第73話ハンプニー家襲撃

「どうしたの?」


歩いてくるリズをぼ〜っと見詰めていたら少し離れた所からリズが縮地を使い、鼻と鼻が触れそうな程に顔を近付けてきた。


だからなんでそんなに距離が近いんだよ!急に目の前に現れたリズの顔や、先程町で声をかけられた娼婦とはまた違った女の子の匂いに心臓の鼓動が早くなる、慌てて顔を背けリズの肩を掴んで距離を取る、こんな事に縮地を使うなよな。


「いや、ありがとうって伝えたくてさ」


まだ顔も見れないがリズに感謝の気持ちを伝える。


「こっちこそ準備が遅くてごめんね、なかなか狙いやすい場所が無くてさ。でも遠目と風の矢を合わせると凄いね、早くシェリーさんのように矢を自在に動かせるようになりたいな」


この世界で俺と最初に会ってくれてありがとうって意味の感謝だったんだけどリズは先程の狙撃への感謝だと思ったようだ、それに狙撃に手応えを感じたのか楽しそうに話しているので水を差すのもな、狙撃で助かったのも確かなのでそういう事にしておこう。


取り合えずリックとクリスは助ける事が出来たのでこの場を片付けて早く屋敷に戻らないと、アルヴァもここにいたし、エーヴェンとレイナと十分に話し合い任せたので大丈夫だとは思うが何があるかわからないので楽しそうに話をしているリズをアルヴァ達の死体を片付けようと促す、リズのサポートとして獅子の鬣から連れてきていたメンバー三人もやってきた。


「すいません、リックとクリスを見ていてもらってもいいですか?俺達は刺客の死体を屋敷に運ぶので」


リックとクリスを囲う土の壁を崩して三人にお願いする、そしてリズと一緒にアルヴァ達の死体を片付ける、後でアルヴァの死体をエスターヴ家に持っていかないといけないのでハンプニー家への襲撃が終わるまでは元孤児院の中にに置いておく、貧民街の住人に下手に触らせる訳にもいかないしな。


リズと手分けして死体を運ぶ。


この世界には魔力があり身体強化があるので荒事が必要な職業での男女の比率にあまり差があまりない、冒険者や騎士、衛兵なども六対四で女性の割合が少し少ないがそれは出産や子育てがあるからだ、だからこんな事を言うとリズに不思議がられるかもしれないが女の人の死体を運ぶのは何だか気が重い。


先に男の人と女の人の死体を屋敷に運び、そしてアルヴァの死体を運ぶ。


もし俺がリズと最初に会っていなかったら、真眼や俺の持つ他の珍しいスキルを利用しようとする者に救われていたら今の様に自由に旅が出来ていただろうか…。


口を覆う布が外れ露になっているアルヴァの顔を見ながら考える、だけど考えても仕方のない事だと気持ちを切り替えアルヴァの死体を屋敷に運び入れる。


「俺達は一度ハンプニーの屋敷に戻るのでリックとクリス、そして刺客の死体をお願いします、後で応援を寄越しますので」


獅子の鬣のメンバーにこの場をお願いして俺とリズは再び貴族街に戻る為に貧民街を後にした。











トーマがリックとクリスを助ける為に貧民街に向かい、リズが少し距離を置いてトーマの後を追ったのを見届けるとレイナは刺客の襲撃に備え迎撃の準備をする。


スゥニィから貰った杖を翳し、詠唱を始める。



てんにあまねく生粋きっすいの、ちからたばねてうずたかく、いざな一入ひとしおに』


言問こととひと赤心せきしんを、よすがきざし、たおやかな』


ひかりがあやなすにわたずみ静寂しじまやぶてきつ、大気たいきらしててきつ』



最後の呪文を唱えず詠唱で止める、そしてレイナに取ってその場で放つイメージのある『撃て』という言葉を、トーマが焔を体に纏う時に使う詠唱を参考に『撃つ』に少し変える、そうする事でトーマが焔になった魔力を体に留める様子をイメージし、詠唱で集めた雷の力を宿した魔力を魔力操作と杖の効果を併せてハンプニー家の上空に留める。


