第75話 変わらない異邦人

リックの家に戻った俺はテオ達にせがまれ少し修行をする…、テオはリックの腕の事を聞いてもっと強くなりたいと思ったのかいつもはバート達と会話をしながらするのだが今日は一言も喋らず熱心に型や組手を繰り返していた。


そして日が沈むまで修行をした後はリックの家で風呂に入る、と言っても湯船では無くシャワーだ、この世界ではまだ湯船を見た事は無いがヒズールには温泉があるらしいのをリズから聞いているのでヒズールに行くのが今から楽しみだな…。


汗を流し夕食をご馳走になる、泊まっていってとバートとリエットにせがまれティシールも是非にと言ってくれたがエーヴェンが心配するかもしれないと断ろうとすると、クリスが僕が伝えておきますよと言ったのでそれならとリックの家に泊まる事にした。


クリスはジーヴルに帰ってからは実家に戻っているようだ、クリスも実家とは色々とあるらしいが自分を冒険者だと受け入れてからは上手くいっているらしい。


子供部屋でテオ達に地球の童話を少し改変しながら聞かせ寝かしつける…、テオにつられてバート達もいつもより熱心に修行をしていたのでクタクタなのか直ぐに眠りについた、そっと部屋を出て食卓に戻る。


リックが一人で酒を飲んでいたが戻ってきた俺をみつけるとニヤッと笑う。


「テオ達はちゃんと寝たか?」


嫌な予感がしつつも頷くとリックはよし!と立ち上がり肩を組んできた。


「トーマ、お前夜の町を知らないだろ?今日は俺達を鍛えてくれたお礼に俺がお前を夜の町で鍛えてやる」


夜の町で鍛えるって強くなる的な事じゃないよな、俺はリック達を助けに行った時に声を掛けられた娼婦の事を思い出し慌てて断る。


「ちょ、ちょっと待って。お、俺にはまだ早いというか、ち、違う、早いとかじゃなくてお、俺にはリズやレイナが」


慌てる俺を見てリックが呆れた顔をする。


「うん?お前なにか勘違いしてないか?俺はただ酒場に連れて行こうと思っただけだぞ?酒場は色々な情報も集まるし冒険者なら行って損は無い所だ、お前らのとこだとまだレイナちゃんやテオやセオには早いからな、今日は丁度お前一人だし今のうちに雰囲気に慣れておいた方がいいと思ってな」


なるほど、酒場か、獅子の鬣のメンバーが酒場でアルヴァの噂を聞いたと言っていたな。


拍子抜けした俺は真顔になりリックにわかったと返事をして出掛ける準備をする…。


「なんかお前ガッカリしてないか?」


「そんな事はないよ」


リックの言葉に素っ気なく返し、準備を終えると二人で夜の町に繰り出した。


静かな町を少し歩き、リックの案内で獅子の鬣がよく使うという酒場に入る。


ドアを開くと店の熱気に包まれる、酒場の中は広い造りで六人掛けのテーブルと椅子が十組にカウンターがある、客も多くなかなか賑わっていて若い娘が忙しそうに走り回って注文を取っていた、カウンターで一人で飲む客、五人で飲む客、六人掛けのテーブルを二つ使い団体で飲む客と様々だが皆楽しそうに飲んでいる、酒は一日の疲れを癒すと聞くが逆に疲れるんじゃないかと思うほど熱く話し合う人達もいる。


「お〜リック、あっ、師匠もいる」


キョロキョロと店の中を見回していると獅子の鬣のメンバーがいた、そして俺を見つけるとこっちこっちと手招きする、俺とリックは獅子の鬣のメンバーが五人程で飲んでいた席を少し詰めてもらい、椅子を一つ追加して座る。


リックはエール、俺は果実酒を頼み、皆で乾杯をする…。


「無事に依頼を終えた事に乾杯!」


リックの掛け声で乾杯をし、飲み始めた。


少し飲み始めるとメンバーは修行の話をする。


「師匠のおかげで十年冒険者をして頭打ちかと思ってた実力も伸びたよ、襲撃の時も体が自分のイメージ通りに動いてさ、魔力強度はそんなに上がってないのに強くなれるって不思議だよな」


