第104話 後始末

「皆、来るぞ!」


俺は皆に注意を促す、その声に反応してそれぞれが目の前の敵に備える、そしてレイナの万雷を皮切りに、北西、北、南の順に戦闘が始まっていく。


皆大丈夫だろうか、俺が空間把握で皆の所を意識していると俺の前方で魔力が膨れ上がり、更にその両隣でも魔力が高まる。


前に目を向けると、闇の中にかろうじて見える程度の距離に三つの影が立っていた。


その真ん中の影から大量の魔力が込められた巨大な炎の塊が飛んで来た、その巨大な炎が暗闇の中に二人の男、そして炎を放った女の姿を浮かび上がらせる、俺はそれを見ながら呪文を唱える。


『水面鏡』


氷の鏡を角度をつけて斜めに出し、炎の塊の角度を変えると炎は夜空を焦がしながら飛んでいく、同時に鏡が砕け散った、炎に込められた魔力の量から念の為に水面鏡を斜めに出したがやはり逸らす事は出来ても跳ね返すのは無理そうだ、そう考えていると残りの二人からも魔法が飛んで来たのでその場から飛び退く、風の刃と土の槍が俺の立っていた場所に着弾する。


相手は三人とも魔法が得意なのか一定の距離以上からは近づいてこない、ハッキリと姿が見えないので鑑定も出来ないし、俺は遠距離攻撃が得意ではない、空間把握で仲間の戦いも把握したいので飛び出す訳にもいかない、……やりにくいな。


今度は三方から同時に火の玉と風の刃、土の槍が飛んで来る、それを横に飛び退いて躱すと直ぐに火の玉が追い打ちして来たので転がって避ける、そこも狙っていたかのように更に火の玉が飛んで来た。


『拍車』


魔法が来る事は空間把握で感知していたので拍車を唱えながら上に飛んで躱す、飛び上がるのを待っていたかのように風と土の槍が飛んで来る、それも右足の拍車を使い躱すとようやく追撃が止む、炎使いは威力を落とした魔法ならば連射出来る様だ。


相手も様子見なのかそこで一旦攻撃が止む、空間把握で感知している北の戦場で魔力の高まりを感じたのでレイナにフォローをしてもらうように声を掛ける。


「レイナ、北だ!」


俺の声を受けて直ぐにレイナがテオ達の援護に雷を落とす、杖の一振りで雷を落とせるレイナの万雷はこういう乱戦で非常に便利だ。


テオ達の所もレイナの雷を皮切りに激しい戦闘が始まったようだ、と、少し気を取られた所に火の玉が飛んで来たので横に躱し、更に火の玉、風の刃、土の槍、火の玉と追撃を躱す、すると暗闇の中から声が聞こえてきた。


「この状況で他所に声を掛けるなんて余裕だねぇ、だけどそれだけの動きをしているし感知スキルも相当なもんだ」


ハスキーな声で相手のリーダーらしき女が喋る。


「ねぇ、あんたアタイの仲間にならないかい?あんたの感知スキルは色々と役に立ちそうだ。仲間の事は諦めてもらうけど」


「え?無理です」


まさか襲撃をしておいていきなり仲間に勧誘されるとは思わなかったのでつい素で断ってしまった、だけど仲間を諦めろなんて無理に決まってる。


「…ふ、ふふ、即断かい、でもあんた状況がわかってるのかい?」


状況?レイナの所は三人のうち二人を倒して残りは一人、少し相手の動きに苦戦しているけどセオもいるので大丈夫だろう、テオ達の所はレイナの援護の後は乱戦になり、かなり有利なようだ。リズは俺よりもしっかりしているし全く心配していないが…、リズの相手の金下級は魔法使いか、リズとレイナの相手は逆の方が良かったかな、やっぱり事前に鑑定が出来ないと不便だな、そう思いながらレイナに声を掛ける。


「レイナ」


それだけでレイナがリズの相手に雷を落としてくれる。


「貴女こそ状況がわかってるんですか?貴女の仲間はどんどん倒されていますよ」


「はっ、雑魚が何人やられようと構やしないよ、向こうにはアズとシャリーがいるんだ、あの二人は簡単にはいかないよ、最後にはアタイらの勝ちさ」


何やら自信満々のようだが、リズの相手が今まさに倒されたようだけどな…、どうやらリーダーは感知スキルを持っていないようだな、まぁ感知系のスキルは適性が無いと覚えるのが大変だからな、魔力操作の得意なレイナが最近ようやく覚えたがそれも意識を向けないとまだ精度が悪いようだし。


思考がそれたな、自信満々の女を無視してリズに声を掛ける。


「リズ!皆を頼む」


先に戦闘を終らせたリズに皆を任せる、俺の魔力は天網恢恢で半分以下まで減っていたので少し不安だったがこれで全力で攻めに出る事が出来る、俺は呪文を唱える。


『疾風迅雷』


風の魔力を纏い、先ずは風の魔法使いの所に駆ける、そこに土の槍と風の刃が飛んで来るが横から来る土の槍を速度を上げた一歩で躱し、正面から来る風の刃は右手で受け止める、風の刃を疾風迅雷で掻き消された事に驚愕する相手の懐に入り胸を貫く。


「仲間にならないなら死にな」


俺が風の魔法使いを仕留める所を狙っていたのか相手のリーダーから先程よりも魔力の込められた巨大な炎の塊が飛んで来る、仲間も一緒にとは容赦ないな。


だが相手が悪かった、俺にとっては相性がよかった、だな。


『水面鏡』


俺はまず目の前に迫った炎の塊に水面鏡をぶつける、距離が近いので角度をつける余裕はないが水面鏡とぶつかった事で炎の勢いが弱まる、氷の鏡は砕け散るが、俺はそのまま魔力解体を使い炎の魔力を解体して更に弱めながら右腕に疾風迅雷の魔力を集めて炎の塊を切り裂く。


縦に切り裂かれた炎の余波が襲ってくるが俺には熱耐性があるので大丈夫だ、服が少し焦げたがそれも疾風迅雷の風で直ぐに消えた。


「ア、アタイの全力を。あんた、ぎっ、銀上級だろ?」


女は今の魔法に相当な自信があったのだろう、魔力を込めた炎を正面から破り、近づいて来る俺に狼狽える。



イムリ:35


人間:冒険者


魔力強度:88


スキル:[魔力操作] [炎魔法:特大] [身体強化]



顔が見える距離まで近づいたので鑑定をかける、女は炎魔法がかなり得意みたいだ、これが炎以外だったらもう少し苦戦したかもな。


鑑定しながら近づく俺に、女は指先から小さな火の玉を出して牽制してくるがそれを魔力解体で弱め、左手で握り潰しながら女に近づく。


「ちょっ、まっ、待って待って、アタイ、わ、私を仲間にしてくれないかな?きっとあんた、貴方の役に立つよ。それに体だって、ねぇ?」


女は突然猫撫で声でそう言って自分の体に指を這わせる、確かに顔は男っぽい所があるが美形といえば美形で年齢よりも随分若く見える、体の起伏もハッキリとわかる程にはスタイルがいい。


目の前で冷や汗を流しながら命乞いをする女、少し前の俺なら殺さずに町につき出すだけで済ませていたかもな、でも俺達を殺す気で襲ってきたし、ダリのように改心する様にも見えない、それに…。


俺が女の少し手前で歩みを止めると、女が降参した事で負けを悟ったのか土の魔法使いが突然逃げ出した、それに気を取られて目をやると、女の魔力が膨れ上がる。


その瞬間に女の懐に飛び込み首を撥ね、逃げ出した土魔法使いを追いかけ心臓を後ろから貫いた。


「トーマ、こっちは皆無事。そっちも終わった?」


焚き火の方からリズが声を掛けてきたのでこっちも終わったと返事を返し、三人の死体を引き摺りながら焚き火の所に戻る。


命乞いをした女があのまま本当に何もしてこなかったら俺はどうしていたのだろう、少し考えるが、自分達の安全の為にはこれが最善だったと結論を出し、これ以上は考えれば考えるほど気が滅入るので考えるのをやめた。




