第56話 価値観の違い

「どうして邪魔をしたのか説明して下さい!」


俺を睨み付けながら喚くクリスをエーヴェンとリックが落ち着けと宥める。


「すいません、後で必ず説明するのでまずは魔物の処理をして場所を移しましょう」


魔物の死体を引き摺りながら言う俺に、クリスは更に激昂しそうになるがエーヴェンがリーダーとしてクリスを宥める。


「クリス、理由も聞かない内から感情的になるのは止めろ。お前の悪い癖だ」


エーヴェンに少し強めに言われたクリスは漸く口を閉じる、俺達のやり取りをスゥニィは微笑みながら見ていた。





オークの肉は美味しいので必要な分だけ肉を確保し、残りは燃やして魔物の処理を終える、少し進むとかなり開けた場所に出たのでまだ夕食には早いが今日はこの場所で夜営をする事に決める。


馬車を中央に止め、その側で話し合いをする事になった。


「いきなり邪魔をしてしまってすいませんでした、それと、先に伝えておくべきだったんですがそれも忘れていました」


俺はそう言って頭を下げる、理由を聞かせて欲しいというエーヴェンに頷き、話を進める。


「すいません、森の中では出来るだけ派手な魔法は、特に炎魔法は使わないで欲しいんです。魔物を倒しても木に燃え移ってしまう恐れがあるので」


俺の説明にクリスは納得が出来ないようだ。


「そのくらい考えてる、魔法を使っても燃え広がるまでに魔物を倒し、僕の土魔法で鎮火をするだけだ」


何か言おうとしたエーヴェンはクリスに先を越され、リックはクリスの考えに賛同しているようだ。


「それはわかっています、わかっていて敢えて言っています。それでも魔法無しでは厳しい魔物が出るまではお願いします」


もう一度頭を下げる、そんな俺にエーヴェンが疑問を投げ掛ける。


「トーマ君は森人のスゥニィさんの前だからそうしようと思っているのかな?でも、森人も魔物と戦う時は多少の森に対する被害はしょうがないって考えのはずだけど」


エーヴェンはそう言ってスゥニィに目を向ける。


「まぁ、そうだな」


スゥニィは言葉少なくエーヴェンに同意する、だがそれはただの森人の考えだ、俺達はスゥニィが森人の祖だということを知っているし、俺はラザの森でスゥニィの木に対する想いも知っている。


森林調和のスキルを持つスゥニィは森の声が聞こえる、森の木の悲鳴が聞こえるのだ。


スゥニィは森に入る前、村につくまえから俺達が木の近くで派手な魔法を使わないのを見て、多少の被害は気にするなと言っていた、だけど俺達は話し合って木をなるべく傷付けない様に決めたのだ。


「これは俺達パーティーの総意です、どうかお願いします」


スゥニィが森人の祖だと打ち明け、理由を伝えればエーヴェン達は納得するだろう、だけどそれをエーヴェンはともかく貴族同士の付き合いが多い公爵家夫人や公女に知られたら必ず話が広がる。俺がスゥニィを里から迎えた後、俺達と旅をする事になった時に只でさえ森人やラザのギルド長、元白銀級という肩書きを持つスゥニィに更に重荷になるはずだ。


皆も俺の考えに賛同してくれた、だからここは絶対に譲れない。


「木が邪魔な森の中では身軽なテオとセオが撹乱するし、俺とリズはある程度固い魔物でも刀や素手で倒せます、責任は全て取るのでお願いします」


そして、エーヴェン達が平気で炎魔法を使うと知った今は別行動をする事も出来ない、だから、今度は俺達が同行出来るように頭を下げる。


別にエーヴェン達が今回そうしなくても別の冒険者がするかもしれない、同行する様になったのもたまたまだしな、それでも俺の側ではやらせない。


「うん、トーマ君がそこまで言うなら信じてみようか、さっきの動きも、俺の炎を跳ね返した魔法も凄かったしね」


「なっ、エーヴェンさん本気ですか?奥様やお嬢様が危険に晒されたらどうするんですか?」


「その時は責任を取るって言ってるじゃないか、それにトーマ君の条件を飲む変わりにジーヴルまでの護衛を受けてもらおうかな、勿論ちゃんと報酬は払うけどね」


そう言って爽やかな笑顔を見せるエーヴェン、リズの言った通りだな、 貴族はただで動かない。


俺はわかりましたと頷く。


まだ納得出来ないクリスをリックが引き摺りながら連れていく、俺達は馬車から少し離れて夜営をする事にした。


まだ夕食には早いのでスゥニィが精霊魔法で作ってくれた椅子とテーブルに座りながら話をする。


「すまんな、だが、ありがとう」


人の考えを読むのが得意なスゥニィだ、俺達の考えに気付いているのだろう、俺達全員に礼をいう。


「スゥニィさん、俺が楽しむ為にやってるだけなんで気にしないで下さい」


俺の言葉に皆も頷く、そしてリズがスゥニィのお株を奪う様なニヤッとした顔をする。


「それにしてもスゥニィさん、丸くなりましたよね。ラザの町では考えられっ」


リズが喋っている途中でリズの座っていた椅子が消えた、スゥニィが消したようだ。


「あいたたた、スゥニィさん酷いなぁ」


「あまり調子に乗らない事だ、リズは少しお調子者だからな」


確かにスゥニィは表情も言動も柔らかくなったがリズはお調子者になってるな。


「皆と一緒だと毎日楽しいよな」


様子を見ていたテオが笑いながらセオに喋りかけるとセオが笑顔でそうねと返す、セオも夜中スゥニィと三人で話をした日から段々と感情を出すようになってきたんだよな。


俺達が六人で会話を楽しんでいると夫人と公女がエーヴェンと共に俺達の席に来た。


「楽しそうですわね、私達もご一緒しても?」


夫人がスゥニィに問いかける、こういう時はどうしたらいいんだろうと思ってリズを見ると、私達は少し外しましょうかとリズが言ったので席を立とうとした時に公女が引き留める。


「すいません、あなた達にも話があるので一緒にいてもらえますか?」


リックが馬車から持ってきた三脚の椅子をスゥニィの隣に並べ、夫人や公女、エーヴェンに進める。公女はそれに座り俺達を見て微笑む、俺達に何の話だろうと思いながらも座り直す。

リックは苦い顔をしながら椅子を並べ終え、夫人の後ろに控える様に立つ。


そして公女はクリスが馬車から持ってきた高級そうなカップでお茶を楽しみながら口を開く。


「えっと、そこの、獣人のお嬢ちゃんを私に譲ってくれないかしら?」


ん?今この公女はそこのお茶菓子を頂戴って言うような、何でもない事の様に、とんでもない事を言わなかったか?


「えっと、すいません、ははっ、よく聞こえませんでした」


「そこの、セオ、だったかしら?そのお嬢ちゃんが欲しいの、可愛い容姿に似合わない凄い動きで護衛としても頼りになりそうだし気に入ったから侍女に欲しいの、一人で寂しいならそこのテオも一緒で構わないので」


公女があまりにもスラスラと当たり前のように話すので呆気に取られてしまった、そして意味を理解した時にリズとレイナが両隣から俺に手を重ねる。


『トーマ(さん)落ち着いて!』


おぉ、二人とも魔力会話を完全に物にしてるな、夜中に手を繋いで練習した甲斐があった、俺も魔力を介して意思を伝える。


ちなみに俺は練習した結果、魔素操作の範囲、一メートル以内でこの魔力会話が出来る様になっている、スゥニィ以外のメンバーがギリギリ範囲内なので皆に伝える。


『大丈夫、ありがとう、落ち着いたよ。あまりにも当たり前の様に言うから呆気に取られたけど、この世界では当たり前なんだよね』


メンバーに返事をして、公女にも返事を返す。


「えっと、すいません。テオとセオは俺の兄弟なので譲るとかそういう事は出来ません」


「え?そうなのですか?てっきり解放奴隷なのかと、でもセオは耳も欠けてるし、トーマさんはご自身もお強いのでセオじゃなくてもっと見目良い獣人の方がよろしいのでは?」


価値観が違うとここまで話が通じないのか?奴隷じゃないって言っているのに、ちなみに解放奴隷とは奴隷を主人が解放した時になる身分で、市民と同じ扱いになるがやはり蔑視の対象にはなる。


「すいませんがテオとセオは大事な家族なのでそういう話はお断りします」


俺の言葉に公女はそうなんですかと残念そうな顔をし、クリスは公女の後ろでずっと険しかった顔が更に険しくなり、リックはずっと申し訳なさそうな顔をしていた。


夫人とエーヴェンは聞いているのかいないのか、ずっとスゥニィと話をしていた。


その後はクリスの険しい視線に晒されながら当たり障りの無い話をして、暫くすると夫人と公女はクリスと一緒に馬車に戻っていった。


「いやぁ、すまないね。俺とリックも無理だって言ったんだけどね、妹は断られるとも思ってないし断られても理由が理解出来てないんだよね。クリスもまだ貴族に仕えていた時の気持ちが抜けないようだ。兎の前足はラザの町専属だったよね、だから妹とは考えが合わないだろうなって思ってたんだ」


どうやらエーヴェンは貴族の考えも俺達の考えもわかるようだ、リックも兄弟がいると言っていたので俺の考えもわかるのだろう、それにしてもあれが貴族か、全然悪気が感じられないのが余計に価値観の違いを突き付けられるな。


その後エーヴェンとリックも戻って行ったので俺達は夕飯にする事にした。


「じゃあそろそろ夕飯にしましょうか、さっき丁度オークを倒したので今日もオーク肉で作りますね」


レイナが努めて明るく言うとセオと一緒に調理に取り掛かる、俺もセオがさっきから少し暗い顔をしているので新しいレシピを教える事にした、うろ覚えだけど。


レイナに風魔法で料理の匂いが拡散しないように空に逃がす事に集中してもらい、セオと一緒に料理をする、今日は豚肉定番のしょうが焼きだ、日本の味付けに拘らず、この世界にある調味料や野菜を使って炒めていく。


「トーマさん、気を使わせてごめんなさい。耳もやっぱり治した方が良かったですよね」


肉を炒めながらセオが笑顔で言う、やっぱり気にするよな、でも俺は本当に気にしてないしセオの笑顔は嬉しいがそんな乾いた笑顔は見たくないのでセオの考えを強めに否定する。


「セオ、俺は全然気を使ってない、公女には俺の考えを伝えただけだ、それにセオの耳はセオの誇りだろ?俺はそれを聞いてからはその傷もちょっとしたアクセントで可愛く見える様になったよ」


「か、可愛いでふか」


「あぁ、可愛いよ。公女もセオは可愛い容姿って言ってただろ?公女は耳が気になるみたいだけど俺は気にしないし、もう見慣れてるしね、その傷が無くなったら少し寂しいかもな」


俺が答える度にセオの手つきが怪しくなっていくので後ろから手を添えフォローする、なんだか余計に手つきが酷くなったが最後の仕上げだったので無事にオークのしょうが焼き、シュラミット風が完成した。


よ、四人目、で、でもセオなら私も、などと訳のわからない供述をしているレイナと一緒に皿に盛り付けテーブルに持っていく。


「今日はセオと兄ちゃんが作ったのか、楽しみだな」


いつでも元気なテオが俺達の微妙な空気を吹き飛ばす、おのれ公女め、セオとレイナに気を使わせやがって。


テオのおかげで何とか立ち直った二人と席に座り、皆で和やかな食事をする。


食事が終わり、時々襲ってくる魔物も身体操作だけで倒せる程度なので問題なく就寝の時間になる。


エーヴェン達もリックを夜番に残して休んだようだ、俺達はレイナにテオとセオを任せて残り少ないスゥニィとの会話を楽しむ。


「どうだ、あれが貴族だ。トーマには受け入れがたいんじゃないか?」


「そうですね、普通の調子で言ってきたので理解するのが遅れました」


先程の会話を思い出す、落ち着いて考えてみるとイライラしてしまうな。


「私も半年前までは何とも思わなかったはずだけど、トーマと行動するようになって考えが移ったのかな、少しムカついちゃった」


「でも悪気が無いから怒るに怒れないよね、ジーヴルまで上手くやっていけるか心配だ。特にクリスと俺は合わないね、ずっと敵意を隠さないし」


「クリスは幼い頃からハンプニー家に仕えていたらしいがエーヴェンが冒険者になる時に一緒についていったらしいな、エーヴェンは家を出て冒険者になるくらいだ、考えが柔軟だがクリスは冒険者として向いてないだろうな」


スゥニィが夫人との会話で得た情報を教えてくれた。


エーヴェンはハンプニー家の三男で、昔から冒険者に憧れていたらしく、父親は反対したのだが母親が後押しをして冒険者になったようだ、その時に父親がクリスを押し付けたらしい。


「でもエーヴェンさんはどっちの考えも出来るから厄介ですね、里から戻ったら暫くこの森でテオとセオを鍛えようと思ってたんですけどね。でも、なんとかうまくやりますよ、それより今日は地球の話はいいんですか?」


貴族の事は話しても理解出来そうに無いので、里に帰るスゥニィに話をする方がいいなと思い話題を変えるとすぐに食い付いて来た、なので夜が更けるまで話を聞かせ、スゥニィとリズが少し眠っていいよと言ったので、リックにも断りを入れて横になった。

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