一人の言葉に皆が頷く、魔力を上手く使えてない事が真眼でわかる俺には当たり前だけどそれを知らない人にとっては急に自分の実力が上がるのはびっくりするのかもな。


その後は修行の話から俺達の強さの話になる。


「俺らも強くなったけどさ、それでも師匠たちの強さは異常だよな〜、金級のリーダーより強いもんな」


「そのうち白銀級になるかもな、前にロトーネで白銀級を見た時は異常だと思ったけど師匠も同じ匂いがするよな」


獅子の鬣は結構有名なパーティーで色々な依頼を受けているみたいだが白銀級と会った事もあるのか、俺はそこら辺の情報に詳しくないので気になって聞いてみる。


「白銀級の冒険者って現役だと五人しかいないって聞いた事があるんだけど皆は知ってるの?」


俺の質問にメンバーが目を見開く。


「師匠冒険者やってて白銀級の事を知らないのか?」「嘘だろ」「俺ライザに憧れて冒険者になったんだ」


白銀級の冒険者を知らないって事はそんなに驚く事なのか?多分リズに聞けば教えてくれるだろうが基本リズに教えてもらう事はこの世界で生きていく為に必要な知識だ、ある程度の事は教えてもらったので今は俺の中にある日本の常識をリズに話し、リズはそれをこの世界の常識と照らし合わせてこの世界では通用しない事を教えてもらうようにしている。


白銀級の事は生きていく為には今は必要では無いとリズが判断したのだろう、いつか白銀級になるつもりではいるがそれは十分に経験を積んでからだ、元白銀級のスゥニィを知っているので今の俺達ではまだまだ未熟だと理解してるしな。


なので驚くメンバーにそのように話す。


「俺は凄い田舎者だから白銀級の話は聞いたことが無いんだ、いつかは白銀級になりたいと思うけど今はまだまだ未熟だからね」


俺の言葉に呆れるメンバー達。


「師匠で未熟っていうなら俺達の立つ瀬が無いぜ」「いや、師匠が言ってるのは経験の事だろ、師匠は冒険者になって半年足らずだからな」「そういやそうだったな、あまりに強くて忘れてた」


ワイワイと話すメンバー達、そして一人が咳払いをして白銀級の事を話す。


「今冒険者ギルドに登録されている白銀級は五人、どいつも化け物みたいな奴だって噂だ」


その言葉にうんうんと頷くメンバー達。


「まずロトーネにいる二人の白銀級、影無しのライザ、そして二の打ち要らずのウォルフ」


あぁ、冒険者は有名になると二つ名がつくんだよな、それは知ってるぞ、影無しに二の打ち要らずか。


「そしてヒズールにいる一閃のアカネ」


ヒズールにもいるのか、アカネって何だか日本を思い出す名前だな。


「あとの二人は特定の場所には留まらず色々な所に現れるみたいなんだ、魔術師シャローラと神眼のフェリック」


これで五人、メンバーが五人の二つ名の事を話してくれる。


影無しのライザはあまりに動きが早くて影も形も見えないうちに敵を倒す事から、二の打ち要らずのウォルフは一度の打撃で敵を倒す事から、ちなみにウォルフは獣人の冒険者で、獣人の地位が低いロトーネで白銀級になった程に強いらしい。


一閃のアカネは刀の一振りで魔物の群れを切り裂く事から、魔術師シャローラは全属性の魔法を使いこなす事からだ、そして神眼のフェリックは初めて見る相手でも一目で能力や弱点を見つけるらしい、多分鑑定持ちだろうな。


五人の説明を終えた後で更に話を続けるメンバー。


「それと俺達が産まれた時はまだ白銀級は六人いたんだよな」「そうそう、森人の冒険者だったらしいな」「弓の腕と精霊魔法のな」「森の中では六人中最強だって言われてたらしいな」


その白銀級はスゥニィの事だろうな、俺の婚約者なんだぜ。


スゥニィの話で盛り上がるメンバーを見て気分がよくなり酒が進む。


その後は獅子の鬣のメンバーの依頼での体験を聞きながら酒を楽しんだ、楽しんだ………。




「何か悩みでもあんのか?」


酒場を出て家に帰る道すがらリックが唐突に聞いてくる。


「何が?」


「お前なんか悩みがあるんだろ?昼間からたまに苦しそうな顔してるぞ」


あぁ、流石大きなパーティーのサブリーダーだけあるな、よく見てる。


酒場に誘ったのも話を聞く為なのかもしれない、俺は酒が入っている事もありリックに悩みを話す。


「昼間、貧民街でさ、小さい魔力の反応を感じたんだ、多分子供の魔力なんだと思う。その時は気にしない様にしたんだけど、帰ってからテオとバートとリエットの顔を見たら、さ」


静かな町を歩きながらリックに話し、自分の考えを整理していく。


「貧民街の人を見てさ、クリスの言うようにジーヴルやロトーネの常識なら俺の口出す事じゃ無いのかなって、だけど、多分子供の姿を見たら我慢出来なかったんだろうなって思うんだ、だから見ないふりをした」


顔も見た事もない子供の存在が、そこにあると知っただけで俺は悩んでいるのか。


多分出会った頃のセオと、そして昔の俺と同じ様な顔をしているんだろうな、そう考えるとますます悩みが増していく。


そんな俺にリックが足を止め口を開く。


「お前は俺達が諦めた事を諦めて無いんだな」


リックに目を向けると先程まで笑っていた顔が真剣な物になっていた。


「俺も小さい弟妹がいる身だからな、子供ってのはやっぱり笑ってた方がいいと思うさ、だけど自分達にも余裕なんて無いのに人の事に気をかける余裕なんてそれこそ無いからな、そういう時は諦めるんだ」


諦める、か。


そうだよな、俺には今依頼での報酬があり余裕がある、だけど貧民街にいる子供達を全員引き取り連れて歩くのか?それは無理だろう、まともに旅なんて出来ないしリズ達にも迷惑がかかる事くらい俺でもわかる。


じゃあジーヴルの王にでもなるか?それこそ馬鹿げた話だ。


ジーヴルで崇められている森人のスゥニィに頼むか?もしかしたら森人の祖という事を言えば何とかなるかもしれないな、だけどそれで俺やスゥニィは笑っていられるのか?


考えても答えは出ない、立ち止まり悩む俺にリックが笑いながら声をかける。


「お前馬鹿だろ」


うん、確かにこの世界の人から見たら馬鹿なんだろうな、だけど色々とこの世界の常識に合わせる様にはしているが出来ないんだからしょうがないじゃないか。


「しかも違う意味で捉えてるだろ?俺が言ってるのはなんで一人で悩んでるんだって事だ、お前は兎の前足のリーダーだろ?なら一番に相談しないといけない仲間がいるだろ」


リックに言われてリズやレイナの顔が思い浮かぶ、お人好しと呆れながらも笑顔で俺の我が儘を聞いてくれる二人の顔が。


「リックごめん、今日は屋敷に戻る。テオ達にも伝えてて」


あまり騒がしくすると貴族街には入れないぞというリックの声を聞きながら俺はハンプニー家の屋敷に駆け出した。





ハンプニー家の屋敷に戻り、エレミーの部屋をロルドから聞いてノックする。


ロルドが制止して私が呼びますからと言うが気持ちが逸っているのでロルドにすいませんと謝りリズの名前を呼ぶ。


するとリズが扉を開けてくれた。


「そんなに慌ててどうしたの?もしかして怪しい反応が?」


慌てる俺の様子に辺りを警戒するリズ、リズにそうじゃないと言って相談があると伝える。


「少し相談したい事があるんだ、空間把握は最大限に広げて警戒する、だから少しの間俺の部屋に来てくれないか?」


「ここじゃ駄目なの?」


襲撃は終わったので大丈夫だとは思うが婚約を発表するまでが依頼だ、万が一があるといけないと警戒するのは正しい、だけど俺が最大限に警戒するからと説得する。


「わかった、少し待ってて」


俺の真剣な様子にリズも納得してくれたのでエレミーに少し部屋を出ると断りに行くリズ、出来ればレイナとセオも連れていきたいが念のために二人にはそのままここに残ってもらう、リズに相談した後でリズから伝えてもらおう。


エレミーに断り、レイナとセオに少しの間お願いと伝えたリズが戻ってきた、俺の真剣な様子にレイナも力強く頷いてくれたのでリズと二人で俺の部屋に行く。


「それで相談って?」


部屋に入り、椅子に座るとリズが用件を聞いてきたがロルドの反応が近づいて来ていたのでリズを待たせてドアに向かう、丁度ノックされたので直ぐにドアを開くとロルドがトレイに飲み物を三つ乗せて持ってきてくれた。


「なにやら大事な話があるようなので飲み物をお持ちしました、こちらの方は飲みやすい様に冷ましてあるのでお先にどうぞ。部屋には誰も近付かないように伝えてあるので邪魔は入らないと思います、安心して下さい」


そう言って頭を下げ、トレイを差し出してくるロルド、俺が慌てて帰ってきたので喉が渇いているだろうと気を効かせてくれたようだ、飲みやすい飲み物を一つ、温かい飲み物を二つ用意してくれた。


俺は有り難うございますと深く頭を下げてトレイを受け取り部屋に戻る。


再び椅子に座りリズにも温かい飲み物を渡して常温の方を一息に飲み干す。


飲み物を飲むと余程喉が渇いていたんだなと気付く、騒がしくした俺に気遣いをしてくれたロルドに心の中でもう一度感謝して、リズに貧民街の事を話す。


貧民街で子供の魔力を感じた事、一度は無視したがどうしても無視出来なかった事、それでどうにかしたいと相談に来た事、俺の話を聞き終わると俺の話に少し呆れた顔をするリズ。


「トーマは顔も見た事もない魔力を感じただけの子供達の為に悩んでるの?」


リズにそう言われる、全くもってその通りだ。


「そう、なんだ。話した事もない顔も知らない子供達の事を考えると胸が苦しくなるんだ、俺は多分トラウマになっているのかもしれない」


俺は小さい時から酷い境遇だった事は既に伝えてある、なのでその時の胸の内をリズに話していく。


食事が無いのも、暴力を振るわれるのも無視されるのも辛かったが堪える事は出来た。


俺が一番辛かったのは参観日や街でたまたま見掛けた同級生の、親と一緒にいる時の顔を見る事だ。


楽しそうに親と話す同級生の顔を見ると心が苦しくて辛くて俺はこの世界で一人ぼっちなんだと理解させられて押し潰されそうになった。


父親はまともに家にいないし俺を見ると暴力を振るう、母親は小さい頃に俺を捨てた、そんな俺には親と仲良く楽しそうに話す同級生の顔は眩しすぎた、親と歩くのを恥ずかしそうにし、親を邪険にする態度ですら羨ましくみえた、そして全てが憎く見えた、それを何度も繰り返す度に俺は少しずつ諦めていった。


だけどこの世界に来て支えてくれる人が沢山出来て、それで俺は諦めていた自分の人生が変わり、本当に心からこの世界を楽しむ事が出来る様になった。


だけど楽しむ事が出来るようになった今でも、支えてくれる人であるはずの親に捨てられたテオとセオや支えてくれる人のいない貧民街の孤児達の存在がそこにいるって気付くと、幸せそうな同級生を見ていたあの頃の気持ちを思い出し、一人ぼっちの辛さを思い出して胸が苦しくなる。


そこまで話すとリズが話はわかったと頷く。


「確かに私とレイナも村を無くして親も無くした時、レイさんやシェリーさん、ジーナさんにセラさん、ノーデンさんやタインさんに支えてもらえなかったらどうなってたかわからない。だからトーマの言いたい事はわかった。それで、トーマはどうしたいの?トーマが貧民街の孤児達を支えるの?」


俺はどうしたいのかと聞いてくるリズにどうすればいいのか一生懸命考えた事を話す。


「俺は自分には無理だってわかってるんだ、ただこの国だとどうだろう?ダスティンさんに頼んで国に貧民街を改善するように動いてもらう事は出来ないかな?」


俺の言葉に少し考え込むリズ、それなら行けるかも、そう呟いて、そして俺の顔を見て呆れた顔で笑うリズ。


「トーマって本当に面倒だよね」


「そう、だね。支えてくれる人のいない孤児から組織に入ったアルヴァ達は俺のせいで死んだ。そんな俺が孤児を助けたいなんて馬鹿らしいし矛盾してるよね」


俯きながら小声で話す俺に気軽に喋るリズ。


「でも、まぁいいんじゃないの?生きていくにはどうしても矛盾は出てくると思うし、それに心の傷ってなかなか治らないしね。私もリストルでラシェリと戦うまではずっと村の事が忘れられずにいたけど、トーマに支えられてラシェリと戦う事でようやく乗り越える事が出来たしね」


