第74話 この世界で生きるには
ハンプニー家の大広間で俺とリズ、ダスティンと夫人、ライズとジル、そしてエレミーとセオの八人で話をする。
ここにいないエーヴェンは庭の片付けを獅子の鬣のメンバーに指示するのとアルヴァや刺客の死体、オートマタやゴーレムの残骸を集めている。
レイナは貧民街から連れ帰ってきたリックの腕を治す為にここにはいない、テオとリックの弟妹には俺が使用している部屋で休んでもらっている、心配と不安で疲れていたのだろう、リックとクリスの無事を伝え、今は怪我の治療をしているが朝には元気なリックとクリスに会えると話すと直ぐに安堵の表情を浮かべ眠ってしまった。
腕を送られてきた時にエーヴェンと話をして弟妹にはリックが腕を切られた事は内緒にしていたし、レイナの詠唱で送られてきた腕をつける事が出来るのでその事はそのまま二人には内緒にするつもりだ、獅子の鬣のメンバーにも話はしてある。
だがテオにはその事は話してある、リックとクリスが狙われたテオを庇って逃がした事を聞き、それで敵に捕まりリックが腕を斬り落とされた事を伝えた方がテオの為になるとリズが提案したからだ、そう言われて最近のテオなら受け止められると思い俺もリズの意見を聞き入れた、俺だけならきっと内緒にしていだろうな。
ちなみに送られてきた腕があるからレイナの詠唱で簡単に治す事が出来るがそれも普通の治癒魔法使いなら完全に腕を治すのに三日はかかると言っていた。
もし斬られた腕が無かったら普通の治癒魔法使いでは諦め義手にする事になっていただろうと獅子の鬣で治癒魔法が使えるメンバーが言っていた、そこでレイナにも聞いてみると、レイナの詠唱でも三ヶ月以上毎日魔力切れまで詠唱を使い漸く治せるのではと言っていた、やはり無くした物を再生するのは並大抵の事では無いらしい。
リックの状態を聞いたテオがどう思うか少し心配しながら色々と考えているとダスティンが話を始める。
「今夜の襲撃の失敗でエスターヴ家は完全に力を無くす、ゴーレムを購入した足取りを追えば直ぐにエスターヴ家に辿り着くはずだ、向こうはこんな短期間に二体もゴーレムを出しているのだ、必ず情報は掴める。それに長年仕えた執事の死体を襲撃の主犯として王に見せる事が出来るのでまず大丈夫だろう」
アルヴァは死んでしまった、なのでエスターヴの当主が執事が勝手にやった事だと言ってしまえば普通はそれで通る、だがアルヴァは普通の執事ではなく家令を任せられていた程の執事でかなり名前も知られていた、その上今のエスターヴ家とハンプニー家の関係やゴーレムの購入履歴まで突き付ける事が出来ればエスターヴ家の力でも言い逃れは出来ないだろうとダスティンが話す、野次馬に来た他の貴族達にもダスティンがエスターヴ家の執事が襲撃の主犯だとわざと大袈裟に話していたようだ。
この世界は魔力で管理される事が多いがこういう時は状況証拠でも大きな決め手になる、ここまで揃っている状況証拠に加え、相手が何か手を打つ前にこの後夜が明け朝の鐘が鳴るとダスティンは城に行き王に報告する、そして昼にはエスターヴ家が城に呼ばれるだろうと話す、どうやら王ともある程度の話はついている様子だな。
「これでエレミーは狙われる事は無くなったと思う、だがエスターヴ家に処分が下り、その直ぐ後に発表される予定のエレミーの婚約までは依頼の継続をお願いしたい」
今狙われる事は無くなったと言ったのに更に依頼の継続を願い出るダスティン、他に不安要素があるのだろうかと訝しげな顔をする俺にダスティンは笑顔を見せ、そしてエレミーを見て優しく笑う。
「なに、これからは護衛のような堅苦しい依頼ではなくエレミーのお気に入りのセオ君と最後の時間を楽しんでもらいたいという親心だ、婚約を発表した時からエレミーは気軽に外に出る事も出来なくなる身になるからな」
