第62話 ジーヴルに向けて
翌朝、門の外には三台の馬車が止まっていた。
エーヴェン達が乗る普通の馬車、それとハンプニー家の家紋なのだろう、獅子が大きく描かれた箱馬車、そして俺達の馬車だ。夫人達の乗る馬車、あれは箱って言うより部屋だな、部屋馬車だ、俺が公爵家の馬車の豪華さに呆れているとリズが話し掛けてきた。
「公爵家の馬車は凄いね、スリップニルを三頭も繋ぐ馬車なんて初めて見たよ。うちのニィルも立派だけど向こうの馬も綺麗だね」
ニィルとは俺達の馬車を引く馬の名前でリズがつけた名前だ、ニールじゃなくてニィルなのがポイントだそうだ、森人が名前をつける時の特徴をスゥニィから聞いて真似したらしい、森人に憧れるリズらしいな、俺もトォマにしようかな。
「やぁ、そろそろ出発だけど大丈夫かな?俺達が前、母と妹の乗る馬車が真ん中、トーマ君達が後ろでいいよね?」
トォマ、いやトゥマがいいかな?なんて考えているとエーヴェンが隊列の確認にきた、この隊列は昨日エーヴェンと話し合って決めた事なので大丈夫ですと頷く、森と違い街道だと馬車は速度を上げる事が出来るので前に逃げる事が出来る、なので殿が大事だと言う事で俺達が後ろになった、ただ嗅覚持ちのテオはエーヴェン達と行動する事になっている、テオに朝確認すると二つ返事でOKしていた、昨日エーヴェンがテオをお菓子で餌付けしていたのもこの為かと思う程だ。
前の馬車にエーヴェン達が乗り込み、部屋馬車に夫人と公女、クリスが乗り込む、エーヴェン達の周りは四人、夫人達の周りは八人の獅子の鬣のお供がいる、そして俺達も馬車に乗り込む、御者はリズだ、セオも嗅覚があるので俺は魔物の少ない日中に仮眠を取る、歩きの護衛に合わせてのんびりと進む馬車に揺られながら俺は漸く眠れると目を閉じた。
いい匂いがする、近くで誰かが料理をしている、一人誰かが近づいてくるなと思いながら目を覚ます。
「あれ、トーマ起きたの?テオがいないから私が起こそうと思ったのに」
そろそろ夕飯なのでリズが起こしに来てくれたようだ、森人の里で魔素を取り込んだのがよかったのか寝ている間も近い距離の事が何となくわかるような気がする。
「あぁ、有り難う。そろそろ夕飯だよね、今日は唐揚げかな」
「そうなの、レイナとセオの料理が評判になってね、大量に作れる物をって事でメインは唐揚げだよ」
二十人以上の料理を作るのか、どうやら今日だけのようだがこれは一仕事だな。
獅子の鬣のメンバーが日中襲ってきた魔物の肉を夕食の為に大量に剥ぎ取っていたらしい、オークやテーレボア、フラムディアなどだ。
レイナとセオが頑張った甲斐もあり、夕食はさながら宴会の様だ、俺達は獅子の鬣のメンバーと合流して公爵家の馬車の側で食べる、夫人達は馬車の中で食べるようだ。
「よう、トーマ、お前凄いんだってな。リックやリーダーがやたら褒めてたぜ」「この子、こんな顔でリーダーより強いって本当なの?」「試してみろよ」「お前がやれよ」「冒険者辞めてこの子に養ってもらおうかしら」
口々に獅子の鬣のメンバーが騒ぐ、テオはリックと楽しんでるしレイナとセオは余程気に入られたのか公女に呼ばれて馬車の中だ、冒険者達に囲まれて大勢で騒いでいるとラザの町を思い出すな。
「どうしたの?」
俺がラザの事を思い出しているとリズが飲み物を持ってきてくれたので少し皆から離れて二人で座る。
「なんだか大勢で食事をしているとラザの町での送別会を思い出してね、皆元気にしてるかなって」
「ふふ、そうだね。テオとセオも紹介したいし早く町に寄りたいね」
俺達の次の予定は公爵をジーヴルまで送ってそれからヒズールに行くつもりだがその途中でラザに寄ろうと思っている、ヒズールまでの通り道なのでスゥニィがギルド長を辞める事を伝える為だ、一応ポルダのギルドを通じて連絡は送っているし、スゥニィも長く里に滞在する事は言っていたようなのですぐに問題は起きないと思うがギルド長を辞めるなんて大事は直接言った方がいいだろうと思ってだ。
「たった一ヶ月なのにもう懐かしく感じるね、タインさんとセラさんは上手くやってるかな」
リズも思い出したのか星を見上げながら懐かしそうに話す、タインさんとセラさんは食事に行く約束をしてたな、上手くいってるといいけど。
「結婚してたりしてね」
結婚、結婚かぁ。俺もスゥニィに言われたんだよな、それと、リズとレイナともキスしたしなぁ。
「どうしたの?口に何かついてる?」
どうやらリズの唇に見とれていたようだ。
「なっ、なんでもないよ。早くラザに行きたいね、それとヒズールも楽しみだよ」
妄想を辞めて慌ててリズに取り繕う、その後は暫くヒズールの話をしたが鑑定の事をリズに相談しようと思っていた事を思い出し、リズと手を繋ぐ、魔力会話をする為だ、決して妄想の続きとかそういう事では無いが少し気恥ずかしいな、でも離れて魔力会話が出来るのは俺だけだししょうがないよな、うん。
『あのさ、鑑定の事なんだけどエーヴェンさんに言うのはまずいかな?暗殺者の名前とかスキルを教えようか迷ってるんだ』
リズは俺の手を握り返す、柔らかい手からリズの魔力が流れ込んでくる。
『私は辞めた方がいいと思うな、鑑定はとても珍しくて、それこそ一つの国に十人もいないからさ、貴族は鑑定の使い道が多いからこぞって欲しがるみたいだしバレたら大変な事になると思うよ、それと魔眼の事もね、魔眼なんて国に一人いるかどうかだよ、トーマのは更に凄い真眼だし知られたら異邦人って疑われるかもね』
最初に会った時もリズは魔眼と聞いて凄く驚いていたな、俺はリズの忠告通り内緒にする事を伝えた、その頃には獅子の鬣も夜番を残して戻っていて、レイナとセオも戻って来たので三人には休んでもらうことにした、リズは御者、レイナとセオは料理も頑張ってたしな。
街道の側、三台並ぶ馬車の真ん中にある公爵家の馬車を囲む様に三組の焚き火がある、獅子の鬣は四人の夜番を二組にわけて残すようだ。
俺が火を燃やしているとエーヴェンが近付いてきて隣に座る。
「エーヴェンさんも夜番ですか?」
「あぁ、今まではメンバーが多いから夜番はやる必要がないって事でやったこと無かったけどね、クリスも何も言わなくなったから今は割りと雑用もするようになったよ、漸く俺も冒険者らしくなってきたかな」
そう言って楽しそうにエーヴェンは話を続ける、エーヴェンは本当に冒険者になりたかったんだな。
「有り難う、クリスが変わったのは君らのおかげだ。嫌々冒険者になり、冒険者を下に見ていたクリスだけど君らと会って何か思うところがあるようだ」
確かにクリスは宿で襲われてからずっと元気がなかった。
「クリスは小さい頃から公爵家に仕えて価値観が偏っていたんだ、ずっと公爵家に仕えるならそれでもいいけど今は冒険者だからね、二年以上冒険者をしても変わらなかったクリスだけど君達との出会いが余程衝撃的だったようだよ、クリスもこの依頼で少しは変わるはずだ」
まぁクリスは襲われても何も出来ず、公女の話にも相当凹んでいたしな、俺の中では敵だけど許すべきなのかな。
俺が少し悩んでいるのがわかったのだろう、エーヴェンが優しく笑いかけてくる。
「トーマ君はクリスの事が許せないかい?」
「そう、ですね。正直に言うとエレミーさんにも腹は立ったんですが話してみて悪気が無いのはわかったので今は何とも思っていません、ただクリスさんはセオの事を耳欠けと言ったので」
それから俺はリストルの町でテオとセオが子供達を守った時の事を詳しく伝え、セオが耳の傷に誇りを持っている事を話す。
「そうか、あの傷はその時に…。兎の前足が仲間同士を凄く大事にしてるのはわかるしトーマ君の気持ちもわかった、ただこれからクリスも変わるだろうし許すか許さないかはその後で決めて欲しい、俺もクリスは小さい頃から知っているから弟の様に思ってるんだ」
あぁ〜、弟か、それを言われるとな。俺はテオの顔を思い浮かべる。
(兄ちゃんスッゲェな)
いつも凄い、格好いいと言って慕ってくれるテオ、クリスもエーヴェンや夫人、公女の事をかなり慕ってるようだしエーヴェンも俺がテオに感じる気持ちと似たような気持ちなのかも。
「わかりました、仲良く出来るかはわからないけどもう少し様子を見てみます」
それを聞いてエーヴェンが有り難うと頭を下げる、この人は本当に公爵か?俺は自分の心の狭さが少し恥ずかしくなった、ラザの町でスゥニィに言われたリズとレイナに対する依存や独占、俺はテオとセオにもその気持ちがあるんだろうな、セオ本人は公女とお茶を楽しむくらいだからあまり気にして無いのかもしれない、俺ももう少しテオとセオを信用しないとな。
その後はエーヴェンがリストルの悪夢の話を聞きたがったので話せる範囲で話を聞かせた。
ジーヴルまでは人の足に合わせているので三週間の日程だ、その半分を魔物の襲撃以外は問題なく進む。
「ジーヴルにはあと十日程で着くんですよね?」
初日に俺が一人で夜番をすると知って、獅子の鬣からメンバーを一人増やしてエーヴェンは毎晩俺と一緒に夜番をしている。
「そうだね、ここまで何も仕掛けて来ないけど相手は多分公…、っとすまない、君達は何も聞かないんだったね」
毎晩話をしているとエーヴェンも自分の事を話す、今回の事も話そうとしたのだが俺は深入りするつもりは無いと断った。
エーヴェンは好い人だし問題が片付くまで力になりたいが俺はそれよりも皆が大事だ、好奇心は猫を殺すってイギリスの諺にもあるしリズの忠告通り興味本意で無理はしない、何も聞かず同行するのもジーヴルまでだ。
「でも確かにおかしいですね、夜とは言え村の中での宿への襲撃、それに毒で保険もかけてたし仲間を殺すほどに徹底した相手がこれほど静かだとなんだか不気味ですね」
俺の言葉にエーヴェンは多分だけど、と前置きして話す。
「向こうは大掛かりな襲撃一回で片をつけようとしてるんじゃないかな、それと旅の終盤で疲れも溜まり、もう少しでジーヴルだって所で油断するのを待っているのかもしれない」
エーヴェンの話は確かに考えられる、獅子の鬣のメンバー、特に歩きでのメンバーはそろそろ疲れも出てるし、全く襲って来ない内に目的地が見えたら諦めたのかもって気が抜けるかもしれない。
「でもそう思ってもいつ来るかはわからないから毎晩油断は出来ないけどね、正直に言うと今いるメンバーでは俺以外だとクリスが一番強い、そのクリスもあの調子だからトーマ君達に期待させてもらってるよ」
クリスは宿での襲撃以来ずっと元気がないし馬車からもあまり出ない、獅子の鬣のメンバーも全員魔力強度が三十五前後だ、宿に襲ってきた刺客と同じくらいの相手だと少し厳しい、俺とエーヴェンはもう一度襲われた時の対処を確認し、出来る事と出来ない事の確認を話し合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます