第103話 三ヶ所の攻防

天網恢々で広げた感知範囲に入ってきた反応は三つから五つ、十、そして二十人まで増えた、想定より少し多いな。


「リズ、二十人の反応が向かってくる、皆を起こして。それからレイナは詠唱の準備をお願い」


目を瞑ったままで二人に声を掛ける、天網恢々は空間把握と違い深い集中が必要で、視覚から余計な情報を入れると精度が落ちるのだ。


集団は馬車を途中で置いて来たのか、最初から歩いて来たのかは知らないが二十人の反応は歩いて近づいてくる、その中にニルとモストールの反応がある。


「レイナ、街道の方から真っ直ぐに歩いてくる、詠唱の準備を…駄目だ、四つに別れた」


モストールは一応ロイド達と戦わせるつもりで本人達にも伝えていたが、もし集団でそのまま近づいてくるなら一気にレイナの霹靂神で殲滅するつもりだった、だがやはり相手もそれほど単純では無いようだ。


天網恢々に意識を集中する、集団は街道を基点に四角を作るように別れていく、俺達は街道のすぐ側で野営をしているし、向こうから焚き火の灯りも見えているはずなので俺達を四方から襲うつもりだろう。


テオとセオ、ロイド達も起きてきた、気が張って眠れなかったのか起き抜けという気配は無い。


「テオはロイド達と北から来る集団に対応して、人数は十一人、その中にニルとモストールがいる。テオ、頼むぞ」


俺の言葉にテオが任せてと元気よく返事をして、ロイド達も顔を強張らせているがしっかりと頷いた。


「リズは…、最初に人数の多い北の方を弓で先制して少しでも数を減らして欲しい、その後は南からくる三人を任せる、その中に一人大きな魔力を持つ相手がいるから気を付けて」



二十人の中にドルントと同程度の魔力反応が一人、それより少し小さい反応が二人いる、この三人がドルントの言っていた金下級の冒険者だろう。


「レイナは万雷を使って北西から来る三人を相手にしながら他のフォローも頼む、この中にも一人大きな魔力を持つ相手がいるから気を付けて。セオはもし接近されるようならレイナの援護を」


レイナには北西の三人に加え、他のフォローを任せる、そして接近された時の為にセオにレイナのフォローを頼む、北西を霹靂神で先に倒すのも考えたが霹靂神を使うと大量の魔力を一気に使った反動でレイナは少し休憩を挟まないとまともに魔法が使えないからな、それに全体をフォロー出来るのはレイナだけだ。


そして俺は南西だ。


「皆、まずは死なないように気を付けて、目の前の敵を倒せたら近くの仲間の手助けを頼む」


指示を出した所で再び天網恢々に意識を集中する、距離が段々と近づいてくる。


「そろそろ向こうに声を掛ける、リズとレイナは準備を、それと、耳は塞いでて」


俺の指示を聞いて皆が耳を抑えた、それを見て俺は声を張り上げる。


『拡声』


防音の魔法とは逆に、口の周りの空気を震わせ声を大きくする呪文を唱えて遠くまで声が届く様にする、イメージは拡声器だ。


『止まれ!こんな時間に何の用だ、こちらに用があるなら先ずは代表者を一人出して欲しい、そのままそれ以上こちらに近付くなら敵として対応させてもらう!』


ニルとモストールがいる事、四方から囲むように近づいてくる事でほぼ確実に敵だとは思う、敵だとは思うが何も言わずにこちらから攻撃を仕掛ける訳にもいかないので声を掛けて相手の反応を待つ、その間にリズとレイナが詠唱を始める。


てんにあまねく生粋きっすいの、ちからたばねてうずたかく、いざな一入ひとしおに』


言問こととひと赤心せきしんを、よすがきざし、たおやかな』


ひかりがあやなすにわたずみ静寂しじまやぶてきつ、大気たいきらしててきつ』


先にレイナが詠唱をして魔力を待機させる、俺が声を掛けた事で敵の動きが一瞬止まる、少し動揺も見えるので確実に声は届いているはずだが相手からの反応は無い、そして再び動き出した、距離は五百メートル程。


