第49話 花の町 リストル

「兄ちゃん!兄ちゃん起きて!」



元気な声にゆっくりと意識が覚醒する、目を開けると茶色い瞳が俺を見ていた。


「あぁ、おはようテオ」


欠伸をしながら挨拶をして体を起こす。


「兄ちゃん、今日は昼から祝勝会をするんだって、だからそれまで修行して欲しいんだ」


え?あんな怪我をした次の日から?流石にそれはと断ろうとするがテオのキラキラした目を見ると断る事が出来ずにわかったと苦笑いで頷く。


「準備したらな、テオは朝御飯は食べたのか?」


訪ねると食べてない、兄ちゃんを呼びに来たんだぞと言うのでテオを待たせて、顔を洗ったりと出掛ける準備をしてから二人で食堂に降りる。


「おはよう」「トーマさんおはようございます」「おはようございます」


既に六人掛けの席についていたリズとレイナ、セオが口々に挨拶をしてくるのでおはようと返す、大丈夫、普通に挨拶を返せた、そう思いながらテオと二人で席につく。


「今日は宿の人が戻ってきてるからね、トーマの分も注文しといたから」


そうリズが言ってくる、うんリズも普通だな、レイナは少し顔が赤いがそれはたまにある事だし、セオも一晩寝てすっかり良くなったようだ。


「おはよう、どうやらテオとセオも大丈夫だったようだな、レイナの治癒魔法か」


後ろから声を掛けられ、振り向くとスゥニィが入ってくる所だった、そのまま店員に注文をして俺達と同じテーブルにつく。


料理が来るまで色々と昨日の、俺達が帰ってからの話を聞き、そしてこれからの予定を話す。


「テオ、セオ、お前らはこれからどうしたい?」


スゥニィの問いに皆でスゥニィを見る。


「ここのギルド長がな、テオとセオの境遇と、昨日の行動を聞いて、二人の保護者として面倒を見てもいいと言ってるんだ。望むなら冒険者としても最大限の後押しをすると言っていたぞ?」


それを聞いて考え込む、ギルド長が保護者になり、後押しをするということはかなり恵まれているのではないだろうか?


俺達と旅をするということは危険もあるだろう、この世界の旅は魔物や盗賊、整備のされてない道や野宿など危険が溢れている。そう考えると悪い話ではないはずだ、約束も二人の考えが纏まるまで、そういう話だったからな、でも。


「俺は兄ちゃんと行くよ、リズ姉ちゃんもレイナ姉ちゃんも好きだしな、スゥニィさんも」


「私も、まだ、皆と一緒にいたいです、レイナさんから料理も習いたいので」


テオがあっけらかんと、セオが力強い顔でスゥニィに答える。


スゥニィはそれを見てそうかと優しく笑うと、わかった、ギルド長には私が断っておくと頷く。


「それにしても随分と懷かれたもんだな、またここのギルド長が項垂れそうだ」


スゥニィがそう言った時に丁度料理が運ばれて来たので皆で食事を済ませる。


食事を終えてスゥニィは再びギルドに戻って行った、リズとレイナ、セオの三人もこれから出掛けると言うので俺はテオの望み通りに修行をする事にする。


宿を出て、どこで修行をしようかと考えているとテオがこっちだよと俺の腕を引いて歩き出す。


どこに行くんだろうと思いながらも引かれるままについて行くと、少し開けた広場の様な場所に出る、そしてそこには八人の子供とアーバンが立っていた。


「よ、よお」


俺が少し警戒しながら広場まで行くとアーバンが声をかけてきた。


「どうも、何か用ですか?」


「け、敬語はやめてくれよ、あ、あのよ、ギルドと町で絡んで悪かった、いや、本当にすまなかった」


警戒しながら声をかけた俺にアーバンは照れくさそうに喋り、途中で真面目な顔になると姿勢を正して頭を下げた。


「ちょ、ちょっと、頭を上げてくださ、上げてくれ」


前と真逆の態度を取り、頭を下げるアーバン、そして頭を下げたまま喋り続ける。


「お前、トーマがギルド前で弟達を助けてくれたんだろ?それに南側の活躍も聞いたしキュクロプスやオーガを倒したのも聞いた、他の冒険者もトーマ達がいなかったら町は助からなかっただろうって言ってたんだ、そんな、町や弟の恩人に対して生意気言って悪かった」


頭を下げながら喋るアーバンに最初に会った時の様なヘラヘラとした感じはない、それほど真剣なんだろう。


「わかった、わかったから頭を上げてくれ」


俺はアーバンの肩を掴み、俺は全然気にしてないからと頭を上げさせる。


アーバンは頭を上げ、もう一度すまなかったと言って一人の子供を呼ぶ、呼ばれたのはギルド前にいた子供達の中で一番大きかった子だ、七歳くらいかな?


