第5話
面接当日。地下鉄から地上へ降り立った出雲は、履歴書の入った黒い鞄の紐をぎゅっと握りしめた。
面接場所である大阪支社の場所は、北区天神橋だった。ここいら一体で有名なのは大阪の夏を彩る天神祭を行う大阪天満宮と、日本一長い商店街の天神橋筋商店街だ。
その商店街は最寄り駅の地下鉄南森町駅3番出口と直通している。薄暗い階段を上るとそこはもう賑やかな商店街の真ん中だ。
右にも左にも商店街は続く。手元の地図アプリによると、駅を出て曽根崎通りを横切るようにまっすぐ右に進むようだった。
平日の昼間には、いろいろな匂いがあふれている。
親子二代で営むコロッケ屋さん、大阪らしい鉄板焼きの店、やけに多いカレーのお店。どこも小さな店構えだ。所狭しとランチメニューの看板が並べられている。
その中に見知ったチェーン店のカフェを見つけて出雲はほっと胸を撫で下ろす。大阪に住んで長いが、未だアクの強い個人店に一人で入る勇気はない。
カフェよりも珈琲館ばかり並ぶ道は下町の空気を残している。といえば聞こえが良いが、この空気は田舎を思い出してあまり好きにはなれそうになかった。
「おねぇちゃん! 鰆! 鰆安いよ!」
面接マニュアルにはよく「普段の行いを見るために行き道帰り道も面接官が見ている時がある」とい風に書かれている。その事を配慮してイヤホンをつけなかったらこれだ。活気のある大阪の商人は、リクルートスーツの出雲にも物を売り付けようと声をかける。
「結構です」
「なんや、今から面接かいな?」
「はぁ」
見て判らないのか、と心の中で思う。話しかけてきたのは60代と思われる魚屋の店主だ。短く刈った白髪頭にねじり鉢巻きを巻いている。
「そっか、きばりや!」
餞別な! と腰につけた白いエプロンから取り出したのは小分けされた小さなおかきだった。
甘辛いおかきとピーナッツが入ったこれはどうせパチンコの景品だろう。断って会話が長引くのも嫌なので「どうも」と適当に会釈しながら受け取った。
長い商店街は一本道ではない。右に左に枝分かれした小道にも粉ものの専門店が軒を連ねている。やけに中国人風の観光客が集まっている道があるなと思うと、そこは大阪天満宮に続く道だった。
そこを左折せずにまだまだ直進する。やがてアーケードを抜けると、天神橋一丁目へ出た。石畳風のタイルの道には、今通ってきた商店街よりも新しい店が多い。800円ほどのパスタランチを提供するイタリアンの店が何軒か続いていた。
ナビの中の三角形が激しく点滅する。車の往来が激しい道を横道に入ったこのあたりにあるはずだ。きょろきょろと辺りを見回すと少し先にシャッターが下りている大きな建物があった。
有限会社トートー――シルバーの看板にはそう書かれていた。
「よし!」
前髪を直し、大きく深呼吸。目を瞑りながら震える指でシャッターの隣のチャイムを押した。
「すみません、本日13時から面接の予約をしておりました、杵築出雲と申します」
『お待ちしておりました、シャッター横の階段から4階までお越しください』
指示通り、磨りガラスの扉を引くと、すぐ目の前に階段と靴箱があった。
黒いパンプスを脱いで揃える。用意されていたスリッパを掃き、出来る限り静かにリノリウムの階段を昇る。
1つめの階段の踊り場には「休憩室」、2つ目の踊り場には「倉庫」というプレートが掲げられている。ちなみにどちらにも「関係者以外の立ち入りを固く禁じます」という白いプラスチックのプレートがドアに直接貼られている。
オフィスと言うよりは事務所と言った方が似合う雰囲気だ。
これじゃぁまだハローワークの方がオフィスっぽいじゃないか、と息を切らしながら4階に到着した。
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