第6話

 最上階の細長い廊下は左右に1つづつ扉があり、右には「応接室」と金色のプレートが掲げてかあった。

 出雲はドアストッパーで止められている左手のドアを潜った。

 薄いグレーのタイルカーペットを踏む前に「失礼します」と声を掛けると「はーい」と作業着姿の男性がパーテーションから姿を表した。


 一番始めに目についたのは、顔だ。

 栗毛の髪を短く切り揃え、柔らかな表情を浮かべる男性は非常に整った顔をしていた。

「杵築さんですね。お待ちしておりました。今回面接を行う帝塚山(てづかやま)と申します。では早速ですが面接から行いますので、支度が整いましたら後ろの応接室にお入りください」

 アナウンサーの様な爽やかな笑顔と、良く通る声をしている。上下に分かれた真っ黒の作業服に、インナーに白のカッターシャツを着ていた。穏やかな表情に出雲の緊張もすこし解れてきた。

「あの、適性検査は行わないんでしょうか」

「学力よりも人間性や適正が必要とされる仕事なので、弊社では直接お話しする事を重視しています」

 そう答えて「ゆっくりで良いですからね」と向かいの扉に消えていく。

 出雲はスマートフォンの電源を切り、真っ暗な画面で襟元が乱れていないかを確認する。

 1つ笑顔を作ってから応接室の扉の正面に立った。

 大丈夫。今度こそ、絶対に大丈夫。

 マニュアルの受け答えを一通り反芻し、中指で3度ノックを打った。


 コンコンコン。

「どうぞ」

「失礼します」

 お決まりのやり取りの後に、応接室に入る。

 部屋の中央にぽつんと置かれたパイプ椅子を、天井にはめ込まれた暖色のライトが照らしている。少し離れた所に境界線のように長椅子が置かれており、3人の男性が席についていた。

 落ちた。

 出雲は結果を察した。

 どう考えてもこの会社はビジュアル審査がある。

 先に出迎えた帝塚山が向かって一番左に座り、その隣に金髪の男性、更にその隣に黒髪の男性が座っていた。

 足の長さを別とすれば、机の向こうに座る全員の背がかなり高いことになる。しかも全員、タイプは違えどテレビの向こう側の人達のように整った容姿をしていた。

「お座りください」

「し、失礼します」

 4つめののパイプ椅子には誰も座っていなかった。1番右端に座る黒髪の男性が、神経質そうに眼鏡のブリッジを触る。

「では、自己紹介からお願いします」

「はい、大門(だいもん)大学文学部英語文化学科卒業 杵築出雲です。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

 スリッパの踵をきちんと閉めて、深々と頭を下げた。


「あまり緊張せずに、正直に答えてください。当社は主に遺品整理を主たる業務としています。まず、遺品整理という仕事について、どれぐらい知っていますか?」

 想定内の質問に、安心して口を開く。

「私が初めてその言葉を聞いたのは、ニュース番組ででした。

聞きなれない言葉に興味をそそられ続きを見ていると、ゴミ屋敷に近い部屋から映像は始まりました。1人の男性が、そこで孤独死したそうです。そこに何十年前に離婚した元妻と、その息子さんが現れてインタビューを行っていました。

男性と家族の間には確執があったようで、警察から「荷物を処分してほしい」と連絡が入ったから手配したものの、もう自分たちには関係無い。すべて処分してほしい。良い迷惑だ。と口に出していました。

しかし、遺品整理業者の方が遺品を手に取りながら1つづつ話を聞き続けていると、元妻は泣き始めました。自分たちを捨てて死んだ人でも、家族だった人なのです。

遺品を片付けている時間が凝り固まった悲しみを溶かし、確執は無くなっていきました。私は、亡くなってなお、恨み続ける事がなくなり、本当に良かったと思いました。

同時に遺品整理の仕事は、人の心をも救うすばらしい仕事だと思いました」

 もちろん嘘だ。動画サイトで遺品整理と調べたら一番最初に出てきた動画を見ても、出雲はただこんなゴミ屋敷に入ったら気管支がやられそうと思っただけだった。

 しかし、幾つもの会社を落ち続けている出雲は、神妙な顔を貼り付けて質問に答える。

「その事をふまえて当社を希望した理由はなんですか?」

「はい、1番の理由はその映像に感化されたからです。

遺品整理という仕事を、私は直接この目で見たことはありません。ですが、高齢化の進む日本ではこれからニーズが深まる職種だと思います。ご依頼主の方は、大切な人を亡くして憔悴されている事と思います。物だけではなく遺族の心も整理できるような優しい人間になりたいと思い、御社を希望致しました」

 なるほど、といったように手元の用紙へボールペンを走らせる。


 そこから幾つか、大学時代に頑張った出来事だとか、長所短所などありきたりな質問を一通りこなし、面接官はペンを置いた。

「杵築さんを採用した際には、事務職だけではなく、現場に立ち会ってもらいます。まずはスペシャリストに。そしてゆくゆくは、社内社外で活躍するジェネラリストになってもらいたいと思っています。

即ち、直接そこで亡くなった、いわゆる自殺現場にも行ってもらいます。できますか?」

「はい! 私はずっと自分にしか出来ない仕事を求めていました。やる気はあります!」

 勢いよく返事を返した。出雲の高揚した頬には、自分には出来ると書いてあった。


「そうですか…では、最後の質問です。この部屋に面接官は何人いますか?」

「え?」

 唐突に告げられた意図の読めない質問に、出雲は辺りを見回す。そして、そこで初めて右端の空いていたパイプ椅子に新たに1人人間が増えていることに気付いた。

「すみません、ご挨拶が遅れて……」

 いつの間に座ったのだろう。出入り口は出雲の背中側に1つあるだけで、扉の開閉音にも気付けなかった。

 ふわふわの金髪に、明るいグリーンの瞳の美少年が眠そうに片手を上げた。

「なるほど……面接は以上です。ありがとうございました。結果は追ってご連絡差し上げます。お気をつけてお帰りください」

「え? あ、ありがとうございました」

 またしても唐突な終了の言葉に、頭を下げて慌てて立ち上がる。

 足元に置かれた荷物を片手に扉の前でもう1度礼をし、廊下へと出た。

 

 いける、これはいけるぞ。

 過去最高の出来に自分自身に賛辞を贈り、浮かれた足つきで急な階段を下りる。

 外に出ると気持ちの良い風が吹いていた。

 せっかく南森町まで出てきたんだから、どこかでお昼を食べて帰ろう。出雲が腕時計を確認すると時刻は13時30分。ランチタイムには間に合いそうだ。

 駅からの道すがらチェックをしていた半地下のイタリアンのお店へ鼻歌を歌いながら歩き出した。

 

「さて、どうしますか?」

 中央に座った黒髪にシルバーフレームの眼鏡をかけた男・鹿(ししぼね)骨盤(めぐる)は、他3人の顔を見渡す。

「いいんじゃねーの「見えてた」し。どんくさそうなお嬢だけど、そこはお前らの教育次第だろう」

 金髪に立派な体格の男性は夕凪(ゆうなぎ)虎児(とらじ)だ。だるそうに着崩した作業着の上から横腹を掻く。

「可愛らしい女性が増えると、職に活気が出ますね」

 帝塚山はもう一度じっくりと履歴書を眺めている。

「ZZZ」

 そして1番最後に現れた御厨(みくりや)翔(しょう)は、グリーンの瞳を閉じて机に突っ伏して寝息を立てていた。

「決まりだな」

 鹿骨の一言で、長い間空席になっていた営業兼事務職の枠が決まった。

 鹿骨は机の上に伏せてあった黒革の手帳を開き、出勤日の確認を始めた。

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