皆の所に戻ると皆は襲ってきた連中から冒険者カードや持ち物を集めていた、俺も三人の死体から冒険者カードと持ち物を取る。


「レイナ頼む」


血の臭いを嗅ぎ付けて魔物が集まって来ていたのでレイナにお願いして雷で追い払ってもらう。


持ち物を全て集めると穴を掘って死体を燃やし、荷物の確認は明日にして今日は早々に休む事にしようと思ったが、ロイド達の顔色が悪い事に気付いたので少し話をする事にした


「呪文はどうだった?」


テオとセオは先に寝かせ、残りの皆でお茶を飲みながら、四人の中で比較的落ち着いているように見えるスーヤに声を掛ける。


「森人の言葉、凄いです!唱えるだけで魔力がイメージ通りに動くし、それに魔力の無駄もない!です」


少し興奮気味に話すスーヤ、呪文の事に最初から疑いを持っていなかったし自分で使ってみて更に効果を実感したようだ。


「それはよかった、ロイド達はどうだった?」


少し青ざめていたがお茶を飲んで大分顔色も良くなったロイドに尋ねると、ロイドは苦笑いをしながら話す。


「俺とザイルは最初ビビってしまって、でもミーヤが先にモストールを弓で倒してくれたので、その後はなんとか動けました。ミーヤとスーヤがいなかったら危なかったです、情けないですよね」


先にミーヤがモストールを殺した事でロイドとザイルも動けたのか、話を聞くと最初のスーヤの魔法で大分有利な状況になり、ロイド達は止めを刺すだけと言ってもいいような展開だったようだ。


だがロイドとザイルは目の前で目を潰され、闇雲に武器を振るだけの相手を殺す事に躊躇ってしまったらしい、そこをミーヤが先にモストールを殺した事で、ミーヤばかりに任せるのは駄目だと思い、なんとか動く事が出来たようだ、話しているうちにその時の事を思い出したのかロイドの手が少し震えている。


この世界はもう少し簡単に人の命を奪うという認識のあった俺はロイドの反応がやや意外だった、でもダリも人の命を奪うのが嫌で、盗賊団にいながらも雑用をやっていたんだよな。


この世界は命が軽いって一括りにしていたけど、個人個人で大分違うようだ、俺は少し認識を改めながらロイドに言葉を返す。


「でもロイド達も人の命を奪うのは初めてならしょうがないと思うよ、俺もそうだったし、今でも人の命を奪った後は気が滅入るしね」


「そうなんですか!」


俺の言葉にロイドが大声を出し、ザイル達も少し驚いた顔を向けてくる、いや、俺だって平気で人の命を奪ったりはしないからね?


「うん、俺も出来れば人の命を奪いたくないって気持ちはあるよ。でもそうしなきゃ仲間が危険に晒されると思ってるから、仲間が死んでから後悔したくないし」


その言葉にロイドがそうなんですかと、少しホッとした様子を見せる。


「それに俺が最初にゴブリンを殺した時は吐いちゃったし」


「「「「ええっ!」」」」


俺がゴブリンを殺した時の事を話すと四人が一斉に大声を出す、いったい俺の事をどういう風に思ってるんだ。


「トーマさんがゴブリンを殺して吐いた?え?だってオーガはあんなに楽しそうに…」


「ちょっと待って、オーガを楽しそうにってなに?」


慌てて尋ねるとロイド達は顔を見合わせ、だって、なぁ?などと不思議そうな顔をする、そしてロイドが口を開く。


「トーマさんが俺達を助けてくれた時、あの時とても楽しそうにオーガを…、それにその後も血塗れでオーガの死体を…」


「いやいやいや、あれは違うから、血は素材を剥ぎ取った後で洗い流そうと思っただけだから」


確かにあの時は木を無駄に倒したオーガにイラついて派手にやったけれどもね。


どうやらロイド達にはそれがイキイキと楽しそうに見えたらしい、その後も血塗れでオーガの死体を解体してたしな。


俺はなんとかロイド達に説明をする、あれは少しイラついていたからだと、普段の俺はもっと大人しいからと。


俺が一生懸命説明をしても生返事のロイド達、その横で笑っていたリズが助け船を出してくれた。


「トーマの言う事は本当だよ、トーマは自分が何かされてもあまり怒ったりもしないし、いつも他人の為に怒る様なお人好しだからね」


リズが説明をするとようやく納得したのか、そうだったんですねと深く頷くロイド達、俺が一生懸命説明しても信じてくれなかったのに。


だけどその話で気が解れたのか表情の固かったロイド達にも大分笑顔が増えてきた、そして欠伸も出るようになったので、リズとレイナに夜番を任せて俺とロイド達は朝まで眠る事にする、俺も残るつもりだったが大分魔力を使ったので無理するなと言うリズの言葉に甘える事にした、やはり疲れていたのか馬車で横になると直ぐに眠気が押し寄せてきた。

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