四章

第77話 神眼のフェリック

「よっ、やっ、ほぁっ」


慣れない馬車の御者に苦戦しながらも何とか街道を進む。


「トーマ、変わろうか?」


荷台からリズが声を掛けてきた、心配させてしまったのかな?だがいつまでも御者をリズ一人に頼る訳にはいかないし、今日の夜番はリズなのでリズも睡眠を取らないといけない。


「大丈夫、少しずつ慣れてきたよ。もう少しで完全にニィルを御せると思う。心配かけてごめんね」


御者なんて手綱を持つだけで馬が勝手に進んでくれる物だろうと甘く考えていたがそうでもない、普通の馬はどうかしらないがスリップニルという品種で、脚が六本もあるニィルは脚だけでは無く気も多く、あちこちに興味を示し、少し油断すると直ぐに道を逸れるのだ。


だがそんなニィルとも呼吸が合ってきた、なので笑顔でリズに返事をする、がどうやらリズは俺の心配をしていた訳では無いようだ。


「違うの、トーマの御者だと馬車が揺れて眠れないから御者も夜番も代わってもらおうと思って」


な、なるほど、俺を心配してくれたのではなく俺の御者が下手すぎて眠れなかっただけか。


俺は一度馬車を停めると御者台から降り荷台に移る、そしてリズの御者で馬車は進み始めた。


安定した速度でゆっくりと進む馬車。


肩を落としている俺にレイナが苦笑いをし、テオにドンマイと言われ、セオが目を逸らす、それほど俺の御者は下手くそだったのだろうか。というかテオはまたリズから日本の言葉を教えてもらったようだ、俺がリズに教え、リズがテオに教える事が多くテオは最近ちょくちょく日本の言葉を使う、そろそろ呪文を教えてもいいかもな。


今の俺達のステータスはこんな感じだ。



トーマ:14


人間:冒険者:異邦人


魔力強度:92


スキル:[魔素操作] [真眼] [魔力回復:大] [熱耐性] [痛覚耐性] [直感] [身体操作] [格闘術] [魔素纏依] [炎魔法] [詠唱]




リズ:14


人間:冒険者


魔力強度:89


スキル :[採取] [身体強化:特大] [部位強化] [弓矢] [剣術] [魔力操作]




レイナ:12


人間:冒険者


魔力強度:91


スキル:[治癒魔法] [雷魔法] [風魔法] [身体強化] [詠唱] [複合魔法] [魔力操作:大] [料理]




テオ:10


獣人:ライカンスロープ


魔力強度:50


スキル:[身体強化:大] [嗅覚] [魔力操作] [部位強化]




セオ:10


獣人:ライカンスロープ


魔力強度:49


スキル:[身体強化:大] [嗅覚] [魔力操作] [料理]




リズは身体強化が更に得意になり、レイナは魔力を留める事を覚えたので魔力操作が上がっている、テオは部位強化を覚え、セオも順調に身体強化が上がっている、セオは魔法を使いたいようだがまだ自分にどの系統の魔法が合うかわからずイメージが掴めていない。


そしてレイナとセオが遂に料理のスキルを覚えた、料理のスキルが無くても町で食堂を開くくらいは出来る、スキルに顕れるまでに腕の上がった二人は店を出せば行列が出来るレベルだ、俺のリクエストにもそれ以上の味で答えてくれる。


ゆっくりと馬車が進む中、今日は何をリクエストしようかと考えていると馬車が停まる、丁度日も落ち、野営に良さそうな場所をリズが見つけたようだ。


街道から少し離れた場所に大きな木があり、時々野営に使われる事で均されたのか木の下に丁度良い広さで草が生えてない部分があった。


大きな木にニィルを繋ぎ、世話をリズに任せる、そして土魔法で食卓を準備する。


食卓の準備を終えるとレイナとセオの出番だ、今日はちょっとした林道を通った時にズーという大きな鳥の魔物に襲われたからな、その時に巣も見つけ卵も手に入れた、茹で卵と鶏肉を乗せたサラダだな。サラダは野菜だけで作るものですよと言うレイナを実際に日本のお店で出るんだと説得する。


そして俺は兄ちゃん早く修行しようぜと急かすテオと型を始める。


入念にストレッチで体を解した後、型を繰り返し二十分程過ぎただろうか、不意に背後から声を掛けられた。


「とても良い匂いがするね」


そうだな、俺も丁度そう思っていたんだよな…。


「なっ!」


突然の声に驚いて振り返ると二十代くらいの若い男が笑顔で立っていた、俺は空間把握を使っていたのに全く気付かないまま背後に立たれていた事に冷や汗が流れる、嗅覚のスキルを持つテオもセオも気付かなかったようだ。


茶色い髪に、優しそうな印象を与える眉と少し垂れた目、体つきは細い、見た目はそこら辺にいる町の人のようだがその格好は冒険者と思わせる革の胸当て、肘辺りまである革の手袋と膝まで丈がある革靴、そして背中に槍を背負っていた。


軽装に見える格好、装飾が無く武骨な槍だがよく見るとそれ自体が魔力を持っているようで素材がいいのかかなり性能が良さそうな装備だ。


空間把握に引っ掛からずに突然現れた事、近くに町は無いのに一人でこんな場所にいる事に得体のしれなさを感じ男に鑑定をかける。



フェリック:54


人間:冒険者


魔力強度:248


スキル:[看破] [身体強化:極] [魔力操作] [槍術:極] [隠密:極] [擬態:極]



男の名前はフェリック、見た目と違い50歳を越えていた、そして驚く事に魔力強度が200を越えている、気になるのが隠密と擬態のスキルを極めている事だ、それで近付いた事に気付けなかったのか。


歳は魔力強度が上がると細胞が強く強靭になるので見た目が合わない人もいる、リストルのギルド長もそうだったが魔力強度が200を越えるとこんなにも見た目と違うのか。


改めて空間把握に意識を向けると男の魔力を捉える事が出来るようになっていた、いや、元から空間把握には捉えていたが男がそこにいると気付き、意識をそこに向ける事で漸く認識出来るといった感じだな。


フェリックという名前と看破のスキル、コイツは獅子の鬣のメンバーから酒場で聞いた現役の白銀級、神眼のフェリックじゃないか?


鑑定ではなく看破というスキル、俺はフェリックに自分のステータスを見破られないかと身構える。


「そんなに警戒しないでくれよ、良い匂いに釣られただけなんだからさ」


軽い口調で喋るフェリック。


「こんな所で突然声を掛けられたら警戒するのは当然でしょう」


警戒を解かずに答える。


「急に現れたのは謝るよ、普段は魔物の多い外周を一人でまわっているから気配を消すのが癖になっててね。別に君らを襲うとか魔族が変装しているとかじゃないよ、君らと同じただの冒険者だから安心してほしい」


笑顔を崩さずに喋るフェリック、外周とは大陸の端の事だ、基本的に魔物は人間界を離れ、外周に近づく程に強くなる、特に獣人界のある山脈の奥や森人界のある森林の奥は金級でも滅多に近づかない、そんな場所をまわっているというフェリック。


「ただの冒険者なのに普段は外周にいるんですか?」


俺の言葉にフェリックは頭を掻く。


「俺はフェリックって言うんだけどね、聞いた事ないかい?頼り無さそうな見た目が悪いのか言ってもあまり信じてもらえないんだけどこれでも白銀級なんだ」


照れ臭そうにしながら白銀級と言い、手を止めて俺達のやり取りを見ていたリズやレイナ達にも知らないかいと尋ねる。


「知ってますよ、神眼のフェリックさんですよね」


俺が答えるとフェリックは振り返る。


「おっ、知ってるじゃないか、二つ名が示す通り俺は鑑定のスキルを持っているんだけどね、その鑑定を貸してほしいと貴族がうるさいから普段は人里を離れてるんだ、今は森人界の奥にいるんだけど少しロトーネに用があってね、それでロトーネに行く途中だったんだけどその途中であまりにも良い匂いがするからつい釣られてしまったよ」


スキルには看破と出ているのに鑑定と言うフェリック、獅子の鬣のメンバーから話を聞いた時にフェリックは初めて会う相手の能力と弱点がわかると言っていたな、能力は鑑定でもわかるだろうが弱点まではわからないだろう、スキルの名前もそれっぽいし看破は鑑定の上位版なんだろう。


俺達は南のジーヴルから東のステルビアに行く途中だ、ロトーネに行く途中で出会ったという事はフェリックは森人界の南東の方にいたのだろう、そこからロトーネに行く途中だとすると話におかしな所はないな。


