第54話 ハンプニー家

ギルドの近くの建物、最近建てられたという高級感漂う宿の一室に俺達六人と、流れる様な金髪に、日に焼けた端正な顔立ちのエーヴェンが向かい合って座っていた。


俺達が泊まるようなベッドと机が置かれた殺風景な部屋ではなく、広い部屋には高級感溢れる装飾がなされ、ベッドやテーブル、ソファ等の家具まで全て価値ある物とわかるような物ばかりだ。


エーヴェンに促されるままにソファに座ると体が沈み込み、些か居心地の悪さを感じている俺をエーヴェンは笑顔で見ていた、その笑顔は悪い物ではなく気持ちはわかるよという感じだったので、目の前の男に対する俺の警戒心は少し薄れていた。


「先程はリックが失礼をしたね、彼はまだ幼い弟と妹がいてあれで面倒見がいいんだ、だから若い君達の事が放っておけなかったんだろう」


そう言って自然に頭を下げるエーヴェンはやっぱり悪い人間じゃないと思えた、そして俺達に声をかけた理由を訪ねる。


「それで、貴方は何故俺達を呼んだんですか?」


「あぁ、紹介が遅れたね。俺の名はエーヴェン、冒険者パーティー獅子の鬣のリーダーだ、冒険者としては金下級になるね」


エーヴェンが紹介をしながら右手を差し出して来たので俺も応える。


「冒険者パーティー兎の前足のリーダー、銀上級のトーマです」


握手を交わし、右隣に座るリズと、更にその隣に座るレイナを紹介する。テオとセオはエーヴェンが用意してくれたお茶菓子と共に別の席だ。


「うん、聞いてた通りだ。それでそちらの方も紹介してもらってもいいかな?」


エーヴェンは俺の左隣に座るスゥニィに視線を送りながら聞いてくる。


俺は一度スゥニィを見て、スゥニィの目が好きにしろと言っている様に見えたのでスゥニィの事をエーヴェンに紹介する。


「彼女は俺達の依頼人のスゥニィさんです」


簡潔な紹介にエーヴェンは頷くと、俺とスゥニィを交互に見ながら頭を下げた。


「スゥニィさんはラザの町のギルド長、そして森人の方ですよね?そして兎の前足はリストルの大攻勢で活躍したパーティーだ、スゥニィさんと兎の前足に是非頼みたい事があるんだ」


頭を下げて俺達とスゥニィに頼みがあるというエーヴェン、俺とリズとレイナは顔を見合わせ、スゥニィにも一度確認を取って頭を下げ続けるエーヴェンに訪ねる。


「エーヴェンさん、先ずは頭を上げて話を聞かせて下さい、話を聞かないと答えようがありません」


俺の質問に頭を上げ、気まずそうにまだ理由を言ってなかったなと苦笑いをするエーヴェン、やはり悪い人では無さそうだ。


エーヴェンから話を聞くと、彼等はこれから森人の里に行くジーヴルの要人の護衛としてこの村に来ているようだ、エーヴェンの頼み事の内容は里まで一緒に行く事、それとジーヴルまでの帰りの護衛だ。


「森の中で森人のスゥニィさんと一緒なら心強いし、リストルで活躍した兎の前足もいるならこれほど安全な事はないと思ってね」


「でも獅子の鬣のメンバーも皆強そうだったし、エーヴェンさんも金下級ですよね?そこまで警戒する事なんでしょうか」


エーヴェンは魔力強度も高く、他のメンバーも実戦を繰り返し、訓練も真面目にしているのだろう、全員が身体強化を覚えていた。


「俺達だけなら問題無いんだけどね、人を守るとなると万全を期したいんだ。それと、森人の里の周りには厄介な魔物がいるんだ、トーマ君とリズさんはリストルでの大攻勢で大物が出た時に、誰も気付かぬ内に真っ先に倒しに出たと聞いている、感知系のスキルもあるんだろう?俺達には感知系のスキル持ちがいなくてね」


俺とエーヴェンの話を聞いていたリズが口を挟む。


「う~ん、エーヴェンさん、もしかして感知系のスキル持ちの方は…。」


リズの問いにエーヴェンは目を伏せる。


「あぁ、三人いたんだけどここに来る途中で殺されたんだ。街道で夜営している所を囲まれて、護衛対象を狙ってくると思っていたら感知系のスキル持ちが真っ先に殺されたよ」


「やっぱり、護衛は他にも?」


「ギルドにいたメンバーとは別に十名、別の部屋で雇い主を警護している」


二人のやり取りを不思議そうに聞く俺にリズが説明してくれる。


「だって、森に厄介な魔物がいるって知ってて、感知系スキルで対策出来るって知ってるのに連れてきてないのはおかしいでしょ、それにそこまで雇い主を大事にしているならリーダーのエーヴェンさんが側を離れる訳はないし、帰りも護衛のお願いをするって事は里で用事を済ませた後も狙われるから感知系スキルが必要って事ね」


ふむふむ、俺がリズの説明に頷いているとエーヴェンが再び頭を下げる。


「頼む、せめて里まででもいいから同行させてもらえないだろうか」


エーヴェンの頼みに俺達はスゥニィを見る、すると一つ頷いたので、俺達は先ずは里までの同行だけを受ける事にした。


「エーヴェンさん、目的地は一緒なので取り合えず里までの同行なら受けます。その後の行動がまだ決める事が出来ないので帰りの話をするのはまたここに戻って来てからにしましょう」


俺の言葉にエーヴェンは頭を上げ、ありがとうと笑顔を見せる、そして明日の出発の時間を話し合って決めると、そのままこの部屋を使ってくれと言って出ていった。


「なんだか冒険者には見えない人でしたね、この部屋の雰囲気にも妙に合ってたし、日に焼けた肌が白くて革鎧が無ければ貴族に見えそうです」


物珍しそうに部屋を見るレイナに、エーヴェンに姓があった事を伝える。


「そういえばエーヴェンさんには姓があったよ、確かハンプニーだったと思う」


俺の言葉にリズとレイナがどこかで聞いたような、と顔を見合わせているとスゥニィが説明してくれた。


「ハンプニー家はジーヴルの公爵だな、私が里に戻るのは里の長が亡くなったからなんだ、ハンプニー家の者も恐らくジーヴルからの弔問として行くのだろう。他の国からも来るとは思うがジーヴルは森人界とは直接接しているからな、気を使って公爵を寄越したたんだろうさ」


公爵って確か王族じゃなかったか?王の親戚だったような、その公爵の姓を持つ人が冒険者をしてるのか、そしてエーヴェン達の護衛対称もハンプニー家の者だろうとスゥニィが言う、ってことは少なくとも公爵家の人が二人いるって事か。


「兄ちゃんこのお菓子すっげぇ美味しいぜ」


俺が考えているとテオがクッキーのようなお菓子を持ってきてくれた、俺とテオが美味しいなとお菓子を食べているとリズが呆れた声を出す。


「トーマ、公爵ってわかってる?公爵家の人に失礼な事をしたら大変だよ?」


リズの後ろでレイナとセオも頷いていた。


「え?俺達は護衛じゃなくて同行者でしょ、そりゃ魔物とかは共闘して倒すけど公爵の人がただの冒険者に話し掛けては来ないんじゃない?」


「でもエーヴェンさんも公爵家の人ですよ、エーヴェンさんとは道すがら話もするはずだし」


レイナも心配そうに話す。


「エーヴェンさんは姓を名乗らなかったしただの冒険者の先輩でいいんじゃないかな」


俺には王族や貴族って言われてもあまり実感湧かないしな、それにエーヴェンとは何だか話しやすかったし、この世界で実際に姓がある人と会ったのはスゥニィとリストルの町長くらいか、エーヴェンよりリストルの町長と話す方が緊張したな。


「それにこの町だとよっぽどスゥニィさんの方が凄そうだよね、エーヴェンさんもスゥニィさんには目上に対する話し方だったし、門も殆んど顔パスだったし」


「顔パスってのはわからないけど確かにそうか、スゥニィさん森人の祖だし下手したらジーヴルの国王並に偉いんだよね」


スゥニィはただの森人、そしてラザの冒険者ギルドの長という立場だ、それで門番もエーヴェンもあの態度だしそれが森人の祖なんてわかったら大変な事になりそうだな、そういえばスゥニィが里に呼ばれたのは長が亡くなったからなんだな。


「スゥニィさんが里に戻るのは長が亡くなったからなんですね、里を挙げての葬式みたいな事をするんですか?」


「いや、森人は寿命が来たら自然に帰り、新たな木になり森を守ると信じているのでそこまで大きな事はしないさ、ただ今回は事情が違うんだ」


スゥニィによると森人の里は幾つかに別れていて、それぞれの里は森人の祖を長として独立しているらしい。

ただ今回はシュラミットが体を変えた木、その木を守る里の長が亡くなったのでそれぞれの里から長を集めて次の守り手の長を決める選挙のようなものをする、それに森人の祖のスゥニィは出ないといけないらしい。


「森人同士の話はなかなか進まんのだ、だから数年、下手したら十年以上かかる事もあるぞ」


寿命が長い森人には年単位でも短いとスゥニィは言う、二千年も生きるならそうなのかもな。


「う~ん、なるようになるか。私も公爵の人なんて会うの初めてだしね、リーダーが大丈夫って言うならリーダーに任せるよ」


リズがフカフカの大きなベッドで遊ぶ俺とテオに白い目を向けながら言ってくる、いや、さっきからテオか楽しそうだったんだよ。


「ただ、ジーヴルまでの護衛は少し考えないとね。公爵の人が狙われてるってかなり厄介な事になりそうだし、感知系スキル持ちを真っ先に殺したって事は多分相手は身内か関係者だよ。出来れば森で魔物に殺して欲しいんだろうけど、無事に帰ってきたら形振り構わないんじゃないかな」


リズの言葉にベッドで跳ねながら頷く、俺が見た物語でもこういう所から貴族同士の争いに巻き込まれたりするしな、フカフカのベッドでテオと遊びながらセオを呼んだけど顔を赤くして断られた。


「お前らが貴族の揉め事に顔を突っ込むのはまだ早いかもしれんが、トーマがこの世界に慣れるにはいいかも知れんぞ、まぁ明日の依頼人を見てから決めるといいさ」


スゥニィがそう言った所でドアがノックされた、出てみると宿の人が食事を持ってきたようだ、ルームサービスって言うのか?日本でも使った事無いぞ、ホテルに泊まった事も無いけど。

村に泊まっているはずなのに町にいた時より持て成されるのは変な気分だな。


その後は多分高級だろうと思われる食事をし、高そうな部屋を汗で汚す訳にもいかないので流石に体を動かすのはやめてベッドで遊んだ後、こういう時の定番と言われる枕投げなる物をしてみたかったが部屋の調度品を壊しては大変なので、備え付けのシャワーで体を流してテオとセオを寝かしつける。


テオと一緒に体を流した時に、テオとセオを仲間にして苦節一ヶ月、ついに尻尾の全体像を見る事が出来た、洗ってやると言って触ってみたがフカフカしてたな、癖になりそうだ。


少し夜更かしをしたテオとセオが眠った後は四人で話をする、特にこの世界の人間界の事をリズとレイナに詳しく教えてもらった。


ロトーネの王が人間界の王、形的には皇帝の様な立場で、ステルビアとジーヴルはロトーネから嫁を家に入れて大公の様な形、メーヌ連盟はロトーネから派遣された王家の人が盟主の様な形で他の小国を纏めているがまだ完全には纏まっておらず少しややこしいようだ。


ヒズールはロトーネに従っている形だが距離的にも離れているしロトーネからの干渉も少なく通貨等も別で独自の法をもって納める自治区の様になっている。


そこまで聞いた所で次は地球の話だ、リズはなかなかイメージが出来ずに詠唱に手間取っているし、スゥニィともそろそろお別れなので色々な話を夜遅くまで聞かせた。






翌朝俺達は部屋で朝食を取った後に宿の前でエーヴェン達を待つ、ギルドに置いたままの俺達の馬車や、森で使う荷物等は任せろと言っていたので何も準備をする事は無かった。


少しして宿で待つ俺達の前に豪華だが少し小さめの、人二人が並んで座れる程の幅がある馬車が来る、その横にはエーヴェンとリック、そして昨日は見なかった冒険者の人がいた。

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