第76話 閑話 スゥニィ

目の前に広がる千を越える魔物の死骸を見ながら軽く息を吐く、少しはしゃぎすぎたな。


トーマ達と旅をする内に私も冒険者時代を思い出したようだ。


体についた埃を払いながらまだ戦っている冒険者達を見る、もう大丈夫だろう。


門に攻めてきた二千の魔物も既に三桁を切っている、何人かの冒険者は命を落としたようだが魔物の規模を考えると上出来と言える。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


精霊魔法を使い土の精霊に頼んで残っていた魔物を磨り潰す、残りは他の冒険者に任せるつもりがつい呪文を唱えてしまった、しかも精霊に過剰とも言える魔力を渡し大規模な魔法で。


何故今呪文を唱えた?私は怒っているのか?何に対して?


何故必要の無い精霊魔法を使ったのかわからず自問自答してみる、私は犠牲になった冒険者を見て憤っていたようだ。


冒険者は自己責任、死ぬも生きるも自分次第だというのは白銀級にまで登り詰め、今はギルドの長である自分は十分に理解しているはずだ。


現役時代も足手まといの冒険者は切り捨ててきた。


そんな私が名前も知らない冒険者の死に憤っている…、私はどうしたのか、自分の感情に戸惑いそう考えているとお人好しな異邦人の顔が浮かんできた。


どうやら一緒に旅をする内に冒険者時代を思い出すだけではなくお人好しな性格に感化されてしまったようだ。


私の事を尊敬や畏れの目で見ながらお礼を言う冒険者達を掻き分け、おどおどして頼りない男の顔を思い浮かべながら北の壁に加勢に向かう。





北の壁についた時には冒険者達はかなり押し込まれていた、かなり危なかったが私が加勢に来たのと同時にレイとシェリーも大勢の冒険者を連れ加勢に来たので北の壁も何とか無事に凌いだ、北の壁では裏門よりも多く犠牲者が出ていた、だが裏門も北の壁ももう大丈夫だろう、魔力感知を広げてみるが魔族に洗脳されていた魔物も散り散りになっている、私は魔物を退けた事を報告に行く為に町に足を向ける。


「あの黒髪のガキがすげぇんだよ、自分の体を炎で覆ったかと思うと魔物の群れに突っ込んでな?それで体を覆っている炎で魔物を燃やすんだけどよ、その炎がなかなか消えないんだよ、他の魔物にもどんどん燃え広がって、結局俺達は弱った魔物に止めを刺すだけだったんだ」


「馬鹿、あの小さい嬢ちゃんの方がすげぇんだって、魔物の群れを前に何かぶつぶつと言葉を喋ったかと思うと激しい雷と風が突然吹き荒れて気付いたら魔物は全滅よ、魔法だと思うんだけどあんな魔法見た事ないぜ。それに治癒魔法も使えるんだぜ、可愛いしな」


「いやいや、あの珍しい剣を持った嬢ちゃんもやべぇぞ、動きが速すぎて見えないんだよ、その場から消えたと思ったら少し先に突然現れるんだ、すると魔物の首がポンポン飛んでな、嬢ちゃんが消える度に魔物の首が面白いように落ちるんだよ。妙な形の剣だと思ったけどあの嬢ちゃんが持つと凛々しく見えたな〜」


加勢に来た冒険者達が口々に騒いでいる、どうやらトーマ達も派手にやったようだ。


犠牲になった冒険者達の事を考えていた私の心はそれを聞いて軽くなる、リズもレイナも随分と強くなった、まるでトーマに引き摺られるように。


セラから聞いたのだがリズはパッとしない冒険者、レイナは薬屋の見習いだった、それがトーマと会ってから異常な程の早さで強くなった、既に実力だけで言えば金下級はあるだろう。


正門につくとリストルのギルド長が大声を上げながら冒険者達に指示を出していた、そして私を見つけると駆け寄ってくる。


「スゥニィさんお疲れ様」


無事に魔物を退けた事を伝える、お互いの情報をやり取りした後ギルド長が興奮気味にトーマ達の事を聞いてきた。


彼等は何者だ、スゥニィさんの弟子か、リストルの専属に、なに?ラザの専属?ならリストルで彼等を金下級に上げよう、いや、上級だ、それなら彼等もリストルで…。


私はうるさいギルド長を適当にあしらい町の中に入る。


後ろをついてくる冒険者達を連れて町の中を歩く、冒険者時代に白銀級と知られた時、森人と知られた時もこうだったな、話し掛ける事も無く後を追うだけで何が楽しいのか。


ギルドの近くまで行くとトーマ達が待っていた。


「トーマ、リズ、レイナ、無事だったか。お前ら南側と正門でかなりの活躍をしたらしいな」


声を掛け話を聞く、どうやら金上級の冒険者ラシェリが魔族と手を組んでいたようだ。


ラシェリの噂は色々と聞いていたがこのお人好しな男はテオとセオを助ける為に随分と無理をしたようだな、魔力も殆ど残っていない、だがラシェリの実力は噂だけでもかなりの物だった、それをリズと二人で退けたのか。


後ろの冒険者達が邪魔なので取り合えずギルドで話をしようと三人を促す、三人に確認したい事もあるしな。


ギルドに入るとテオとセオが子供達に囲まれて眠っていた、酷い怪我をしているようだがレイナが治癒魔法を使ったのだろう、魔力もシッカリしているので大丈夫そうだ。


安心して階段を上がる、二人を引き取ると言ったトーマに現実が見えてないと思い、本気の圧をかけてまで止めさせようとしていた私がテオとセオの無事に安心しているのか、感情とはこうも変わるものなのか。


だが不思議と嫌な気分ではない、階段を登りながら自分の変化を楽しむ、そうだ、私は今楽しいと感じているのだな。


ギルド長の部屋に入り、珈琲を入れながら三人を座らせる。


「お前達に確認したいのは、お前ら金級に上がる気はあるかということだ」


そう言って珈琲を飲みながら返事を待つ。


「私も、ですか?」


レイナが戸惑いながら聞いてくる、レイナは銀下級だから金下級になるなら二段階上がる事になる。


「当然だな、というかギルド長はまず金下級に上げ、一度依頼と試験を受けてくれたら直ぐに金上級に上げてもいいんじゃないかと言っていたぞ」


「えっ?」


リストルのギルド長が言っていた事を伝えるとリズが間抜けな声を出す、私は説明を続ける。


「お前らはそれだけの活躍をしたという事だ、千の魔物を無傷で倒し、キュクロプスやオーガも倒して二千の魔物を退ける中心的な活躍をしたんだからまぁ当然だな。そしてギルドを襲った金上級の冒険者までも退けた、この話を聞けばギルド長は尚更お前達を金級に上げようとするだろうな」


普通の冒険者なら喜んで飛び付く話だ、だが目の前の三人は悩んでいる。


「俺はこのままで」「私は遠慮します」「私にはまだ早いです」


三人が口々に声を出す、私はそれを聞いて堪えきれずニヤけてしまう。


「ふふっ、一斉に喋らないでくれ。一人ずつ理由も聞こうか、まずはトーマからだ」


三人が断った事に嬉しくなった私は一人一人からその理由を聞く。


「俺はまだまだ経験が足りません、力の使い方にもまだ悩んでいるのに階級が上がっても意味があるとは思えません」


そうだな、トーマはまだ冒険者になって三ヶ月程度だ、冒険者の常識も、この世界の現実もわかっていない。


トーマの言葉に頷き、珈琲を一口飲むと目線でリズを促す。


「私も、経験が足りないと思います。オーガは魔法に弱く、魔法で弱らせてから倒す、そんな事もわからない私達が上がるのはまだ早いです」



リズが持っていた刀を見る、オーガと戦い剣を駄目にし、レイから刀を譲ってもらったといった所か。


オーガは町から移動する護衛の依頼を受けられる様になった銀上級の冒険者が初めて会うと対処がわからず被害に会う可能性が高い魔物だ、二年間採取系の依頼を受けていたリズも知らなかったようだな、次いでレイナを見る。


