第11話

「例えば今ここでお前が死んだとしよう。そうするとその後はどういう流れになる」

「縁起でもない事言わないでくださいよ!」

 あまりにも出雲が暴れるものだから、椅子に押えつける役目は社内一の体力自慢夕凪にバトンタッチされた。

「例えばだっての。はい! 今! 隕石がお嬢の頭に当たって死にました。はい! どうする!?」

 夕凪がパン、と手を叩いて続きを促す。出雲は逃げられないと悟り、しぶしぶ想像力を働かせる。

 例えば、今ここで死んだとしよう。隕石が当たったのであればNASAが来る……?

 残念ながらFランク大学出身の小さい脳みそでは宇宙=NASAと関連付けられていまいち乗り切れない。

「逆に難しいので、持病があった設定に変えますね」

 出雲の想像力では、隕石落下は難しすぎた。簡単なシチュエーションに置き換えて想像する。


 小さい頃から患っていた心臓の病気で急に倒れたとしよう。

 そうすればこの事務所の誰かが(おそらく帝塚山あたりが)救急車を呼ぶ。近くの病院に搬送されたが、医師の懸命の処置もむなしく間もなく死亡。

 島根の両親に連絡が行き、母親は霊安室に眠る出雲を見て泣き崩れる。暫く泣いた後に落ち着きを取り戻した母親は病院に相談し、病院御用達の葬儀会社の人間がやってきて霊安室から遺体を出し、そのまま車で実家へ運ばれる。

 出雲の田舎の島根は他の県の一般的な葬儀と流れが少し違う。通夜の事を「夜伽」といい、自宅で行うのが一般的だ。夜伽の時間は決まっておらず、一晩中人が行ったり来たり焼香を行う。

 そして夜が明ければ先に火葬を行い、葬儀、告別式を後から行う。よって葬儀の時は祭壇の真ん中にお棺ではなく骨壺が置かれているのが通例だ。その骨壺も四十九日経てば寺にある一族の墓の中に供養されるのだろう。


「こんな流れですね……」

 一番最近の葬儀で小学生の頃に無くなった祖母のものだったので、記憶は曖昧だ。

「仏教徒か」

「はい、お寺さんです」

「お前は大丈夫そうだな」

 ふむ、と鹿骨は細い顎に指を当てる。

「大丈夫、とは?」

「最近では自分の家の宗教がわからない人間の方が多いからな。さぁ、お前は無事死んで、家族や友人に見送られた。その後お前の魂はどこに行く?」

「天国でしょう?」

「違う」

 あーと祖母の遠い記憶を思い出す。

「仏教徒なんで、お浄土ですか?」

「違うお前が行くのはあの世だ」

「あの世って天国とか地獄とかこの世以外の場所ですよね?」

「あくまで仏教をベースに現代的に解りやすく話をすると、あの世は裁判所だ。お前がどう生きてどう死んだのか、良い事をしたのか悪い事をしたのか、生前の行いを十王に見られ、判決によってその後の行先が決まる。

 さて、ここで問題だ。あの世へはどうやって行く?」

「それは三途の川を渡って……」

「三途の川の前だ。

 人が死に、霊体、幽霊、魂――呼び名は何でもいいが肉体から解き放たれたその後、どうやってあの世まで行くんだ?」

「それは天使がやってきて、連れていってくれるんですよ」

 そのまま愛犬と天へ上る。何度見ても涙が溢れる名作のワンシーンを思い浮かべる。

「典型的な日本人だね」

 いつの間に起きたのか、御厨がデスクに肘をついて馬鹿にしたように欠伸を零す。

「仏教では、鬼が迎えに来るんだよ」

「鬼!? 何で鬼が!?」

 御厨の予想外の言葉に、出雲は目を丸くする。

「鬼の中でも奪魂鬼(だっこんき)・奪精鬼(だっせいき)・縛魄鬼(じゅはくき)という3人1組の鬼が、お前の身体から霊体を切り離し、身体の機能を止め、生き返らないように身体を腐らせる。『精・魂・魄』を奪うんだ。

 その鬼がそのままあの世へ連れて行くんだよ」

 鹿骨の言葉を帝塚山が引き継ぐ。

「ちなみにキリスト教の場合は死んだら墓の下で眠り続けるだけ。そして最後の審判の日に、死者は皆復活して神の裁きを受ける。そして神の国に迎えられるか、永遠の炎に焼かれ続けるかが決まるんだよね。

 だからあくまで生きたままの状態なんだ。土葬の理由だね。墓の下で待っている状態の事をモラトリアム(猶予期間)と言うんだけと、聞いたことない?」

「天使は何もしない。人の為ではなく神様の為にいるのだから」

「なるほど……そうだったんですね」

 鬼に連れて行かれるとは意外だ。出雲の中では鬼と言えば桃太郎の鬼を指し、顔は赤く金棒を振り回す悪い存在だと思い込んでいた。昔話で学んだことや、祖母や両親から聞いたこととも違っている。

 言われれば、そんな事を詳しく教えてもらった事などなかった。ほとんどの人間は頭の中で色々な話が混ざってしまっているのだろう。


「さて、ここで問題だ。死神は何をしているでしょう」

「それは死期の近い人間の魂を奪いに来る不吉な存在で、人を死の世界へ連れて行く案内人的な……」

「死の世界ってどこだ」

「それは地獄とかあの世じゃないんですか?」

 そこまで話して、出雲はまてよ、と口を閉じる。

 4人の説明によると、仏教徒は死ねば鬼があの世へ連れて行く。キリスト教は死んでも最後の審判まで眠り続ける。天使は人間と関わらない。地獄はあの世であの世は死の世界。つまり死の世界へ連れて行く訳ではない。


 では、死神は何をしているのか。


 死神は黒い服を着たガイコツで、手に身の丈ほどの大きな鎌を持った死を司るもの。死を具現化した存在で、夜どこからともなく現れ、魂を刈り取り地獄へと連れて行く存在。

「いやだって、人間の寿命で死神自身が生き延びるとかそういう設定じゃないんですか?」

「死神は生きている訳でもないのに、何故そんな事をする必要がある」

 確かに言われればそうだ。矛盾が生じてしまう。

 罪の有無に関わらず、人は死ねばその宗教の理にのっとり然るべき場所へ行く。そこに死神の必要性は無い。

「わかっただろう、本来死神なんてものは存在しないんだ。

 死を恐れた人間が作り出した、虚像の存在で何も力を持たない。俺たちは、神の成り損ないなんだ」

 ――それが死神だ。

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