「リズ、頼む」


俺が声を掛けるとリズが最近やっと覚えた詠唱を唱える。



てんうつろう泡沫うたかたの、ちからかてまんす』


炯眼けいがんひらき、ゆみこし、たゆまずつるけて』


気概きがいつがえてまとる、理外りがいてきる』



『【山颪やまおろし】』



詠唱で周りの魔素を集めて遠目を強化し敵をみすえ、弓を構え、そして魔素を固めて出来た矢を番えてリズが矢を放つ、その矢はリズのイメージを持って周りの魔素にも干渉し、失速する事無く敵の元に飛んで行く、一本の大きな風の矢の周りに、干渉された魔素から作られた無数の小さな風の矢が連なり、敵の意識の外から集団に降り注いだ。


「ぐえっ」「矢っ、矢だ」「どこからっ」「あいつらか」「馬鹿な、どんだけ離れてると、ぐっ」「目がっ」「ぐぁっ、足がっ」


突然の攻撃を受けて十一人が混乱しながら叫ぶ、五百メートル近く離れていたんだ、敵は俺の声を聞いて警戒こそしていただろうが、流石にまだ攻撃を受けるとは思っていなかっただろう。


俺やレイナと違いまだ詠唱に慣れないリズは、この後は反動で暫く風の矢が使えなくなるが、数の一番多い北の集団を減らす先制としては十分だ、どうやら四人が戦闘不能になったようだ、そしてリズは弓を置いて刀を手に南から来る敵を待ち構える。


と、そこで仲間が攻撃された事に気付いたのか魔力の高い一人が空に炎を打ち上げた、そういう合図を決めていたのか全員が一斉に駆け出してくる。


「皆来るぞ!」


声を掛けて天網恢々を解く、一瞬敵を見失うがすぐに空間把握に敵の反応が入ってくる。





先に近づいて来たのはレイナの所。


『【万雷ばんらい】』


レイナが呪文を唱えて近づいて来る影に杖を振るうとその影に向かって雷が走る、その雷を影は飛び退いて躱す、二度、三度と杖を振るうが敵も魔力感知のスキルがあるのかレイナが杖を振るい、雷が走る前の一瞬の魔力の高まりを感じて何度も雷を躱しながらじわりじわりと近づいて来る。


それならとレイナは先にその影の側にいる二人に狙いをつけて杖を振るう、側の二人はスキルも実力も無いのか二振りで呆気なく雷に打たれて地に倒れた、だがその隙に影は焚き火の灯りで顔が見える距離まで近づいていた。


「おいおい、こんな小さな嬢ちゃんがあんな恐ろしい魔法を撃ち込んで来たのか。雷を使うって事は嬢ちゃんが噂の殲滅者かい?」


癖のある金髪を耳まで伸ばし、この場に似合わぬ小洒落た格好をした男が口を開く、その時にトーマから声がかかる。


「レイナ、北だ」


トーマの声に、最近使える様になった魔力感知で魔力の高まりを捜し、そこに向かって杖を振るう、ロイド達に向かって魔法を放とうとしていた男が雷に打たれて倒れる。


「おいおい、無視されると傷付くんだけど。それにその魔法は危険だなっ」


言って男がレイナに剣を構えて駆け出すがそこにセオが横から襲いかかる。


「っと、そっちの小さい嬢ちゃんも戦えるのか、それに俺らの依頼人よりも強そうだな」


セオの蹴りを躱して距離を取る男にレイナがすかさず杖を振るうがそれも避けられる。


「レイナ」


そして再びトーマから声がかかり、魔力の高まりを感知してそこに杖を振るう、リズから距離を取って魔力を高めていたリズの相手が魔法を中断して雷を躱す。


「こっちの魔法を全部潰すつもりか、その発動が早すぎる魔法は邪魔だな、早めに死んでもらう」


男が軽い口調を辞め、低い声で言いながらもう一度突っ込んでくる、そこにセオが駆け寄るが、男はセオを剣で牽制しながら足を止めずにレイナの目の前まで来る、そして鋭く剣を振るう。


