第80話 フェリックとの別れ、その後のリストル

「そう、その感じ。体の外側を流れる魔力を体の内側で循環させるイメージだよ。いいね、君らは魔力操作のスキルを持ってるだけあって覚えるのが早いね、トーマも魔力操作のスキルは無いのに覚えるのが一番早いじゃないか」


俺にだけ含みのある言い方をするフェリック、今俺達はフェリックから気配の消し方を教えてもらっている。


この世界に生きる人間なら誰でも魔力を体に纏っている、この世界では魔力に適応出来ないと生きていけない。


食材にまで魔力が宿る世界だ、魔力の無い存在なんて数百年に一度見つかる事があるというこの世界に転移した時に魔力に適応出来ずに死んでしまったと思われる異邦人の死体くらいだ。


そんな世界では魔力を完全に隠す事は出来ない、だが体の外を流れる魔力を体の内側から流れるようにし、体の外を流れる魔力を最小限にした上でその魔力を大気に溢れる魔素に擬態する事でフェリックは存在感を消しているようだ、俺が魔素操作でステータスのスキルを隠すのも擬態と言えるのかもな。


俺はそのイメージもあるのでフェリックの教えを理解しやすいのだがそのせいで覚えが早く更にフェリックに怪しまれてしまっている…。


フェリックには魔力操作のスキルも無いのに皆より理解が早いと怪しまれるが俺は手を抜くという事が下手くそだし、白銀級の教えで少しでも強くなれる機会を逃すのももったいないので覚えの早い俺を怪しむフェリックに愛想笑いをしながら練習を続ける。


フェリック曰く、無意識に体の外を流れる魔力をこうやって体の中から通す事で敵に気付かれにくくなる、そうすると魔力の消費も抑えられる上に素の体も頑丈になる…ような気がすると言っていた、フェリックもこの技術を人に教えるのは初めてのようなので魔力の消費や体が頑丈になるというのは他と比べてフェリックがそう感じるというだけだ。


だが魔力の消費を抑えられるというのが本当ならかなり有用だ、特に魔力の少ない獣人であるテオとセオにはうってつけだと言える。


それに俺の直感はフェリックの言い分は正しいと感じている。



(呪文を使える様になると唱えるだけで魔素が現象に変わってくれるぞ、呪文一つに魔力とイメージが乗るわけだからな。体内で練り上げた魔力は魔法に使われなかった分は体外に排出されるが呪文は必要な魔力だけを体内の魔力から引き出すので効率もいいんだ)



スゥニィに呪文を教えてもらった時の言葉を思い出す。


イメージだけで使う魔法は無駄が多く、体外に出た余った魔力はそのまま大気中に霧散するという、それと一緒で体を動かす時に無意識に体の外に出る魔力を無くす事で無駄な魔力が霧散してしまうのを防いでくれるのだとしたら魔力の消費も抑えられるはずだ。


その無駄な魔力を無くす事で魔力の消費を抑え、更に無駄な魔力が霧散した時の残照を無くすと気配も消せるのではないか、感知系のスキルは体を動かす時に出る無駄な魔力の残照を捉えているのかもしれない、現にこの技術を使っているフェリックの気配は捉えづらいしな。


色々と考えながら体の外側に流れる魔力を意識して体の内側に閉じ込めながら体を動かしていく。


今思えば感情が昂った時、魔力も昂っていた。これは無駄な魔力が体の外に沢山出ていたという事だろう、心が荒れると魔力も荒れる、それでは無駄が多い。だから心を鎮める、そう、まるで本で読んだ達人のように…。


俺は本で読み頭の中でイメージして思いを馳せた剣豪や武術の達人の事を思い出す、俺が読んだ本には滝に打たれたり静かな林の中で座禅を組み自然と一体になる修行の描写があった、それを思い出しているとパッと閃くようにある言葉が思い浮かんだ。


これは…、呪文に使える?イメージも既にバッチリだ、そう思い呪文を唱える。


明鏡止水めいきょうしすい


心を鎮め自然と同化するようにイメージしながら呪文を唱えると心が落ち着き体の外を流れていた魔力も薄皮一枚で体を包むようになる、俺の事を見ていたフェリックが驚きの声をあげる。


