第79話 フェリックの初恋

「いつでもいいよ」


正面に立つフェリックが木の枝を削り出して作った槍を模した棒を右肩に担ぎながら突っ立ったまま空いた左手で手招きをする。


取り合えず俺達の本気の動きが見たいから組手をしようとフェリックに言われたのだが…正面に立ち相対してみても強そうには見えない、真眼で魔力強度もわかっているのだが体を覆う魔力が異様に少ないのだ、まるで町の子供のように。


本当に大丈夫だろうかと不安になるが相手は白銀級だ、それにテーレボアを一瞬で仕留めたのも先程空間把握で感知している、そして白銀級の強さを知る良い機会でもある。


リストルではスゥニィの戦いは見れなかったしフェリックは魔法ではなく身体能力で戦うタイプのようだ。


俺も呪文や詠唱は使うが基本は身体能力で戦うタイプだ、俺の実力は少しは通じるだろうか、そう思い深く息を吸い、体を屈めて足に魔力を込めると呪文を唱えた。


『拍車』


魔力を込めて瞬発力をあげた左足を踏み込む、足場も固めた事で一足飛びにフェリックの元に飛び込み、勢いそのままに右の拳を真っ直ぐフェリックの顔に突き出すがそれをフェリックは軽く左によける、俺は左側に避けたフェリックの顔に『豪腕』と唱え左の拳をフック気味に放つがフェリックは先程の右拳より速いそれも後ろに軽く頭を引いて避ける。


豪腕を使った左拳を振った勢いを止めずに体を回し『豪脚』を唱え右脚を外側に振るようにフェリックの顔に放つがフェリックはその場で屈んで避ける、空を切った右脚だが俺は『拍車』と唱え右脚に残っていた魔力で足場を作り空振りした右脚を空中で無理矢理止めてそのまま目の前で屈んでいるフェリック目掛けて振り下ろす。


「ここまでだね」


だが途中で軌道が変わった脚が振り下ろされた時にはフェリックは俺の左側に立ち、槍を模した棒を俺の顔に突き付けていた。


え、え〜!こんなにも差があるのか、全く通用しない体術、そして全然本気を出していないフェリック、俺はこの世界に来てから強さを求め時間がある時は毎日体を鍛えてきた、そしてスキルや呪文も相まって最近は少し自信がついてきたのに体に触れるどころか本気を出させる事も出来ないとは…。


「動き自体は悪くないからそんなに落ち込まないでいいよ、ただトーマの攻撃は素直過ぎて分かりやすいんだよね。直線的って言えばいいのかな、真っ直ぐ突っ込んできて思い切り突く、蹴る、最後の振り下ろしは少し良かったけどね、ここら辺の魔物や格下には通用するかもしれないけど魔族や少し経験を積んだ人間、それと外周にたまにいる賢い魔物には苦戦するかもね」


フェリックの分析を聞いて俺は今までの戦いを思い出す、確かにワイバーンやタイドゥトレント等の魔力強度が高い魔物には勝てた。


だがラシェリにも読みやすいと言われたし、魔力強度では俺の方が高かったがアルヴァとは戦いが長引いたので魔力会話で意表をついて倒した、一度魔族のバラムとも戦い退けたがあれも疾風迅雷で意表をついた形だし向こうも本気を出せない状態だった。


それにバラムを真眼で見たが魔力強度が120を越えているにも関わらず肩書きは下級魔族だった、下級という事は中級や上級もいるだろうし確実にバラムよりも強いだろう。


やはり魔力強度によるごり押しだとこの先行き詰まりそうだな。


ジーヴルでもそうだったけどこの世界では揉め事を解決するには直接的な力が必要な事が多い、冒険者なんてしていたら尚更だろう、物語の英雄のように颯爽と現れ敵を倒し民衆を救う…、なんて事は言わないが仲間が危ない時にはちゃんと助けられるくらいの力が欲しいな。


俺との組手を終え、リズ、レイナ、テオ、セオと順に組手をするフェリックを見ながらどうすれば強くなれるかを考えた。


一通り組手が終わったので昼食だ、レイナとセオが料理をしている間、待ちきれなそうにテオと一緒に匂いを嗅いでいるフェリックに感想を聞いてみる。


「俺達と組手をしてみてどうでしたか?」


するとフェリックはレイナとセオの手元を凝視していた目線を俺に向けて口を開く。


「さっきも行ったけど皆攻撃が素直だね、それに動きが似ているよね、トーマ達は仲間内でしか組手とかしてないんじゃない?」


そう言われると確かにそうだな、獅子の鬣と修行をした時も魔力の流れを教える為に型が中心だったしな。


「動き自体は皆年齢にそぐわない程に鍛えられてるし器も満たしている、後は色々なタイプの敵と戦う経験を積んで、色々な戦い方を経験する事だね」


自分達でも不足しているとは思っていたがやはり経験か、それよりも器とはなんだろうか?


「器を満たしているってどういう意味ですか?」


俺の言葉にフェリックは苦笑いをしながら話す。


「ごめん、つい言ってしまったけど器ってのは俺の勝手な考えなんだ。俺は魔物を倒すだけで上がる魔力強度は器のような物だと思ってる」


そう言ってフェリックはスープを入れる為に先に食卓に置かれていた木の器を指で軽く弾く。


「それを満たすには自分を鍛えて自分の体と魔力を知る事が必要だと思ってるんだ。君らはどうやら休まずに鍛えているようだ」


俺がアルヴァに感じた淀みのない魔力の流れみたいな物かな。


「君らは魔力強度も高く、その魔力強度通りに体を使えていると思う、だけど今は経験が足りないから味のついてないスープのような物なんだ、後はそれをどう味付けするかって所だね。良い食材でも俺が作るよりレイナとセオが作った方が美味しくなるのと一緒さ」


う〜ん、わかったようなわからなかったような…、強さを料理の美味しさで例え、今正に焼かれているテーレボアに食い入るように視線を移したフェリックを見ながら強さについて考える。




「テーレボアの肉をただ焼いただけなのに味付けであんなに美味しくなるなんて、外周では野草を切って食べる、肉は焼いて食べる事しか出来なかったんだけどこれは俺も料理を覚えた方がいいかな」


テーレボアのステーキを五枚も食べて満足そうなフェリック、そして再び俺達の強さについて話す。


「このテーレボアの肉のように味付け次第で美味しくする事が出来る、外周で食べるただ焼いただけのワイバーンの肉よりレイナとセオの作ったこの肉の方が断然美味しいよ。強さってのもそうだ、ただ素材が良いだけじゃ駄目なんだ」


フェリックは食べる事が本当に好きなんだな、そして俺は疑問に思っていた事を聞く。


「そう言えば、失礼な言い方だけどフェリックさんって見た目も普通の町の人っぽいし雰囲気もそんなに強くなさそうですよね」


真眼の事は言えないので曖昧になってしまうがフェリックは言いたい事をわかってくれたようだ。


「外周にいると気配というか、魔力を体の外に出していると魔物に気付かれるからね。だから魔力を操作して魔物になるべく気付かれないようにしているんだ、それでかな」


魔力を操作してそんな事も出来るのか、アルヴァ達の組織にフェリックのように隠密を極めた奴がいたら依頼は失敗してたかもな。


「それにこの方が相手も油断してくれるからね、現にトーマも俺の魔力を感知出来なかったでしょ?」


「え、ええそうですね。俺もなんとなく魔力を感知出来るんですがフェリックさんの事は全然気付けませんでした」


上手く返せただろうか、突然のフェリックの言葉に少し動揺してしまった。


ルーヴェン達にはただ感知系スキルを持っているという事を言うだけで良かった、だが看破のスキルを持ち、俺に感知系のスキルが無いことが見えるフェリックには言えないので何となく感知が出来ると誤魔化す。


「ふ〜ん、まぁいいけどね。そのうちトーマも感知系のスキルを覚えるかもね」


軽く話すフェリックだが何か感付いているのかな、フェリックがいる側で空間把握や真眼を使いすぎたかもな、スゥニィに空間把握は珍しいと言われたので隠していたのだが一つくらいは珍しいスキルがあっても大丈夫だろう、フェリックと別れたら空間把握はステータスに表示しておくか。


そしてレイナがスゥニィが別れる時に持たせてくれたお茶っ葉を使ってお茶を入れてくれたので皆で飲む、するとフェリックが突然大声を出す。


「こ、これって森人のお茶じゃないの?なんで君達がこれを持ってるの?そう言えば君達は呪文を使っていたけど森人と何か関係があるのかい?」


このお茶はスゥニィに一日一度、出来れば修行をした後に飲んで欲しいと言われて渡された物だ、フェリックの反応を見るとかなり珍しい物なのだろうか。


「俺達は森人に依頼をされて里まで護衛をしていたんです、その時に譲ってもらいました」


俺の言葉に信じられないという顔をするフェリック。


「このお茶を飲むと魔力の扱いが上手くなると言われてるんだよ、森人の里でしか取れない葉で滅多に手に入らない貴重な物だ、それを簡単にくれるなんて君らはその森人とどんな関係なの?」


俺達は森人の弟子としてリストルの冒険者やルーヴェン達には知られているので別にいいかとスゥニィとの関係をフェリックに話す。


「トーマ達はスゥニィさんの弟子なのか…」


フェリックはそう言って絶句してしまった。


俺達が顔を見合わせていると立ち直ったフェリックがお茶の入ったコップを見ながらポツリポツリと話す。


「俺はね、スゥニィさんに憧れて冒険者になったんだ。僕の産まれた村は小さな村でね、子供の頃に鑑定のスキルを覚えた時につい無邪気に色々な物を見てしまったんだ」


昔を思い出すように静かに話しお茶をゆっくりと口に含むフェリック。


「小さな村だ、鑑定なんて概念もない、色々な物を正確に見る事が出来る俺が怖かったのかもね、俺は周りに気味悪がられ、両親にも気味悪がられてね、ずっと一人ぼっちで遊んでいたんだ」


一人ぼっち、その辛さは俺にもわかる。


「そこにスゥニィさんが冒険者として来たんだ、町だと騒がれるから自分の事をあまり知らない小さな村でよく宿を借りていたらしい、そのスゥニィさんが一人でいた俺を見つけて何故一人なんだって聞いて来たんだ、それで俺は色々な物を正確に見る事が出来るんだって言うと少し驚いてね」


そこから嬉しそうに話すフェリック。


「お前には鑑定というスキルがある、それは素晴らしい才能だ、商人にもなれるし貴族に仕える事も出来る、なんなら私が紹介してやろうかってね。人間は知らない事を恐れる、だからお前は今一人ぼっちだ、だが知っている所に行けばお前はその才能を生かす事が出来るはずだ。スゥニィさんは俺の事を子供として見るのでもなく、村人のように得体のしれない物を見るのでもなくただ事実を言うように喋ったんだ」


セオも奴隷として初めて会った時、感情を交えずに話すスゥニィには安心したと言っていたな。


「だから俺はスゥニィさんの言葉を素直に信じる事が出来てね、それからスゥニィさんに色々聞いて直ぐに村を出て七歳で冒険者になった。俺のスキルは…、本当は鑑定じゃなくて看破っていうスキルでね、生き物の弱い部分を見る事が出来る、それで格上の魔物も不意をついてどんどん倒してね、十歳になる頃には魔力強度が100を越えていた、それからも魔物を倒して魔力強度が上がりにくくなると外周にも行って魔物を倒してね、気付けば白銀級になっていたよ」


フェリックが冒険者になった切っ掛けがスゥニィだったのか。


「そして同じ白銀級としてスゥニィさんに会ったら俺の事を覚えててくれてね、その時のお礼を言ったら少し笑顔を見せてくれたんだ。その笑顔に惚れて…、いや、本当は子供の時にもう惚れてたんだろうね、その時と変わらないスゥニィさんに思わず求婚したけどアッサリ振られたよ。なら冒険者としてもっと名を上げたら同じパーティーに入れて下さいって言ったんだけどその時にはパーティーの解散が決まってて結局スゥニィさんは冒険者を辞めてしまったんだ。その後はステルビアの町でギルド長をしてるって聞いたんだけど結局一度も会いに行けなかったな」


すいません、その人は俺の婚約者です。


遠い目をして話すフェリックと気まずそうに顔を見合わせる俺達、やっぱりスゥニィって凄いんだな。


その日はフェリックにねだられて夜まで延々とスゥニィの話をさせられた。

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