第102話 疎にして漏らさず

「ちっ、あいつら町を出るのか、なら無理する事も無かったじゃねぇか」


トーマが去った後でモストールか舌打ちし、それをニルが宥める。


「まぁ落ち着けよ、それにロイドだったか?あいつらにも声をかけるって言ってたじゃねぇか。逆に町を離れる前に知る事が出来て良かっただろ?もしかしたら何も知らずにいつの間にか女達にも逃げられてたかもしれねぇんだ」


「それもそうか。それにしても十日後に東の森か」


ニルに諭され、落ち着いたモストールが呟くと、それを聞いたニルが声をあげて笑う。


「ははっ、十日後に東の森、更にギルドにも話を通さず、その上、近々町を出る事も決めている、こりゃあ運が良かったんじゃねえか?我慢して話し掛けた甲斐があったぜ」


「そうだな、東の森は一日で往復出来る距離じゃねえし依頼も受けないのでギルドも通さねぇ、近々町を出る事を決めているって事なら何も言わずにいなくなっても町を出たとしか思われねぇかもな。でもよ、何だか出来すぎてねぇか?」


あまりにも出来すぎている、そう言うモストールだがニルはそれを鼻で笑う。


「へっ、ドルント達を倒して調子に乗ってやがんだ。それに契約があると思って油断してるんだろうよ、いくら英雄ったってガキと兎野郎の集まりだ、大人の厳しさってやつを教えてやろうじゃねぇか」


「そうだな、せっかく高い金を払ったんだ、絶対にあの女はモノにしてやるぜ」


トーマの去っていった方向を見つめながらニルは口角を吊り上げ、モストールは目をギラつかせていた。







「ただいま、防具取ってきたよ。それとオーガの革を使って強化してもらった肌着も出来てた、元々魔法にはある程度の耐性があったけどオーガの革を使った事で物理にも強くなったみたいで、下手な革鎧よりは丈夫になったはずだってタブさんが言ってた」


宿の食堂で席につきながらリズ達に話す、昼は満席だったが今は七割程度の客付きだ。


「で、どうだったの?」


「案の定まだ諦めてないみたいだった、だから万全を期す為に一週間じゃなくて十日後に誘いをかけておいたよ」


俺がそう言うとロイドが少し緊張気味に尋ねてくる。


「十日後に、俺達が本当に勝てると思いますか?」


心配そうなロイドにレイナが答える。


「私だってただの薬屋の見習いから一月もせずにオークを倒せる様になったんです、村で狩りをしていたロイドさん達なら絶対に大丈夫です」


レイナに続くように俺も答える。


「ロイド達四人は素直だし、基本は出来てると思う。だからレイナの言う通り大丈夫だよ。明日からも採取をしながら森で魔物を倒して、午後からも訓練を続けたら確実にあいつよりも強くなれる」


少し偉そうな物言いになったが、自信の無いロイド達に断言する事で強くなれると信じてもらう、ダリを見て思ったけど人は自信を持つのと持たないのでは大分違うはずだ、それにプラセボだかプラシーボだか忘れたが、人はイメージを強く持つ事で身に起こる効果に大きな違いが出ると地球の化学でも証明されていたはずだ、この世界はイメージで魔力を操る、なら強くイメージを持つ事はとても大事だろう。


その後、食事を終えて部屋に戻る、そしてリズ達を部屋に呼んで明日からの事を相談する。


「今日さ、スーヤに呪文を教えて欲しいって言われたんだけどどう思う?」


「呪文の事を知っていたんですか?」


スーヤが呪文を知っていた事にリズとレイナが驚いてたが、知識として知っているなら覚える事も早いだろうという事になり、明日からスーヤには呪文を教える事にした。


「問題は日本語を教えるかどうかだよね、私は特に問題は無いと思うけど」


「お姉ちゃんの言う通り日本語だけで異邦人だと怪しまれる事はないと思います、それに聞いても意味はわからないだろうし、森人のスゥニィさんから教えてもらった呪文だと言えばスーヤさんもその言葉に強いイメージを持てるはずだし」


