れず衝動的に自殺。見積の為に部屋入ったけど、本人はもう居なかったぞ」

「ハズレだな」

「だな。バイト連れて行ってくるわ。文化住宅の2DKだったけど荷物も少なかったし二時間もかかんねぇよ」

 蓋を開けてみなければ、そこに魂があるかはわからない――効率が悪く見えるが、こうでもしないと闇雲に探し回ることになる。

 警察に潜り込んだ同僚から仕事を流して貰っているが、彼らも全ての現場を知っている訳ではない。トートの知名度は口コミやインターネットでじわじわと上がってきている。今は辛抱の時で地道に足を動かすしかない。会社を大きくしシェアを拡大することが先決という判断で今は自殺であれば受け入れている。

「あの、こんな簡単に仕事受けても大丈夫なんですか?」

「電話は録音してるから問題は無い。それに仕事はスピードが命だ。モタモタしてたら同業者に取られるぞ」

 管理会社に念書もかかせるから大丈夫だ。そう言い切った鹿骨は席を立つ。その後ろ姿にに慌てたように帝塚山が並ぶ。

「杵築さんも連れて行くんですか? まだ早いと思います」

「遅かれ早かれ行かなきゃいけないからな。お前は甘すぎる」

「では、夕凪の方に連れて行きましょう。彼女にはまだ早すぎます」

「何度も言わすな。それに今回の場合流れる可能性の方が高いだろう」

 正確な年齢はわからないが、おそらく帝塚山のほうが鹿骨より年齢は上だろう。それでも、社会というのは上に立ったものの命令が絶対だ。

「連れて行く。おい、お前」

 自分の事なのに勝手に話が進んでいることにぽかんと口を開けている。

 鹿骨は上から下まで出雲の服装を眺めた後に「それを脱げ」と顎で指示をだした。

「は?」

「そんなんじゃ動きづらい。現場をなめるな」

「それが、女子社員は初めてで、杵築さんのサイズのユニフォームは発注していないんだって。今特注で作ってもらっているんだけど、しばらくはコレで我慢してくれる? 本当にごめんね」

 帝塚山から差し出された紙袋を受け取る。ここらでは有名な百貨店の白い紙袋は夏服の作業着が入っているとは思えないほど軽い。

(ダサッ!!)

 中身を見た出雲の顔が引き攣る。ぱりっとしたビニールに包まれていたのは、ジャージだった。しかも、色が何とも言えないあずき色をしている。広げてみると、腕の部分に三本のラインが入っており、裾に向かってきゅっと絞られている。

「さっさと着替えて来い」

「えー……」

 紙袋の中には揃いのズボンも入っている。上下着た姿を想像する。ダサイ。田舎の中学生でももう少しマシなジャージを着ているだろう。

 だが今日の服装は、買ったばかりの白のワンピースなのだ。悲鳴を上げる通帳を無視し、クレジットカードで買った胸元のビジューの形が今年らしいそれは、初夏にまで着まわす予定で汚したくはない。上品に光るストッキングで卸したての新品なのだ。

 頭の中で天秤をかける。ダサすぎる服装を着た自分と、お気に入りのワンピースが汚れるかもしれないこと。

 早々に帝塚山に受話器を渡した出雲は凄惨な現場の状況を知るはずもない。新人の自分が何をするわけでもないだろう、と出雲は二十代女子としてのプライドを選んだ。

「いえ、このままの服装で大丈夫です」

「大丈夫か大丈夫じゃないかはお前が決めるんじゃねぇ、俺が決めるんだ! グダグダ言ってないでさっさと着替えて来い!」

 大声で喝を飛ばされれば、体を強張らせるしかない。慌てた様子で自分のコートが仕舞われている休憩室まで走って行った。

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