第112話 キキョウの過去


席に座るキキョウ以外の面々、特にリズとテオが目を見開いてレイナの方を見る。


「理由はわかりました、けど!それでも私は納得出来ません!」


レイナは俯いていた顔を上げ、ミチナガを真っ直ぐと見据えて話す、その強い語気にミチナガも驚いたのか細長い目を僅かに見開く、その隣に座っていたキキョウは肩を縮こまらせ、レイナの視線から逃げる様に顔を俯かせる。


「色々な原因があった、それはわかりました。それでも!それでも本来は村を守るべき人に、村を守った私達が攻撃されるなんて納得出来ません!」


レイナの叫ぶような言葉に食堂が静まり返る、飲み物を準備しに行った店員とケジローにも聞こえていたのだろう、厨房から食堂に入って来ようとしていた反応も固まっている。


誰も何も喋らない、俺も、まさかレイナがこんなにも感情を露わにするとは思わなかったので言葉が出ない。


そうして静まり返った食堂で、リズが静寂を破り、大声を出した後で俯いてしまっていたレイナに優しく声をかける。


「レイナ、レイナの言いたい事は私もわかるけど、でも色々な理由があって仕方が無かったというのはレイナも理解してるでしょ?」


「でも、でもお姉ちゃんとトーマさんが…」


リズの声に反応し、今にも泣きそうな顔をリズに向け弱々しく呟いた後、再びテーブルに視線を落とすレイナ。


そして遂には涙を流し始めたレイナを見て、俺はレイナがとても不安だったのではないかと思った。


レイナは一度、自分の住んでいた村、両親や姉、姉の婚約者で義理の兄になるはずだった人を失っている、そのレイナが今度は俺とリズを目の前で斬り殺されたと思った時、その時にレイナはまた大事な人を失ってしまったと思ったはずだ。


大事な人を二度も失う、しかも今度は目の前で、その時レイナはどんな気持ちだっただろうか。


その後レイナはキキョウから俺達が生きていると聞いて、俺達を治す為に無理をして気絶した、そうして目を覚ましてみれば俺とリズは元気だった。


それを見てレイナも安心しただろう、それから皆で夕飯を食べていた、いつも通りに。


だけどそこにキキョウが来て、レイナは俺達が倒された時の事を思い出した、そして不安になったんだろう、もしかしたら両親や姉の事も思い出したのかもしれない。


その不安な気持ちと、ミチナガの話を聞いて感じた不満が混ざり合って感情が爆発して大声を出してしまったという事だろうか。


レイナがリズに途中まで言いかけた、お姉ちゃんやトーマさんが、という言葉も俺とリズがいなくなってしまったらどうしよう、という不安が口に出たのだろう。


そうやって俺がレイナの気持ちを色々と考えている間にリズが席を立ち、俯いて涙を流すレイナの側まで行くとレイナの肩に手を乗せる。


「トーマ、私はレイナを落ち着かせて来るからここはお願い出来る?」


「うん、わかった。セオも付いて行ってくれる?」


俺の言葉にリズがレイナを立たせ、セオも頷き三人で食堂を後にする。


三人が出て行った後、しばらく沈黙していた食堂に、店員とケジローが飲み物を持って入ってきた、二人は全員の前に飲み物を置いて席に座る。


こういう雰囲気の中で何を言えば良いのか、考えても俺にはわからないがリズに任されたので取り敢えず話を進めようと思い口を開く。


「えっと、ミチナガさん、そちらの事情はわかりました。こちらもまだ気持ちの整理が出来てないんですけど、でも仕方がなかったというのは理解出来ています」


場の全員が居心地悪そうな中、比較的落ち着いて見えるミチナガに声をかける、声をかけられたミチナガは一度お茶を口にして、俯いたままのキキョウに目を向けたまま口を開いた。


「トーマ殿、儂には先程のレイナ殿の納得出来ないという言い分は、その通りだと思う。だが実際にお嬢から被害を受けたトーマ殿やリズ殿はそれ程気にしていないように儂には見える、トーマ殿はお嬢に対して何も思う所は無いのですかな?」


ミチナガに思う所は無いのかと聞かれ考える、確かに俺達は人助けと思って行動したのになんでだよという気持ちも少しはある、だけどな…。


「まぁ少しは思う所もあるんですけどね、でも俺は直ぐに気絶しちゃったんで、それで気持ちがリセットされたというか、実感がそんなに無いんですよね」


俺はキキョウの姿形をハッキリと見る前にあっさりと気絶されられたのもあって、キキョウを見てもそれほど怒りが湧いてこないんだよな、最初はキキョウを目の前にして上手く話せるか不安だったけど、実際キキョウを目の前にしてもあまり怒りや不満といった感情は出ない、どこか他人事のような感じだ、おそらくリズも俺と同じ様な気持ちだと思う。


だけどレイナは一度キキョウと面と向かって話をしているからな、レイナにとってキキョウは明確な敵とまでは言わないけど、俺とリズを勘違いで殺し掛けた相手だとハッキリ認識しているはずだ、簡単に許せる相手でも、仲良くなれる相手でもないだろう、その事をミチナガに伝える。


「リズも多分、俺と同じ感じだと思います。でもレイナは、俺とリズが倒されたのを目の前で見ているし、その後にキキョウさんとも話をしているので、キキョウさんに対してあまり良いイメージは無いかもしれないですね」


「ふむ、そちらの子はどうだろうか?」


ミチナガはそう言ってテオに目を向ける、目を向けられたテオが自分を指差しながら俺を見たので頷きを返し、返事を促す。


「俺はレイナ姉ちゃんがあんなに怒ったのはびっくりしたけど、俺は爺ちゃん達の話を聞いて納得したぞ。それに宿のおっちゃんがキキョウお姉ちゃんは村の恩人だからあまり恨まないでくれって言ってたしな」


テオがそう言うと全員の視線が宿の店員に集まり、宿の店員がきまり悪そうな顔をする、レイナが大声を出してからずっと縮こまっていたキキョウも顔を上げて店員を見る、少しだけ嬉しそうな顔だ。


それにしても、キキョウは食堂に入ってきた時からずっと申し訳なさそうにしている、というより怯えている様に見える、俺達に負い目がある、というのはわかるがいくらなんでも緊張し過ぎな気がするな。


「あの、キキョウさん。レイナはああ言ったんですが俺とリズはそんなに気にしてないのでそこまで硬くならないでも大丈夫ですよ。それにレイナも落ち着いたらわかってくれると思うし」


「あ、は、はい」


キキョウの緊張を解そうと軽い感じで声を掛けてみたがあまり効果はないようだ、そのキキョウの様子を見てミョーオやタイジュが痛々しそうな顔をする、キキョウがそこまで緊張するのは何か訳ありなのかもしれないな。


その事を聞こうかと思ったが俺が口を開く前にミチナガが口を開いた。


「トーマ殿、こちらの都合で申し訳ないのだが今日はもう遅い、まだ後始末も残っているのでそろそろ終わりにしてもよいかの?まだレイナ殿やリズ殿、もう一人の女子おなごにはキチンと謝れてはいないがそれはまた明日にでもこちらから伺わせてもらうのでの」


ミチナガがそう言って頭を下げる、リズ達も戻ってくる様子はないし、おそらく時間も深夜を回っているのでわかりましたと頷く。


「そ、その、申し訳ありませんでした」


最後にキキョウがそう言って、それからキキョウ達は食堂を出て行った、店員も飲み物を纏めて出て行く、だがミチナガ一人残ったままだ。


そして食堂に俺とテオ、ミチナガだけが残る。


「すまんのトーマ殿。少しだけお嬢の事を話してもいいかの?」


そう言われ、頷く。


「かたじけない。トーマ殿もお嬢の様子が気になっていたようだしの」


それからミチナガは少し目を伏せながら話す。


「お嬢が侍になり、外回りの職に就いたのが四年前での、小さい頃から母親に憧れて侍を目指しておったお嬢の喜びようはそれは微笑ましいものだった。だが最初の仕事として見廻りに行った村が運悪く大規模な盗賊団に襲われた直後での。村は焼かれ、村を守ろうとした男衆には何人も犠牲者を出し、若い女子は連れ去られた後での、それで儂らはその村の子供に酷く責められたのだ」


ミチナガは何とも言えない顔で話す。


「子供は自分の感情に正直じゃ、何でもっと早く来なかったのか、父親を返して、お姉ちゃんを、母さんを返して、そう言って家族を亡くしたり連れ去られた子供達に激しく詰め寄られての、村の大人達も、流石に口にはしなかったが儂らを見る目はもう少し早く来てくれれば、そう言っているようだった」


そこで宿の店員が新しい飲み物を三つ、持って来てくれた、それを俺達の前に置いて店員は厨房に戻っていく。


「儂はこの職について長年になるが、その儂でも見た事が無い程の被害の大きさじゃ、それを初日で経験し、そして子供達から責められたお嬢は心に深い傷を負ってしまったようでの。それからのお嬢は殆ど休みを取らず村の見廻りをするようになった。四年前から盗賊や妖怪…そちらの言葉では魔物と言った方がわかりやすいかの、魔物の数も増えていての、今では一年を休み無しで廻っておる」


「四年の間、殆ど休み無し、ですか」


ミチナガの話を聞いて、思わず声が出る、それを聞いたミチナガが苦笑いを浮かべる。


「うむ、儂らが何度言ってもお嬢は聞かなくての。母親が言ってくれれば少しは耳を傾けるかもしれんが母親の方は娘の好きにさせろと、自分の選んだ道だからと」


四年間休み無しのキキョウを放置か、娘への信頼なのかもしれないがキキョウの母親もなかなか厳しいな。


「あぁ、少し話が逸れた、お嬢があれほど緊張している理由だったの。お嬢はな、村の子供から責められた時に、酷く心を痛めてな、それがトラウマになったようなんじゃ。村の子供はレイナ殿よりも幼かったが、お嬢はあの時の事を思い出したんだろうの」


なるほど、それでキキョウはあんなに怯えていたのか。


「そういう事でお嬢ではなく儂が話を進めたという訳じゃ。明日には落ち着くと思うし少しはマシになるだろうと思うのでの。明日は謝罪やお詫びの方も含めて詳しく話をしたいと思う、儂らに出来る事はするつもりじゃから何か要望があるのなら考えていてほしい」


そう言って頭を下げるミチナガ。


出来る事か、それは皆と相談してからになるな、それよりもずっと気になっていた事を聞こう。


「そうですね、そこら辺は皆と相談してみます。それより一つ聞きたいんですが、何故キキョウさんは手加減というか、俺達を気絶させるだけに留めたんですか?」


ずっと気になっていた事、それはキキョウが何故俺達を峰打ちで気絶するだけに留めたかだ、俺達が盗賊を殺さずに気絶させたのはまだ俺が鑑定をする前に、村人との関係性がわからなかったので皆に殺さない様に伝え、鑑定した後も盗賊の処理は村人に任せようと思い気絶だけに留めた、だがキキョウは俺達を盗賊と思い攻撃してきた、更にキキョウの役職や昔の出来事を思えば盗賊に手加減する理由も無いだろうと思ったのだ。


「キキョウさんが手加減してくれたおかげで俺達は死なずにすんだんですけどね。でもキキョウさんは盗賊や魔物の討伐が仕事でしょうし、キキョウさんの昔の経験を聞いた今ではよく殺されずにすんだなと思ったので」


俺が尋ねるとミチナガが理由を話してくれた。


「なに、それは単純な事でな、村を襲った盗賊は生きたまま捉え、奴隷として売り払いその金銭を襲われた村に渡す事にしておるのじゃ、魔物だと素材を売った金銭じゃな」


ミチナガの話によると、ヒズールは他所の国との交流は最小限でほぼ国内の自給自足で生活しているらしい、そして自給自足が主なので村々では未だに物々交換が主流らしく、関所にある宿場町やヒズールの中心である唯一の都市以外の村々ではあまり金銭は使われないようだ。


そういう村にとっては襲ってくる盗賊や魔物は驚異だが、逆に滅多に得られない金銭を得る事が出来る機会のようだ、そして下手な盗賊や魔物は村人が返り討ちにしたり生け捕りにしたりする事もあるらしい。


確かにヒズールの人達は他の国の人達に比べて魔力強度が高いし、戦いにも慣れている気がする。


今回俺達が駆け付けた時も、村の人達は数の有利を生かして盗賊一人に対して複数で戦うようにしていたので格上の盗賊を相手にしても怪我人程度で犠牲者を出さずにすんだのだろう。


「物々交換でも生活には事足りるのだが金銭の方が自由度が高い、村の人達はそういう金銭を貯めて、必要な時にヒズールに買い物に来るのじゃ」


成る程、物々交換だと相手が今必要な物、必要じゃない物などがあるが金銭はいつでも価値が一定だ、それに腐らないし嵩張らないしな。


それにしても当たり前の様に奴隷制度を語るミチナガを見て思う、ラザの町にいる時はあまり感じないがジーヴルに行った時しかり、ラザから離れると当たり前の様に奴隷制度があると思い知らされるな、まぁそのおかげで俺達は死なずに済んだのでよかったのだけど。


それからもミチナガから色々な話を聞く、先程の話に出た、キキョウの仕事初日に村を襲った大規模な盗賊団はその後で直ぐに討伐隊を出し、見つけ、全員生け捕りにし、その頃から丁度大人の男奴隷の需要が高まっていたロトーネに奴隷として高値で売り払ったようだ。


盗賊に拐われた女の人達も直ぐに解決したおかげで奴隷として売られる事は無く全員救出する事が出来たらしい、そこで何人かは盗賊に手を出されたらしいが、まだそういう経験の無い若い女性は手を出すと価値が下がるという事で何もされず、手を出された女の人達もある程度の年齢以上の人達で、まぁ、何というか、流石に暗い雰囲気ではあったが、それでも村に帰れるという事で気丈に振る舞っていたようだ。


そしてそういう人達や、親を亡くした家にはロトーネに奴隷として売り払った盗賊達の売り上げからかなりの金額を渡し、更に何人かの侍を村が落ち着くまで常駐させていたようだ。


あまり聞いていて楽しい話では無かったが、そういう生の話は、まだどこか甘えのある俺には為になるので真剣に聞いていたのだが、隣にいたテオがうつらうつらと船を漕ぎ始めたので、流石にこれ以上はという事で明日の昼にまた話をする事にしてミチナガと別れた。


それから完全に眠ってしまったテオを抱きながら宿の店員にお休みの挨拶をし、テオを部屋に運びベッドに横にする。


そしてリズ達の部屋に行くと、レイナはあの後リズが落ち着かせ、気が抜けたのか既に眠っていて、セオも眠そうにしていたので、リズと明日の予定を少しだけ話して俺達も眠る事にした。


リズとお休みの挨拶をした後で部屋に戻り、気持ち良さそうに眠っているテオに清浄の魔法をかけ、自分にもかけてからベッドに横になる。


「………」


ベッドに横になり目を瞑るがなかなか寝付けない、気絶から目覚めてから皆の様子をテオから聞いたり、キキョウ達が訪ねて来たりと落ち着かなかったがようやく気持ちが追いついて来た。


今まで死に掛けた事は何度もあった、この世界に来る時に空間の歪みで、キュクロプスとの戦いで、リストルでの大攻勢、ラシェリとの戦い。


空間の歪みで魔素溜まりに突っ込んだ時はギリギリだった、キュクロプス戦ではスゥニィに助けられたし、リストルでの大攻勢は呪文や詠唱を覚えた後だったから良かった、ラシェリとの戦いもラシェリが手を抜いていただけだ、そして今回もキキョウ側の理由で生かされた。


「全然足りないなぁ…」


ポツリと呟く、実力が足りないせいで簡単に死にかけ、レイナに辛い思いをさせてしまった、そして、もし俺とリズが死んでいたら、その後の事を考えると怖くなる。


レイナには二度も辛い思いをさせるし、テオも最初は俺達が倒された事に驚いて実感が無かったようだが、後になって自分は何も出来なかったと後悔していた、セオもだ。


もし俺達があのまま死んでいたら、残されたレイナやテオ、セオはどうなっただろうか、それにスゥニィを迎えに行く事も出来なくなるし、ラザの人達、他にも旅で知り合った人達も悲しむだろうな。


この世界に来る前は死んでもいいと思っていたし、俺が死んだ所で悲しんでくれる人も居なかったけど、今はそうじゃないと強く思える。


「絶対に死にたくない」


何度も思って来た事だけど、強く強くそう思う。


ヒズールに滞在している間に絶対に強くなる事を心に決め、絶対に死なないと、強く念じながらゆっくりと目を閉じた。

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