第101話 大きく真っ直ぐ

翌朝、俺達は全員で朝食を取る、最近は絡まれないように朝早くから依頼を受けていたロイド達、そのロイド達に時間を合わせたのでいつもより少し早い時間だ。


「おやおや、その様子じゃ昨日は何も無かったようだね。部屋の壁が薄いから心配してたけど取り越し苦労だったようだね」


食事の配膳をするジーナにそう言われ昨日の事を思い出す、リズは顔を赤くして俯き、レイナはニコニコと、笑みを深めている。


「ジ、ジーナさん何を言ってるんですか。昨日は疲れていたので直ぐに寝ましたよ」


「そうなのかい?決闘から戻ってきたあんたがいっぱしの冒険者って顔をしてたからてっきり、ねぇ?」


そう言ってニヤニヤとリズを見るジーナ、いっぱしの冒険者?俺は昨日そういう顔をしていたのだろうか?


「まっ、それはあたしがそう思っただけさね、気にしないでいいよ」


ジーナはそう言ってカラカラと笑うと新しい客が来たので接客をしに行ってしまった。


自身も冒険者として活動し、元白銀級のスゥニィとパーティーを組んでいたジーナだ、そのジーナの言ういっぱしの冒険者というものをもう少し聞きたかったけれど、あまり昨日の話を掘り下げるのも恥ずかしいし、そろそろ客も増え始めたので長話をするのもなと、接客をするジーナに昼に肉を持ってくる事を告げてギルドに向かった。





「昨日はお疲れ様でした、話は聞きましたが大分活躍したみたいですね」


ギルドに行くとセラがテオを見て微笑みながら言う、セラは絶対に子供好きだ、明らかにデレている、というか頭を見ている、あれは撫でたいなと思っている顔だ、頭を撫で…。


「トーマさん?」


ハッ、つい昨日の事を思い出して呆けてしまった。


無表情なレイナに促され、朗らかに笑うセラから依頼を受けてギルドを後にする、まだ朝の鐘が鳴る前なのでギルドにもあまり冒険者はいなかった。


ギルドを出て町の中を歩いていると、昨日の事が広まっているのか忙しなく歩く人も俺達を見ると足を弛め、手をあげて挨拶をしてくる、中には話したこともない人もいるがその表情は好意的だ、こうやって知らない人から気軽に挨拶をされると今でも少し戸惑うがやはり嬉しいな。


「おう、トーマ!昨日は随分と派手にやったらしいな、それと…おっ、お前かチビ、確かテオだったよな、非番の奴等がお前の事をすげぇ子供だって褒めてたぞ」


テオの頭をくしゃくしゃにするタイン、テオも褒められて満更でもなさそうだ。


鐘が鳴るまで門で話をして、鐘が鳴ると同時に門が開いたので森に向かう、今日は全員で採取だ。


森ではリズとレイナが教えるまでもなくサクサクと採取をするロイド達、たまにゴブリンを見つけ、四人に教えると危なげなく倒していく、ミーヤが弓で先制し、スーヤが魔法で牽制した所にロイドとザイルが突っ込むバランスの良いパーティーだ。


その後、宿に持っていくオークを刈る時にも、テオとセオと一緒にロイド達にも任せてみたのだが問題なく倒していた、これなら直ぐに銀下級にも上がれそうだ。


「四人供凄いね、これなら直ぐに昇級出来ると思うよ」


「でもテオ君もセオちゃんも一人で一匹を倒しているのに、俺達は四人で一匹を倒すのがやっとですよ」


苦笑いをしながら顔を見合わせテオとセオを見る四人。


「大丈夫だよ、四人とも半年前の私より全然強いし、この一週間一緒に訓練したらオークも一人で倒せるよ。四人ならそのうちオーガも倒せる様になると思う」


リズの言葉に半信半疑の四人だけどこの一週間ちゃんと鍛えればきっと強くなるはずだ、何より四人は魔力の流れが良い、銀下級や、銀上級で燻っている冒険者には魔力の流れに変な癖がついている人も多いのだが四人は魔力の流れが素直なのだ、これなら一週間でも十分に効果が出るはずだ。


今まで色々な人に教えて来たけれど、冒険者としては先輩だったり小さい子供だったので、歳も近く冒険者になったのも俺より後の四人とこうやって一緒に行動するのは何だか楽しい、これが後輩ってやつなのだろうか。


その後も俺達は森の中で、俺は皆から少し離れて詠唱の練習と索敵、リズはミーヤと一緒に弓の練習、レイナはスーヤと魔力の操作を、そしてテオとセオはロイドとザイルと一緒に魔物を狩りながら午後まで過ごした。


そして町に帰る道すがら、ロイドと午後からの訓練や、俺達の噂の真相等を話していると不意に服の裾を引かれたので足を止める、見るとスーヤが何か言いたそうにしている、どうしたのと聞くと、極度の人見知りというスーヤだがつっかえつっかえ話してくれた。


「じゅ、呪文、教えて、ほしい、です」


すると俺と一緒に歩いていたロイドが慌てて説明してくれた。


「すっ、すいませんトーマさん、スーヤは村で一番の魔法使いだったんですけどラザに来て他の冒険者の魔法を見て自信を無くしていたんです。多分トーマさん達は皆魔法を使う時に何か言葉を出しているのに気付いて、それでその事を聞いてるんだと思います。冒険者同士でそういう事を聞くのは駄目だって言ったんですけどね」


冒険者は基本はパーティーで、もしくは一人で行動するのだがたまに依頼の間だけ他のパーティーと組んだり、パーティーに入れてもらったりする事がある、そういう時に必要以上の詮索はルール違反とされている、特に過去の話やその人の持つスキルの話がそれだ。


スーヤが俺達に聞いているのはスキルの話にあたる、だけどそれよりも。


「呪文の事を知ってるの?」


俺が尋ねるとスーヤはこくりと頷いた。


「小さい頃に、家にあった古い絵本で、読みました。絵本の魔方使い、呪文を唱えて魔法を使っていたです」


へぇ、古い絵本にはまだ呪文を使う魔法使いが載っていたのか。


「返事は俺の一存では決められないから皆と相談してからでいいかな?」


俺の返事にスーヤはこくりと頷いて、小走りでミーヤの所に戻って行った、スーヤは俺より五つも年上だが見た目がリズよりも幼い、胸の大きいミーヤに老け顔のザイル、イケメンのロイドと個性的な四人だ。


すいませんと謝るロイドに気にしてないよと答えながら、この四人がラザで立派な冒険者になってくれたら嬉しいなと思いながら町に戻った。


町に戻るとまずは宿に行ったのだが食堂が満席で座れず、すまないねと謝るジーナに肉だけを渡して後にする、最近レイナとセオが教えた料理をノーデンが出すので、只でさえ客の多かった食堂が更に忙しくなっているのだ。


他の食堂に行ってもよかったのだが町を歩きたいというテオの提案で屋台で昼食を済ませる事にする。


町を歩くと色々な人に声をかけてもらえる、皆笑顔だ、歩く度に声をかけられるので今日町に入ってきた人や昨日の事を知らない人達になんだなんだという視線を向けられるのが少し恥ずかしいけど、それ以上に町の雰囲気かいいのでたまに溺れそうになる、このまま旅に出ないでずっとラザにいてもいいんじゃないかと、なんで旅をするんだろうかと。


「どうかしました?」


「いや、町の雰囲気がとても居心地が良くてさ。このままラザにいてもいいかなって思っちゃってね」


町を見ながら歩いているとレイナに聞かれたので答える。


「そうですね、私もとても居心地がいいです。他の町も良かったけどやっぱりこの町が一番安心出来ますよね」


レイナも同じ気持ちのようだ、でも。


「「でも」」


俺とレイナの言葉がハモる、そしてお互いに顔を見合わせて笑い、レイナが先に口を開いた。


「ふふ、でも旅に出る事を相談した時にジーナさんが言ってました。人間ってのは良いことばかりでも悪い事ばかりでも歪んで育っちまう、右に行って左に行って、そうやって道を広げて大きく真っ直ぐな道を作るんだって。それは町で一生懸命に仕事をしてもいいけれど、あんたらは、特にトーマは旅に出た方がいい男になると思うよって、そう言ってました」


「大きく真っ直ぐか、何だかジーナさんらしいね。俺もこの町がとても好きだけど、でもやっぱり他の町も見てみたいし、旅に出たいって思っちゃうんだよね。そっか、ジーナさんがそんな事を」


「それに旅に出たおかげでテオとセオに会えたし、色々な知り合いも出来ました。それに、それに私もトーマさんは旅に出てからどんどん格好よくなってると思います、よ?」


そう言って俺の顔を下から覗きこむレイナ、あぁ、やっぱり可愛いなぁ…。


「こらぁ、町の往来で何してるの、皆困ってるよ」


リズがレイナの背中に抱き付きながら言ってくる、顔をあげて横を見るとロイド達に目を逸らされた。


「じゃ、じゃあ皆もう満足したみたいだからギルドに行こうか」


恥ずかしくなった俺は誤魔化すように口を開き、そそくさとギルドに足を向けた。








「くそがっ、あのガキ舐めやがって。絶対にぶっ殺してやる」


町の角にある酒場でジョッキを煽りながら喚く男、その男に仲間が困った顔で話し掛ける。


「でもよぉ、俺達はガキ一匹に負けちまったし、それに魔法で邪魔しようとした事もバレて卑怯者扱いだ。アイツらをどうにかした所でこの町ではもう冒険者としてやっていけねぇと思うぜ 」


「それにあの後ドルントさん達も負けちまったから決闘の契約もあるぞ、町で何かしたら最悪犯罪者になっちまう」


仲間の言葉に男は激昂し更に喚き散らす。


「うるせぇ!お前らだってあんな獣人のガキ一人にやられて悔しくねぇのか?それにあのガキ、俺達を雑草だなんて言いやがったあのガキだ、許せねぇだろ。大口叩いて負けちまったドルントの野郎なんてどうでもいいんだよ、この町には他にも金下級の冒険者がいるんだ」


男が喚き散らした所で酒場の入り口から声がする。


「そうだぜ、それにドルントの野郎はまだまだ余裕があったのに降参したってぇ話だ」


そう言って入ってきた男を見て喚いていた男がニヤリと微笑む。


「で、どうだった?話はついたのか?」


「あぁ、こっちの方は大丈夫だ。それより約束は忘れるなよ?女は生け捕りだからな」


二人のやり取りを、周りにいる仲間は複雑そうな顔で見ていたが、二人はそれに構う事なく笑いながら話を続けていた。







ギルドに来た俺達に一斉に視線が集まる、公爵…潰し…笑顔…等と話し声が聞こえるが気にせずにまず薬草と倒した魔物の素材を倉庫の方に持っていく。


「あっ、トーマさん!久し振りです」


そう言って歩いて来たのはダリだ、色々と研修等もあったようだが今はこうして素材倉庫の職員として働いている、他の職員からの評判も悪くないようだ。


「久し振りですダリさん、制服、似合ってますよ」


「へへ、なんだか恥ずかしいですね、でもありがとうございます。要領が悪いって言われてた自分がまさか冒険者ギルドで働けるなんて、今は毎日が楽しいですよ」


そう言って話すダリは口調も少し丁寧になりとても良い顔だ、自分に自信がついたのか顔付きも変わっておどおどしていた時とは別人のようだ、ダリも右に行って左に行って、そして今は真っ直ぐに歩いているのかもしれないな。


そのまま少しダリと話をして、それからカウンターに向かう。


「ありがとうございます、それで、今ギルド長は大丈夫ですか?」


セラから依頼の報酬を受け取り、朝伝えていたギルド長との話し合いが今大丈夫か聞いてみる、するとセラさんが大丈夫ですと言って案内してくれた。


ギルドの階段を登っていると声をかけられた。


「おい、トーマ!採取や町の手伝いもいいけどたまには二階にも来いよ」


そう言って声をかけて来たのは銀上級冒険者のアウル達だ、そう言えば俺達って未だに二階を使ってないなと思いながら、アウル達に軽く手をあげて三階のギルド長の部屋に行く。


先にセラが入り、続いて俺達も入る、俺達ってギルド長の部屋に来る事が多いなと思いながらソファに座る、人数が多いのでロイド達には側に立っていてもらう。


「あぁ、すまんな。それにしても多いな」


ハミルがロイド達を見てそう言ったので、後でセラに話そうと思ったのだが先にいいですかと断りを入れてからロイド達の事を話す。


「ふむ、オーガの牽引か。それで、普段の依頼態度はどうなんだ?」


「そうですね、まだ銅級なので依頼は簡単な物ばかりですが失敗もなく、また丁寧な仕事ぶりだと依頼人からの評判もいいです」


セラの答えを聞いたハミルは直ぐに口を開く。


「まぁギルドの監督が行き届いていなかったという事情もあるしな、本来は一ヶ月から三ヶ月の資格停止なんだが今回は三ヶ月の昇級無し、様子を見て問題ないようなら一ヶ月に短縮といった所だな」


ハミルの言葉に神妙に頷くロイド達、ハミルはそれを見て笑顔を見せるが直ぐに真顔になる。


「だが本来なら三ヶ月の資格停止、そうなると冒険者は依頼も受けれずに食うのにも困る。更に被害が出ていたらその賠償金に加え一年の資格停止や失効もあり得るからな、自分の実力を見極めるのも冒険者には必要だぞ」


その言葉に再び頷く四人、それを見てセラも手に持っていた書類に何かを書き込んでいた。


「さて、それでは昨日の決闘の件だが一応これが決闘に参加した冒険者達のリストだ。このリストに載っている奴等がお前達に何か言ってくるようなら直ぐに知らせてくれ。まぁドルント達も町にいる時は目を光らせると言っていたので大丈夫だろう」


手渡されたリストを見ると三十三名の名前、それと所属するパーティー名が書かれていた、今回はパーティーの一人が参加しただけでも契約はそのパーティーにまで及ぶようで、その対象は全部で五十名近くになるみたいだ。


「普通はこういう大人数が対象になる時は大分ごねるんだがな、今回は皆素直だったよ、特にトーマが笑いながらマイオを蹴り飛ばしたのが効いたみたいだな。それと兎の前足は公爵家を潰したって噂もあったからそれも大きいだろうな」


いや、マイオと戦う前は笑っていただろうけど戦う時は笑ってなかったぞ?それにハンプニー家の屋敷を少し壊したのとエスターヴ家の企みを潰した噂が混ざってるだろそれ、だからその無表情はやめてくれレイナ。


そう言えばギルドに入った時も何だか恐れられてたな、決闘の件もあるだろうが公爵家潰しの噂もあるのかもな、俺が頭を抱えているとハミルが苦笑いをしながら話す。


「噂はそのうち消えるから気にするな、それよりさっきの続きなんだがな、決闘が終わって話をした冒険者は素直に従ったんだが二組ほどまだ話をしてない冒険者がいてな、そいつらが町にいるなら決闘の結果も知っているはずだとは思うが一応頭に入れていてほしい」


「テオに負けた奴等ですよね?大丈夫ですよ、何かしてきても自分達で対処しますので」


俺の言葉にハミルはわかったと頷き、それから俺達は部屋を後にした。


その後は訓練所に行き訓練をする、人が多かったので呪文の方は後回しにする、それなら魔力操作の練習をしたいと言ったスーヤだが、体を動かすのは大事だと説得して、魔力の流れを正す型と、軽い組手をしてその日は訓練を終えた。


そしてギルドを出た後、俺はリズ達と別れて一人で鍛冶屋に向かう、前に修理に出した防具が、一度は出来上がったのだが少しサイズが小さかったのでサイズの調整と、それとオーガの革も使えるという事で再びダフの所に出していたのだ。


一人で町を歩く、すると直ぐに二つの反応が近付いてきた、ニルとモストールだ、左腕を吊ったニルと足に包帯を巻いているモストール、ギルドでの治癒はまだ受けてないようだ。


「へへっ、よぉ英雄様、今日は一人かい?」


「あぁ、そうだ、というかタイミングがよすぎだろ。一人になるところを見てたんだろ?」


俺の言葉に二人は驚く、本当は空間把握でずっとつけてるのを知ってたんだけどな。


少し驚いた二人だが直ぐにまた笑顔を見せる。


「そんな事よりまだ採取や手伝いなんて受けてるのか?それじゃ英雄の名が泣くんじゃねぇか?たまには大物でも狩ってきたらどうだ?その方が町も活気付くってもんだ」


お前らが町の活気なんて気にする訳無いだろと言いたくなったが我慢する、それに向こうも我慢して話し掛けてるみたいだし俺も喧嘩腰の口調はやめよう、二人を再度鑑定しながら少し考える。


「そうだね、一週間、いや、十日後かな。十日後に東の森でキラービーの巣にでも行こうかな、蜂蜜が欲しいんだ」


俺の言葉を聞いてニヤリとするニル。


「あぁ、蜂蜜な、あれは甘くて美味しいよな。でも最近十分な量が入って今は依頼は出てないはずだ、当分は出ないと思うぞ」


「いや、俺達もそろそろ町を出ようと思ってるんだ。だからその前にちょっとした贅沢がしたくてさ、自分達で食べるつもりだからギルドは通さないよ」


「へぇ、ギルドを通さずにね。それにお前ら町を出るのか、リストルの英雄が町を出るのは寂しいな、そうか町を出るのか」


寂しいと言いつつニヤリと笑うニル、その横からモストールが入ってきた。


「おっ、お前ら町を出るのか?」


「うん、今度はヒズールに行こうかと思ってるんだ。何かマズかった?」


「いっ、いや、そんな事ねぇけどよ。それよりお前ら最近仲間を増やしたのか?」


「え?ああ、ロイド達の事?そうだね、何だか気が合うから最近はずっと一緒に行動してるよ、ヒズールにも誘ってみるつもりだよ」


その言葉にニルとは対照的に顔を顰めるモストール。


「じゃあ俺も用があるから」


俺はそう言ってその場を後にし、ダフの店に足を向けた。

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