二人は特に問題は無いと考えているようだ、俺達は森人の弟子という事になっているので不思議な言葉を使っても特に怪しまれる事は無いと言うレイナ、そういう訳で簡単な言葉だけを教える事にした。


「じゃあ明日から訓練の時間を少し減らして採取と魔物の討伐を中心にしようか、魔物を倒して魔力強度を上げるのも大事だしね」


俺がそう言って話を締めるとリズがニヤニヤと俺を見ていた。


「どうかした?」


「いや、なんかトーマが楽しそうだし張り切ってるからさ」


張り切ってるか、確かにそうかもな。


「なんだか後輩が出来たみたいでさ、その後輩に頼られて、それで俺がその後輩の力になれてると思うと嬉しくてさ、年上のロイド達に敬語を使われるのはまだ少しくすぐったいけどね」


「そうだね、私も冒険者として人に物を教えるなんて思って無かったからその気持ちわかるよ、でも四人とも優秀だからあまり教える事は無いけどね」


その後は少し雑談をしながら皆で魔力操作の練習をして、それから眠りについた。






あれから一週間、森での狩りを少し増やしながら四人を鍛えていく、ニル達には最初は俺達だけで対応するつもりだったが、俺達が町を出た後でロイド達にまた同じ様な事が起きたとしても大丈夫なようにというリズの提案で、出来ればモストールはロイド達自身に任せる事にしたのだ、その話にロイド達も賛成してくれたので、今は人形の魔物であるゴブリンを中心に、たまにオークを相手に狩りをしている。


「大分力もついてきたね、ロイド達はペナルティがあるからまだ昇級は出来ないけど十分に銀下級でやっていける力はついてると思うよ」


俺の言葉に笑顔を見せるロイド達四人、この一週間で大分自信もついてきたようだ。


「じゃあ今日はこの辺にして、ギルドに戻って訓練をしようか」


魔物の狩りを増やしてはいるがしっかりと訓練の方もしている、特に型を覚えておけば俺達がいなくなった後も続けられるしな。


町に戻るとまずは屋台をひやかして歩く、最近は町の手伝いの依頼を受けていないので軽い昼食がてら町の人と雑談をするのだ、テオとセオ、そしてロイド達も随分と町の人とも仲良くなった、それにあの決闘以来マナーの悪い冒険者も減ったようだし、新しく入ってくる冒険者もギルドや町の雰囲気でそうそうマナーの悪い事も出来ないようだ。


その後はギルドに行き、ダリと素材のやり取りをしてセラに報告をし、報酬を受け取った後は訓練をする、決闘から暫くは注目の的だったが今はそれも大分落ち着いてきた。


訓練所でまずは柔軟して、それから型をする、柔軟や型が珍しいのもあるだろうし、新しくラザに来て俺達を一目見ようという冒険者達もいるので、毎回何人かの見学者がいて少し恥ずかしいが最近は視線にも慣れてきた。


そうやって訓練を続けていると訓練所にドルントが入ってきた。


「おうトーマ、ちょっといいか?」


ドルントに呼ばれたので皆には訓練を続けてもらい訓練所の隅に行く。


『防音』


俺が呪文を唱えると周りの音が消える、これは最近試している詠唱の練習中に覚えた呪文で、俺の操れる一メートル以内の魔素を使って、周りに空気の震えを消す壁を作り、その壁を境に内外の音を遮断する魔法だ。


「これで話を聞かれる心配は無いですよ」


「ほぉ、便利な魔法だな。お前体術も得意なのに色々な魔法も使えるんだな。あぁ、それよりな、決闘の時に途中でいなくなった奴等がいただろ?そいつらが契約を守って真面目に冒険者をするって俺の所に話をしに来たんだがな、そいつらの仲間が二人、まだお前らに対して何か仕掛けようとしているらしい。それを伝えておこうと思ってな」


その二人とはニルとモストールだろう、どうやら二人は仲間に愛想をつかされたようだ。


「それでそいつらの話ではな、その二人は結構な金を使って冒険者を何人か雇ったらしいんだ。決闘の時に依頼で町にいなかった連中の中にはまだお前らに不満を持っている奴もいたからな、そいつらは例外無くマナーの悪い連中だ、それが最近のギルドや町の様子であまり派手に動けなくてな、その矛先がお前らに集まっているらしいぞ」


