第12話
「人の寿命を成り損ないごときがどうこう出来るワケがない。
とはいえ、成り損ないでも神は神だ。存在する限りは何か役目を持たなければならない。大切なのはどのようにして生きるかだ。人も死神もな」
ここで一度鹿骨はコーヒーを飲む。
「で、他の神達の手伝いをずっとしていたんだが、ここ150年ぐらいで随分とこの世は様変わりしてしまった。信仰の力が弱まってしまい、あの世の神も随分と減ってしまったんだよ」
150年前の日本と言えば、江戸が明治に変わった辺りだ。考えれば白黒の世界からまだそれぐらいしか経っていないのだ。
「さっきの地獄の話なんか、昔は殆ど全員の人間が知っていた。でも今はどうだ?
お前もお前の親も知らないだろう。人間は仏も神も信じなくなったんだよ」
鹿骨の話すトーンは先ほどから変わっていないが、出雲の耳に悲しく聞こえるのは気の所為なのだろうか。
「で、だ。話を日本に移そう」と鹿骨が続ける。
「現代日本は宗教的に浮つきすぎているんだよ。1月は寺の神様にお願いに行き、12月は神の誕生を祝う。ハロウィンを仮装パーティーに仕上げ、縁も縁も無い土地をパワースポットと呼ぶ。結婚式は神に永遠の愛を誓い、死んだら天国に行けると思ってお経を唱える」
「ハイブリットにも程があるよな」
嫌いじゃねぇけどな、と夕凪は笑う。
「宗教というのはどのように生きれば良いのかという道しるべでもあり糧でもあるが、死んだ後あの世でどうありたいのか、魂が肉体に留まっている内に決めておくという重大な役割を担っている。
そのことを理解していない人間が多いから、死んだ後に宙ぶらりんになってしまうんだ」
150年の間に超現実主義者が増え、都合の良い時にしか神に祈らなくなったのだ。
「でも神様仏様からしたら混ぜるな危険なんだよ」
現代に入り、神仏の使い達もいったいどうすればよいのか悩み始めた。自分たちが迎えに行けばよいのか、他の使いが迎えに来るのか。そのまま置いておくべきなのか迷う事案が大量に発生してしまった。
「そんなわけでやることの無かった俺たち死神が、神様仏様の所までの「案内人」として動く様になったんだ。御子達は裁きの時を待っているわけだから、神様仏様の所に連れて行くわけだ。そのことが曲がり曲がって死神が死の世界へ魂を連れて行く。という風に伝えられてしまったんだよ」
「はー、そんな経緯が……」
出雲は感嘆のため息を吐いた。納得しかけてはた、と気づく。
「いやいや、まず死神なんておかしいでしょう! 証拠見せてください、証拠!」
「簡単だよ」
立ち上った御厨は、パーカーのポケットからスマートフォンを取り出す。カメラをインカメラに切り替えると、部屋の端へ移動する。
「虎、そこ入んないから優狸とその子の間に入って。はいチーズ」
全員がフレーム内に入っていることを確認してから、画面をタップする。カシャ、と高い音が響いて内蔵メモリに吸い込まれる。慣れた動作でカメラロールを開いた御厨は、ずいと出雲の鼻先に画面を差し出す。
「証拠」
そこには、出雲しか映っていなかった。
写真の中の反転した時計が、間違いなく今取られたものだと証拠付けていた。
だが嫌そうに眉間に皺を寄せる鹿骨も、ピースサインをする帝塚山も、歯をむき出しにして笑う夕凪も、かわいこぶって唇を尖らせた御厨も映っていない。
ホワイトボードを背にした半目の出雲しか切り取られていなかった。
「え、ウソだ! 何で!?」
「死神だからだよ。存在がこの世のものでは無いから、映らないんだ」
「何なら体もすり抜けれるぞ」
「ぎゃー!」
ぬぅ、と出雲の体から3本目の腕が生える。後ろに立った夕凪が胸の辺りを貫いている。
見えない人には見えないが、出雲には青く脈打つ血管の1本まで鮮明に見えている。
叩き落そうとした手のひらも、太い腕をすり抜けてしまってはどうしようもない。
驚きのあまり椅子から転げ落ちて尻もちをつく出雲は、もう半泣きだ。
「ちなみに今見えない人が来たら、誰も居ないのに1人叫んで倒れたイタイ人だよ、あんた」
御厨は口元にニヒルな笑みを浮かべて、再びカメラを構える。
スカートが捲れあがって下着が見えてしまっているが、足を広げたまま放心する出雲は気付かない。
哀れに思った帝塚山が手を差し出す。恐る恐る指先で突くが、今度はすり抜けない。生命線のやけに長い手のひらは人肌に温かい。
