三章

第52話 太陽と二つの月

「右からオーク三、左からリザードマン五だ、先にオークが来るぞ」


森に挟まれた道に凛とした声が響く、森林調和で魔物の接近を察知したスゥニィの声だ、俺達は馬車から降りて直ぐに戦闘体勢を整える。


「オークの方はリズ、テオとセオ。リズは二人のフォローも頼む。レイナは俺の声を合図にリザードマンに魔法で牽制してくれ」


指示を出すと空間把握を使いタイミングを図る。


「テオ、セオ、来るぞ」


俺の声にテオとセオが魔力を体に巡らせる、そして森から草を掻き分け現れたオークを充分に引き付けると、先ずはリズが縮地で近づき刀で首を撥ねる。


いきなり仲間の首が飛んだ事に戸惑う二匹のオークにテオとセオは小さな体で姿勢低く近づき、オークの周りを跳ねるように動き回りながら、小さくて素早い相手に翻弄されるオークの足に小刻みに打撃を与え、たまらず膝が崩れた所をセオは頭を掴んで首を捻り、テオは飛び上がって首に蹴りを叩き込んで止めをさす。


それを見届けると同時に反対側の森から二足歩行の蜥蜴、リザードマンが、先ずは三匹現れる。


「レイナ」『塵風じんぷう


声を掛けて直ぐに飛び出す、森から出た所でレイナの魔法が起こした砂嵐を顔に叩き込まれ、目が使えなくなった三匹のリザードマンの胸を身鉄と豪腕を重ね掛けした右腕で順に貫き、直ぐに後ろに飛び退く。


「レイナ、二匹は任せた」


俺の声に頷き、遅れて森から出てきたリザードマンが充分に森から離れるのを待って呪文を唱える。


『雷撃』


リザードマンの頭上の魔素が一瞬で光の帯になり、二匹の頭に落ちる、細い光の帯がリザードマンの身体を一瞬で走り抜け、鱗を纏った身体は煙を上げて倒れた。


空間把握に完全に反応が無くなったのを確認するとリズに頷く、リズはそれを見てテオとセオを呼ぶと、二人にナイフを持たせ、声を掛けて教えながらオークを解体していく。

俺はその様子を見ながら鑑定をかける。



テオ:10


獣人:ライカンスロープ


魔力強度:26


スキル:[身体強化]



セオ:10


獣人:ライカンスロープ


魔力強度:25


スキル:[身体強化]



二人とも魔力強度も上がり、戦闘も様になってきたな、そう思いながら自分達も見る。



トーマ:14


人間:冒険者:異邦人


魔力強度:84


スキル:[魔素操作] [真眼] [魔力回復:大] [熱耐性] [痛覚耐性] [直感] [身体操作] [格闘術] [魔素纏依] [炎魔法] [詠唱]




リズ:14


人間:冒険者


魔力強度:72


スキル :[採取] [身体強化:大] [部位強化] [弓矢] [剣術]




レイナ:12


人間:冒険者


魔力強度:80


スキル:[治癒魔法] [雷魔法] [風魔法] [身体強化] [詠唱] [複合魔法]




逆に俺達の方は大攻勢が終わってから殆ど上がっていないな、そろそろ弱い魔物では上がりにくくなってきたようだ。


鑑定を終えて魔物の処理に加わる、オークと違い、リザードマンの肉はあまり美味しくないらしく、馬車には大量の肉が積んであるので、死体を道の側まで引き摺って来ると、魔石を剥ぎ取り残りは燃やして処理をする。


魔物の処理が終わると日も落ちて来たのでそのまま休む事にした。


「魔物が増えて来ましたね」


スゥニィが精霊に頼んで作った土の椅子に座り、レイナとセオの料理を待ちながら話をする。


「リストルからも大分離れたからな、そろそろ人間界最南端の村に着く、そこからは先は完全に森になるからな、更に魔物が増えるぞ」


リストルを離れてそろそろ一ヶ月、大攻勢の影響で魔物が少なくなっていたリストルの町から離れ南下すると、日を追う毎に魔物の数が増えて来ている。

加えて森人界が近づくと森が増えて来るので更に魔物が増えると言う。


今も森の中を切り開いて作られた街道を進んでいるので、左右から何度も襲われ旅の進行がかなり遅くなっていた。


スゥニィの森林調和があるので遠くの魔物も感知出来るが、帰りは俺の空間把握しかなく、距離も半径五十メートルと少し不安なので積極的にテオとセオを鍛えながら進んでいる所だ。