「わかりました、フェリックさんだと信じますよ。こんな所に一人でいる事が実力を示していますしね」


俺は少し力を抜き挨拶をする。


「俺は銀上級のトーマ、兎の前足というパーティーのリーダーをしています」


名前を言って頭を下げ、彼女たちとパーティーを組んでいるとリズ達を紹介する。


「へぇ、君らまだ銀上級なんだ、俺も知らない人に声を掛けるのは勇気がいるからね、悪いけど声を掛ける前に鑑定させてもらったんだ。てっきり金級、それも金上級かと思ったよ。そこの獣人のちびっ子二人も随分と鍛えてるみたいだね、それにスキルも豊富だ。ただ…」


そう言って俺を覗き込む様に見るフェリック、異邦人だと気付かれたか?俺は再び身構える。


「君のステータスだけ違和感があって何かおかしいんだよな、それに君ら全員そうなんだけど特に君の魔力は他の人と雰囲気が違うんだよね」


そう言うフェリックの目に魔力が集まる。


「う〜ん、気のせいかな。詮索するのもなんだしまぁいいや、それで悪いんだけど俺にも君らの夕食をわけてくれないかな?さっきからこの匂いが我慢出来ないんだ」


気付かれなかったのかフェリックの目に集まっていた魔力が霧散する、看破で見破れないなら鑑定でも大丈夫だな、ちなみに俺が魔素操作で偽装したステータス通りに見えているならフェリックにはこう見えたはずだ。



トーマ:14


人間:冒険者


魔力強度:92


スキル:[身体強化] [格闘術] [炎魔法]




銀上級としては高過ぎる魔力強度だがパーティーを組むリズ達と差がありすぎてもおかしいので魔力強度は弄らないようにしている。


「さぁさぁ、もう準備は出来てるみたいだよ、トーマ君もテオ君も早く向こうに行こう」


俺達のやり取りを見て大丈夫だと判断したのか再び料理を始めていたレイナ達を指差しながら肩を組んでくるフェリック、簡単な紹介をした間柄なのに呼び方も名前呼びだ。


「やけに馴れ馴れしいですね、それに夕食をご一緒しましょうとは言ってませんが?」


肩を組むフェリックを半眼で見るがフェリックは気にした様子も無く俺の肩に回した手で俺の肩をパンパンと叩く。


「同じ冒険者仲間じゃないか、冒険者は自己責任って言う人もいるけど俺は冒険者は助け合いだと思っているからね。それに君らを一目見て優しそうだと思ったんだ、俺は神眼と呼ばれるだけあって人を見る目には自信があるんだよ」


俺達の事を金上級だと思ったくせに…、なんだか憎めないし、リズ達も大丈夫だと判断しているようなので溜め息を吐きながら返事をする。


「わかった、わかりましたよ。うちの二人の料理は絶品ですからね、匂いを嗅いだのならしょうがないですからね」


レイナとセオの自慢をしながら肩にまわされたフェリックの手をどける。


「やっぱり思った通り優しいね、それにしても君は白銀級の冒険者を前にしても物怖じしないんだね、警戒を解いてくれとは言ったがこんなに素直解いてくれるとは…、本当は白銀級だと信じていないのかい?」


俺の返事に嬉しそうにしながらフェリックが聞いてきたので俺も何気無く返す。


「なんだかフェリックさんとは喋りやすいんですよ、それにフェリックさんは白銀級なんでしょ?なら思惑はどうあれ俺達が何をしても無駄だと思いますからね、警戒するのを辞めたんです」


「冗談だろ?」


何気無い俺の言葉にフェリックが呟いた。


その途端に場の空気が張り詰め、隣にいる俺は全身が総毛立つ、だが直ぐに張り詰めた空気が元の空気に戻った。


「君ら三人に加えちびっ子二人も一緒になって本気で抵抗されたら面倒そうだ、鑑定通りなら問題無さそうだけど君ら何か隠してるでしょ?特にトーマ君には油断出来そうにないよ、それに俺は面と向かった状態からだと白銀級では一番弱いんじゃないかな?」


こっちこそ冗談だろと言いたい、今の一瞬、フェリックが本気なら俺は死んでいた、そう思うほどの圧力を感じた、喋りやすいので油断していたが目の前の男は元白銀級のスゥニィと同じ実力者なんだと再認識する。


そんな俺に気付いたのかフェリックは人差し指で頬を掻きながら謝る


「ごめんごめん、ちょっとトーマ君の言葉に反応しただけじゃないか。俺は本当に君らの夕食を食べたいだけなんだ、そんなに警戒しないで仲良く夕食を食べようよ」


先に歩き手招きをするフェリック、既に食卓についていたテオや離れていたリズ達はフェリックの圧力に気付かなかったようだな。


俺は笑顔のフェリックに戸惑いながらも食卓に向かった。


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