「そういうわけなんだ、信じてもらえた?」
超現実主義者も、目の前で証拠を出されたら信じるしかなかった。
「それって、コントロール出来るんですか」
「じゃなきゃ、仕事にならないだろ」
当たり前の様に鹿骨が肯定する。
「まぁこの事務所内では基本的にはみんな姿を消してるけどね」
穏やかな表情で帝塚山は恐ろしい事を呟く。
「やめてください!私が不審者になる!」
「姿をキープするのに腹筋いるんだよ。そんなの疲れるじゃん」
おかげで彼らの腹筋は見事に割れているらしい。しかしだらりと机に体を預ける御厨の腹筋は割れていないと賭けても良い。
「意味わかんない……もうヤダ」
目の前で起きたことは現実だ。どうやら自分は死神のいる職場で働く事になった様だった。嫌でも納得せざるを得ない。
べそをかく出雲の背中を叩き、夕凪が励ます。
「こんな事で根上げてたら、現場行けねーぞ!」
「そうだ、自殺専門ってどういうことなんですか?」
「あぁ、そこなんだがな……」
意味深に言葉を切って顔を合わせた一同はため息をつく。めんどくさそうに夕凪が言葉を引き継いだ。
「信仰心が無くあぶれた亡者を死神が神様仏様に連れて行くのは理解したろ? 死因が何であれもう死んでるんだから、この世には居れない存在なんだ。
変な言い方だが円満に死んだ人間は、未練があろうが無かろうが次の場所へ移動する。だが、その場から離れない人間がいる。それが、自殺者だ」
夕凪は首に回した手で濃い項をごしごしと擦る。
「自殺者は未練の塊だ。その場に留まることを望んだせいで、足が無くなる。だから死神がそこまで行って無理やり連れて行くんだが……」
ここで一同はもう一度重いため息をつく。鹿骨は眼鏡を外し目頭を揉みながら続けた。
「今までなら未練があろうがなかろうが、頭叩いて連れていけば良かったんだが、やれコンプライアンスや個人の意思やら人権やら上層部が煩くなってな。やり方を変えざるを得なくなった。
自殺者はその場に留まるから部屋で死んだ場合は部屋に入るんだが、それをすると次は不法侵入だと言いいやがる。無視すればいいんだがゴネて死後の裁判の予定を崩しやがるから、丁寧に丁寧に連れて行くんだ」
疲れたその顔は死神とは思えない。どう見ても仕事に疲れているサラリーマンだ。
死神はあくまで、天国にも地獄にも当てはまらない人間を「送り届ける」事が目的だ。その方法は一任されていたが、神様仏様から直々にクレームが来れば、方法を改めなければならない。
「というわけで、日本各地に支店を置いて、魂の回収業務に当たる事になったんだ。遺品整理と名前を付ければ、死んだ人間の部屋に行けるからな。俺らの現場イコール死人部屋だ」
有限会社トートは屋内での自殺者を回収する。樹海で死んだらボランティア団体を名乗る死神が、電車に引かれてで死んだら鉄道会社で働く死神が回収し、事情を聴いて送り届ける。人間が知らないだけで、日常生活に死神は潜り込んでいる。
「あの、送り届けるってどこにですか?」
「決まってるだろ、地獄だ」
間髪入れずに言い切る鹿骨の声は、ひやりとするほど冷たい。
「人殺しは地獄に落ちる。お前も小さい頃からそう言われてきただろう?」
「人殺しって……」
「当たり前だ。自殺者は自分自身を殺した人殺しだ。その上神仏が決めた寿命を身勝手に変えるのだから大罪だ」
意味があって造られた生命。それをたかが人間ごときが変えて良い筈がない。
「地獄と名前がついていなくても、死ななければよかったと後悔する場所へ行くことになる。空の上には行けない。地面の下の最下層、日の当たらない場所だ」
灼熱の地獄よりもつらく暗い場所。運命に逆らった人間は使いによってそこに押し込められる。
「俺らの仕事は、自殺者を見つけ、未練を取り除き、正式な使いの元へ引き渡す。これが一連の流れだ。とはいえ、最近は鬼も優秀だから残ってる確率は五分五分だ。そうなりゃ、唯の遺品整理業者として動くだけだな」
話が纏まった所でタイミング良く、プルルルと電子音が鳴り響く。
「耳で聞くより、目で見た方が早いだろう」
出てみろ、と鹿骨に促され、出雲は動揺が残る頭を切り替えて受話器を取った。
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