第51話 閑話セオ
「セオ、ごめんね、もうこれ以上は村がもたないの、貴方達の二十年、それで村が救われるの」
「すまんセオ、二年前の不作さえ無ければこんな事にはならなかったんだが。村の為に、お前とテオには悪いと思うが我慢して欲しい」
脳裏に両親の顔が過る。
「おっ、お前なかなか可愛いな、もう少し大きかったら俺が買っても良かったかな」
いやらしい男の視線を思い出す。
「見て見て、獣人よ」「あれは首輪はしてないが奴隷だな」「へへっ、見ろよ、ありゃ数年もしたら良い女になるぜ」
耳に町での会話が谺する。
私はなんで走っているんだろう、必死になって逃げた先に何かあるの?
テオに手を引かれながら森を走る、後ろからは大きな蜘蛛の魔物が追いかけてくる。
道を探す余裕なんてない、適当に逃げているのでどこに逃げているのかもわからない。
魔物から逃げても子供二人で当てなんてない、二ヶ月以上の旅で私の心は磨り減った、もう、疲れたな、魔物に食べられる方が楽かな。
そう考えていると私達の前に黒髪の男の人が現れた。
「逃げてっ」
テオが叫ぶ、私は男の人に目を取られた隙に木の根に足を取られて転んでしまった、魔物が私に覆い被さるようになる、死んでもいい、死んだほうが楽だ、そう思う頭とは裏腹に声が出る。
「いやっ」
目を瞑り声が出る。
少しして体が優しく持ち上がる。
「大丈夫だった?」
その声に目を開け、魔物はどうなったのかと辺りを見ると胴から二つに別れていた、それを見て声をかけた男の人に頷く。
私達はそのまま男の人に連れられて森を出る、その間ずっと抱き抱えられたままだった、降ろして欲しいけど人間の、男の人だと思うと体が強張って上手く喋れない、テオは兄ちゃん兄ちゃんと騒いでいるので頼っても無駄だろう。
森を抜けると三人の女の人が待っていた、女の人だと少し安心する。
男の人が森での事を説明して自己紹介をする。
「俺はトーマ、君達の名前を教えてくれる?」
「テオだ、兄ちゃんさっきはありがとな!格好よかったぜ」
「セオ、です。さっきは、ありがとうございました」
女の人達も自己紹介をする、元気な女の人がリズ、綺麗な人はスゥニィ、森人らしい、初めて見た。
そして少し年上の、レイナと名乗った女性が治癒魔法で私達の傷を治してくれた、治癒魔法も初めて見たな、この人達は何者なんだろうか。
疑問に思うワタシを他所に食事の準備を始め、椅子に座らせるとスープを入れてテオと私に手渡してくれる。
人間なのに一緒に食べるのかと戸惑っていたら森人の人がお前らの分だと言う、森人の人がこの中で一番偉そうだし仕切ってるのかな、言われた私は恐る恐る食べる、凄い美味しかった、こんなの村でも食べた事がない、何回もお代わりをするテオの無神経さを分けて欲しかったけど、まだこの人達が何者かわからないので我慢する。
食事を終えて、詳しい話を聞かせてという男の人に、父さんに教えられた事をテオが嬉しそうに話す、嘘なのに。
「そっか、その歳で違う国に出稼ぎって二人は偉いな」
テオの話を信じた男の人が笑顔で言う、違う!そんなんじゃない!私は首を振る、すると男の人がどうしたんだと聞いてくる、男の人の顔を見る、テオの話を信じきってるみたいだ、私は後で知られるくらいならと、下を向いて話す。
「私達は売られたんです」
その言葉に男の人が戸惑い、リズとレイナと名乗った二人を見るが二人が困った顔をする、あぁ、この人達は他の人間とは違うようだ、他の人間と違う反応が再び私の心を抉る。
「奴隷として買われたんだな、獣人界は気候が厳しく貧しい村が多いからな」
森人の人がそう言うと、男の人が私達の服や体を見る。
「……奴隷」
