第61話 レイナ…ちゃん?
部屋に戻るとテオとセオも起きていた、四人は俺の後について部屋に入って来た公女とクリスを見て微妙な顔をするが直ぐにリズが話し掛けてくる。
「どうだった?」
「襲ってきたのは五人で、撃退はしたけど一人逃げられた。ソイツはまだ生きていた自分の仲間を殺したからちょっとびっくりして逃がしてしまったよ」
それで?と公女とクリスに目を向けるリズ。俺はエーヴェン達が宿の人に話をしに行ってる間、二人を部屋に連れていってくれと頼まれた事を伝えた。
部屋の中にはベッドが四つ、歓談用のソファとテーブル、食事用の椅子とテーブルがあるので公女とクリスにはソファを勧め、俺達は食事用のテーブルに座る。
「トーマさん、皆さんもこちらで一緒に話をしませんか?」
ソファに座った公女に呼び掛けられる、同じ部屋にいるので無下に断る事を出来ないよな、仕方なく皆でソファに移動する。
レイナが入れてくれたお茶を飲みながら公女が口を開く。
「レイナさんの入れるお茶は凄く美味しいわね、料理の腕も凄いとリックが言っていました、兎の前足は何でも出来るんですね」
レイナは公女の言葉に謙遜しながら有り難うございますと返す、そしてリズとレイナが公女の話し相手をする、二人は村長の娘だしある程度の貴族との付き合い方もわかるだろう、失礼にならない程度には話し相手が出来るようだ。
俺達の方は気まずい雰囲気だ、いつも元気なテオも公女の前だと何となく空気が読めるのか普段よりも大人しい。
リックの言う貴族との食事は肩が凝るし疲れるっていう気持ちがわかるな。
俺が無言でお茶を飲んでいるとずっと俯いていたクリスが顔を上げて口を開いた。
「貴方達は何なんですか?」
また漠然とした質問だな、俺は戸惑いながらクリスに聞き返す。
「えっと、何、とは?」
「その若さで実力もある、少しは教養もあるようだし、獣人の子供が僕よりも強い。冒険者はリックの様に粗暴で考えなしで酒と女が好きな人種の集まりのはずだ、僕が見てきたのはそうだった」
あぁ、俺も冒険者ってそんなイメージだったなとクリスの言葉にうんうんと頷く。
「冒険者は下に強く上には弱い、わかりやすい人達だ。なのに貴方達はそんな冒険者と全然違う、お嬢様の頼みを断るし、エーヴェンさんに平気で指示を出すし奥様にも気後れしていない、普通は公爵の方の頼みを断るなんてありえない」
ありえないって事はないだろう、ありえないのか?リズは公女と話をしているので聞けないな。俺はクリスの言葉に苦笑いをしながら返事を返す。
「俺達は貴族の人と会うのは初めてなのでそれでですかね、それにエーヴェンさんは話しやすいし」
「会うのが初めてでも普通は萎縮するのが当たり前だ!平民は貴族の事をおそれ敬い、貴族は誇りを持って平民を治める、それが正しい在り方だ!」
俺の言葉に納得出来ないのかクリスの声が段々と大きくなり部屋に響く。
静まり返った部屋に公女の落ち着いた声が響く。
「クリス、貴方の考えは私もおかしくないと思うけどトーマさん達とは違うみたいよ、それに公爵家に生まれたのに冒険者をするような変な人もいるんだからトーマさん達の様な人がいても不思議じゃないと思うけど?」
公女は話している内にクスクスと笑い楽しそうに喋る、公女にとって実の兄もそうだが俺達も変な人って事か?
しかし、と言うクリスに公女は更に言葉を続ける。
「それと、リズさんやレイナさんとの会話は新鮮で楽しいわ。クリスは知ってたからしら、兎の足は幸せを運ぶって言われてるらしいわよ、だからトーマさん達は冒険者なのに兎の前足なんて可愛い名前をつけてるのよ」
公女はリズとレイナと仲良くなったようで会話が弾んでいるのだろう、嬉しそうにクリスに話す。セオが欲しいって言われた時は驚かされたがそれは考え方の違いで年相応な所もあるんだな。
「お嬢様…」
そんな公女にクリスは何も言えなくなったようだ、押し黙ってしまった。
その後公女は項垂れるクリスに気付かずリズ達と楽しそうに会話を始めた、俺は意気消沈のクリスを前にして楽しそうに話す訳にもいかず、空間把握に集中していると部屋に三つの反応が近付いてくるのを感知する、二つはエーヴェンと夫人だ、これで微妙な雰囲気から開放されるとエーヴェン達を待つ。
「やぁ、トーマ君待たせたね、妹とクリスを見てくれて有り難う。俺達は食事の途中だったからルームサービスを呼んだんだけどここで食べさせてもらってもいいかな?トーマ君達も食べるかい」
もう一つの反応は宿のルームサービスだった、俺達はさっき食べたのだがテオが物欲しそうな顔をするので一応皆に確認をし、女性陣はいらないと言うので俺とテオが一緒に食べる事になった、テオ一人をエーヴェン達と座らせる訳にもいかないしな。
六人掛けの食卓に俺とテオ、エーヴェンと夫人と公女が座る、クリスは食欲が無いらしく遠慮するようだ。
宿の人がルームサービスを皿に盛り付けて行く間、テオがずっと鼻をヒクヒクさせている、行儀が悪いかなと思ったがエーヴェン達は気にしてないようなので別にいいか。
料理の盛り付けが終わり、じゃあ戴こうかとエーヴェンが言ったすぐ後にずっと鼻をヒクヒクさせていたテオが首を傾げる。
「なぁ兄ちゃん、この料理さっき食べたのと一緒だよな?なんかスープだけ匂いが違う気がするんだ、鼻にツンと来る匂いがするよ」
「エレミーさん待って!」
テオの話を聞いてリズが大声で叫ぶ、スープを飲もうとしていた公女はその声に手を止める。
エーヴェンが直ぐに盛り付けてくれた宿の人を問いただす、食事は俺達が食べたのとメニューは一緒で、スープは温め直した物を出したようだ。
宿の人に鑑定をしても怪しい所は無いし嘘をついているとも思えない、暗殺者が宿に浸入した時に屋根裏から襲ってきた暗殺者は少し来るのが他の四人より遅かった、確かスキルに毒物があったはずだから部屋に来る前に厨房に寄ったのかもしれない。
エーヴェンに暗殺者の名前とスキルを伝えるか迷ったが、リズによると鑑定のスキルは相当に珍しいらしいので後で一度リズに相談をする事にした。
「エレミーさん料理はそのままで、エーヴェンさんテオは嗅覚のスキルを持っています、確認は出来ませんがこの料理を食べるのはやめた方がいいですね」
リズの言葉にエーヴェンが頷く。
「わかっている、君達には何度も助けられてるしね。正直君達がいなければ里まで辿り着けなかったかもしれないし、さっきの襲撃も予想外だった、今俺達が無事なのは君達のおかげだ、だから君達は思った通りに行動してくれ」
エーヴェンの言葉を聞いて側に来ていたクリスが何か言おうとするが直ぐに項垂れてしまった。
「母さん、エレミー、悪いけど今日の夕飯は無しだ。一食くらい抜いても大丈夫だろう?」
空間把握にはあれから怪しい反応は無いが何があるのかわからないので安全のためには仕方ないよな、隣でテオが残念そうな顔をしている…テオはなんだかリックと似ているな。
「ええ、一食くらいなら構わないわよ」
夫人もエーヴェンの考えに賛同したがそこで公女が口を挟んだ。
「ねぇ、宿の料理が危ないならレイナちゃんに作って貰えばいいんじゃないかしら?私、リックの話を聞いてからずっとレイナちゃんの料理が食べたかったの」
いつの間にかレイナをちゃん付けで呼ぶようになっていた公女の言葉を聞いて、夫人がそれは良い考えねと手を叩く。
「ちょっと二人とも、レイナさんも里から帰ってきたばかりで疲れているんだから」
エーヴェンは二人に呆れた様な顔をする、だが二人は何で駄目なのという顔だ。
「簡単な物ならいいですよ、セオも手伝ってくれるなら直ぐに出来るので、セオ大丈夫?」
レイナがエーヴェン達のやり取りを見て少しくらいならと言い、セオに確認を取る。
レイナは公女と仲良くなったようだしセオも大丈夫なようだ、それなら仕方ないかと俺からもエーヴェンに声をかける。
「エーヴェンさん、二人もこう言ってるし俺が二人について行きますよ、セオも嗅覚のスキルを持っているので大丈夫です」
エーヴェンは俺の言葉を聞いて、それならお願い出来るかなと苦笑いをしながら言い、軽く頭を下げた。
クリスの貴族観を聞いた後だとエーヴェンは冒険者の気持ちを考えたり直ぐに頭を下げたりと確かに変な人に見えるのかもなと思えた。
俺とレイナとセオは素材の入った自分達の荷物を持ち、宿の人に案内をされて厨房に向かう。
まず、厨房でセオが嗅覚を使い毒が残ってないか確認をする、鍋に残っていたスープからは少し刺激臭がするとの事でそれは廃棄したが他は問題ないようだ、ちなみに料理が好きなセオは余程真剣なのか、森で魔物を探す時より鼻をヒクヒクさせていたのが可愛かった。
厨房も調べ終わったのでレイナとセオが料理をする、俺は空間把握に集中しながら毒味と言って味見ををする、さっきの戦闘で腹も減ったしな。
レイナの言う通り直ぐに料理が出来たので宿の人からワゴンを借り二階に運ぶ、この世界にエレベーターは無いので階段の側にあるスロープをワゴンを押して二階に上がる。
部屋に入るとリズが夫人と公女に挟まれ質問攻め、テオはエーヴェンにお菓子で餌付けをされクリスはまだ項垂れたままだった。
部屋に入ってきた俺達にリズは助かったという顔をしながら配膳を手伝ってくれる、料理は簡単にワイバーンのステーキとサラダ、パンと根菜のスープ、油が直ぐに使えたのでオークの唐揚げだ。
配膳が終わったので今度こそ食事を始める、公女はステーキが、夫人は唐揚げが気に入ったようだ。
「この丸い料理は珍しいですわね、一口サイズで食べやすくてとても美味しいわ。外はカリッとしているのに中の肉は柔らかくて、これはパン粉を使っているんですの?」
「この肉も素材の味を充分に生かす様に香辛料だけで味を整えているのね、ソースの無いお肉は初めてだけどレイナさんの料理は面白いわ」
レイナが夫人と公女の間に立ち料理の説明をしている、男組はただただ美味しいと料理を味わう。
ステーキと唐揚げだから女性には少し重いかなと思ったが残さず食べ、味にも満足したようだ。
「レイナちゃんもセオちゃんも本当に料理が上手ね、セオちゃんが本当に欲しくなるわ」
公女がまたセオが欲しいと言う、だがこれは公女なりの誉め言葉なんだろうな、話してみるとあの時も本当に悪気が無かったのがわかる。
「エレミー、その話は断られただろ。トーマ君すまんね、ジーヴルでは獣人は殆ど買われた人しかいないからそういう認識なんだ」
エーヴェンの話では獣人界から一番遠いジーヴルには獣人は殆ど奴隷しかいないようだ、ロトーネでは半々、ステルビアでは普通に働く獣人が多いようだ、リストルの職員にも獣人がいたしな。
俺はエーヴェンに気にしてないと言い、食事も終わったのでこれからどうするかを話す。
「エーヴェンさん、これからどうしましょうか?今日は安全を考えてこの部屋で皆休みますか?ベッドも四つあるし、ソファもあるので何とか寝れると思いますよ」
守るなら固まっていた方がいいのでエーヴェンに同じ部屋に泊まる事を提案する、俺はどうせ朝まで寝ないので夫人と公女に一つずつ、リズとレイナとセオで一つ、エーヴェンとクリスに一つでテオにはソファで寝てもらった方がいいだろう。
「そうか、疲れているトーマ君には悪いけど感知スキルを持っているのはトーマ君しかいないからお願い出来るかな、それと、俺も今日は寝ないで付き合うよ」
「エーヴェンさん!警戒なら僕がやりますからエーヴェンさんは眠って下さい!」
ずっと元気の無かったクリスだが流石にエーヴェンにそんな事はさせられないと声を荒げる、森でも確かにクリスとリックが交代で夜番をしていたな。
「クリス、俺は冒険者だ、仲間が多い時や里に向かう時は母さん達に合わせたが今はそんな余裕は無いはずだと理解してくれ、外はリック達に任せたけど人の出入りを完全に防ぐ事は出来ない、もし誰か人が部屋を訪れたら対応するのはトーマ君より俺が適任だ。それにお前は少し元気が無い、体調が悪いんだろう?後は俺に任せてゆっくり休め」
エーヴェンの言葉に絶対に譲らないという剣幕のクリスだが夫人が横から口を挟む。
「クリス、貴方はエーヴェンを甘やかし過ぎですよ。エーヴェンは自分で冒険者を選んだんだから好きなようにやらせなさい、貴方は体調が悪いんだからしっかり休養して明日に備えるべきです、これは命令ですよ」
夫人の声は穏やかだが有無を言わせない雰囲気がある、流石は公爵家を支える人なのかな?貴族というだけはあるな。
クリスは夫人に命令と言われ少し躊躇したが、横になるだけですから何かあれば直ぐに声をかけて下さいと言ってベッドに横になった。
他の皆も眠りにつき、俺はエーヴェンと珈琲を飲みながら話をする。
スゥニィとの出会いやロビンズ達との揉め事、リストルの悪夢等を詳しく聞かれたので話せる範囲だったがそれでも楽しそうに聞いてくれた。
そして今度は俺が気になっていた事を聞く。
「エーヴェンさんは何で冒険者になったんですか?自分は貴族の事はよくわからないけど、それでもエーヴェンさんの様な人はかなり珍しいってのはここ最近でわかりました」
エーヴェンは俺の言葉に頭を掻く。
「俺は昔から体を動かすのが好きだったんだ、貴族は幼い頃から武術と座学を教えられるんだけどね、勉強は苦手で体を動かすのが性にあってた、三男で責任も少なかったし一番上の兄が立派に跡継ぎと認められたのを機に親父に頼んだんだ」
エーヴェンは照れ臭そうに話ながら珈琲を飲み、クリスのいるベッドに目を向けて眠っているのを確認してから話を続ける。
「クリスはね、妹が産まれて直ぐに家に来たんだ。クリスの家は伯爵で、クリスも三男だから家の事をするよりはって事で親交のあるハンプニー家の付き人としてね」
貴族の序列は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵で俺の持つ知識と一緒のようだ。
「クリス本人も公爵家に仕える事が出来るって事を誇りに思ってたようだ、妹は絶対に守るって張り切ってたよ。だけど俺が冒険者になった時にうちの親父が条件としてクリスを連れていく事を命令した、だからクリスは好きで冒険者になった訳じゃないんだ」
クリスは嫌々冒険者になったのか、だからさっきの公爵に逆らう事はありえないって台詞が出たのかもな。
「トーマ君達とは考えが合わなくて嫌な思いをさせるけどもう少し我慢して欲しい」
エーヴェンの話を聞くとクリスがあんな態度なのも少しは理解出来た、俺がリズ達を大事に思うのと同じようにクリスも公爵が大事なのかもな、セオへの暴言は許すつもりは無いけど今は大人しくなったしジーヴルまでだしな。
暗殺者達は毒まで仕掛けてくる相手だ、他にも何かあると思ったがその後は朝まで問題なく時間が過ぎた。
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