気軽なリズの言葉に俯いていた顔を上げる。


「トーマは子供達の為に、なんて思ってないんでしょ?自分の為に、自分が悩まない為に、そしてこれからも私達と気兼ねなく旅を楽しむ為にそうしたいって言ってるんでしょ?それを自分で理解しているのなら良いと思うよ。顔も知らない子供達の為にとか言い出すなら自分に酔ってないで現実を見てって言うけどね、トーマの心の安定の為にだしね、そうしないとこれから先が楽しめないって言うのならね」


そして、リズは最後に、ともう一度真面目な顔になって話す。


「今回は私もトーマの考えに協力しようと思う、それはトーマが自分で一応の考えと、トーマ一人ではなく皆で依頼をこなした結果なんだけどその考えを実行出来る当てがちゃんとあるからだよ。テオとセオの時みたいに感情だけで後先考えずって訳でも無いからね。動く前に考えて、そして仲間を頼って相談に来てくれたしトーマも少しは、本当に少しは成長したかな」


リズは本当に少しだけだけどねと言って笑う、まぁ相談に来たのもリックに言われてなんだけど仲間に相談する大切さってのは理解出来たと思う。


「じゃあレイナとセオにも話に行こうか、それとエレミーにも協力してもらえるように話さないとね」


リズはそう言って残っていた飲み物を飲み干すと立ち上がる、俺も慌てて立ち上がると二人で部屋を出てエレミーの部屋に向かった。


まずリズが先に入り、エレミーから許可を得たので俺も部屋に入れてもらいレイナとセオにエレミーを交えて先程のリズとの話を話す、トラウマの話はエレミーがいるので日本の事を上手くぼかしながらリズが話してくれた。


「トーマさんらしいですね、でも、私達は兎の前足ですから良いんじゃないでしょうか」


レイナは笑顔でそう言ってくれた。


「トーマさんの考えはまだ私には理解出来ませんが私とテオはその考えに救われたので良いと思います」


セオも賛成してくれ、テオには私から話しておくと言ってくれた、テオには必要無いと思いますけどねと最後に一言付け加えていたが。


そしてエレミーは何故そんな事を?何か大事な事なんですかと聞いてきた、だがリズやレイナがトーマには必要な事なんだと言い、セオも協力をお願いしますと言うと頷いてくれた。


そしてリズとエレミーが話し合い、ダスティンが安心するエレミーの婚約が発表された日の夜がいいだろうという事に決まった。


話が纏まったので俺は部屋に戻った、後は婚約発表の日を待つだけだ。





遂にエレミーの婚約発表の日が来た、朝の鐘が鳴り町が目覚めると共に風の魔道具で城から町に王子とハンプニー家の娘の婚約が発表され、町には立て札と一緒に詳しい事を口頭で説明する人が立つ、そしてエレミーと王子の婚約が町の人達に伝えられていく。


殆どの人達は休日という事もあり町はちょっとしたお祭り騒ぎだ、道行く人達の顔は明るい。


俺もテオとバートとリエット、それと他にも修行に来ていた子供達を連れて町の中を歩く。


夕方まで十分に祭りを楽しみ、子供達と別れた、明日にはジーヴルを発つことは伝えてある。


そしてリックの家に行きバートとリエットと別れる、泣きそうな顔で話をしているテオとバートとリエット、俺はリックに別れの挨拶をする。


また必ずジーヴルに来る事を約束し、冒険者としてまた会う事もあるかもなと軽口を叩きながら別れた。


そしてハンプニー家の屋敷に戻る、俺達はロルドに案内され大広間に行く、そこにはハンプニー家の皆が揃っていた。


「おめでとうございます」


王子とエレミーの婚約を言葉で祝い、それから椅子に座る。


「有り難う、無事にエレミーが婚約する事が出来たのも君達のおかげだ」


ダスティンが笑顔で答え、そしてテーブルに肘をついて両手を組む。


「これで依頼は終わり、君達は明日の朝ジーヴルを発つ、だがその前に話があるとエレミーに言われたんだがそれは何かな?」


親の顔から貴族の顔になるダスティン、俺はリズ達と相談した事を話す。


「俺はジーヴルっていう国に来て、ジーヴルの国が好きになりました」


その言葉にダスティン以外の皆は笑顔になる。


「だけど一つだけ気になる事があるんです、それは町の端にある貧民街の事です」


その言葉に眉を上げるダスティン。


「ほう、どこが気になるのか聞かせてもらいたいな」


「俺はアルヴァに呼び出され貧民街に行きました、そして翌日にもリックとクリス共に行きました、そこで貧民街の現状を見て勿体無いなと思いました」


用意された紅茶を飲みながら話の続きを待つダスティン。


「立派な敷地があるのに長年放置されボロボロになった孤児院、体は元気なのに考える事が出来ずに働く事が出来ない獣人達、経験は豊富なのに体の一部を失った為に活動出来ない元冒険者達、そして未来に可能性があるかもしれない子供達も酷い環境で暮らしているんです。知っているかもしれませんがテオとセオは奴隷として売られた子供で、俺が引き取り一緒に旅をするうちにエレミーさんのお気に入りになるほどに強く、料理の腕も上がりました、奥さんもセオの唐揚げが好きでしたね」


俺の話を頷きを入れて聞き続けるダスティン。


「だから、国が支援をして貧民街の孤児院を立て直し、そして子供達に少しでもまともな環境を与えたら埋もれてしまうかもしれない才能を見つける事が出来るのでは無いのでしょうか?元冒険者達はその経験を子供達に教え、体の健康な獣人には国が仕事を与えるんです」


元冒険者達は冒険者としてしか生きられない人達だ、だからそこから得た経験を子供達に伝える事を仕事にし、それで義手や義足を買う事が出来たらまた冒険者として活動出来るかもしれない。


獣人達は言われた事しか出来ないが、逆に言えば言われた事は出来るという事だ、本来奴隷としての仕事は余裕がある貴族が毎回指示を出し、その時以外は何もせずに主人の側で再び指示を待つらしい、そんな仕事に慣れた獣人が忙しい仕事の中でも何度も指示を待つ事になるのは当然だ、忙しい仕事場では指示待ちの人は使いにくいだろう。だけど町の清掃、道の建設や整備など国が主導の所謂公共事業は人力で全てを行う単純な仕事だ、細かい所もあるかもしれないがそこは監督する人を数人置けばいい、それなら問題なく出来るはずだし体力に優れた獣人にさせた方が効率もいいはずだ。


「ふむ、少し強引だが言いたい事はわからないでもない。では次は君の本音を聞こうか」


まぁそうなるよな、理屈と屁理屈を混ぜて捏ね合わせたがダスティンには通じないであろう事は想定内だ、なのでリズに言われた通り次はストレートに要求する。


「えっと、貧民街にいる子供達に少しでもまともな生活をさせたいんです」


俺の言葉に呆気に取られるライズとジル、だがダスティンは顔色を変えずに質問をしてくる。


「そうする事で君に何か利があるのかね?」


本当に不思議そうに聞いてくるダスティンに素直に答える。


「ただの俺の我が儘です」


今度は流石にダスティンも呆気に取られたようだ、一度咳払いをして話す。


「そ、そうか、君の我が儘か」


「一応この国にも利はありますよ」


リズが横から口を挟み、ダスティンが聞いてもいいかなと促す。


「エスターヴ家が雇い、エレミーさんを襲った刺客は殆どが孤児出身だそうです。孤児をただ放置するだけではなく国で管理する事でそうなる事を防げると思いますよ。トーマが言うように子供達には可能性があります、それは料理かもしれない、冒険者かもしれない、そして暗殺者かもしれない、知らない所で暗殺者になられるよりは国が管理して、暗殺者の才能があるなら国が使えばいいんじゃないですか?綺麗事だけじゃ国の運営は出来ないでしょうし」


スラスラと話すリズ、そんな事この前相談した時には言ってなかったのに、それにアルヴァ達を見ていると子供達を暗殺者にするっていうのもなぁ…。


だがリズの言葉は実際に娘を狙われたダスティンには効果があったようだ、そしてもう一押しと思ったのかリズが更に続ける。


「それに、今回の依頼で私達は何度もハンプニー家を救ったと思います。森人への里に行く時、里から帰ってポルダの村で襲撃され、更に毒を盛られた時。ジーヴルに帰る途中では五百の魔物とゴーレムにも襲われました。そして屋敷でも五十の刺客とゴーレム。依頼の報酬は確かに戴きましたがダスティンさんはそれで十分だと思いますか?」


リズの言葉に唸るダスティン、そしてリズが最後の一押しを加える。


「もしハンプニー家が貧民街を変えてくれるならお人好しな我らがリーダーは恩に感じるでしょうね、それに私もレイナもセオもエレミーさんの事は友達だと思っているしハンプニー家とは良い付き合いがしたいです」


リズの言葉にエレミーからお父様、夫人からはあなた、ライズからは親父の負けだと声が飛ぶ。ジルは眼鏡の位置を人指し指で直し、エーヴェンは苦笑いで肩を竦める。


「わかったわかった、王に進言して貧民街の改善に取り組む事は約束しよう。だが私達が困った時は君達に最初に頼み事をするだろうな、なにせ友達だからな」


降参のポーズなのかダスティンが両手を上げ貧民街の改善を約束してくれた、リズ凄いな。


後でリズに聞いたのだが、まず本当に効果があるのか無いのか曖昧な利益の事を話す、子供達の才能や元冒険者の経験、獣人を公共事業に使うという部分だな。


そして次に相手の利益にならない意表をつく事を話す、まぁ俺の本音の部分だな。


そして最後にダスティンとって、確実にあるであろう利益を話す、俺達が何度もハンプニー家を救う程の実力がある事、その俺達に恩を売れるという部分だな。

子供達を暗殺者にというのは実際に狙われたダスティンには効果的だけど、本当に暗殺者にはしないんじゃないかとリズは言う、お人好しなトーマがその行で嫌な顔をしたのをダスティンは見ていただろうし、それにエレミーにもそれとなく話はしてあるからと。


とにかく貧民街の改善をダスティンに約束させる事は出来た、これで最善では無いが貧民街の様子も少しはよくなるだろう、顔を見た事も無い子供達に対する俺の感情だけで国の事に口出しをするなんて酷い偽善で馬鹿な話だと思うがリズも子供達を全員連れていくと言わないだけ成長したと言ってくれた、レイナもそれでこそトーマさんだと。


その後エレミーに話をしていたのでレイナとセオにハンプニー家の料理人と一緒に料理を作ってもらい、それを皆で楽しんだ。


ダスティンやライズ、ジルも珍しい料理を気に入ってくれたようで、ハンプニー家の料理人にレシピを教えたと言うと大いに喜んでくれた。






翌朝ジーヴルの門から少し離れた所で出発の準備をする、門の前は相変わらず長蛇の列だからな。


今日は依頼があるので来れないと言っていた獅子の鬣のメンバーも何人かは見送りに来ていた。


「師匠またジーヴルに来いよ」「俺達ももっと強くなってるからな」「テオ、俺の妹がお前と結婚するって言ってるんだが俺は許さんからな」


相変わらず騒がしいメンバー達、テオも揉みくちゃにされている。


リズやレイナに妙な視線を送っている奴もいるな、顔を覚えておこう。


セオはお忍びで見送りに来ていたエレミーが乗る馬車の中だ、王子の婚約者になったエレミーは軽々しく人前には出る事が出来ないしな。見送りに来ている獅子の鬣のメンバーはその護衛だ、クリスもいる。


「トーマさん、僕は今回色々と考えが変わり、冒険者として生きていく覚悟が出来ました。次に会うときはトーマさんをびっくりさせるくらいに成長してますからね」


スッキリした顔で笑うクリスと握手をする。


「うん、次に会うのを楽しみにしてるよ」


クリスとは色々とあったが今は友達と言える関係だ、獅子の鬣のメンバーとも良い関係になれたと思う、ジーヴルでは嫌な事もあったが今は発つのが少し名残惜しいな。


小さくなっていく門を見ながら俺達はラザに向けて馬車を走らせた。


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