「おっ、おお!出来てる、気配が薄くなって注視しないと気付かないよ、最初からトーマの事を見てなかったら気付かなかったかもしれない、俺が擬態を使って本気で気配を消した時と変わらないんじゃないかな、どうやったの?」


日本での物語に出てくる剣豪をイメージしたとは言えないので咄嗟に森人の事をイメージしたと答える。


「えっと、森人の里に行った時に見た静かに暮らし森に溶け込んで生活する森人の事を思い出して、それをスゥニィに教えてもらった呪文を使ってイメージしたんです」


俺が答えるとフェリックは頷く、そして慣れていないせいか言葉を出した途端に明鏡止水の効果が解けてしまった。


「まだ言葉を出すのは無理か、なら移動も無理そうだね。でも魔法で俺の擬態を真似できるとはね。このまま魔力を抑える練習をしていけばその魔法もきっと使えるようになるよ」


思わぬ所から新しい魔法がイメージ出来た、フェリックから教えられた技術を覚え、その上でこの魔法を使えば潜入や偵察に使えそうだ、フェリックが色々と経験して極めた擬態を言葉一つで使えるようになる、イメージと言葉が噛み合わないと効果が出ないけどやはり呪文というのは強くなるのに有効だ。


毎日の修行と呪文を合わせればもっと強くなれる、そう思いながら魔力の操作を繰り返していく。





魔力を抑える練習、そしてフェリックとの組手を繰り返し五日が過ぎた、最初は三日と言っていたフェリックだがスゥニィの話を聞く事やレイナとセオの料理を気に入ったのもあってここまで付き合ってくれた。


「まぁ、今ここで簡単に教えられる事はこれだけかな、後は自分達で考えて色々と試してみるといいよ」


フェリックの言葉に皆でお礼を言う、フェリックも美味しい料理を食べる事が出来た、スゥニィさんの話も最近の魔物の話も聞けたしね、君達と会えて良かったと言ってくれた。


「外周の様子と君達から聞いた話を考えるとこれから先何が起こるかわからないからね。強くなって損は無いはずだ。じゃあまたどこかで会ったら声をかけてくれよ、俺はあまり人に覚えてもらえないから知り合いが少ないんだ。それと今度会った時はトーマの秘密も教えてもらおうかな、それじゃっ」


そう言って後ろ手を挙げながらロトーネに向かう街道を歩いていくフェリック、人に覚えてもらえないのは気配が薄いからだと思うけどな、俺の秘密は信用出来る人にしか言えないがフェリックなら今度会った時に教えてもいいかな、そう思いながら歩いていくフェリックの背中を見送り、俺達もステルビアに入る為に馬車を走らせる。





「俺が二つに分断するからレイナとセオは突っ込んでくるはずのオーク三匹を任せる、テオは俺が止める二匹だ、一人で行けるな?リズは危ないと思ったら弓で援護してくれ」


皆にそう指示して森の方から俺達を見付けて近付いてくるオーク五匹を迎え撃つ、主にテオとセオに実戦を増やしているがレイナも最近は魔法に頼りきりだったからと魔法を使わずに戦うようにし体を動かすようにしている、そして俺も新しい呪文の練習だ。


横一列に向かってくるオークの進行方向の少し左側に立つ、そしてレイナに声をかける。


「レイナ」


するとレイナがまだ少し距離のあるオーク達に風魔法で土埃をあげる、その瞬間に俺も呪文を唱える。


明鏡止水めいきょうしすい


土埃で一瞬俺達を見失い、その隙に気配を消した俺に気付かず突っ込んでくるオーク、まだ辺りを漂う土埃で視界も悪く、既にレイナ達を標的にしているオーク達が俺に気付かず側を通る瞬間に左側の二匹の足を引っ掻けると盛大に転ぶ。


「テオはこの二匹だ」


そう言ってその場を離れテオに任せる、レイナとセオも突っ込んで来たオークと危なげなく戦っている。


そしてオークは簡単に倒されたので死体を処理して馬車に戻る。


「やっぱりいつもより魔力の消費が少ないよ」


真眼で皆の魔力を見るがフェリックの言う通り魔力の消費が抑えられてる、効果は順調に現れているようだ。


色々と感想を話し合いながら再び馬車を走らせた。





「お〜、なんだか活気が溢れているな」


目の前に見えるリストルの町が近付いてくると以前来た時と違って町の人達の魔力を空間把握に沢山捉える事が出来た。


リストルにはテオと仲良くなった子供達もいるし俺達も少しは知り合いがいるので素通りするのもと思い立ち寄る事にしたのだ。


ちなみに御者は俺だ、何度かリズと交代しながらもようやくニィルを普通に走らせる事が出来るようになった。


町に入る為に並んでいる列の後ろにつき順番を待つ、そして俺達の順番になったので馬車から降りていたリズが門番に冒険者カードを見せに行った、すると何やら門番が騒ぎだした、そしてリズと一緒に門番が二人慌てた様子で歩いてくる。


「あっ、あの、う、兎の前足のリーダーのトーマさんですか?」


俺より確実に歳上である門番二人が緊張しながら御者台にいる俺に話し掛けてきたので俺もカードを見せる、おい、マジだよ、そう言いながら敬礼し、ようこそリストルの町へと大声を出す門番の二人、周りの人も注目し始めてるんだけど一体なんなんだ。


俺とリズが困惑気味に戸惑っていると俺達をキラキラした目で見ていた門番の一人がハッとして頭を下げる。


「しっ、失礼しました。リストルの英雄である兎の前足の方達に会えて職務を忘れてしまいました。どうぞ、リストルはいつでも兎の前足を歓迎しています」


そう言って大袈裟に先導する門番の二人、しかも更に二人の門番を呼び、四隅を囲むようにしているので周りの人達からの視線が痛い、リズも早々に馬車の中に入ってしまい俺一人で周りの視線を独り占めだ。


町の中でも門番が先導するので町の人達もなんだなんだと俺達の馬車を見る、断ろうにも断れる雰囲気でもないし門番の四人は嬉しそうに、使命感に燃えながら先導するので今更断るのもな。


明鏡止水めいきょうしすい


呪文を使い気配を消してみたが貴族が使うようには見えない普通の馬車を四人の門番が誇らしげに先導するというのが珍しいのだろう、気配を消したおかげで俺一人に視線が集中する事は無くなったが相変わらず馬車に集まる道行く人の視線に晒されながらギルドにつく。


「では私は職務に戻ります、馬車はこの二人に任せて下さい。おい、お前は戻る前に町長に知らせてこい」


年嵩の門番がそう言うと止める間もなく若い門番が走り去っていく、仕方なく門番二人が馬車をギルドに預けてくるというのでお願いして遠巻きに感じる視線から隠れるように急いでギルドに入る、もう昼も近いので中には少しの冒険者がいるだけだ。


ギルド職員で猫の獣人のレミーを探そうとカウンターに歩こうとすると横から三人の若者が歩いてきた。




セッタ:18


人間:冒険者


魔力強度:20


スキル:[剣術]




ウィル:18


人間:冒険者


魔力強度:17




モルダ:18


人間:冒険者


魔力強度:17





この世界に多い茶髪と金髪、そしてソバカスの残る幼い顔で真新しい革鎧に身を包む三人を鑑定で見ると三人とも十代後半だった、俺達の方が年下だけど俺達はもっと年上とばかり関わってきたので十代の彼等は俺より年下に見えるな、なんだか感覚がおかしくなっているぞ。


「おい、お前らリストルは初めてか?見た所冒険者としても駆け出しだろ、俺らが色々と教えてやろうか?」


駆け出しという言葉をそっくりそのまま三人に返したくなるが堪える、ヘラヘラと笑う三人に最初にここに来た時も絡まれたなと既視感を感じながらカードを出して挨拶をしようとするとカウンターの方から声がかかった。


「トーマさん!トーマさんじゃないですか、それにリズさんやレイナさん、テオちゃんとセオちゃん」


獣人のレミーが気付いてくれ、大声を上げる、すると職員にざわめきが広がる。


絡んできた三人は周りの雰囲気に戸惑っている、そして俺達は一気にギルド職員に囲まれてしまいテオとセオはキャーキャーと騒がしい職員にあっという間に連れて行かれてしまった、暇な時間帯とはいえ仕事はいいのだろうか。


「トーマさんようこそ来てくれました、うちの職員がすいません」


レミーが苦笑いをしながら頭を下げる、年配の職員も俺達に頭を下げて挨拶をしたので俺達も慌てて挨拶を返す。


「今日はラザの町に戻る途中で皆は元気にしてるかなと思って立ち寄ったんですが元気そうで良かったです」


テオとセオを囲んで騒ぐ職員に目を向けながら喋るとレミーと他の職員は苦笑いを浮かべながらすいませんともう一度謝る、気にしてませんよと言うとありがとうと返しながらテオとセオに目を向けるレミー。