これで上空に留めた魔力が無くなるまで好きな時に万雷を使う事が出来る、魔力操作のスキルを覚え、魔力への干渉に優れた杖を使って何か工夫が出来ないかとトーマと相談して二人で考え、そして覚える事が出来た待機魔法の新スキルだ。


レイナ自身が動いても集めた魔力はその場から動かないので迎撃にしか使えないが、一度呪文を唱え発動すると集めた分の魔力を全て使いきっていた為に大掛かりな攻撃しか出来なかったレイナの詠唱が効率よく魔力を使い敵に攻撃出来るようになった。


ちなみに霹靂神は強力過ぎて待機させる事が出来そうになかったので今使えるのは万雷だけだ。


「レイナ姉ちゃんなんか上がバチバチ鳴ってるけど大丈夫か?」


テオが上空に走る雷を見ながらレイナに聞いてくる、獅子の鬣のメンバーも全員が恐々と上空を見上げている。


「大丈夫だよテオ、これで敵が来たらいつでも雷を撃てるようになったよ。それでも逃がした敵はテオに任せるからね」


既に上空に留めた魔力は安定しているので後は呪文を唱えるだけだ、レイナは集中を解いてテオに話かけ、そしてエーヴェンにも自分の役割を伝える。


「エーヴェンさん、私はエレミーさんを狙って庭に入ってきた敵を雷で撃ちます。それでも全てを撃つ事は出来ないと思うので取り零しはお願いします」


レイナから説明され、他のメンバー同様上空を見ていたエーヴェンも頷く。


「了解したよ、馬車の周りには他のメンバーがいるから大丈夫だ、怖いのはエスターヴ家の執事がここに来る事だけどそれもトーマ君が来るまで持ちこたえればいい、トーマ君の方に執事がいないならトーマ君は直ぐにリックとクリスを救出してこっちに来てくれるはずだしね」


それにしても、と苦笑いをしながらエーヴェンがレイナに話す。


「敵の標的を庭の真ん中に置いて狙ってきた所を迎撃するなんてトーマ君も大胆な事を考えるよね、確かにその方が屋敷の中より敵を見つけやすいけどね。それにレイナちゃんの魔法も常識はずれだ、まさか魔法を待機させるなんて聞いた事もないよ」


そう言ってエーヴェンは上空を指差しながら、こんなに準備万端なんだから襲撃も諦めてくれないかなと冗談半分で口にする。


「諦めてくれるならそれでいいんですけどね。でももし来てもトーマさんが私の力を信じてここを任せてくれたので精一杯やりますよ、それに私とお姉ちゃんとセオはエレミーさんとは友達ですから」


エーヴェンに力強く答えるレイナ、セオはもしもの時の為に馬車の中でエレミーと一緒だ、他に屋敷で働く使用人にエレミーの服を着せ何人か、それとリックの弟妹達も馬車の中だ。


「じゃあこれでエレミーは大丈夫だね、俺は何人か連れて屋敷の中で親父達を護衛してくる。危険な時は直ぐに誰かを中に寄越してほしい」


エーヴェンはそう言うと獅子の鬣のメンバーを五人程連れて屋敷の中に入っていった。


庭の真ん中にハンプニー家で一番大きな部屋馬車を置き、その周りを獅子の鬣のメンバーで囲む、レイナの方もいつでも魔法が撃てるので後は相手が来るのを待つ。


「レイナ姉ちゃん沢山来たぞ、囲まれてる」


テオが鼻をヒクヒクさせながら屋敷の周りを見渡す、刺客は庭にある馬車にエレミーが乗っていると気付いているのか堂々とエレミーを襲いにきたようだ、壁を乗り越え大勢の刺客が姿を現す、庭に現れた黒い外套と口許を布で覆った集団に獅子の鬣のメンバー達に緊張が走る。


万雷ばんらい


獅子の鬣のメンバーは五十人はいる刺客に戸惑っているようで動きが鈍い、だがリストルの悪夢や旅で何度も魔物に襲われ数が多い相手との戦闘に慣れているレイナは動じる事なく刺客が姿を現すと直ぐに呪文を唱え刺客に向けて杖を振る、すると細い光が走り一人が倒れた。


二度、三度とレイナが杖を振るう度に光が走り刺客が倒れていく、倒れる仲間に刺客達もバラけ動き回るが雷の速さから逃れる事は出来ずにどんどん倒れていく、更にレイナの魔法により倒れていく刺客を見て緊張の取れた獅子の鬣のメンバーも馬車を守る人数を残し他は刺客に襲い掛かる。


「おっしゃ!お前らレイナちゃん一人にやらせるな」「わかってるよ」「相手は混乱しているぞ」


声を上げて敵に突っ込む獅子の鬣のメンバー。


レイナの魔法と獅子の鬣のメンバーにより数を減らしていく刺客達、だが馬車から少し離れ、踊るように杖を振るうレイナに一人の刺客が狙いをつけ、杖を振るい背中を見せた隙に背後から襲い掛かる。


「甘いぜ!」


レイナに襲い掛かる刺客をテオが素早い動きで横から蹴り飛ばす。


「ありがとうテオ」


「へへっ、姉ちゃんの魔法凄いな。もう相手は半分くらい減ったぞ」


テオが余裕を見せながら残りの刺客を数えていると突然門が吹き飛んだ、大きな音のした方を見るとゴーレムとオートマタが入ってきた。


「あれは、まずいですね。テオ、獅子の鬣の人を何人か連れて足止め出来ますか?ゴーレムは私の魔法では倒せません」


「わかった姉ちゃん」


テオが直ぐに返事をし、馬車の周りを守る獅子の鬣のメンバーに声をかけて門から入ってくるゴーレムに向かう。


レイナは尚も杖を振るい刺客を倒すが刺客もゴーレムが来た事でゴーレムの陰や建物の陰に身を隠し雷から逃れる、ゴーレムにも雷は直撃するが神経の無い石で出来た体を持つゴーレムには表面を少し焦がす程度で効果がない。


修行で身体強化を使いこなせるようになり、実力の上がった獅子の鬣のメンバーにオートマタを任せ、テオは素早い動きで一人ゴーレムを攪乱するがテオの打撃ではダメージを与える事が出来ずにいる。


硬く重いゴーレムと軽く速いテオ、どちらも相性が噛み合わず決定打が無く拮抗する、獣人の魔力は元々少ないが身体強化を効率よく使えるのに加え籠手や具足の補助で魔力にはまだ余裕がある、なんとかゴーレムの足止めを続けるテオ。


その間にオートマタを倒した他のメンバーもテオの加勢に来るがやはり倒しきる事が出来ずにいる。


だが他のメンバーが加勢に来てくれた事で余裕の出来たテオは声をかける。


「おっちゃん達、少しゴーレムの相手を頼む」


お兄さんだという反論を聞き流し、テオは魔力操作とリズから教わり修行で覚えたスキル、部位強化を使い右腕を魔力で強化する。


そして周りを囲む獅子の鬣のメンバーを鬱陶しそうに腕を振り回し薙ぎ払おうとするゴーレムの背後から足元に飛び込む。


テオがトーマにせがみ、子供達と共に修行の休憩時にトーマの戦闘の話を聞いていたのでゴーレムの弱点も知っている、テオはゴーレムの右膝を強化した右拳で裏から思いきり殴り付けた。


膝が砕け右膝の魔石が無くなり片足立ちになるゴーレム、他の刺客もレイナや他のメンバーに倒され残りは十人もいなくなっていた。


それでも腕を振り回すゴーレムと襲い掛かる刺客達、テオはもう一度右手に魔力を集めゴーレムの左膝を打ち抜く。


完全にその場から動けなくなるゴーレム、テオは離れては右手に魔力を込めゴーレムの右肘、左肘の魔石を砕き、そして胸と額の魔石を砕いて遂にゴーレムを倒す。


他の刺客もゴーレムが劣勢になると捨て身で襲いかかって来たがレイナの雷に撃たれ獅子の鬣のメンバーに斬り伏せられていた。


静まり返るハンプニー家の庭、立っている者達の荒い息だけが響く。


「終わった?」


誰かがそう呟いた途端に庭が歓声に包まれる。


「やった」「凌いだぞ」「俺達たった数日で強くなってる」


口々に叫ぶ獅子の鬣のメンバー、そして馬車のドアが開く。


「終わったんです…か?」


少し青ざめた顔で馬車の中からエレミーがレイナに声をかける。


いつも落ち着いていて何事にも動じないように見えたエレミーだがやはり自分が狙われるのは怖かったのだろう、広く手入れがなされ綺麗だったハンプニー家の庭は戦闘とレイナの雷で芝生が抉られ壁は崩れ落ち刺客の死体が何十とある。


隣に座るセオの手をぎゅっと握り震えながら辺りを見回すエレミーにレイナは笑顔で声をかける。


「もう大丈夫だと思います、それに派手な音で周りの屋敷からも人が集まってきました、流石に今日は来ないでしょう、ですが出来ればトーマさんが戻って来るまではもう少し馬車にいてもらえますか?」


レイナの言葉に頷く、そしてレイナは喜ぶ獅子の鬣のメンバーに声をかけもう一度馬車の周りを守らせる。


「これは派手にやったね」


荒れた庭や所々焦げた屋敷を見ながらエーヴェンが歩いてきた。


「相手の数が思ったより多かったのとゴーレムも出たので周りを気にかける余裕がありませんでした」


頭を下げるレイナにエーヴェンは慌てて手を振るう。


「いやいや、親父にも庭や屋敷に被害が出る事は伝えているから気にしないでいいよ、それよりゴーレムが出たのか、トーマ君が倒したのかい?刺客は親父達も狙ってたみたいで中にも来たから外に出れなかったんだ」


キョロキョロと庭を見回すエーヴェンにテオが近寄ってきた。


「エーヴェンの兄ちゃん、ゴーレムは俺が倒したんだぜ」


得意気な顔で胸を張るテオに獅子の鬣のメンバーから声がかかる。


「おいおい、俺らも加勢しただろうが」「確かに倒したのはテオだけど私達の頑張りも忘れてもらったら困るわね」「エーヴェンさん!修行の成果が凄いんです、体が思うように動かせてオートマタを一人で倒したんですよ」


怪我も忘れて興奮気味に話すメンバーに苦笑いで対応するエーヴェン。


「わかったわかった、少し落ち着いて。それにしてもテオ君とお前達がゴーレムを倒したのか、それに一人でオートマタを」


メンバーの話を聞きもう一度庭を見回すエーヴェン、確かにゴーレムやオートマタの残骸がある。


「今回これだけの事をしたんだ、これを凌いだのは大きいぞ、お前ら有り難う」


庭にいるメンバーに礼を言うエーヴェンに獅子の鬣のメンバーは笑顔で答える。


「もう終わったんですか?」


そこに息を切らせてトーマとリズが帰ってきた。


「あぁ、相手はゴーレムまで使ってきたけど何とか凌いだよ」


それからトーマとエーヴェンは話をし、貧民街に何人かのメンバーを向かわせ、トーマが戻った事で感知スキルが使えるということで漸くエレミー達も屋敷に戻る。


集まっていた野次馬にはダスティンが出て説明をし長い夜が終わった。


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