第63話 小さな大攻勢
ポルダ村を出て二十日、ジーヴルまでは後二日程の距離で野営をする、少し遠くに見える森からたまに魔物が襲ってくるがまだ刺客の襲撃は無い。
「今日も来ませんかね?」
俺は焚き火を挟んで座るエーヴェンに問い掛ける。
「このまますんなり帰れるとは思わないからそろそろ来てもおかしくないはずだけどね、まさか諦めたのかな」
獅子の鬣のメンバーはもう大丈夫なんじゃないかと思い始めているしエーヴェンも、もしかしたらと思っているようだ。
「今日も来ないようなら明日は少し無理して進もうか、そうすれば夜には辿り着けると思う」
少し無理をしてジーヴルに辿り着き、壁の側で野営をしようとエーヴェンが言う、その方が守りやすいし門番にハンプニー家だと知らせておけば襲われても門番が直ぐに気付いて応援を呼んでくれるだろうという考えだ。
「確かに、壁の側なら襲ってくる方向も限られるし守りやすいですね」
俺とエーヴェンが話をしていると前の馬車からリックとテオが歩いてきた。
「テオどうしたんだ、眠れないのか?」
テオが目を擦りながら口を開く。
「なんかね、変な音が聞こえるんだ。それが段々近付いて来るから気になってさ」
音?俺達には何も聞こえない、エーヴェンとリックに確認をしても首を横に振るだけだ、夢でも見てそのまま寝惚けてるのかなと思った時にエーヴェンが呟く。
「まさか…、テオ君その音はどこから聞こえる?」
「周りから聞こえるよ、特に森の方が音が大きいかな」
テオが森の方を指差す、それを見てエーヴェンが俺達に指示を出す。
「リック!皆を起こして来るんだ、トーマ君もリズさん達を起こしてきてくれ」
よくわからないがエーヴェンがかなり切羽詰まった表情で言うので直ぐに頷いて馬車に向かう。
「リズ!レイナ!セオ!起きてくれ」
俺の声から何かあったと思ったのか三人は直ぐに飛び起き馬車を降りる、俺は取り合えず三人をエーヴェンの所に連れていく、焚き火の所に行くまでセオが辺りをキョロキョロしていた。
「エーヴェンさん、連れてきました」
リック達に辺りを警戒するように指示を出しているエーヴェンに声を掛ける。
「トーマ君、感知スキルに何か異変は?」
俺がエーヴェンの問いに首を横に振るとエーヴェンはセオに確認を取る。
「セオちゃん、何か聞こえる?」
セオは辺りを見回しながら答える。
「えっと、何か音が聞こえます、笛のような」
獣人は五感が鋭い、テオとセオも嗅覚ほどでは無いが聴覚も俺達よりは鋭いので俺達には聞こえない何かが聞こえてるみたいだ。
「トーマ君、刺客は魔寄せの笛で魔物を呼び込んで俺達を襲わせるつもりだと思う」
魔寄せの笛、ロビンズ達がラザの森でオークやキュクロプスを呼び寄せたあれか。
「エーヴェンさん、テオとセオは周りから聞こえるって言っています、なら相手は四方から?」
「そうだね、テオ君とセオちゃんが二人とも周りから聞こえるって言ってるんだ、逃げ道を無くす為に一度大きく四方に別れて魔物を呼び寄せながら距離を縮めてると思う」
俺達が話をしていると騒ぎを聞き付けてクリスが馬車から出てきた。
「エーヴェンさん刺客ですか」
「そうだ、クリスは母さんとエレミー起こしてそのまま二人の側についていてくれ、四方を囲まれているからそのまま迎え撃つ、二人を頼むぞ」
エーヴェンの言葉にクリスが頷き馬車に戻る、そして空間把握に反応が出た、エーヴェンの言うように四方から同時に距離を縮めながら近付いてくる。
「エーヴェンさん反応が出ました、エーヴェンさんが言った通り四方からです、森の方が反応が多く北が一番少ないです」
反応は全部で三十人程、森がある東側が十人、南が八人で西が七人、ジーヴルのある北が四人だ。それがゆっくりと同じ速度で円を縮めてくる、そしてその後ろから続々と魔物の反応が現れ始めた。
「トーマ、黒ずくめの集団とその後ろから大量の魔物だよ、お互い戦闘しながら近付いてくる」
リズが遠目で状況を教えてくれる、空間把握にも動きの早い魔物が人間の反応に追い付いては倒されていくのがわかる、そのまま魔物を俺達にぶつけて乱戦する気のようだ。
「レイナ、森の方が魔物が多いからそこを魔法で一気に片付けてそれから馬車を守ってくれ。エーヴェンさん乱戦の中で夫人達を狙ってくるかもしれません、レイナとセオを馬車につけましょう」
「よし、俺は北をトーマ君は南でリズさんは西を、リックはレイナさんが魔物を減らした東を頼む」
エーヴェンにはレイナがリストルで魔物を千匹倒した話はしてあるし、俺達の実力も知っているので襲われた時は俺達が危ない所を受け持つと話してある。エーヴェンもそのように指示を出してくれる、刺客はこれほどの規模で来るんだ、次は無いだろうし最初から全力だ。
俺達はお互いに顔を見合わせ確認をしてからエーヴェンの指示に従い四方に散らばる、獅子の鬣のメンバーは俺達の更に内側で俺達の取りこぼしを対処してもらう。
相手との距離が夜でも視認出来る所まで近づいて来ている。
森の方向以外に感じる反応は百程度だが森の方の反応は三百はある、相手との距離が五十メートルを切った所でレイナの魔力が高まっていく、レイナの詠唱が始まる。
『
『
『
『
『【
レイナの詠唱で集まった魔素が雷を帯び、激しい風になり、そして呪文を合図に魔物の群れに襲いかかる。
突然発現した雷を帯びた激しく荒れ狂う暴風に打ち上げられ、雷に焼かれ風に切り刻まれて魔物の反応が消えて行く、そして人間の反応も。
森の方は全ての魔物をレイナが魔法の範囲に捕らえているのでもう大丈夫だろう、レイナの力が上がったからか、それともタイドゥトレントの杖のおかげか魔法の範囲も風や雷の激しさもリストルでの時よりも上がっているようだ。そのレイナの派手な大規模魔法を見て他の刺客の動きが乱れる、動揺したのか魔物に殺られる者もいる、エーヴェン達もレイナの魔法に固まってしまっているので大声をだす。
「エーヴェンさん、森の方は大丈夫です。リックさんレイナの魔法で全滅したと思いますが一応警戒しながら生き残りがいないか確認を、レイナはセオと一緒に馬車を頼む」
俺の声を受けてエーヴェンとリックが慌てて仲間に声をかけながら動き出す、リズは既に一人で群れに飛び込んでいる。
レイナは魔力を使いきり倒れそうになった前回と違い少しは魔力が残っているが、それでもふらついている。大規模な魔法で一気に魔力を使うのは負担が大きいのだろう。
皆の動きを確認した俺も詠唱を始める。
『
『
『
『
『【
激しく燃える焔を纏い、直ぐに活性化を使い更に呪文を唱える。
『【
そして二十メートル程の距離まで来ていた群れに一息で飛び込む。
ゴブリンやオークなど数が多く何処にでもいる魔物、夜になると活発になるナイトローソン、ジーヴルやロトーネ周辺ではゴブリンより数が多いコボルト、淀みに触れた死体や骨が動き出したグールやスケルトン、ウィルオウィスプ等もいる、グール等は人が多い土地で出やすい魔物だとエーヴェンが言っていた、その時に弱点は火だとも聞いた、なら電光石火で焼き尽くす。
魔物を焼き斬りながら群れの中を縦横無尽に駆け回る、一人…二人…三人、俺の動きを見失った刺客も魔物と一緒に斬り倒して行く。
人を殺す、その罪悪感を薄める為か、殺す相手の顔を見たくないからか、俺は刺客の首を後ろから撥ねる、残酷に見えるがこの方が苦しまないだろうと自分に言い聞かせて斬り捨てる。
四人…五人…六人、斬り捨てる寸前に見た刺客の魔力強度は全員三十程度だ、宿に襲撃に来たのは精鋭だったのかもしれない。
そう考えながら魔物を斬り捨てていると北の方に、宿に来た刺客の中で一人だけ逃げた刺客の魔力を感じる、その側には無機質な五つの魔力がある。
この魔力はなんだ?そう思う間もなくその内の二つの無機質な魔力がエーヴェン達に向かい、刺客と残り三つの無機質な魔力が馬車に向かってくる、エーヴェンと他のメンバーは二つの無機質な魔力に足止めされ、そのまま魔物に囲まれてしまってその場から身動きが出来なくなっている。
もしかして北の方の数を少なくしたのは馬車の逃げ道を北に誘導する為か、それで最初から北に戦力を置いていたのかもしれない、俺達がその場で迎え撃つ事にしたのでその狙いが外れて直接馬車に向かったのだとしたら馬車が危ない、今のレイナは魔力が少ないしセオではまだあの刺客には勝てない。
七人…八人、刺客の首を全員撥ね魔物も残りは二十もいない、馬車が危ないと感じた俺は強い魔物もいないので反転して馬車に向かう。
「向こうの魔物の残りをお願いします、強い魔物はいないはずです」
俺の後ろで待機していた冒険者に声をかけ、残った魔物を任せてそのまま馬車に向かう、リズの方はまだ半分を倒した所だが大きな反応は無いので大丈夫だろう。
レイナとセオは公爵の馬車の側にいる、クリスも出てきているな。
「レイナ、セオ、今から向こうの本命が来る、俺が出るから二人はここで馬車を頼む」
レイナとセオに声をかけて相手を待ち受け鑑定をかける。
オートマタ:魔道具
魔石:中級
スキル:[疑似剣術] [生命吸収] [魔力吸収] [再生]
オートマタ:魔道具
魔石:中級
スキル:[疑似剣術] [生命吸収] [魔力吸収] [再生]
ゴーレム:魔道具
魔石:上級
スキル:[疑似体術] [疑似豪腕] [生命吸収] [魔力吸収] [再生:大]
カース:36
人間:暗殺者
魔力強度:70
スキル:[身体強化] [隠密] [風魔法] [毒物]
やはりあの時の刺客の様だが側にいる二体の剣を持った人形と、石の様な素材で出来たキュクロプス並みの巨大な人形を鑑定すると魔道具と出た、魔道具なら刺客が操っているのか?それなら刺客を倒せば止まるのかもしれない。
そう考え、刺客に狙いをつけて飛び込もうとしたが三体の人形が刺客を守るように邪魔をする。
「オートマタやゴーレムは魔石で動く魔道具です、魔石を破壊しないと魔力が無くなるまで再生し続けますよ」
クリスが近くまで来て人形の事を教えてくれる、俺はその言葉を聞いて真眼で手前のオートマタの魔力の流れを見る。
「そこだ」
手前にいたオートマタの左胸から全身に魔力が流れているのを見つけその中心を細長くした焔で貫く、パキッと音がしてオートマタの反応が消え崩れ落ちる、と左にいたもう一体のオートマタが左側から剣を振り下ろして来たので反射的に左腕の焔で受け止め右腕の焔でオートマタの左胸を貫く、そこに後ろから叩き付ける様にゴーレムの右腕が振り下ろされる、俺はゴーレムの右腕を最小限の動きで避けゴーレムに反撃をしようとするが後ろの胸を貫き倒したと思ったオートマタが剣を薙ぎ払って来たので横に大きく飛び退く。
「オートマタはそれぞれ魔石の位置が違います、そしてゴーレムは六つの」
「危ない!」
オートマタとゴーレムの特徴を教えていたクリス目掛けてゴーレムの後ろにいた刺客から風の刃が飛ぶ、だが俺がクリスに叫ぶと同時にセオが素早い動きでクリスを引き摺り倒す。
ギリギリ避けることが出来た様だ。
「クリスさん有り難うございます、俺はもう大丈夫です。狙われると危ないので少し下がってて下さい」
クリスに礼を言いながらオートマタとゴーレムの魔力の流れを真眼で確りと確認して魔石の位置を把握する、そして足元に魔力を集めて魔力の足場を作り出す、森人の里に向かう途中で襲ってきたオーガと戦った時、オーガの体勢を氷面鏡で邪魔し、それを自分で蹴り砕いた時の事をヒントに思い付き、リズと練習して漸く使える様になった魔法だ。
『
呪文を唱えると両足の裏に魔力が集まる、そして右足を思い切り踏み込む、ただでさえ活性化や電光石火で上がった俺の脚力を魔力の足場がその力を余すこと無く受け止める事で更に速度が上がり身体を一瞬で相手の元に運ぶ。
そしてオートマタの懐に飛び込み真眼で確認したオートマタの魔石を右腕で貫き、更にゴーレムの攻撃を避ける、少し前なら苦戦しただろうが森人の里で大幅に力が上がり、スゥニィが性能を上げてくれたこの籠手と具足のおかげか魔力の流れが凄く安定している。
俺は落ち着いてゴーレムの攻撃を見極め右膝、左膝の魔石を貫く。
両足の魔石を貫かれ動きの鈍ったゴーレムは両腕を滅茶苦茶に振り回す、それも真眼で高まった動体視力で見切り右の肘と左の肘にある魔石を貫く。
四肢の魔石を貫かれ完全に動きが鈍ったゴーレムの前で飛び上がり胸にある魔石を貫く、そこを狙ったかのように刺客から風の刃が飛んでくるがまだ拍車のかかっている左足を何も無い空中で踏み込んで魔力の足場を頼りにもう一段高く飛び上がり風の刃を避けながらゴーレムの額にある最後の魔石を貫いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます