第113話 雪、月、花


「う…ん?」


何だか違和感を感じ目が覚める。

今日は野営ではなく村の中、宿での睡眠なので特に気を張っていた訳では無いが、眠りが浅かったのだろうか。


「レイナ?」


違和感の元、隣の部屋に意識を向けると寝ているはずのレイナの反応が動いていた。

どうやらその気配で目が覚めたようだ。


おそらく喉が渇いたかトイレだろうと思い、もしトイレならその反応を追うのも悪い気がしてもう一度眠気に身を委ねようとしたが、レイナの反応は部屋に備え付けのトイレに行くでもなく、水を飲むでもなくそのまま部屋を出てしまう。

そして俺とテオが眠る部屋の前まで来てドアの前で一旦立ち止まる、が少しして下に降りて行く、どうしたんだろうか、そう思いながら空間把握で反応を追う、レイナの反応はそのまま宿を出て行ってしまった。


寝付けなくて散歩でもするのかなとも思ったが、部屋の前で立ち止まったのが気になったので、テオを起こさない様にゆっくりとベッドから降り、外套を羽織って部屋を出る。


「さっ、寒いっ!」


宿を出ると身を切るような冷気が襲ってきて思わず声が出る。

風は無いが気温が低く、眠気も一瞬で吹き飛んだ、慌てて自分の周りの魔素に干渉し空気を暖めながら、レイナの反応を小走りで追い掛ける。


「トーマ…さん?」


雪も止み、風も無く、寝静まった村は静かだ、なので小走りをしている俺の足音は思ったよりも響く、その足音に気付きレイナが振り返った。


「レイナが宿から出るのに気付いて追いかけて来たんだ、一人で散歩がしたかったのならごめんね」


日本ではずっと一人ぼっちだった俺が言うのも変だけど、人には何となく一人になりたい時があると思う。

そして今のレイナがそういう気持ちだったのなら追い掛けて来て悪かったかなと思い、謝りながらレイナの側まで歩み寄る。


側まで来た俺にレイナは少し目を伏せたが、すぐに笑顔を見せてくれた。


「いえ、少し一人で頭を冷やそうかと思ったんですけど、外があまりにも寒くて頭も直ぐに冷えちゃいました。でもこのまま宿に戻っても眠れそうになかったしどうしようかなって思ってて、なのでトーマさんが来てくれて嬉しいです」


「なら良かった。俺も目が覚めちゃったし少し歩く?」


そう言って外套を広げると、レイナはありがとうございますと言って寄り添ってきた。


レイナを外套で包み込む、その小さな身体は少し外を歩いただけでかなり冷えていた。


「暖かいです」


そう言って直ぐそばで笑うレイナ、その笑顔を見て心臓が跳ねる。


馬車の御者を二人でしていた時と変わらない距離なのに何だが恥ずかしい。

その恥ずかしさを誤魔化す様に小さく咳払いをした後で、おずおずとレイナの手を握り歩き出す。


空に浮かぶ二つの月、一つは十日夜、もう一つは十六夜といった所だろうか。

街灯の魔道具も無く、どの家も寝静まっていて真っ暗だが、二つの月明かりだけで十分に歩ける程に明るい。


そうして二人でゆっくりと歩いていたが、人口三百人、家屋は百程の小さな村なので、直ぐに村の端まで辿り着いた。

木製の門の側には篝火が焚かれ二人の門番が立っている。


「どうする?宿に戻る?」


「トーマさんが良ければもう少し歩きたいです」


「わかった、じゃあ門番の人に見つからないように向こうから行こうか」


そう言ってレイナの柔らかな手を引き、門番に気付かれないように、村の真ん中を通る道から逸れ、静まり返る家屋の間を抜けて行く。


「………」


「………」


二人とも無言で歩く。


「……ぷっ」


門から十分に離れた所で思わず吹き出してしまった。


「ふふっ」


俺につられてレイナもクスクスと笑い出す。


何だろうな、ただ村の中を二人で歩いているだけなのに、悪戯でもしているような気分だ。

やっぱり門番の人には挨拶をした方が良かったかな、でも楽しいからいいか。


「綺麗ですね」


月の光を受けて淡く光る雪を見て、レイナが呟く。

確かに綺麗だ、ヒズールに入ってからはずっと曇りだったので久し振りの満足な月明かり、それを受けて光る雪は、ヒズールに来るまで雪を見た事が無かったレイナには尚更に綺麗に見えるだろう。


「少し、話をしていいですか?」


村を囲む壁の角まで来た所でレイナにそう言われたので、角に積もった雪を少しだけ退けて、二人並んで座れるようにベンチ式の椅子を土魔法で作る。


もう少し雪が積もっていたならカマクラを作ってみたかったなと思いながら、レイナを促し一緒に腰を下ろす。


「…今日は大声を出してすいませんでした。挙句の果てに涙まで見せてしまって……」


遠くに見える篝火を見ながらく暫く無言で座っていたが、レイナが俺を見上げ、弱々しく謝って来た。


「いや、レイナは俺やリズが倒された事が許せなくて涙を流す程に感情を出してくれたんでしょ?それだけレイナに想われてるんだなって考えると嬉しいよ」


食堂での事を謝るレイナに対して、俺は全然気にしてないよと伝える為に明るく返す。


「本当は、お姉ちゃんが言ったように、向こうにも理由があって仕方がなかったってのはわかってるんです。でも、キキョウ…さんを目の前にしたら、トーマさんやお姉ちゃんが倒された時の事が思い浮かんでしまって、それで、感情のコントロールが出来ませんでした」


俺の言葉に、レイナは俯いたままゆっくりと返し、そのまま静かに話し始めた。


「私、最初はトーマさんの事、お姉ちゃんを助けてくれた人って認識しかなくて、とても感謝はしていたけど、それだけだったんです」


レイナが出会った頃の事を話し始める、ここは何となく聞き役に徹した方が良いだろうと思い、頷きだけを返す。


「それで、その後も少しずつトーマさんの事を知っていったけど、それでも、どこかトーマさんをラフさんと重ねていた部分がありました」


ラフとは、レイナとリズの姉であるタニアの婚約者だった人だ。

そして俺も、レイナから向けられる好意にはラフと重ねている部分もあるんだろうなと思っていた。


「最初出会った頃のトーマさんは、頼りなく見えて、でも実際は凄く頼りになる人で、だけどたまには弱い所も見せてくれて、そうして一緒にいるうちに、いつの間にか惹かれていました」


レイナは俯いていた顔を上げ、少しハニカミながら話す。


「それで、ラザの町の大規模討伐で、キュクロプスから私とお姉ちゃんを逃がす為にトーマさんが一人で残った時、その後でギルド職員や他の冒険者の人達とその場に戻ってボロボロのトーマさんを見た時に、私は自分の気持ちにハッキリと気付きました」


あぁ、確かにキュクロプスにやられて寝込んでた俺を看病した時からレイナは積極的になった気がする。

俺もあの時にレイナは俺の事を好きなんじゃないかと思ったんだよな、でもあの時は直ぐにラフさんと重ねているだけだろうと思い直したけど。


「それからラザを出て一緒に旅をして、時間が経てば経つ程にトーマさんの事を好きになっていって、今ではトーマさんがいなくなるなんて考えられなくて」


レイナが俺を好きだと直球で言うので少し恥ずかしいけど、レイナは照れも見せず話すので俺も表情を崩さずに頷く。


「私にとってのトーマさんはそれくらい大事な人で、そんなトーマさんと、たった一人のお姉ちゃんがキキョウさんに倒された時に、私は両親やタニアお姉ちゃん、ラフさんを失くした時の事を思い出して目の前が真っ暗になりました。あの時、テオやセオが隣にいてくれなかったら何も考えずに限界まで魔法を使っていたと思います」


確かに、俺がレイナの立場でもそう思うだろうな、というかリズが倒された時に何も考えずにキキョウに向かって突っ込んだしな。


「それで、食堂でキキョウさんを見た時に、またその時の絶望を思い出してしまって、つい我慢出来ずに感情を出してしまいました」


そう言って、軽く一息入れるレイナ。


「でも一度感情を出して、それからトーマさんにも話を聞いてもらえたので漸く気持ちの整理がついたと思います。だから、明日はキキョウさんを目の前にしても大丈夫だと思います、今日はすいませんでした」


頭を下げるレイナ、話をしている内に気持ちの整理がついたのだろう、最初は弱々しかった声もしっかりとしている。


「本当は俺がキキョウさんより強かったらこんな事にならなかったんだけどね。でもレイナが納得出来たなら良かった」


そう言ってレイナの頭を撫でる。


「それで、あの後ミチナガさんからキキョウさんの過去を少し聞いたんだけど、レイナも聞く?」


レイナの気持ちの整理が出来たならキキョウの過去を話しても大丈夫だろうと思い尋ねると、迷わず頷いたのでミチナガから聞いたキキョウの過去をレイナに話す。


「キキョウさんの過去にそんな事が…、それでキキョウさんはあんなに強いんですね」


「そうだね、四年間も休み無しで魔物を討伐してるから魔力強度も高いし、盗賊とも何度も戦っているから対人でもあれほど強いんだと思う」


キキョウの過去を聞いたレイナは深く頷く。


「私は、まだキキョウさんと友好的になれるとは思えませんけど、それでも明日は自分から声をかけてみます」


少し強張った顔で、レイナはそう言い切った。


「うん、キキョウさん、今日はずっと自分を責めてるみたいだったからさ、レイナが喋りかけたら少しは気が楽になると思うよ」


続けてレイナにお礼を言う。


「それと、俺の事をそんなに大事に思ってくれてありがとう。そんなレイナに心配を掛けないようにも実力をつけないとね」


レイナからの好意には気付いていたけど、その過程を詳しく聞かされたのは初めてだ、少し、いや、かなり照れるけど嬉しいし有難い事だ。

だから俺も自分の気持ちをしっかりと伝える。


「俺も、俺の事を受け入れてくれたレイナの事が大好きだし、とても大事だよ」


「はい、嬉しいです」


俺の言葉にレイナが花のような笑顔を見せた。

多分、今の俺は顔が真っ赤になっていると思うし、かなり恥ずかしいけど、その笑顔を見れただけでも言って良かったな。


それから二人で夜が明けるまで語りあった。







明けて翌日、昨日話の途中で抜けたリズやセオ、眠ってしまったテオにキキョウの過去を話し、それからミチナガにお詫びとして何かしたいと言われた事も話し、何を要望するかを話しあった後、ミチナガ達と再び食堂で対峙した。


そこでお詫びに対しての要望を伝えた俺達に、ミチナガが口を開いた。


「それならお嬢を一緒に連れて行ってほしい」

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