「私も、初めて町から出る依頼を受けて、直ぐに金級になっても良いことがあるとは思えません。もう少し世界を回って、それから三人で考えられたらいいなと思います」


レイナはシッカリしているように見えるが私から見ると背伸びをしているだけだ、予想外の事に慌てる事がある、コイツらは自分達の事をよくわかっているな。


周りに疎まれる環境から違う世界に来て急に力を得たトーマ、冒険者として二年も芽が出ずにいたが急に力を得たリズ、まだ幼い内に過剰とも言える力を得たレイナだがどうやら力に振り回される事は無さそうだな。


ラザで色々と教えた時はまだまだ子供としてしか見れなかった三人だが今はシッカリとした考えを持っている。


「お前らの考えはわかった、私からギルド長には伝えておこう、ただ、レイナを銀上級に上げるのは構わんな?」


私の言葉に三人は頷く。


「ふふっ、人の成長は早いものだな。お前らがここで金級に上がると言っていたら考え直す様に言うつもりだったが…、トーマの国の言葉では可愛い子には旅をさせよ、だったか?」


気分の良くなった私はトーマにせがむ。


「お前の国の言葉は面白い、もっと聞かせろ」


苦笑いをするトーマにギルド長が戻るまで強引に話をさせた。








大攻勢を退けた事を祝う打ち上げ、私は立場上町長やギルド長と一緒の席だが堅い話はやはり疲れるものだな、溜め息を吐く、気付くと私は魔力感知でお人好しな異邦人の魔力を探っていた。


「どうだ、楽しんでいるか?」


一人で飲んでいたトーマを見つけ、側に行き声を掛けるとトーマは酒の入ったグラスを掲げる。


「楽しんでますよ、お酒って初めて飲んだけど美味しいですね。スゥニィさんはどうですか?」


「楽しんでいるさ、私は異端な森人、だから酒や肉も大好きだ、里に戻ると当分は味わえないだろうからな、今の内にな」


私もトーマに向けてグラスを掲げる、それから二人で酒を飲みながら話をする。


「スゥニィさんはどのくらい里に?」


「さぁな、戻ってみないとわからん。少なくとも数年はかかるかもな」


楽しそうに騒ぐ冒険者や町の住人を見ながらトーマに答える、森人は時間の感覚が曖昧だ、選挙が終わるまで数年はかかるだろう…。


「スゥニィさん、何か悲しい事でもあったんですか?」


不意にトーマが呟いた言葉に少し驚く、一緒に冒険者をしていたジーナでさえ私の感情に気付けるようになったのはかなり後だ。それをトーマはわずか三ヶ月足らずで気付いてみせた。


「ん?あぁ、そんな顔をしていたか、それにしてもお前はよく気付くな、森人の表情は判りにくいと云われるんだがな」


私は一口酒を飲み、トーマに話す。


「森人は寿命が長いからな、色々な感情が薄いんだ、掟が無いと何も出来ない程にな。だからこうやって一日一日を、其々が思い思いの感情で楽しむ人間が羨ましくてな、里に戻るとまた起伏の無い日々を過ごさないといけない、それが顔に出たのかもな」


私の話を聞いたトーマが考え込む、まるで自分の事のように真剣に、本当にお人好しな奴だ。


「ふふっ、そんな顔をするな。戻ると言っても数年だ、森人にとってはあっという間だぞ、それにお前と会ってからは大分楽しい日々を過ごしたしな、お前の身の上に久し振りに驚き、お前の甘さに久し振りに呆れ、お前の我が儘に久し振りに怒り、お前の、言葉に対する想いを聞いて久し振りに嬉しかった、そしてお前の故郷の話だ、あれは楽しい、あれが聞けなくなるのが一番寂しいな」


私は気にするなと話すが納得出来ないのか、トーマは困ったように笑う。


私の強がりに気付いてくれているのかもな、こういう時に言葉は感情を隠してくれる、そしてそう言われた相手は普通ならそれに頷きそれ以上は他人の心を気に掛けたりはしない、特に森人の私が言うと大抵の人間は大丈夫だと思うのだろう、それ以上は踏み込んで来ないのが殆どだ。


だがコイツは、トーマは私の事をちゃんと見てくれている、こんな二十年も生きていない子供が私の事を心配してくれている、ジーナでも長い日々、寝食を共にし、三十を過ぎてからだったのにな。


「そんなに私の事が気になるか?なんなら私と結婚するか?」


そう思うと自分でも思わぬ事を口に出してしまった、だが口に出して気付く、私はトーマに興味があるのだと。


最初は私が憧れた叔父の事を知り叔父が辿り着いた世界から来た異邦人というだけだった。


だが呪文にすぐに理解を示し、普通は意識せずに使う言葉という物に私と同じ特別な感情を持つ。


普段は頼りないが自分の考えを甘いと理解しながらそれを通そうとする時は絶対に引かず、私の本気にも抵抗する。


そして里では異端者、人間界では森人としてしか見てもらえない私を、森人のスゥニィではなく、スゥニィという森人として接してくれる、感情の機微にも気付いてくれる、心配をしてくれる。


私の言葉に飲んでいた酒を吹き出しそうになり、口を抑え慌てるトーマを見詰める。


「急に何を言い出すんですか」


咳き込みながら大声を出すトーマ。


「なに、トーマが私を心配してくれているようだからな、結婚したら一緒にいられるしどうかと思っただけだ、それにお前といると毎日刺激を味わえそうだしな」


私の言葉に口を拭いながらトーマが返す。


「それにしても順序ってもんがあるでしょう」


コイツは今まで非常識な事ばかりしてきたのに変な所で常識的だな。


「トーマは私と結婚するのが嫌なのか?」


「嫌とかそういう事じゃなくてもう少し積み重ねとか、時間をかけてお互いの事をよく知ってからとか」


時間の感覚が曖昧な森人の私が急かし、時間に追われる人間のトーマがもう少し時間をかけてと言う、このやり取りだけでも面白い。


「そんなものは後でどうにでもなる、私はトーマに興味がある、トーマは私の事が気になる、それでいいじゃないか」


「本気ですか?」


「私はいつでも本気だぞ?それに今すぐという訳ではない、一度は里に戻らないとならないしな、お前達が旅をして、それでトーマが成長出来たと思ったら迎えに来てくれ」


私は里に戻らないとならないし、トーマもまだこの世界を知らない、だからトーマが世界を旅し、それでも変わらずそのまま成長出来るならその時は…、トーマが戸惑っている、本気か冗談か判断しかねているのだろう、なので素直な私の気持ちを伝える。


「お前は他の人間と違って森人では無くただのスゥニィフゥドとして見てくれるしな、私は森人とは結婚しないだろう、人間にも何度か求婚されたがその気にはならなかった、だがお前となら楽しい日々が過ごせそうだと思っただけだ、私の表情に気付いてくれるのもお前だけだ」


自分の気持ちを素直に相手に伝える、どれくらい振りだろうか、少し気恥ずかしい物だな。


トーマはそんな私を見て真面目な顔になると口を開く。


「わかりました、結婚とかはまだ考えられないけど、

旅をして成長出来たと実感した時には一度会いに行きます、必ず迎えに行きます」


力強い顔で、強い口調で約束をしてくれたトーマ。


私は元白銀級、森人の祖、ラザのギルド長という肩書きを忘れ、ただのスゥニィ・フゥドとしてありがとうと返した。


ラザでギルド長をし、ジーナ達が世界に還った後は里に戻ろうかと思っていた私の人生もこれから楽しくなりそうだ。

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