ダスティンに理由を聞かされ納得する、俺達も依頼を受けている最中は貴族街ばかりでジーヴルの町をあまり見ていない事もあり、それならとリズと一緒にダスティンに頷く。
ライズとジルもダスティンの話を聞いてエレミーに優しい顔を向けていた、ハンプニー家は兄弟の仲は全員良好なようだ。
と、ここでエレミーが口を開く。
「トーマさん、婚約の発表までセオちゃんをお借りしますね。それとリズさんにもう少し外のお話を聞かせて欲しいしレイナさんの料理も食べたいです。どうかよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げるエレミーの横から夫人も口を開く。
「この子は今まで窮屈な仕来たりに縛られ、窮屈な知識を与えられ、窮屈な世界を生きてきたけどあなた達のおかげでこの子の窮屈な世界が広がったわ。もっと窮屈な世界である王宮に嫁ぐ前にこの子の為になればと森人の里に連れていく事にしたのだけれどね、想定外の出会いが想定外の成長をこの子にもたらしてくれた、あなた達との出会いがこの先のこの子の人生を照らしてくれるでしょう、あなた達には感謝しかありませんわ」
そう言って夫人が頭を下げる、ライズも面白そうに、そして嬉しそうに話す。
「お前らは窮屈な考えのクリスも変えてくれたんだよな」
「母さんも兄さんも窮屈ではなく厳格なと言って欲しいですね、人の上に立つものはその模範となる生き方をするのは当然です。ただ、彼等に影響されて変わったエレミーやクリスは確かに悪い感じでは無さそうですけどね」
少し渋い顔でジルが言う、その言葉にやっぱりお前が当主になれよと笑うライズ、俺もそう思う。
ハンプニー家が作り出す大広間の雰囲気は俺の思う貴族とは少し違ったが俺には好ましく思えた。
そこに庭の片付けが終わったエーヴェンが戻り、リックの治癒を無事に終えたレイナも使用人に連れられやって来る、その後は食事が運ばれ楽しい雰囲気のまま少し早い朝食になった。
ライズとジルにエーヴェンも加わり、ライズとエーヴェンでジルをいじりながら兄弟仲良く。
レイナとセオが出された料理の事をエレミーに聞き、エレミーが料理を作ってくれた料理人を呼び説明を聞きながら三人で楽しそうに、まるで姉妹のように。
それをダスティンと夫人が仲むつまじくしながら見守る。
俺とリズはその光景を見ながら笑顔で朝食を食べる、三度目にして俺は初めてこの場所で食べる料理を手放しで美味しいと思えた。
朝食の後でダスティンは城に行き、昼にはエスターヴ家の当主が呼ばれ、その日の内にエスターヴ家の処分が決まったらしい、アルヴァの死を聞き、アルヴァの死体を見せられた当主は肩を落とし大人しくそれを受け入れたようだ。
処分は当主の交代、今の当主には一人の娘と二人の息子がいるが長男がエスターヴ家を継ぐことになった。
だが当主の息子は二人ともまだ若い為に経験が足りない、なので王宮からの人材が当主の補佐としてアルヴァの代わりとなる家令という名目でエスターヴ家に入る、これで今回の騒動で少し影響力は落ちたが王宮はエスターヴ家の力を手に入れる事が出来たのだ、元当主は同じ屋敷にいては火種になるという事でロトーネにあるというエスターヴ家の別屋敷に病気療養という形で移る事になった。
ロトーネには他にもハンプニー家はもちろん、他の国の力ある貴族達も屋敷を持っているらしい、ロトーネに屋敷を持つのは貴族として一種のステータスになるようだ。
そして王子とエレミーの婚約発表は三日後の日の光、俺の感覚で言う日曜日に行われる事になった。
「セオちゃん、今夜は私と一緒に眠ってくれる?」
夕食を終えたエレミーの部屋、風呂上がりに使用人に濡れた髪の手入れをさせていたエレミーが椅子でお茶を飲むセオに訪ねる。
「獣人の私とですか?」
セオが恐縮しながら聞きかえす、同じ部屋にいるリズとレイナも少し驚く、いくら仲良くなったとはいえ公爵の娘がジーヴルでは奴隷という認識がある獣人と一緒に寝るというのだ、髪をとかしていた使用人も驚いて手を止めてしまった。
「だって毎晩レイナさんとセオちゃんは仲良さそうに寝てるじゃない、三日後には私も王子の婚約者だしセオちゃん達もジーヴルを出るのでしょう?だからそれまではやりたい事をしたいの、私の我が儘を聞いてくれないかしら?」
ポルダで出会ってからジーヴルに帰ってくるまではまるで作り物だったのではと思える程、今は本当に楽しそうに笑うエレミー。
「あら、セオだけなの?」
その笑顔を見てリズが冗談ぽく口を尖らせて言う。
「リズさんとレイナさんもご一緒しますか?ベッドは広いので四人で寝てもまだ余裕はありますわよ。そうだ、そうしましょう、その方が楽しいですわ、これからの三日間はそうしましょう」
リズの冗談を受けてエレミーは名案を思い付いたように言う。
そう言われてリズとレイナは苦笑いをするがエレミーが本当に望んでいるようなので四人で眠る事にした、使用人もエレミーの我が儘と聞いてからは気を取り直し、明日の朝また参りますと告げて部屋を出ていった。
部屋の中の明かりを小さい魔道具の一つだけにし、四人で大きなエレミーのベッドに入る。
「ふふ、なんだかこれだけで楽しいですわね。もっと早くにこうしていればよかったですわ」
リズ、エレミー、セオ、レイナの順に並ぶベッドの上でエレミーが堪えきれないといった様子で笑う、そして少し声のトーンを落ち着かせて話す。
「セオちゃん、初めて会った時は奴隷と言ってご免なさいね、私にも悪気は無かったのよ。奴隷は奴隷としてそこにあるものだって思っていたけれど奴隷である前に獣人のセオだという事を貴女たちと話をして理解出来たわ、今までは貴族、市民、奴隷というくくりで簡単に見ていたけどそうじゃないという事を思い知らされたの、だから、私には奴隷という言葉に悪意がある訳じゃ無いけど受け取る人によってはそれが違うという事も今ならわかるわ」
薄暗い部屋にエレミーの声が響く、セオはエレミーの話を聞いて慌てた声を出す。
「そ、そんなっ、私はもう気にしてませんよ。それに奴隷として売られたって事は本当ですから、あの時のエレミーさんの反応は正しかったと思います。エレミーさんは私に奴隷と言った時、哀れみや蔑みの感情が全く無かったです、だからエレミーさんの言う悪意が無かったって言うのも信じられます」
セオはエレミーの言葉を否定する。
「そう、なら良かったわ。それと、クリスも随分酷い事を言ったでしょう?クリスは私の為にと思ってくれたみたいだけど昔からやり過ぎる所があったのね、でもそれも貴女達と会うまでは私も気付かなかったわね」
「ク、クリスさんは、その…、で、でももう気にしてませんから」
クリスの事は歯切れが悪くなるセオ。
「確かにクリスさんは酷かったわね、でもクリスさんも大分変わったわよ、トーマと関わると皆変わっていくんだよね」
口ごもるセオにリズが助け船を出す。
「そうですよ、トーマさんと関わると皆良い方に変わっていくんですよ!」
トーマの名前が出ると俄然元気になるレイナ、レイナの勢いに少し押されるエレミー。
「そ、そうですね、あの方は不思議な人ですわね、公爵であるお父様やお母様、それにお兄様達も敬意を持って接しています、普通は逆なんですけどね。でもリズさんやレイナさんも不思議ですわよ、私を変えたのは間違いなくリズさんとレイナさん、それにセオちゃんですから」
「私達を変えたのはトーマだけどエレミーさんを変えたのは私達か、人は人と会ってそうやって成長していくのかもね。そうそう、トーマといえば最初は凄い頼りなかったんだよ」
リズの言葉を切っ掛けにトーマの失敗談に話は移り、トーマとリズ達の関係へと女子らしい会話になり、トーマは如何にヘタレかという事を延々と話すリズと、エレミーと王子との進展具合を追究するレイナという構図が夜遅くまで続いた。
翌朝俺はテオと元気になったリック達と一緒に町の中を歩いていた、今日と明日は完全に自由、明後日にエレミーの婚約を見届けて町を出る事になっている。
今朝リックと共に屋敷を訪れたテオは少し元気が無かったが俺がリックの家に行くと言うと元気になった、なので前に約束していた通りに今からリックの家に行くところだ。
のんびりと歩きながら町の様子を見る、確かに奴隷として首輪をつけた獣人が多い、主人の使い等で町に来ているのだろうか、テオ達とは少し違うように見えるが狼、それに虎、猫や熊など多種多様な獣人がいるが着ている服などを見ると思ったより酷い扱いをされている様子はない、だがやはり町の人は蔑むような目で見る人も多く奴隷達も気持ち俯きながら歩いている。
奴隷は労働力として確立されていて、貴重な財産として扱われるのでわざわざそれを損なうような酷い扱いをする人はなかなかいないようだが集団心理として奴隷を蔑む空気は確かにあり、その空気を受ける奴隷も段々と心を折られて行くのだろう、奴隷とは違うが俺にもこの感じは少し覚えがある。
「この町はステルビアにある町と比べてどうですか?」
奴隷を見て、少し昔を思いだし暗い顔で歩いていた俺にクリスが話し掛けてきた、俺は返答に困り言葉に詰まる。
「今はリックの家で楽しむ事を考えましょう、そして後でジーヴルの負の部分を一緒に見に行きましょうか」
クリスの言う負の部分とは貧民街の事だろう、クリスが何を考えているのかはわからないが今は頷き気持ちを切り換えてリックの家を目指す。
大通りから路地に入り、路地を進むとリックの家についた、小さい一階建ての建物だ。
大通りの側は見映えを良くする為や、町に魔物が入ってきた時に門から直ぐ近くで動きやすい大通りの方に魔物が集まると考え、建物に避難した時の安全性を考え何世帯か集まって大きい建物を建てるようだが奥の方はそうでもなく一階建ての建物が多いからな。
この世界では庶民的な建物に入る、すると昼御飯の準備をしていたのか良い匂いがしてきた。
「ティシールおばさん、トーマ兄ちゃん連れてきたぞ」
勝手知ったるといった感じで奥に歩いていくテオ、それを追いかけるリックの弟妹のバートとリエット。
「あらそうなの?ならもう少し料理を増やさないとね、あなた達も手伝ってちょうだいね」
奥から聞こえてくる会話を聞きながらリックに促され俺とクリスは食卓に案内され座る。
暫くしてテオとバートとリエットが料理を持ってきて食卓に並べてくれる。
その後ろから前掛けで手を拭きながら五十代程の女性が入ってきた、少し痩せているが優しそうな人だ。
「貴方がテオちゃんのお兄さんのトーマ君ね、初めまして、リックの母のティシールよ、今日はお礼の意味もあるから遠慮せずに沢山食べてね」
お礼という言葉に疑問が浮かぶが俺も立ち上がり挨拶をする。
そして少し狭いが六人で賑やかな昼食が始まった。
ハンプニー家で出された料理と違い素朴な感じだ、ラザの宿屋で食べたノーデンの料理を思い出す、テオの言ったように暖かい料理だな。
「ご馳走さまでした、とても美味しかったです」
自然とご馳走さまという言葉が出る、ちなみにレイナに聞いて確認したのだがこの世界にはいただきますやご馳走さまは習慣としては無い、がこうやって口にするとちゃんと作ってくれた人への感謝の言葉として伝わるようだ。
賑やかで暖かい食事が終わるとティシールが俺に向かって頭を下げる。
「さっきも言ったけどありがとうねぇ、テオ君がこの家に来てくれたおかげでいつも寂しそうにしてたバートやリエットも元気になったしリックも稼ぎが良くなったから私に無理して仕事に出なくていいって言ってくれるようになったのよ。全部貴方のおかげだと聞いているわよ」
全部俺のおかげというかテオとリック自身の頑張りだろうと思ったのだが、本当に感謝をしているティシールの顔を見ると言葉が出なくなり俺は素直にその言葉を受け取った。
「母ちゃんも歳だから少し体が心配だったんだが最近は俺の稼ぎも良くなって家でゆっくり出来るから元気になったんだ。森人の里への依頼を無事に終える事が出来たのは大きかった、それに俺達も実力が上がってもっと良い依頼もこれから受ける事が出来るだろうしな、全部お前と会ってからだな」
「それにリック兄ちゃんを助けてくれたよ〜」
リックに続きリエットもありがとうと言う、リックの稼ぎはリックの頑張りだし、リエットはリックを助けたというが先にテオを庇って助けてくれたのはリックだしとか色々言いたい事もあるが何故かそれは許されない雰囲気なので曖昧に笑顔を返す、なんかずっとお礼ばかり言われると体がムズムズしてくるな。
クリスも何か言おうとするが俺は後にしてくれと目で制す。
そして食休みの会話も終わり、テオ達は三人で昼寝をしに行ったので俺はクリスと一緒に貧民街に行く事にした、リックもついてくるようだ。
貧民街に向かいながらクリスが先程の事を話す。
「僕もあの場でなら上手く言えると思ったんですけどね、トーマさんは感謝されるのが苦手なんですか?」
やはり先程のクリスも感謝の言葉を言いたかったようだ、確かに雰囲気に乗せられて上手く言葉に出来る事ってあるよな、だがクリスからの感謝は十分に感じているのでそれを伝える。
「クリスからの感謝は十分に感じているよ、それに俺一人ばかり感謝されるのは少し違う気がしてさ、何より本人の頑張りもあってこその事だろ」
クリスには前から言われていたのだが襲撃が終わった後に獅子の鬣のメンバーからも師匠が敬語を使うのはおかしい、タメ口にしてくれと強く言われたのでエーヴェン以外のメンバーには今はタメ口で話すようになっている。
「それは違いますよ、トーマさんは兎の前足のリーダーです。だからトーマさんにお礼を言うのは兎の前足のメンバーにお礼を言うということです。だからトーマさんはリーダーとしてそれを素直に受け止めパーティーの名前を上げる事に努力をするんです…、普通はね」
なるほど、リーダーとしての立場から感謝を受けるという事か。
「エーヴェンさんもそうやってリーダーとして顔を売り、獅子の鬣の名を上げました。するとそこに所属するメンバーの名前も自然と上がるんですよ」
パーティーとしての在り方を説明するクリス、リックも口を挟む。
「そうそう、昔はただのゴロツキにしかなれないと思っていた俺も今じゃ獅子の鬣のサブリーダーとして結構有名なんだぜ」
俺が有名になり、兎の前足が有名になるとリズやレイナの名も上がると言う事か、だが普通はねと言ったクリスが笑いながら話を続ける。
「でもトーマさん達はあまり名前を上げる事に固執していないようですからね、だから名前を売るという事を考えないのでしょう、まぁどうやっても兎の前足は有名になると思いますけどね」
確かに名前なんて有名にならなくていいな、そう納得していると貧民街についた。
相変わらずボロボロの木で出来た貧民街と町とを隔てる壁、俺達は門をくぐり中に入る。
途端に異臭がする、夜は物陰に隠れていた住人も外に出ていた、道を歩いたり地べたに座り込んだりしている。
その様子を見ながら元孤児院に向けて歩く。
そして孤児院につくと建物の中に入る、建物の中で先程歩いた貧民街の様子を思い浮かべる。
座り込んだ人や元気なく歩く人には元冒険者なのだろうか、怪我をし腕や足を無くした人間もいたが圧倒的に獣人が多かった、しかも獣人は殆ど怪我をしている様子も無かった。
「どうですか?これがジーヴルの獣人の現状です」
クリスは言う、ジーヴルの貧民街には元冒険者として活躍したが魔物との戦いで腕や足を無くし冒険者稼業が続けられなくなったもの、何か犯罪をして罪は償ったが町に居づらくなったものもいるが圧倒的に獣人の解放奴隷が多いのだと、解放された奴隷は自分で考え村に帰る者やちゃんと働く者もいるが、半分以上は遠い獣人界に帰る事も出来ず、何度か働いてみても言われた事を言われた分しか出来ずにその都度指示を待つようになっているので上手く仕事が出来ずにそのうち仕事を辞め働かなくなるようだ。
「僕にとっての冒険者は将来の事を考えず、その日が楽しければいいという考えのガサツな人達、そして獣人は人間に命令されないと何も出来ない自分で考える事も出来ない種族でした。だけどトーマさんと会い考えが変わると色々な物が見えてきました」
リックを見て微笑むクリス。
「リックは家の為に冒険者をし、毎日酒を飲むのはメンバーとの仲を深める為や、考えの違う仲間達の意見を聞いて上手く集団を纏める為。死んでしまった仲間の弔いだったり依頼が上手くいかない時の雰囲気をどうにか明るくしようとしているのだと。そして獣人も小さい頃に奴隷として連れてこられ、いきなり解放されても自分では既に考える事が出来なくなっているが、本来は僕達と変わらない、その上身体能力に優れ戦闘に向いた種族だと」
クリスの言葉に顔を赤くして照れるリックを他所に話を続ける。
「貴族はそんな人達を導かなければいけないと、そう思っていました。ですがそれは傲慢な考えだった、それに自分はもう貴族ではなく冒険者なのだと気付きました」
クリスは自分の考えを話し、そして更に忠告をする。
「僕はトーマさんと会って自分の考えは物事の側面しか見てないと気付いた、気付く事が出来ました。トーマさんはこれからも旅をするのでしょう?」
今の仲間達とゆっくり暮らしたい、そういう目標もあるがそれはもっとこの世界を見て回って成長してからだ、俺はクリスに頷く。
「ならロトーネに行く事もあると思います、トーマさんの考えはロトーネに行くと必ず揉めると思います、ロトーネはジーヴル以上に人間、そして貴族至上主義ですからね」
ロトーネか、人間界の中心にありこの世界では一番大きな国だったな。
「あ〜、向こうは確かにクリスみたいな人間が沢山いたな。馬鹿みたいに人間が、人間こそがなんて依頼の合間に聞こえてきてウンザリしたぜ」
リックが思い出したように話す、少し前のクリスが沢山いるのか、それは嫌だな。
クリスがリックを睨みながら忠告を続ける。
「テオ君やセオさんを連れていると色々と言われる事もあると思いますしトーマさんの考えだと衝突する事もあるでしょう、だからロトーネに行く時は十分に気を付けて下さいね。貧民街に来たのはジーヴルの現状、それとロトーネの事を言いたかったんです、トーマさんはそういう事に慣れていないようなので」
クリスの忠告に頷き元孤児院を後にする、そして先程のクリスの言葉を聞きながら貧民街をもう一度歩く、健康な体があるのに上手く働く事が出来ずにいる獣人の解放奴隷を見ると誰かが導かないと駄目だというクリスの考えはあながち間違ってはいないのかもしれないな。
貧民街の建物の中や奥には子供なのだろうか、少し小さめの反応も感じるが俺はあえて触れずに貧民街を出た、今の俺にはどうする事も出来ないしそういう覚悟もない、それにこの世界で生きていくのだからこの世界の負の部分も受け止めないといけないだろう。
ジーヴルの貧民街全てを救いたいと思うならジーヴルの王にならないといけない、人間界に住む獣人や孤児達を救いたいなら人間界を纏めるロトーネの王にならないといけない、それでも全てを救う事なんて出来ないんだろうな。
考えてみると地球でもそうだった、テレビの向こう側に見えていた景色がこの世界ではすぐ側にあるというだけだ、俺はこの世界で生きるという事を考えながらリックの家に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます