第10話

「まぁ、3回目になるから必要ないかもしれないけど、大阪支社課長の帝塚山優狸です。じゃぁ右周りで」

 パソコンモニターを挟んで斜め前に顔を伏せるふわふわの金髪に話しかける。

 もぞもぞと肌触りの良い枕に顎を埋めたまま、自分の席の前で直立したままの出雲を見上げる。ゆるいウェーブのかかった髪の毛が簾の様に顔に掛かる。目が半分しか開いていない。

「御厨翔。ハタチ。おやすみ」

 首が真下に傾き、そのまま動かなくなった。

 傷みなど見受けられない金髪のつむじが、よろしくするつもりは無いと出雲に返事をしているようだった。

「はい次」

 ガタン! と大きな音を立てて椅子が揺れる。

「俺は夕凪虎児! 好きなものは野球と競馬とオネェちゃん! ヨロシク!」

 季節感の無い白いタンクトップから伸びた褐色のたくましい腕が、ぬうと出雲の眼下に伸びる。無駄な脂肪が一切なさそうな腕は丸太の様に太い。

 大きく分厚い掌をそっと握り返した。出雲の前に座る御厨の髪の毛が中世の貴族の髪の様に光っているのに対し、夕凪の髪の根元は黒くなっている。おそらく脱色しているのだろうが、その派手な金色の毛は大柄な体格によく似合っている。

「じゃぁ最後、盤!」

 眉間に皺の寄せた鹿骨が、夕凪を睨む。

「きちんと部長と呼べ。さっきも言ったが、有限会社トート大阪支社部長 鹿骨盤だ。責任者も兼ねている。以上お前を除いて4名がこの大阪支社の正社員だ」

「き、杵築出雲です。よろしくお願いいたします」

 パチパチと拍手が起きる中、出雲は頭を下げて席に着く。

 面接のときはきちんとしていたのだろう、改めて見ると皆バラバラの服装や髪形をしている。揃いの作業服のズボンを履いてはいるが、役職をもつ2人は上着の下にカッターシャツを着ている。鹿骨は白のカッターに黒のネクタイを締めており、帝塚山は黒の艶のあるシャツを着ている。夕凪は説明するまでもなく季節感の無いタンクトップ姿で、とうとう寝息を立て始めた御厨のパーカーには幼児が好みそうな動物の耳がついている。

 共通しているのは、面接の時にも思ったが、顔が整っていること。それぞれにタイプは違うがさぞかし女性にモテることだろう。

「今日の予定は?」鹿骨が帝塚山に問いかける。

「14時から港区の撤去以来が1件です」

 開きっぱなしの手帳を手に持ち、帝塚山が答える。

「そうか、丁度良かった」

 鹿骨は手元のブラックコーヒーを啜る。そして唇を湿らせた後に、口を開いた。

「杵築、帝塚山から聞いたか資料を読んだかもしれないが、ウチは遺品整理業者だ。特色は……」

 そこで一度言葉を切った。改めて出雲を見据える。

「お前は自分がこの会社に雇われた理由がわかるか?」

「理由ですか? ……そうですね、やはり新卒だったから、ですか?」

「違う」

「話した内容が良かった、とかですか」

「違う」

「華やかさを求めて?」

「自分自身をずいぶんと高く見ている様だな」

 鼻で笑われて出雲は耳が赤くなるのがわかった。

 そりゃ、働きはじめたばかりで何が出来る出来ないも判断できないが、そんな言い方はないじゃないかと唇を尖らせる。ちなみにこれらは出雲が自分自身を評価したものでは無い。

「帝塚山のセールストークで浮かれていたら、この先身が持たないぞ」

 そう、これらはすべて帝塚山が出雲を褒めちぎった言葉だった。

「ずいぶんな言われようですね」

 出雲は帝塚山を見上げる。彼はこのさわやかな顔でたくさんの女性をたぶらかしてきたのだろうか。

「お前を採用したのは、俺たちが見えていたからだ」

「……どういう意味でしょうか?」


「俺たちは、死神だ」


 鹿骨の眼鏡の奥がきらりと光る。

 明かされた答えの意味が解らずに首をかしげる。

「……どういう意味でしょうか」

 良い年して何をくだらない話をしているのか。頭がおかしいのか。出雲の顔に不信感が広がる。

 わかっているであろうその表情を無視したまま、鹿骨は話を続ける。

「繰り返すが、ウチは遺品整理業者だ。特色は自殺者専門という所だ」

 ――自殺者専門。初めて聞く言葉に目を瞬かせる。

「名前の通りだ。我々死神は特別な魂の回収と移送を仕事にしている。結果、専門になった。依頼があればもちろん普通の遺品整理も行うがな」

「その死神っていうのは、本気で言っているんですか?」

「当たり前だろう」

 馬鹿馬鹿しい。唇の端を引きつらせて曖昧な返事をする。

 が、視線を感じて事務所を見渡すと、全員が出雲を見ていた。帝塚山はにこやかに、夕凪はニヤニヤと、御厨は無表情に視線をよこしていた。

 まさか、この会社、宗教的なアレか。

 危険を感じ逃げ出そうとした出雲の肩を、素早く立ち上がった鹿骨が勢いよく上から押し、椅子に縫い付けた。

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