「今はまだいいが村を越えたら魔物も強くなるぞ」


スゥニィの言葉に頷く、人間界最南端の村、ポルダと言うらしいがそこで馬車を預ける予定なので森の中は徒歩になる、そこからは更に危険な道中になるだろう。


「出来ましたよ〜」


レイナとセオが料理を運んでくる、今日はオークの肉を使った唐揚げと森で取れる野菜を使ったサラダ、根菜のたっぷり入ったスープだ。


レイナは料理も上手く、応用も聞くので俺のうろ覚えの知識からでも色々な料理を再現してくれる、そしてセオもそれを必死に覚えてぐんぐん上達している、セオはそれが楽しいらしく、今では毎日二人が料理をするようになった。


「今日はセオが唐揚げを作ったんですよ」


あまり自己主張をしないセオに変わってレイナが教えてくれる。


「セオって料理の才能があったんだな、この唐揚げすっげぇ美味いぞ」


「そうだな、俺の記憶にあるどの唐揚げよりも美味しいよ」


スゥニィやリズも美味いと頷く、皆が口々に褒めるので顔を真っ赤にするセオ、ちなみにリストルを出てから暫くして、テオとセオには俺が異邦人である事は伝えてある、テオは異邦人をよくわかっていなかったが取り合えず凄いと思ったらしく目をキラキラさせていた、セオは村で異邦人の話を聞いた事があり、最初はとても信じられないといった様子だったが色々な話を聞かせると段々と信じてくれたようだ。


賑やかな食事を終えると五人で腹ごなしに体を動かす、食後すぐにというのもどうかと思ったが、テオはリストルでの事が悔しかったらしく、時間があれば修行をしようと言ってくるのだ。


あまり激しい運動は良くないので、身体強化を使い、身体をゆっくりと動かす型を繰り返し、魔力の流れを見ながら身体強化の精度を高めて行く。


二時間ほど体を動かし、清浄をかけ、飲水で体を洗ってから乾燥をかける。


体が綺麗になるとレイナがテオとセオを連れて馬車に行く、テオとセオはそろそろ寝る時間だ。


俺は三人分の珈琲を作り、テーブルに持っていくとスゥニィに手渡し、馬の世話をしていたリズも戻ってきたので三人で話をする。


「今日はどんな話を聞かせてくれるんだ?」


スゥニィが俺に話をせがむ、この人は本当に地球中毒だな、そう思いながら、いつも聞こうと思って忘れていた事を聞く。


「あの、少し気になった事があったんでいいですか?バラム、俺が戦った魔族なんですけど、ソイツが魔物に指示を出す時に精霊魔法の様なものを使っていたんですけどわかりますか?」


そうか、そう呟くと珈琲を一口飲み、溜め息を吐いてから喋り始める。


「この世界で最初に生まれたのが森人、それは知っているな?」


スゥニィの言葉に頷く。


「生き物の死体を放置すると空気が淀むのも知っているな?」


再び頷く。


「その淀みに晒された木から生まれた森人、簡単に言うとそれが魔族だ、それと淀みに晒された動物が変化したもの、それが魔物だ」


一度珈琲を飲み、スゥニィは話を続ける。


「太陽の事は神、シュラミットの事だな、では月、お前らは女神と、そう言っているが名前を知っているか?」


二つの月を指差しながら聞いてくるスゥニィに首を振る。


「この世界は最初、太陽と魔素しかない空間だったそうだ。それが徐々に広がって大きくなり、そして時たま色々な空間に繋がり、そこから土や水、植物が落ちてきた。それらは形を成し、大地を作り風や雨等の自然現象を作った、そして虫や動物などがやって来て世界の元となる形が出来て行ったんだ」


「そこに一人の男が落ちて来た、それがシュラミットだ、元々出来たのか、それともこの世界に来て覚えたのかは知らないがシュラミットは魔素を操る事が出来た、それが魔術だ、そして呪文を使い魔術に法則を作った、それが魔法だな。シュラミットが使う魔法は地を作り、海を作り、森を作り出す程の大魔法だった」


「そうやって元々あった世界を広げて広大な世界を作った、その後その世界にエウリという女性が落ちてきた、シュラミットとエウリは直ぐに出会い夫婦となる、そして二人の間にアリィという娘が産まれた」


「子供が産まれ、広がりすぎた世界を管理出来なくなったシュラミットは精霊を作り出し、動物と共に世界中に広げて世界の管理を任せる、そして順調にアリィが育ち大きくなると、ある日アリィは父親の真似をして世界の端で精霊を作ったんだ、闇の精霊をな」


「その闇の精霊が世界に淀みを生み、それが気付かぬうちに世界の端から広がって遂にはシュラミットが気付いた、気付いたシュラミットは淀みを止めようとするが広がりすぎた淀みはシュラミットの力でも簡単には止められず、シュラミットは全ての魔力を込めた魔法を使い、自分の体を大きな木に変え、そして精神を太陽に移して太陽の力を使い、なんとか淀みを食い止めた、その時に残ったのがこの大陸だ」


創世記か、長い話になってきたな、リズは身を乗りだし食い入るように話を聞き、テオとセオを寝かせたレイナも戻ってきている。


「そしてシュラミットが変化した木、その木が魔素と精霊を取り込み生まれたのが森人の祖だ、森人の祖は残った精霊の力を借りて大陸を管理した、そして精霊は他の木からも人を生み出した、それが森人だ。だがシュラミットの力でも完全には淀みを抑えられず、この世界にも小規模だが所々に淀みが現れた、その淀みに侵された木を闇の精霊が使い生まれたのが魔族の元になった闇人だ」


「アリィはその闇人を従え世界の全てを淀みで覆う為に森人に争いを仕掛ける、エウリはアリィを止めたが結局は森人と闇人で争いが起きた、そして数も多く、多くの精霊と共に戦った森人が闇人とアリィを追い詰めた、追い詰められたアリィは父と同じように全ての魔力を使い自分を月に変えた、その時にアリィは体を闇人と闇の精霊に与えた」


「闇人はアリィの体を取り込み魔族になり、闇の精霊が淀みとアリィの体を使って動物を魔物にした、だが精霊もシュラミットの変化した木、その側に生える植物を大陸にばら蒔き獣人や鱗人を生み出した、その三種族が力を合わせて魔族を追い詰めた、残った魔族は大陸から逃げ出し、大陸の外側、淀みの世界に追いやられたというわけだ」


「残ったエウリは、色々な種族や精霊に囲まれる夫とは違い、追い詰められ、月になった我が子を哀れに思い、森人に世界の管理を任せ、月になったアリィが寂しくないように、寄り添う様に隣に並ぶ月になったと言われている」


「魔族や魔物の体にある魔石はアリィの体を取り込んだ名残だな、だから月の力が強まる満月に、アリィの意思を受けて魔族や魔物は淀みを広める為に活動的になると言われている、魔族は元は森人と一緒だからな、それで闇の精霊魔法を使える訳だ、そして体の作りは魔石がある事以外は殆ど森人と変わらない、だから多種族とも子供をなせる、ラシェリはその先祖帰りなんだろう」


パチッパチッ


スゥニィの語りが終わり、火に燃える木の弾ける音が辺りに響く。


「はぁ〜」


リズが大きく息を吐いてからテーブルに突っ伏す、俺もレイナも何も喋らない。


そんな俺にスゥニィが空になったコップを差し出しながら口を開く。


「どうした?」


「はぁ、何だか話が壮大過ぎて」


俺の言葉にスゥニィが軽く笑い、俺の変わりに立ち上がったレイナにコップを渡す。


「森人に伝わる伝承だな、まぁ話半分で聞いておけ。この話では人族はどういう風にこの世界に現れたのかも言われてないしな、お前の世界の様に科学的に検証を繰り返した訳でも無い。さぁ、私は話したぞ、次はお前の世界の話だ」


スゥニィが待ってましたとばかりに顔を輝かせる、何だかリストルからこっち、スゥニィもリズも地が出てるというか、グイグイ来るんだよな、リズはラシェリと戦って吹っ切れたからだとは思うがスゥニィは何故だろう、あの時は酔っていたのかもと考えたのだけど…。


それからレイナの入れてくれた珈琲を飲みながら話をし、漸くスゥニィから解放された俺は、今日の夜番のリズとスゥニィを残し、テオとセオの眠る馬車の荷台に戻った。

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