ドルントの話では決闘の後で町に戻ってきた冒険者の中には、いきなり町の雰囲気やギルドの様子が変わっていてそれを不満に思っている連中も結構いるようだ、決闘の話を聞いて町を出た冒険者や、ドルント達が目を光らせる事で大人しくなった冒険者もいるみたいだが、ニル達の誘いに乗った奴等も何人かいるようだ、その中には金下級の冒険者もいるらしい。


「まぁ俺達を軽くあしらったお前らなら大丈夫だと思うが一応な。そう言えば最近俺らは依頼が無い時は軽く町の見廻りをしててな、そうすると町の人によく声をかけられるようになったんだ。今まであまり気にしていなかったがこうやって自分が拠点にしている町の人が気軽に挨拶をしてくれるって結構いいもんだな」


そう言って笑うドルントは獰猛な笑みではなく、どこかジーナに似たサッパリとした笑顔を見せた、それにしてもギルド内だけかと思ったら自ら町の様子を見て回るなんて律儀な人だな。


「情報ありがとうございます、俺達もいつでも準備はしているので大丈夫ですよ」


「そうか、お前は見た目は若いけど笑顔でマイオを蹴り飛ばす奴だからな」


「あっ、そう言えばその噂を広めたのはドルントさんですか?それに公爵家潰しの噂を広めたのはドルントさんでしょ?あの後ギルドで大分怖がられたんですよ」


俺のジトッとした半目にドルントは苦笑いを見せる。


「い、いやな、決闘の後でギルドに戻ったら丁度お前らの話になってな、それでその時にお前らとリストルで一緒に戦った三人組と盛り上がってついな。でも俺はその三人組にしか話してねぇぞ。それにその噂のお陰で大人しくなった冒険者もいるからな」


ドルントはそう言い残して訓練所を出ていった、その後ろ姿を見ながら溜め息を吐く、でも一度敵として戦った相手と仲良くなる、こういうのも悪くないなと思いながら皆の所に戻った。





そしてロイド達と訓練を始めてから九日目、ロイドとザイルが遂にオークを一人で倒せる様になった、ミーヤとスーヤはまだ一人では無理だがそれでも全員魔力強度は三十を越えている。




ロイド:19


人間:冒険者


魔力強度:38


スキル:[採取] [剣術] [身体強化]




ザイル:18


人間:冒険者


魔力強度:38


スキル:[採取] [斧術] [身体強化]




ミーヤ:20


獣人:冒険者


魔力強度:36


スキル:[採取] [弓術] [身体強化]




スーヤ:19


人間:冒険者


魔力強度:34


スキル:[採取] [風魔法] [土魔法] [魔力操作] [身体強化]




それに元々魔力の流れに変な癖のついていなかった三人と、体を動かすのが苦手だったスーヤもギリギリで身体強化を覚えた、多分俺が教えなくてもその内自然と覚えていただろう、モストールは魔力強度四十はあるがこれなら一対一でも負けないと思う、少しの差なら覆せる程に四人は魔力の扱いが上手くなった。


「じゃあ今日は町に戻って明日の準備をしようか」


その日は午後の訓練は無しにし、明日の準備を整えて早めに休んだ。





次の日、宿でゆっくりと朝食を食べた後で東の森に向かう、東の森は少し遠いので馬車を使う、馬車を使えば一日で往復出来る距離だが今日は森の手前で野営をする予定なのでゆっくりと進む、ニィルも久し振りに外に出たのであちこちに興味を示している、街道から大きく離れない様にはしているが基本はニィル任せだ。


「向こうにアールデタウルがいるよ、一頭だけ、他にはいないからハグレかもしれない」


「お、幸先いいね、今停める」


森に向かう途中、リズが遠目で牛型の魔物、アールデタウルを見つけたので馬車を停める、リズは荷台から御者台に移り、俺の隣に立つと弓を構え、弦を引き絞る、するとリズの弓に風が集まり凝縮されていく。


嶺渡ねわたし


呪文を唱え、弦を離すとリズの魔力が風と混じり一本の鋭い矢になる、それは弧を描く様に空を渡り、そしてアールデタウルの頭を撃ち抜く。


「お見事、弓の扱いも風魔法も大分慣れてきたね」


リズの腕に感心しながらアールデタウルの回収に向かう、最近リズは弓と風魔法の練習に重点を置いている、弓の腕を上げたリズは遠目のスキルもあり昼間の平原では敵に気付かせずに倒す事が出来る、正しく狙撃主といった感じだ、遠距離と近距離で鋭く敵を倒すリズ、中距離を広範囲に攻撃出来るレイナとこの姉妹は隙が無くなってきた、俺も頑張らないとな。


肉を回収して森につく、森の手前で馬車を停め、野営の準備をする、土魔法を使い食卓を作っているとスーヤがそれを見て食い付いてきた、土魔法は野営をする時にかなり重宝するのでスーヤと一緒に練習をする。


テオはロイドとザイルと一緒に軽い組手をしながら、リズ、ミーヤと一緒にたまに襲ってくる魔物を倒す、レイナとセオは人数が多いので早めに夕食の準備だ、流石にこの人数だとかなり賑やかだ。


賑やかなまま夕食になり、ロイド達がレイナとセオの料理の腕に驚きながらの食事を終え、いよいよ夜になる。


「今日襲ってくるかな?」


食後、テオとセオ、ロイド達には先に休んでもらい、リズとレイナと三人でお茶を楽しんでいるとリズが聞いてきた。


「町を出るときに門の方で何人かの反応があったからね、来ると思うよ」


町を出る時に俺達の方を伺う反応があった、俺達が東の森に来ているのを知っているだろうし近い内に町を出る事も伝えてある、俺達を襲うチャンスは今日しかないとわかっているはずだ。


「今日襲ってくる奴等を倒したら、もう私達の噂で町に迷惑をかける事も無くなるかな」


リズもレイナも村を無くしてからずっと世話になった町だ、自分達の噂で町に迷惑をかけた事がずっと気になっているのだろう。


「今は町の雰囲気もギルドの雰囲気も良くなってるし、ドルントさん達が率先して冒険者を引っ張ってくれてるからきっと大丈夫だよ。それに旅に出る前よりも町に活気が出てるし迷惑ばかりじゃないと思うよ」


「そうですよね、これで町に迷惑をかける冒険者かいなくなれば大丈夫ですよね」


俺の言葉にそう答えたレイナに力強く頷く。


「じゃあそろそろ網を広げるから、二人はいつでも皆を起こせる様にお願い」


俺は二人に言って目を瞑り、ずっと練習していた詠唱を始める。



てん揺蕩たゆたない、ちから手繰たぐまとう、言霊ことだまりてひろげ』


天涯てんがいほのめくのこを、あまさずさら垣間かいまて、かくれるてきからる、てきからる』


『【天網恢々てんもうかいかい】』



呪文を唱え、意識を広げて行く、空間把握よりも広く広く、百メートル、二百メートル、どんどん広げて一キロメートル程広げた所で安定させる。


いつでも死ぬ可能性があると考えた時、一番怖いのは不意打ちだ、それに対応出来る空間把握をどうにか広げる事が出来ないかと考えて練習して、詠唱を使い漸く広げる事が出来た、そのかわり空間把握と違いその場から動けないし魔力の消費も激しいので今日みたいな、敵が襲って来ると予想できる時にしか使えないのだが。


魔力回復のスキルがある俺は簡単な魔法なら使った端から回復するのだが流石に詠唱で使う魔法はそうはいかない、それでも一キロメートルなら六時間程は持つ、この距離なら狙撃される事もそうはないだろう、一番怖いのは範囲外からの狙撃だ、リズの弓を見てその危険性を再認識した。


自分を中心にして、半径一キロメートルの円を俯瞰で見る、獣形の魔物が所々にいるが襲ってくる気配は無い。


夜も更け、時間が過ぎていく、今日は来ないのだろうか、明日、狩りをして帰る途中に襲うつもりなのかもしれない、そう思った頃に広げていた網に遂に反応がかかった。

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