「トーマさんやリズさん、レイナさんの三人も勿論ですがあの二人は職員や町の住人に特に人気なんです。今でも町中ではトーマさん達の話題が出るんですよ」


そうか、まぁリストルでは結構な貢献をしたからな、別に自分達だけの力とは思わないし、門番にされたように英雄と持て囃されるのはむず痒いが俺達も全力で町を守ったしテオとセオも死ぬ気でラシェリ達から町の人を守ったんだ、それを感謝されるのは嬉しいな。


そう思いながら揉みくちゃにされているテオとセオを眺めていると職員の反応に呆気に取られて固まっていた三人が大声を出す。


「レ、レミーさんこいつら一体なんなんだ」


すると職員の視線が一斉に三人に集まり三人はたじろぐ。


「な、なんだよ、ただ俺達は駆け出しの冒険者に色々と教えてやろうと「おい!兎の前足が来てるって本当か!」けだ」


三人が喋っている途中でギルド長が大声を上げて階段を駆け降りて来た、そして俺達を見つけると笑顔で手を上げて近寄ってくる、若い三人は年配の職員にカウンターの方に連れられて行ってしまった、結局一言も喋らなかったな。


「おい、お前ら今日はどうした、もしかしてリストルの専属になってくれるのか?」


嬉しそうに話すギルド長に今日はラザに戻る途中で立ち寄っただけですと話すと見るからに肩を落としてしまう、だが直ぐに立ち直ったギルド長は俺達と夕食を食べようと強引に約束を取り付けるとじゃあまた後でなと再び階段を上がっていった。


俺達はどうせならとレミーとも挨拶と夕食の約束をして、職員に揉みくちゃにされているテオとセオを助けると、また後でと言い残してギルドを出た。


ギルドを出た途端にギルドの前に停められている馬車が目に入る、ハンプニー家のように豪華ではないが造りのしっかりした立派な馬車だ、そして馬車の隣に立つ身形のキチッとした初老の人に呼び止められた。


「兎の前足の皆様ですね、町長の所で執事をしているセインと申します。町長のウォルミーが是非とも皆様を招待したいと申しています、皆様を呼びつけるのは失礼かと思いますがなにぶん町長も忙しいもので屋敷を離れる事も出来ずにいます、それで代わり私がこうやって呼びに参りました」


丁寧な言葉遣いと共に深く頭を下げるセイン、だが俺はハンプニー家の執事、ロルドに世話をされてこういう風に丁寧に、そして大仰に喋る相手に慣れているからな、それに俺達はこれから服屋さんや宿屋、そして子供達の所を回る予定だ、貴族の屋敷や執事という存在に気後れしておどおどしていた頃の俺とは違うんだ、俺がNOと言える大人になったという所をリズ達に見せる良い機会だ。


「あっ、あのっ、すいません。ほっ、他にも見て回りたい所があるので後にしてもらう事は出来ますか?で、できれば夕食をギルドの人達と一緒に取る予定なので町長とはその時にでも」


少し言葉に詰まってしまったか?だが俺は無情にも執事に今は忙しいから無理だという言葉を突き付ける、すげなく断られた哀れな執事、だが敵も手強いもので少し考える様子を見せたが直ぐに笑顔になる。


「それはそうですね、そちらの予定も考えすに申し訳ありませんでした。では町長の屋敷でギルドの皆様も招いての夕食というのはどうでしょうか?」


「あ、はい。それでお願いします」


あ、あれ?俺は町の酒場でギルド長達と気軽に食事を取る予定だったのでそこに町長が来てくれないかと思ったがいつの間にか町長の屋敷で夕食を取る事になってしまった。


では腕によりをかけた料理を用意してお待ちしておりますと言い残し、ギルド長にも話を通しておきますねと言うとセインはギルドに入っていった。


「トーマは相変わらず押しに弱いね」


「相変わらずですね」


「兄ちゃんの事をNOと言えない日本人って言うんだろ?」


「…………」


俺は後ろで何か喋っている皆に気付かない振りをして服屋さんに足を向けた。




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