男の人が呟いて、可哀想な人を見るような、困ったような、複雑な顔をする。
奴隷と聞いて何を思ったのか、それを考えるだけで私の心が磨り減る、私は思わず目を伏せた。
「お前の故郷では今は奴隷は扱っていないと言ってたな、平地の東側ではあまり見ないが他所では普通だ、そう認識しておけ」
森人の人が、奴隷と聞いて困っている男の人に声をかける。
「お前らを買った奴はどうなった?」
森人の人が聞いてくる、この人は感情をあまり交えずに話すので助かるな。
「護衛の人と一緒に馬車を離れて逃げようとした所を魔物に襲われてました、その隙に私達は森に逃げたので」
「そうか、お前達はまだ首輪も無いし仮登録か、子供だと思って割と自由にさせていたんだろう。契約書もお前らを運んでいた奴が持っていたはずだ、お前らはこれからどうするんだ?ジーヴルならもう少し南だが子供二人で行ける距離ではないぞ」
この人は色々と奴隷の扱いもわかっていそうだ、近くの町まで連れていってくれないか聞いてみよう。
そう思った時にテオが噛みついてきた。
「セオ!売られたってなんだよ、奴隷なんて聞いてないぞ」
私は騙されていたテオに事実を話す。
「ここ二年の不作でどうしようもないって母さんに言われたの、二十年の契約だって言ってた。私は覚悟が必要だからって母さんに話を聞かされたけどテオに話すと騒ぐからって、テオもそのうち気付くだろうって言ってた」
テオは二ヶ月以上も旅してても気付かなかったけどね。
そして村を出てからの旅の内容を話し、テオに分かりやすいよう教える。
「この人達、さっき私達と一緒に同じご飯を食べたでしょ?人族と獣人だからって食べる物は変わらないし時間をずらしたりもしないんだよ」
「嘘だ!だって父ちゃんが雇い主の所に行ったら良い物も食えるし、良い家にも住めるから寒くないって言ってたぞ!」
テオはまだ理解出来ないようだ、違う、理解したくないんだ。
獣人は仲間意識が強いと言われている、だから信じたくないんだろう、でもあの人達は私達を売ったんだよ?不作のせい、村の為、そう言ってとても苦しそうな顔で、それでも私達を売った、どうせ売るなら森人の人みたいに感情を交えずに売って欲しかったな。
「取り敢えず片付けをして馬車が襲われた場所に行くぞ、二人を運んでいた奴らも生きてるかもしれんしな」
私が村の事を思い出していると森人の人が微妙になった空気を割って話す。
そして私達は魔物に襲われた場所に着く、どうやら冒険者や私達を買った人はそのまま魔物に殺されたようだ、魔物も既にいなくなっていた。
「さて、お前らを買った奴は死んで契約書もここにある。契約書を燃やしてもいいし、予定通り契約書を持ってジーヴルに行くのもいい」
契約書、あんな紙切れ一枚で私達の生き方が決まるんだな、契約書を眺めているとテオが小さく呟く。
「村に……帰りたい」
ふふっ、テオは村に帰ってどうしたいんだろう、あの人達は今頃私達を売ったお金で美味しいご飯でも食べているのかな。
「私達は売られたんだからもう村には帰れないよ、それでもテオは帰りたいの?私は帰らない、絶対に」
そう言われたテオは顔を歪めると涙を流してシクシクと泣き出した、テオはまだ、人を信じているんだな。
「先に言っておくが近くの町まではつれて行ってもいいが流石に獣人界までは無理だぞ、馬車にあった金貨はお前らにやるから近くの町で考えたらどうだ?」
森人の人が話す、奴隷を無償で町まで連れていってくれる、しかも金貨をあげる?
森人は森人以外とあまり関わらないって聞いたし、人間と違って奴隷にもお金にも興味が無いんだ。
他の二人の女の人も何も言わない、奴隷なんかに金貨を渡しても本当にいいのかな?
私がこれから先、なんとかなるかもしれないと思い始めた時に気付く、男の人が苦しそうに私を見ていた、なんで?なんでそんな顔をするの?森人の人は最大限に私達の事を考えてくれている、それでも納得してない顔だ、私は訳がわからない。
そして男の人が森人の人に向けて口を開こうとした、その瞬間、森人の人から強烈な怒気が溢れ出る。
男の人は固まってしまい、リズとレイナと名乗った二人は冷や汗を流して苦しそうにしている。
村で、考え無しのテオと呼ばれていた怖いもの知らずのテオが尻餅をついている。
私は顔と体が強張り、身動き一つ取れない、怖い、森人の人の顔が見れない。
森人の人は男の人に向き直り、無機質な声を出す。
「お前らは今、私から護衛の依頼を受けている。そしてお前は兎の前足のリーダーだな?それを踏まえて聞こうか、何か言いたい事があるのか?」
私は何とか目を動かし男の人を見る、凄く苦しそうだ、こんな、こんな強烈な怒気を直接ぶつけられているんだ、立ってるだけで凄いと思う。
それでも男の人は何かに抗う様に、体に力を込めて喋り出した。
「俺は、ラザに来て、残りの人生を楽しく生きると決めました。ラザの町で、知り合いに挨拶をする時、依頼を達成してギルドに報告する時、依頼人に会う時」
「その時の笑顔が、好きでした。その時に、生きていて楽しいと、思えました」
男の人は辿々しく話す、さっきまでの私なら、幸せそうな人だなと思っただろう言葉を。
「だから、俺は、俺の周りの人に、笑っていて欲しい、俺の楽しみには、それが必要です」
「セオの顔、俺がラザに来る前、その時と同じで、生きていない、諦めてる顔です」
「それに、兎の前足、この名前をレイナが、気に入ってくれたんです。兎の足は、幸せを運ぶんです、このまま、テオとセオと、別れたら、名前を変えないと、いけません」
男の人の話す理由はとても納得出来る物じゃなかった、十歳の私でもわかる幼稚な理由だ。
でも、この怒気に立ち向かって話す男の人の姿が本気だと教えてくれる。
森人の人と男の人が暫く睨み合うような形になったがふっと怒気が霧散し、森人の人が笑い出した。
「ふふっ、そうか、お前の楽しみの為にか。ただ甘い事を考えているだけだと思ったんだが自分の為か。確か私もお前に楽しめと言ったな、それならしょうがないか」
森人の人が急に笑い出す、本当におかしそうに。
「そうです、兎の前足はとても良い名前です。だからしょうがないんです」
いつの間にか来ていたレイナと名乗った人が、苦笑いしながら言う。
そしてリズと名乗った人も苦笑いをして肩を竦める。
「私もスゥニィさんと一緒で甘く考えてると思ってたけどトーマが楽しく生きるためって言われたらしょうがないね、宿で責任持って私達を守る変わりにトーマが人生を楽しむのに協力するって約束したしね。それに出来る姉としては弟と妹の我が儘は聞いてあげなきゃ」
え?なんで?急に雰囲気が明るくなった、話の方向がみえない。
「二人ともごめん、ありがとう」
「ほらほら、私達に謝る前にまずはテオとセオに話をしないと。私達だけで勝手に話を進めても意味無いでしょ」
リズと名乗った人に言われて男の人が、森人の人に謝りながら近寄ってくる。
「二人とも、勝手に話を進めてごめんな。だけど良かったら考えが纏まるまででもいいから俺達と旅をしないか?」
テオは男の人に返事をしようと口を開くが、また俯いて、でもと呟いて私をみる。
私はテオに見られながら考える、この人のさっきの言葉は間違いなく本気だった、そして、自分と私を同じだと言った、この人も、一度全てを諦めて、死んでもいいと思ったことがあるのだろうか?
私は男の人の目を真っ直ぐ見て問い掛ける。
「どうして、ですか?」
男の人は一度、女の人達を見て、それから私に向き直り喋り出す。
「どうして、か。俺も三ヶ月前までは今のセオと同じで色々と諦めてたんだ。でも今は変わった、楽しく生きてる。テオとセオの笑顔を見たら俺はもっと楽しくなる、だからかな」
テオの笑顔は助けた時に見たけどセオの笑顔はまだ見てないからね、そう笑いながら言ってくる。
笑顔、村を出てから笑った事なんてなかったな、この人達と一緒にいたら、私はまた人を信じる事が出来るかな、そう思うとあの人達の顔が思い浮かぶ。
お母さん達も、本気で苦しかったし、本気で悲しかっただろうか、私には考えてもわからない、だけど、この人達についていく為に一つだけ決意をする、お母さん、私は村を捨てます。
そう決意すると村を出てからも出なかった涙が出てきた、私は涙を流しながら小さくお願いしますと呟く。
隣でそれを聞いた考え無しのテオの顔が明るくなる、いいのか、兄ちゃん達と一緒でいいのかと繰り返す、泣いたのが恥ずかしくて、泣いたのを誤魔化す為にうるさいと怒鳴ってやった。
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