第13話
電話の相手はパニックを起こしているようだった。甲高い声に引き攣った嗚咽が混じって何を言っているのか半分も聞き取れない。
つられて焦り出した出雲を見かねて、帝塚山が保留を押すようにジェスチャーを取る。
一言断ってオレンジ色の保留ボタンを押すと、聞きなれてはいるが殆どの人が曲名を知らないイングランドの民謡が流れる。
「代わるよ」
「ごめんなさい」
一呼吸おいてから帝塚山が受話器を取った。
「――お電話代わりました、帝塚山と申します。この度はご愁傷様でございました。はい、独り暮らしの若い男性ですね。緊急ですね。管理会社の方とはお話になられましたか? はい管理会社の方です。あ、今隣にいらっしゃる。もし宜しければ、お電話変わっていただけないでしょうか。はい、ありがとうございます」
動じないが柔らかく、悲しみを織り交ぜた声色で、帝塚山は話しかける。受話器から漏れる女性の声がだんだんと低くなり、落ち着いてきているのがわかった。
「お電話ありがとうございます、有限会社トートの帝塚山と申します。あ、佐竹さん! お久しぶりです。こちらから佐竹さんの携帯に折り返しましょうか? はい、じゃあ一度失礼します」
受話器を置いて、作業服のポケットから黒色のPHSを取り出す。電話帳の中から株式会社ユニバーサルコミュニティの営業部の佐竹の番号を見つけ出し、卓上の電話機に打ち込む。よくトートを使ってくれるお得意様だった。
「お世話になっております、トートの帝塚山です。この度はご愁傷様でございます」
管理会社に勤めていると、何度もこういった自体に立ち会うことがある。営業部長まで成り上がった佐竹も現場を見たはずだが、落ち着いた言葉は淡々としており理解しやすかった。
都島区の1LDKで二十代男性が自殺を図った。
定職には付かず、自分は岡本太郎の生まれ変わりで真の芸術家だと言い触れていた。普段から奇行が目につく入居者で、怖いからどうにかしてほしいと同じマンションの入居者から頻繁にクレームが入っていたらしい。
薬物中毒か何かだと警察に相談していた所、本日血まみれで倒れている所を所を交際相手が発見し警察に連絡した。今から丁度現場検証が始まるが、警察曰く刃物が突き刺さった状態で遺書も見つかっている為自殺とみて間違いないらしい。
遺品整理は死体と切っても切れない縁でつながっている。なんせ死体がなけれな商売が成り立たない。特に自殺専門を謳っているトートでは、遺体発見後すぐに部屋へ行くことも珍しくは無い。
部屋内で人が死ぬと、まず警察に届けられる。
病死、老衰死などの自然死でないものは異状死と呼ばれる。その死体が事件性があるものなのか、ないものか、はたまたどちらかわからないのか。とにかく一番初めに行われるのが刑事訴訟法二二九条による検視だ。検視官と呼ばれる専門の警察官らが遺体の外傷の有無から犯罪であるかの判断を下す。
検視により事件性がある、もしくはわからないと判断された場合は司法解剖が行われる。これらは遺族への了承が無くとも「鑑定処分の許可書」があれば強制的に行うことができる。
事件性がないと判断されれば、検案要請が出され、医師による検案が行われる。ここで死因がわかれば死体検案調書及び死体懸案書が作成され、遺族の元へと帰ることになる。
死因が特定されなければ、行政解剖か承諾解剖が行われる。前者は監察医制度の整った東京二十三区、横浜市、名古屋市、大阪市、神戸市の五都市で行われるもののみを指し、それ以外の都市で行われる解剖はすべて後者に分類される。
そこで死因が判明すれば、遺族の元へ。それでも判明しなければ司法解剖の運びとなる。
さて、今回の場合はどうだろうか。
現場の状況から事件性は低く、おそらく検案で済むと警察は言っているらしい。
「ご存じとは思いますが、まずはお客様の立会いのもとでご契約して頂かないといけないのですけれども」
『オーナー様が気味が悪いから早くどうにかしてくれとおっしゃってましてね。何しろ血がすごくて……保証人のお母さんもパニック状態で困ったもんですよ。何かありましたらこちらできちんと責任を持ちます。お願いできませんか?』
「今伺った内容では弊社ではお力になれない場合がありますが……」
『わかってます、わかってます。オーナー様を納得させるためにもとにかく一度来てもらいたいんです』
「畏まりました。とにかく現場に向かいます。詳しい住所教えてください」
上着の肩に刺したボールペンを抜き取り、裏紙で作ったメモ用紙に住所を素早く書き込んで鹿骨に渡した。
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