第58話 スゥニィからの餞別

スゥニィの言葉に皆で顔を見合わせる、スゥニィは無駄な事は言わないとわかっているので、やるぞという確認の為だ。


木に近づき鑑定をかける、存在感もそうだが単純に大きい、普通のトレントの十倍はありそうな幹、百を越える無数の枝、高さは五メートルくらいか。



タイドゥトレント:魔物


魔力強度:181


スキル:[擬態] [生命吸収] [木魔法] [土魔法] [再生]



強いな、かなり強い、俺一人ではかなり苦戦する、勝てるかもわからない、が全員ならいける、そう思い確認を取る。


「リズ、俺が先に枝を落とす、それまでテオとセオを引っ張ってくれ。二人は素早さを活かして攻撃と離脱を繰り返して、レイナは最初に万雷で枝を減らしてくれ、その後は後ろからテオとセオを魔法でフォローだ」


攻撃はリズ達に任せ、俺は枝を落とす事に集中する、タイドゥトレントのスキルに再生があるが焼き切れば簡単には再生出来ないだろう。この場所は開けているがレイナの最大魔法は範囲が広すぎるので一段階落とした魔法で先制してもらい、後はテオとセオのフォローをしてもらう、スゥニィは全員でと言った、そこにも何か意味があるはずだ。


確認を取ってレイナの魔法の範囲ギリギリまで近づく、そしてレイナが詠唱を始めると同時に俺も詠唱を始める。


てん揺蕩たゆたない、ちから手繰たぐまとう』

てんにあまねく生粋きっすいの、ちからたばねてうずたかく、いざな一入ひとしおに』


言霊ことだまりて、ほむらてんじ』

言問こととひと赤心せきしんを、よすがきざし、たおやかな』


宿やど心力しんりょくを、くさびゆる、さんざめく』

ひかりがあやなすにわたずみ静寂しじまやぶてきて、大気たいきらしててきて』



『【万雷ばんらい】』




「ヴォォォ」


先に詠唱を終えたレイナの万雷、細長い雷の雨を受けてタイドゥトレントが擬態を解き、枝を振り回す。


それでも半分以上の枝が焼け落ちた、そして俺の詠唱も唱え終わる、呪文で焔を纏い、合図を出す。


九泉きゅうせんいざな口火くちびとなりて、うごめてきはらい、よろずてきくす』


『【劫火ごうか】』


「行くぞ!」


先ずは俺とリズが突っ込む、タイドゥトレントは俺達を二つの黒い穴に灯した赤い目で睨み、大きな口をあけて叫びながら無数の枝を繰り出してくる。


それを左右に避けながら両の手刀で焼き斬る、リズは真っ直ぐ幹に突っ込み、俺はタイドゥトレントの周りを枝を焼き斬り駆ける。


「テオ!セオ!」


リズが二人を呼ぶ声を聞きながら枝を斬り落としていく。


幹の周りを一回りして、粗方枝を斬り落とした所でリズ達と合流する。


「トーマごめん、太すぎて致命傷が与えられないの」


テオとセオが飛び回り、リズも縮地を使い刀で幹を削り取るが直ぐに再生してしまうようだ。


「テオ!セオ!そのままでいいぞ、魔法に気を付けながらお前らの攻撃を叩き込め、リズは刀で削り、トーマはリズが削った場所を焼いて少しずつ抉っていけ」


テオとセオの表面を削り取る攻撃は直ぐに再生されてしまうので、一度二人を後ろに下げようとしたところでスゥニィからの指示が飛ぶ、戦闘後に反省点を挙げるスゥニィには珍しい事だ。


『塵風』


木魔法で体から細い木を、棘状にして飛ばしてくるタイドゥトレントの攻撃を風魔法でレイナが逸らす。


「テオ!セオ!もう少しだ。トーマ、活性化を使え!そしてもう一段階魔法を上げろ、止めはリズだ」


戦闘を始めて二十分程、テオとセオに疲れが見え始めた頃にスゥニィの指示が飛ぶ。


『活性化』


スゥニィの指示通りに活性化を使う、そして魔力強度が上がって通常時でも疾風迅雷を使える様になってからずっとイメージしていた呪文を唱える、焔を纏った状態で使うイメージをしていた呪文だ。


『【電光石火でんこうせっか】』


雷を帯びた風の動きから、焔を纏った雷の動きにイメージを変える、そして一段階速度と攻撃力を上げ、全力でタイドゥトレントの周りを駆けて幹を徐々に抉って行く。


「ヴォォォォォォォ」


タイドゥトレントが二本残った太い枝と、木魔法や土魔法で闇雲に攻撃をしてくるがレイナが塵風と雷撃で当たりそうな攻撃を全て叩き潰す。


「リズ!任せた」


そして充分に削り取られたタイドゥトレントの体をリズが刀で斬り倒した。


「オォ…ォォォ……」


大きな音と共に倒れたタイドゥトレントは、低い風の様な声を出しながら目の光が消え魔力が停止した。


「なんとかなったけどかなり強かったね」


リズがホッとした顔で言ってくるのでそうだねと答え、テオとセオも来たので声をかける。


「テオ、セオ、お疲れ様」


セオとテオが肩で息をし、汗を流しながらも笑顔を見せる。


「アイツ強かったな、でも何とかなった、昼間兄ちゃんが鍛えてくれたからかな?それと昼間おっきな木を見てからずっと調子がいいんだよな」


テオの言葉にセオが頷き、リズもそう言えばと思い当たる節があるようだ。


「皆もですか?私も魔法の威力や操作がいつも以上でした」


レイナもか、俺もそうだし皆だな。それと感度の上がった空間把握で感じる皆の魔力が安定してないんだよな、荒ぶっている感じで。そこにスゥニィが歩いてきた。


「皆、後で説明するから先ずは素材を切り分けてくれるか?」


珍しくスゥニィが急かすので皆で指示を受けながら切り分けていく、そして指示通りに切り分けた所でスゥニィが一人一人名前を呼ぶ、まずセオだ。


スゥニィがタイドゥトレントの素材を持ちながら言葉を紡ぐ。


『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』


すると何も無い空間から緑色の、蛍の様な光がふっと現れスゥニィの持つ素材の中に入っていく、そして肌着と、俺が持つ物より少し小さめの籠手と具足、指輪の形になる。


「セオ、お前の装備だ。トーマから聞いた話をイメージに装飾はしたが私にはこれが精一杯だ。可愛く無いかもしれないが役に立つはずなので身に着けてくれ。それと、セオはレイナの様に魔法が使いたいんだろう?指輪は魔力が少ないセオの補助をしてくれるはずだ」


そしてセオを抱き締めた、するとスゥニィの魔力がセオの魔力を抑え込み、荒ぶっていたセオの魔力が体に馴染んで行く。


セオの装備、籠手は二匹の狼が月に吼え、具足には二匹の狼が風を切って走る装飾がなされた、民俗風の腕や足に着ける装飾品に見える、アクセサリーとしても通じそうだ。


そしてセオを離し、テオを呼ぶ。


『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』


先程と同じ様に緑色の光が素材に吸い込まれ、肌着と、セオより少し大きめの籠手と具足になる、模様はセオと一緒だ、双子だしな。


「テオ、お前はトーマの様になりたいんだろう?それとセオと二人でパーティーの力になれ。お前の元気は見ていて気持ちがいい、次に会うときまでに変わってくれるなよ?」


そう言って抱き締め、魔力を安定させる。


次はレイナだ。


『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』


緑色の光が素材に吸い込まれると、肌着と一メートル程の杖になる。


「レイナ、お前は慌てやすい所があるが普段の落ち着きを生かして後ろから皆を見る事が出来る様になれ。トーマが前から、レイナが後ろからパーティーを見るんだ。それとその杖はまだ未完成だ、トーマに後で説明しておくからヒズールに行ったら必ず完成させて欲しい」


そしてレイナを抱き締める。


次はリズだ、スゥニィはリズから刀を受け取り鞘から抜いて素材をあてながら言葉を紡ぐ。


『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』


そして素材は緑色の光によって肌着と刀の鞘、弓になる。


「リズ、お前の刀はタイドゥトレントに止めをさした事で多くの魔力を吸収したはずだ、この鞘はその魔力を刀に馴染ませてくれる、それとその刀は両刃だから峰打ちが出来ないだろう?その時はこの鞘を使え、そしてこの弓は魔力を矢に変えて放つ事が出来る、弓のスキルを鍛えて私の叔父の様に名を上げて欲しい」


リズを抱き締めようとしたスゥニィに、先にリズが抱きつく、魔力が安定しても暫く抱きついていたがスゥニィに少しの間だと言われて漸く離れた。


「トーマ」


そして名前が呼ばれた、なんだか緊張するのか寂しいのか恥ずかしいのかわからない気持ちでスゥニィの前に立つ、籠手と具足を貸してくれと言われたので外して渡す。


スゥニィが素材の上に籠手と具足を置いて言葉を紡ぐ。


『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』


素材は籠手と具足を包み込み、それと肌着とネックレスになった。


「トーマ、お前の装備はお前の魔力と馴染んでいい物になっている、だからそれを少し補助した。それと、お前の魔力はまだ不安定なので肌着では抑えきれないかもしれないからネックレスも身に着けておけ」


ここでスゥニィが俺達の魔力が荒ぶっていた理由を説明してくれる、まず俺の体は魔素と親和性が非常に高く、森に充満するシュラミットの変化したと言われる木、わかりやすく言うと世界樹から出る濃度の高い魔素を取り込んで不安定になっていたようだ。


そして俺と毎日一緒にいた皆も急激な魔力強度の成長と、俺のスキル、魔力回復:大の影響で周りに魔素が集まりやすく、濃い魔素の空間で暮らした事、真眼での訓練で魔力の流れを綺麗にした事、色々な要素があって魔素との親和性が高くなっていたためのようだ。


里の結界に入った時の不思議な感覚は結界内に濃縮されていた世界樹の魔力、その魔力にあてられてあの様な状態になったらしい。


そしてタイドゥトレントを皆で倒した理由、タイドゥトレントに魔力を叩き込み、倒した後に素材の魔力が固定する前に装備を作ると普通に作るより体に馴染み、いい装備になるらしい、だからこの装備は俺達専用って事だな。


説明の終わったスゥニィが近づいてくる、これは緊張するな。


そして少し俺の方が高いがスゥニィとあまり変わらない身長の俺を抱き締めた。


近くで見るとやっぱり綺麗だな、近くで…近いっ、顔っ、近っ、んむっ、スゥニィが俺を抱き締め口づけをしてきた!


え?え?何で俺だけ?ってか長くない?あっ、しっ、舌がっ、長い口づけと入ってきたスゥニィの舌に混乱する俺の頭とは逆に不安定だった体の魔力が馴染んで行くのがわかる、そして世界樹を見た時の様な、フワフワとした気持ち良さにずっとこのままで、そう思った時に。


パァン


高い音と共に左の頬が痛いっ!


ディープな口づけをの後に頬を叩かれて混乱する俺にスゥニィが笑いかける。


「すまんな、お前がまた魔力に溺れそうになっていたからな、ゆっくり魔力に溺れるのは今度、二人きりの時の楽しみだな」


照れながら優しく笑うスゥニィ、そうか、今度か、また強くなる理由が出来たな。


「スゥニィさん、トーマさんの魔力は抱擁だけでは安定させられないからって話は聞いてたけど長いですよ」


レイナの声にハッとなって振り向く。


レイナが少し頬を染めて苦笑い、セオは顔を両手で覆い、指の隙間からこちらを見ていた。テオはリズと俺を交互に見ながら、これでいいのかと右手を突きだし親指を立て、リズもテオの隣りで同じ様にサムズアップしながらニヤニヤしていた。


あぁ、抱き締めた時にスゥニィが俺にキスする事を伝えていたんだな。


そして皆がスゥニィの周りに集まり装備のお礼を言う、それを受けてスゥニィは餞別だと言い、戻るぞと歩きだした。





夜営地に戻った俺達は、昼に仮眠を取っていたので夜通し話をする。


「スゥニィさん、暫く聞けなくなるんだからなんでも話しますよ、どんな話がいいですか?」


俺がリクエストを聞くとスゥニィがニヤッと笑う、最近は優しい笑顔が増えたがやっぱりこの顔を見ると安心するな。


「そうだな、勿論話は聞くが、その前に頼みがあるんだ、私だけさん付けなのが気にくわん、これからはスゥニィと呼んで欲しいな、口づけを交わした仲だしな」


「あ、そ、そうです、そうだね。ス、スゥニィ、どんな話がいいかな?」


もうキスをするのも三回目だ、ベテランの俺は呼び捨てくらいではもう動じない。そう自分に言い聞かせながら思いきって呼び捨てにする、よ、余裕だな。


それでまた和やかな空気になり、六人で地球の話に限らず夜が明けるまで色々な話をした。




夜通し話をした俺達、だけどやはり時間は過ぎるものでうっすらと空が明るくなってきた。


「レイナ、私達は出発まで少し眠らせてもらおうか」


リズの提案で俺とスゥニィ以外のメンバーは少し仮眠を取る事になった。


二人きりになる、すると不思議と言葉が出なくなる、スゥニィを迎えに来る事は俺の中で決まっているので少しの別れだとは理解しているが、理解はしているのだが親しい人との別れというものが初めてなので自分の感情をどう扱っていいのかわからないのだ。


何か喋らないと、そう思えば思うほどに言葉が出なくなる、そんな俺を優しく見ながらスゥニィが口を開く。


「そんなに気を張るな、私はトーマが迎えに来るのを信じている、だから笑ってお前達を送り出せるぞ。それに私は森人だからな、静かな時間も嫌いじゃない」


スゥニィの言葉に思わずふふっと笑ってしまう。


「何がおかしい」


少し怒った口調で喋るスゥニィにすいませんと謝りながら話す。


「だって、スゥニィは里を離れたいって言うけどよく私は森人だからなって言うじゃないですか。森人の自分も本当は嫌いじゃないのかなって」


「むっ、まぁそうだな。里での暮らしは退屈だが考え方や教えは身になる事が多いからな。言葉の事もそうだ、森人で良かったと思う事は確かにあるな」


「俺達もその考えに助けられて強くなれたしこれからも強くなれます、森人のスゥニィを尊敬してるし大好きですよ」


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


スゥニィが顔を少し赤らめながら言葉を紡いだ、精霊魔法を使う時の言葉なので意味はわからなかったが、込められた感情が感謝と好意という事は何となく理解出来た。


スゥニィはそれっきり口を閉じて優しい顔をするだけだ。


俺は大きく息を吐いて頭を掻くと、直感に従い立ち上がってスゥニィの隣に場所を移す、更に直感に従い…違うな、俺がこうしたいだけだな。そう思い直してスゥニィの左手に俺の右手を重ねる、珈琲の味、風の音、森の匂い、明るくなっていく空、五感全てを使ってこの時間を心に焼き付けた。





完全に空が明るくなってきた頃に皆が起きてきた、だけど俺とスゥニィの雰囲気に皆も何も言わない。


レイナが人数分の珈琲とホットミルクを入れる音が響く、テーブルに座り、皆で流れる時間を楽しんだ。


人には言葉がある、言葉を使って会話をする、会話が弾むと時間を忘れる、だけど言葉を使わずに時間の流れを楽しむ事も出来るんだな、これが長い時を生きる森人なのかもしれない、だから森人は言葉を大事にするのかもな。


「そろそろだな」


スゥニィが口を開き、皆を見回す。


「ラザでお前達に依頼をしてよかった、どのように成長するのか楽しみにしながら私を迎えに来てくれるのを待っているぞ」


そう言ってスゥニィは振り返らずに里に戻って行った。

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