だがそれはレイナを魔法だけの敵と侮ったのか、振りは鋭くとも狙いの分かりやすい単調な振りだ、ラザに帰ってから組手を繰り返していたレイナには十分対応出来る、レイナは首筋を狙ったその剣を屈んで躱すと同時に杖で男の足を祓う。


「ぐ、魔法も使えてこんな動きがぁっ」


男が言い終える前にセオが足を祓われ体勢の崩れた男の背中を蹴り飛ばす、そして倒れた男に向かってレイナが杖を振るう。


「おいっ、待てっ」


何かを口にしようとした男だが、一度目の雷で沈黙し、二度目の雷を落とした所で完全に魔力の反応が無くなる。


「ふぅ、セオ、ありがとう」


レイナは軽く息を吐き出しながらセオに礼を言い、別の場所に目を向けた。






レイナが戦いを始めたすぐ後にテオ達の所にも敵が来る、狙撃を警戒したのか一度バラバラに散って向かってきていた敵が再び集まって来る、全員がどこかしら怪我をしていて少し動きが悪い。


「兄ちゃん達、相手はリズ姉ちゃんの弓でボロボロだから気楽にな、兄ちゃん達なら余裕だぜ」


これから命のやり取りをするというのにテオの全く気負わぬ明るい口調に一瞬呆気に取られるロイド達、そのお陰で少し強ばっていた体の力が抜ける。


「うん、俺達だってやれるよな」


「………あぁ」


「絡まれたのは私のせいだから、少しは自分で責任を取るの」


「準備は万端、呪文で援護」


気合いを入れ直す四人、そこに近づいて来たニルがテオを見て余裕のある顔で喋り出す。


「よぉチビ、お前がここにいてくれて良かったぜ、あの赤目のガキはイムさんの所か、なら少し残念だけどお前だけで我慢するか」


「お、いたいた。おい、あの胸の大きな女は絶対に殺すなよ、小さい方は好きにしろ、男は皆殺しだ」


モストールがミーヤを見ながら舌なめずりをする、そんな二人にテオが呆れた様に声を掛ける。


「おっちゃん達は既にボロボロなのになんでそんなに余裕なんだ?」


「ぐっ、ふん、お前が少し強いだけで残りの四人はただの銅級の兎野郎だろ、俺達は全員が銀上級だぜ」


テオに呆れられたニルは少し言葉に詰まるが直ぐに余裕を取り戻し、両手を広げて集まって来る男達に目を向ける、そしてモストールがニルの言葉を引き継ぐ。


「それに他の奴等の所には金下級の冒険者がいるから助けも来ないぜ、不意打ちこそ出来なかったがこれだけ近付けばこっちのもんだ、おい!」


モストールが少し離れた場所にいる男に声を掛ける、魔法か!そう思ったロイドがミーヤに声を掛ける。


「ミーヤ!あの男を」


ロイドが言い終える前に雷が離れた所にいた敵を打つ、突然の雷にニル達、そしてロイド達も呆気に取られてしまう。


「スーヤ姉ちゃん!今だ」


全員が突然の雷に驚く中、レイナの魔法を知っていたテオがスーヤに声を掛ける、その声に名前を呼ばれたスーヤが反応し、遅れて全員が戦闘体勢になる、だが逸早く立ち直ったスーヤが先に呪文を唱える。


つちふる


スーヤが唱えた呪文は先に土魔法で辺りにばら蒔かれていた土を巻き上げ、黄色い風となってニル達に襲いかかる。


「ぐっ、土が」「目が」「目に土が」「ちくしょう!」


口々に叫ぶ男達にテオ、ロイド、ザイルが飛び掛かる。


目の前で目を抑えながら武器を振り回す男達、連携も何もない、闇雲に武器を振るだけの動きは隙だらけだ、そんな男達にロイド達は一瞬躊躇する。


トーマはこの世界は命が軽いと言うが、村を襲われ命の軽さを思い知らされたリズとレイナでも初めて人の命を奪った時には吐き気を催す程度の忌避感はあった、ましてやロイド達は比較的平和な村の出だ、やはり目の前の相手を、魔物や動物ではなく同族を殺すという事には躊躇いがある、そんなロイド達にモストールが声を張り上げる。


「てっ、てめぇら絶対に許さねぇ!男は甚振って、女は死ぬまで嬲ってや……る」


モストールが叫び終えると同時にドサリと崩れ落ちた、眉間には矢が深々と刺さっている。


ロイド達が振り返るとミーヤが震える手で次の矢を矢筒から取り出そうとしていた。


「ザイル!」


ロイドが横にいるザイルに声を掛けるとザイルも頷き、武器を振り回す男達に突っ込んでいく。


ロイドが男の胸を剣で突き刺し、ザイルが斧で別の男の首を撥ねる、そしてニルの相手をするテオを横目に見ながら残りの二人にも斬りかかった。



「くそっ、くそがぁっ」


テオは叫びながら剣を振り回すニルの右腕を蹴り飛ばす。


「がっ、このっ」


剣を落とし、涙目で辺りを見回し闇雲に腕を、足を振るうニルだがテオはそれを冷静に躱し、そしてニルの軸足を蹴り膝を砕く。


「あがっ、足がっ、おっ、おい!てめぇら高い金払ってんだ、俺を、俺を助けろ!」


痛みと怒りで思考が纏まらないままに喚き散らし、仲間に助けを求めるニル。


「このっ、卑怯だぞてめぇら」


膝をつきながら叫ぶニルを見てテオは思う、なんでこのおっちゃんは卑怯だと叫んでいるのだろうと、夜中に大勢で襲ってきて、先に攻撃されてボロボロなのに余裕面で目の前に現れて、相手を舐めきって目を潰されて。


トーマならそんな油断は絶対にしない、あんなに強いのに戦う時には死なない様に、仲間が怪我をしない様にといつも考えている、そんなトーマを横で見ていたテオはもう少し強気でもいいのにと思う事もあった、でも目の前の男を見ると強気過ぎても駄目みたいだ、自分達の数を頼りに目の前の相手に油断するからこうなっているんだなとテオは考える、冒険者は自分達の実力を見極めるのが必要だとハミルが言っていたのを思い出す、自分が村で言われていた言葉を思い出す。


「おっちゃんは考え無しだな、冒険者には向いてないぞ」


テオはそう言いながらニルの背後に回り込み、無防備な首の骨を右足でへし折った。







暗闇から歩いてくる三人の姿が見える、真ん中の一人は輪郭から女性の様だ、敵は三人、十分な距離まで近づいて来たら相手が何かする前に拍車で一気に片付ける、後少しで射程に入る、リズがそう思った所で真ん中の女が足を止め、横の二人に声を掛ける。


「ほら、二人とも、あの女は生け捕りに出来たら好きにしていいらしいよ、頑張りな」


女が声を掛けると横の二人か向かってくる、距離を取って止まったという事は魔法を使う気だ、そう思ったリズは直ぐに呪文を唱える。


『拍車』


両足に魔力を纏い、縮地で飛び出し、更に右足の拍車の一歩を使い一瞬で男の元に辿り着き首を撥ねる、そのまま左足の一歩で向きを変えてもう一人の男の元に飛び込み首を撥ねた所で拍車が切れる。


女から魔法が来る、身構えるリズだが女が突然魔力を霧散させて飛び退くと、女が立っていた場所に雷が落ちる。


「なっ、あ、あんな一瞬でこんな強力な魔法を」


雷が落ちた場所を見ながら狼狽える女に向かって再び縮地を使う。


「まっ」


女が何か言い終える前に女の首が落ちる。


「レイナ、ありがと」


リズはそう呟いて焚き火のある場所に足を向けた。

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