第81話 リストルの子供達

「前にこの町で買った服は所々解れてきてるしそろそろ手直ししないとなぁ」


「折角町長の屋敷に招待されたのだからそれなりの服を着ないといけないのに着ていく服が無いね、お姉ちゃんどうする?」


チラチラと俺を横目で見ながらボヤくリズとレイナ、俺は二人に目を合わせないようにしながら服屋さんまで足早に歩く。


ハンプニー家には冒険者として依頼されていたので服装も特に気にしなかったが今日は夕食をご馳走しようという町長の招待だからな、特に女性のリズ達はそういう所を人一倍気にするのだろう、リズとレイナは村長の娘としてもある程度の教育を受けていたみたいだしな。


いや…、本当は俺を弄りたいだけなのかも、リズとレイナはボヤきながらもどこか上機嫌で楽しそうだ、理由は町の皆の様子を見たからではないだろうか、俺も自分達が関わったリストルの町が活気に満ちているのは嬉しいし、一緒にリストルの悪夢を経験した皆が笑顔で暮らしているのを見れて嬉しいからな。


テオとセオの歩みも心なしか弾んでいる気がする、歩きながら自然と笑みが溢れる、町には以前より花が増えているな、冬だというのに色とりどりの花が道の側に植えられていて流石は花の町と言われるだけはある。


あれはパンジーに似てるな、あれはアネモネだろうか?色々な花を見ながら図鑑で見た花の記憶と比べてみる、そう言えば大攻勢を退けた打ち上げの日にも花が目に止まったな、花は町中に咲いているのだが昔の俺なら気にも止めなかったはずだ、大攻勢を警戒している時も気付かなかった、だが今は花を見て楽しむ事も出来る、この世界に来て俺にも花を見る余裕が出てきたという事だろうか。


花を見ると心が安らぐという、どこかで耳にしたがその時は全く頭に入ってこなかった言葉を思い出しながら歩く。


そして上機嫌で歩きながら見覚えのある、色々な店が集まった少し開けた空間に出る、服屋さんのある場所だ。


前は鍛冶屋に冒険者がいるくらいだったが今は食堂や日用品等を売っているお店も賑わってる、花屋さんもあるな、目的の服屋さんも店の中には結構な人の反応がある、客入りはなかなか良さそうだ。


手押しのドアを開いて服屋さんの中に入る、チリンチリンとドアについている鈴の音が店内に響くといらっしゃいませという声が聞こえてくる。


店内では前に来た時にダルそうにカウンターに突っ伏していた店員が元気に客の対応をしていた、一度俺達を見て軽く会釈をしたあとで再び客に対応しはじめる、が少し客と話をした後でバッと勢いよく俺達に振り向き驚いた顔を見せる、今までの皆の反応で何となくそうなりそうな気がしたので両手で落ち着いてとジェスチャーをする、今は他の客の対応中だしな。


すると店員は咳払いをして笑顔を作り再び客に対応し始めたので俺達も他の客と同じ様に店内を見て回る。


カウンターの横に行くと側に置かれている二体の木製のマネキンに見覚えのある服が着せられていた、これは、テオとセオがこの店で買った服だ。


「テオ、セオ、これ二人が打ち上げの時に着ていた服だよな」


「そうだな、兄ちゃんとお揃いの服だよな。俺あの服すっげぇ気に入ってるんだけど店の人も気に入ってるのかな?」


いや、店員は女の人しかいないから男物の服は着ないだろう。


「同じ、ですね。私もあの服は好きなんですがこうやって見ると印象が違いますね」


マネキンは大人程の身長があるのでセオとは頭一つ変わる、同じ格好でもこれだけ身長差があると確かに受ける印象が変わるもんだな。


皆でマネキンを見ながらあれこれと話をしていると客の対応を終えた店員が側にやって来た。


「前に来た時と違い繁盛してますね」


懐かしそうに俺達を見る店員にそう言うと嬉しそうに笑顔を見せる。


「あなた達がここで服を買ったって話が広まって店は盛況なのよ、特にテオちゃんとセオちゃんの買った服を求める人が多くてね。おかげで針子も忙しいし店員も増えたのよ」


確かに店に入った時もいらっしゃいませと複数の女の人が声を出していた、前は一人で暇そうだったのに今は同じ服装をした三人の女性が店内で客の対応をしている。


「それで、今日はどうしたのかしら?」


そう尋ねられたのでここでもラザに戻る途中で様子を見に立ち寄った事を伝える、そしてあの時に買った服も所々解れてきているので手直しをしたいと話していると横にいたリズが話に入ってきた。


「それと、今日は急に町長の屋敷で食事を取る事になったのでその時に恥ずかしくない服を買おうと思って。本当に急に決まったので何も準備をしていなくて困ってたんです」


リズは店長と話しながらも半眼を俺に向けている、この世界にも人と話す時は相手の目を見て話すという常識があるはずだ、テオが真似したらどうするんだ!


俺は心の中でリズに悪態をつきながら店の中の服を見る、決して目を逸らしているわけじゃない。


リズの話を聞いた店長は勿論そういう服も取り揃えていますよと丁寧に話す、カウンターでだらけていた以前とは大違いだ。


「それじゃあまだ時間もあるし何着か試着させてもらえますか?あ、トーマはギルドに戻って馬車から皆の服を取ってきて、今出せば明日の朝には手直し終わるみたいだし」


有無を言わさないリズの物言いに頷き店を出る、そして疾風迅雷を使いギルドに向かってパシ…走り出した。


通行人や道に咲く花に気を付けながらギルドに辿り着く、馬車はギルドの裏手に停めてあるのでそこに行こうとすると空間把握に三つの反応を捉えた、建物の陰から顔だけ出して覗いてみると俺達の馬車の側にギルドで絡んできた三人がいた、一人はギルドの裏口を気にしている、そして残りの二人が馬車の荷台で何やらゴソゴソとしていた。


俺は毎日練習したおかげで少しは移動が出来るようになった明鏡止水を使い、効果が切れないようにゆっくりと馬車に近付いていく。


「おい!早くしろ、職員が戻ってくるぞ」「わかってる、なるべく価値のあるものを探してるんだ」「アイツら何だか知らないが有名なんだろ、なんでもいいから急げ」


泥棒か?三人の行動を理解するとリズにパシらされた事も忘れて思考が冷める。


「人の馬車に何をしているんだ?」


俺の声にビクッとしながら振り向く三人、お前がグズグスしてるから、お前もだろと罵りあいながら一人が前に出てきた。


「へへっ、お前ら生意気なんだよ。俺らより年下のくせに職員に好かれてるみたいだしムカつくから少し懲らしめてやろうと思ってな」


生意気と言われても俺はコイツらと一言も喋ってないし、懲らしめると言いながらコイツらのやっている事はただの泥棒だ。


リストルに来て、少し反応は大袈裟だが皆に歓迎されて嬉しかったのに台無しだ。


「五月蝿い、今すぐどっかに行ってくれ」


冷めた思考のまま言い放つと三人が顔色を変える。


「てめぇ…、マジで生意気なんだよ」


そう言って三人は俺を囲もうとする、俺は先程までの嬉しい気分を台無しにされかなり頭に来ていた、だがなんとか理性を働かせ、身体強化を使わずに素の力だけで踏み込むと俺の動きに反応出来ない三人を右、中、左と順番に鳩尾を殴り付ける。


呻きながら倒れる三人を俺は冷ややかに見下ろす、すると裏口からギルドの男性職員が出てきた。


「どっ、どうしたんだ」


俺達を見付けて慌てて駆け寄ってきた職員に事情を話す、この場所は日替わりで当番を置いていて、この職員が今日の当番なのだが昨日この職員が対応して処理した案件に不備があり確認の為に少し席を外していたようだ、俺から説明を聞いて職員が頭を下げる。


「そうか、コイツらそんな事を。俺が目を離したせいですまないな、大攻勢の時に銀級以下の冒険者が大勢犠牲になったのでその穴埋めにと近隣から手の空いていた銀級以下の冒険者や新人を集めたんだ。コイツらもそうしてこの町に来たんだが素行が悪くてな、いつか問題を起こすかもと心配していたがまさか兎の前足にちょっかいかけるなんてな」


この三人はギルド職員に採取や町の人の手伝い等の滞っていた依頼を振られても全く取り合わず、銅級冒険者なのに魔物の討伐ばかりを選んでいたらしい、銅級でも魔物の討伐を受ける事が出来るがゴブリン等の簡単な魔物になる、それに大攻勢で得た素材がまだ十分にあるので特に急ぎでもない、つまり全然ギルドに貢献してないわけだ。


だが他所の村から集めた手前、追い出す訳にもいかず放置していた所で今回の件だ。


「オズウェンさんやレイさん、シェリーさんはどうしてるんですか?」


リストルにはこの町の冒険者の顔役であるオズウェンと、昔リズとレイナを救ってくれたレイとシェリーがいるはずだ、三人とも金下級の冒険者で、銀級以下の冒険者を育てると言っていたはずだが…。


「レイとシェリーは冒険者も育ったし町が落ち着いたので大丈夫だろうと他の町に行ったよ、オズウェンは今は依頼で町を離れているんだ、そろそろ帰ってくると思うんだがな」


確かにさっきギルドに行った時、中にいた冒険者は少なかった、ギルドにいた他の冒険者は採取や手伝い等の簡単な依頼を終えた報告や、次の依頼を探している感じだった、皆ちゃんと依頼をこなしているのだろう。


それに比べてこの三人はギルドに入ってきた俺達に直ぐに絡むくらいだし朝から何もしていなかったのだろうな。


職員は俺にリストルの冒険者事情を話すと、少し待っててくれと言いながら再びギルドに戻り、直ぐに人手を連れて戻ってきた。


その間に痛みが治まったのか三人が立ち上がる。


「お、おい、コイツ俺等に手を上げたんだぞ。ギルド職員なら町の中での暴力行為でコイツを処分しろ」


まだ少し苦しそうだが顔を赤くしながら職員に詰め寄る三人、自分達の行動を棚に上げて俺を処分しろと喚いているのを見ると怒りを通り越して呆れてしまう。


「わかったわかった、取り敢えず中で話を聞こうか」


当番の職員に呼ばれて来た他の職員が三人を宥めながらギルドの中に連れていく。


「本当にすまなかったな、キチンと処分するので後は任せてくれ」


そう職員に言われたので俺は戻ってもいいようだ、馬車を確認するが何も取られてはいないようだ、金貨は皆でわけて持ち、装備も着けたままだ、美味しい魔物の肉もフェリックとの修行中に食べたので一見すると価値のあるものは置いていないように見える、だが森人のお茶やタイドゥトレントの素材を使ったスゥニィお手製の着るだけで魔力を整えてくれる肌着も置いていたので無事でよかった。


そしてリストルで買った服もそうだな、解れもあり清浄の魔法でも落ちない汚れもあるが思い入れがあるし直せばまだまだ十分に着れる、俺は自分の服と皆の服が入った背負い袋を取って服屋さんに戻った。





「遅かったね」


店に戻るとリズ達は既に試着を終えていた、店員にお願いしますと持ってきた服を渡し、また夕方頃に来ますといって店を出る。


「トーマさんの服も選んでおきました、夕方が楽しみですね」


色々な服を着て満足したのか嬉しそうな女性陣、対照的にテオは疲れ気味だ、店長やリズに着せ替え人形にされたらしい、そして俺の服も選んでてくれたようだ、俺は服のセンスが無いから有り難いなと思いながらギルドでの事を説明する。


「あの三人はがそんな事を…、ギルドで絡んできた時も嫌な感じだったけどろくでもないわね。それよりレイとシェリーさんは町にいないのか、改めて刀のお礼もしたかったんだけどな」


職員から聞いたリストルの冒険者事情を皆に話しながら歩き、町の子供達と修行をした広場につく、レミーから聞いていたのだがあれから子供達はよくここで修行をしているらしい。


広場には十五名程の子供達が型をしていた、あの時より増えてるじゃないか、そして疲れ気味に歩いていたテオが子供達を見て駆け出す。


「アシュ!久し振り!兄ちゃん達と一緒に約束通り町の様子を見にきたぞ」


テオの声に子供達が振り向く、半分くらいはあの時に修行した子供達だ、テオに気付くとワッと声を上げて駆け寄ってきた。


「テオ兄ちゃん!それにトーマ兄ちゃんもリズさんもレイナさんもお久しぶりです。そ、それと、セ、セオ姉ちゃんも来てくれたんだ」


アーバンの弟のアシュが丁寧に挨拶をしてくる、それよりセオに挨拶をする時だけ顔を赤くしてもじもじと緊張している様子だが気のせいか?俺は許さんぞ?これはアーバンと話をしないといけないな。


「シュギョーシュギョー」


アシュと挨拶をしていると他の子供達に腕を引かれてしまう、そして広場の中央に連れていかれた。


「トーマさんあの時に教えてもらった事を毎日繰り返して、他の友達にも教えてるんです。僕達も大きくなったらトーマさん達やテオ兄ちゃんとセオ姉ちゃんみたいに町を守れるようになりたいから。今は暇な時にお兄ちゃんやオズウェンさんも教えてくれるんですよ」


アシュが嬉しそうに話す、町が襲われた恐怖、テオとセオがボロボロになりながらも皆を守った事を忘れていないようだ。


「よし、じゃあ夕方まで時間があるから少し修行するか」


俺がそう言うと他の子供達はやった!シュギョーシュギョーと声を上げる、どうやら楽しみながら修行をしているようだ。


人数が多いのでリズとレイナにも見てもらい皆で型をする、そしてまだ子供達には早いかもしれないがフェリックに教わった魔力の操作もそれとなく教えていく、このまま順調に修行をしたら身体強化や魔力操作が出来る子供の集団が出来たりしてな。


色々と想像しながら教えていく、そして昼の鐘が町に響いたので広場にある屋台で食べ物を買って子供達と食べる。


テオは男の子に、セオは女の子に囲まれている、時おり男の子からチラチラとセオに目線が行くがトーさんは許しませんよ。


「この町の将来は安泰だね」


リズとレイナと子供達を見ながら話していると広場に何となく覚えがある魔力が近付いてきた、その反応に目を向けるとオズウェンとアーバンとデリックが歩いてくる。


「おっ、トーマここにいたのか。職員から町に来てると聞いて探してたんだ」


「お久しぶりです、ラザに戻る途中なんですが少し様子を見ようと立ち寄ってみました。皆元気そうで良かったです」


オズウェンと握手を交わし、アーバンとも話す。


「トーマ、あの時の事は忘れてないぜ。デリックも一緒に暇な時は修行をしてるんだ、身体強化も覚えたしな」


アーバンとデリックとも握手を交わす、確かにあの時覚えていなかった身体強化も覚えている。


「この二人も今じゃしっかりと冒険者を育てる立場だ、何れ金下級にも上がれるだろう、俺の後ろばかりついて回って独り立ち出来るか心配だったが俺も安心したよ」


オズウェンの言葉に苦笑いをするアーバン。


「そう言えば今日ギルドで三人組みに絡まれたよ、アーバン達に絡まれたのを思い出したなぁ」


俺が意地悪く言うと慌てるアーバン。


「お、おいっ、あの時の事は忘れてくれ。それと、その三人は俺が何度言っても直らなくてな、俺達の前では大人しいが俺達がいない所で色々と迷惑をかけていたらしい。トーマ達の件で町から追放する事に決まったんだ、人の馬車から物を盗ろうとしておいてトーマを処分しろと言っていたがな、状況も職員もトーマの味方だ、すまなかった」


三人が頭を下げるが被害は無かったから大丈夫だと伝える、あの三人は追放処分か、オズウェンに憧れて嫉妬から俺達に絡んできたアーバンと違ってアイツらは自分達のやりたいようにしていたからな、特に同情の余地は無いな。


「それで、トーマは子供達に修行をしていたのか?」


オズウェンが聞いて来たので頷くとニヤッと笑う。


「お前がアーバン達に教えた自分の魔力を意識しながら体を動かすやり方、やってみたら結構効果があってな、トーマは更にそれを指摘出来るんだろ?いっちょ俺にも指導してくれ」


その為に午後からの依頼を明日に回してもらったというオズウェン、横からアーバンが小声で説明してくる。


「オズウェンさんは今は金上級を目標にしてるんだ。実は…、レイさんやシェリーさんとどっちが先に上級に上がれるか競争しているらしくてな、次に会った時に自慢してやるんだって」


少し子供っぽい理由だけど冒険者らしいな、俺は子供達と一緒でもいいですかと聞くと頷いたので休憩していた子供達にも声をかけて広場で修行をする。


子供達はリズとレイナに任せて俺はオズウェンやアーバン、デリックを重点的にフェリックの教えも交えて夕方まで修行をつけていった。

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