第4話

 今日も今日とて、出雲は自分にふさわしい職を探してハローワークへ向かう。

 巡り合いか運命なのか、毎回同じ髪の薄い担当に嫌な顔を隠されないようになっても、だ。

「それで、その後はどうですか? 考え直されましたか?」

「いいえ、ここに応募します。紹介状書いてください」

 印刷された用紙を机の上に置く。急募! の文字が躍る用紙を眼鏡を下にずらして見た職員は微妙な顔をする。

「あぁー、あーここねぇ」

「何でしょう?」

「3ヶ月前に就職した方が昨日来ていましたよ」

「……ちょっと考えます」

 さっ、と紙を引いて鞄に詰め込んだ。ぐしゃり、と抗議の音を立てた求人票は後で再生紙のダンボールに投げ込まれることだろう。

 出雲はもう一度端末を操作しようと立ち上った。

 机を背にすると、日本全国の求人データが載った何台ものパソコンが並んでいる。が、残念ながら今はすべての席に人が座っている。

 少し休憩しようと顔を上げたその奥に小さなスペースがあることに、出雲は初めて気づいた。

 何の為にあるのだろう? 好奇心のままにデットスペースともいえる場所へ近づいた。

 そこには、背の高い棚にたくさんのベージュのファイルが並んでいた。突き当りに掲示板が設置されている。

 紙媒体の求人表だ。

 なるほどな、と出雲は頷く。

 決して埃っぽくは無いため、定期的に差し替えられているのだろう。

 新卒応援という特色がある以上、ここに来るほとんどが平成生まれの現代っ子だ。紙上の文字を追うよりもパソコンの操作の方が楽な人間たちが集まっている。が、幅広い年齢層を受け入れる本来のハローワークならば誰も皆パソコンが使えるわけではない。そんな時にこれらは活躍するのだろうが、活字離れの進んだ若者が集まるここでは忘れられたように閑散としていた。

 数枚しか貼られていない、あまり使われていない様子の掲示板をなんとなく眺めてみた。

「え!?」

 そのまま見逃してしまいそうな文字の羅列に、視線を奪われる。


『有限会社 トート  所在地 大阪市北区

・お亡くなりになられた方の、お荷物を整理するお仕事です。

・若い女性希望。

・採用人数1名(正社員)

・平均年齢が低く、アットホームな会社です。

・社宅有り。

・作業着支給。

・3ヶ月研修期間。(給与同条件)

・昇給・昇進有り。

・未経験の方でも、丁寧に指導いたしますので安心して働いていただけます。

・面接をご希望の方は、大阪本社(06-××××-××××)まで直接お電話ください。

・選考結果は面接後7日以内にお電話にてご連絡いたします。


皆様のご応募をお待ちしております!』


 書かれた文章を、小さく口の中で呟く。

 給与も悪くない。出雲が求めているものよりかは少ないが、何よりも、社宅がある。しかも最近は大手でも家賃補助までに収まっているこのご時世に、全額支給。

 社宅の場所がどこにあるのかはわからないが、丸々家賃分が浮くのであれば多少給与が少なくてもおつりがくるぐらいだ。

 しかし、1つ気になったことがある。

 貼られた用紙に指を滑らす。


・お亡くなりになられた方の、お荷物を整理するお仕事です。


 これはどういうことなのだろうか?

 出雲はスマートフォンを鞄から取り出し、会社名を入力した。パッと画面が検索結果に切り替わり、有限会社トートのホームページが映し出される。

 お葬式を思い出させる渋い色で統一された見やすいホームページには、大きく「遺品整理」と記入されている。

「遺品整理……」

 ついこの間、若手アイドルが司会をするニュース番組で聞いたばかりの言葉だ。

 亡くなった家族の物に囲まれて暮らす遺族。故人の持ち物1つ1つに思い入れがあり、どうしても捨てられないのだという。

 そこに業者が入り、遺族の心に寄り添い、不要な物を遺品へ変え心の整理をするという内容だった。

 ドキュメント方式で放送されたそれらは、認知症を発症した母親を早くに介護施設へ預けてしまった子供達の無念や葛藤などがリアルに写されており、出雲も履歴書を書く手を止めて見入ってしまった。


 人の心に寄り添える仕事。そしてありがとうを言ってもらえる仕事。

 それは何よりも素晴らしい仕事だ。


 募集要項を写真に撮り、じっくりと見返すと直接電話となっていることに気付く。特別ハローワークの紹介状はいらないようだ。

 逸る心臓に手を当てて、深く深呼吸をする。

 緊張する手指を軽く曲げ伸ばしし、番号を入力した。

「お電話ありがとうございます、有限会社トートでございます」

「初めまして、ハローワークで求人票を見てお電話させていただいております――」

 電話に出たのは、若い男の声だった。

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