「話はコイツから聞いた、俺の弟のアシュだ、助けてくれて本当に感謝している」


再び頭を下げたアーバンと、同じ様に頭を下げたアシュに声をかける。


「謝罪と感謝は受け取ったよ、ただ、俺が間に合ったのはテオのおかげだから」


俺がテオの頭に手を置きながら言うと今度はアシュが喋る。


「うん、だから皆で宿に行ってテオ兄ちゃんにお礼を言ったんだ、そしたらテオ兄ちゃんが俺もまだ未熟だって、だから今から一緒に修行するんだ」


「シュギョー!シュギョー!」


アシュがそう言うと後ろにいた子供達も声を上げる、そうか、だからテオは俺をここに連れてきたのか。


その後は俺が魔力の流れを見ながら子供達に体の動かし方を教えていく、ついでに、テオの体術に驚いていたアーバンにもシュギョーをつけてやった、ある程度魔力の流れが悪い所を教えてやれば後は自分次第だ、頑張れば身体強化を覚える事も出来るだろう。


そして昼が近くなると祝勝会が始まるという事で子供達と別れて宿に戻る。


「テオは俺達と一緒に旅に出てもいいのか?皆がテオと楽しそうに修行してたじゃないか、セオは来れなくて残念だったけどセオも仲良くなったんだろ?」


歩きながら言った俺の言葉にテオは少し俯くが直ぐに顔を上げる。


「うん、チビ達とはまた町に来るって約束もしたし、何より俺は兄ちゃんに恩返しもしてないしな、兄ちゃんは俺とセオが一緒にいたら迷惑なのか?」


「そんな事無いさ、俺はテオとセオの事を弟と妹のように思ってるよ。兄弟がいたらこんな感じかなって、二人が毎日成長していくのが楽しいんだ」


俺とテオは笑顔を浮かべて宿に歩く、昨日までは気にならなかったがリストルの町はラザに比べて町の中に花が多い、道の側に、建物の周りに、赤やピンク、黄色などの色とりどりの花が植えられているのに気付く。


人気が無く、武装した冒険者しか歩いていなくて殺伐としていた雰囲気が消え、まだ少ないが笑顔になった住人が歩く、花に囲まれた素朴な町という雰囲気に変わっていた。


その景色を、テオと喋りながら歩く。





宿に戻ると、先に戻っていたリズ達の部屋に行き、着替えたらギルドに行く事を話す為に部屋をノックする。


するとリズが出てきて昨日別れた後に持ってきた袋を渡してくる、見ると服が入っていた。


「テオとセオの服がボロボロになっちゃったから昨日宿に戻る前にまた買ってきたんだ」


祝勝会は簡単な物で別に普段着でも構わないが、テオとセオは昨日ギルドの職員が着替えさせてくれた布の服だったので、どうせならと思って準備していたようだ、ついでに俺の服も買ってきたらしい。


俺はいつも布の服でその上から肩や胸、腰に簡単な革鎧を着けてるだけなので、たまには違う服も着ろと言われた。


そう言われては頷くしか無いので服を持って部屋に戻る、汗を流して袋から服を取り出す。


袋から服を取り出すと、初日に町で買ってテオが喜んでくれた服、布の素材をそのまま使ったフードのついた膝まで丈がある、生地が厚めの長袖のシャツと、黒色のゆったりとしたズボン、そして膝下まである革靴、同じ服が大小二着入っていた。


テオと二人で着替える、確かにゆったりした服とズボンは内部に余裕があるので体を動かしやすいな、ダンスをする人がダボッとした服を好んで着る理由がわかった、俺が着心地を確かめていると着替えを終えたテオが声をかけてくる。


「兄ちゃんお揃いだな」


嬉しそうにニコニコとしているテオに頷き一緒に宿を出る。




リズ達を待っている間にテオに子供達とギルドでどんな遊びをしたのか聞いたらじゃん拳やままごと、あや取りをして遊んだと言っていた、子供達の遊びは世界が変わっても変わらないなと思っていると宿から声がする。


「お待たせ~」


振り向くと何時もの服と違う三人が立っていた。


リズは白い生地に黄色の花柄がアレンジされた少しゆったりした長袖のシャツ、デニムに似た生地のワイドパンツ。


リズと同じシャツにピンクの花柄、青色のロングスカートのレイナ。


テオのシャツは赤の花柄で、赤色のロングスカートだ。


靴は足首より少し上まである焦げ茶色の革靴、皆いつもと違う服装なのでしばし見惚れてしまう。


「なぁなぁ兄ちゃん、皆いつもと全然違うな」


う、うん、そうだな、テオの言葉になんとか頷く。


「いつも布の服と革の鎧ばかりだし、たまに服を変えると新鮮な気持ちになるね」


リズが少し頬を染めながら笑顔で歩いてくる。


「せっかくなのでリストルの町に咲いている花がアレンジされたシャツを着てみました、リストルは花の町って言われているらしいですよ」


レイナが頬を染めてはにかみながら歩いてくる。


「‥‥‥‥」


セオが無言で頬を染めながら歩いてくる。


「三人とも凄い可愛いよ、普段と全然違ってびっくりした」


俺の言葉にリズとレイナが笑い、セオが俯いた。


それから五人でギルドに向かう、皆にも感謝を伝えて欲しいと言われていたのでアーバンとの事を話ながら歩いた。




ギルドに近づくと空間把握に沢山の反応と、肉の焼ける良い匂いがしてくる。


そしてギルドに続く道に出る、そこには沢山の住人、冒険者、ギルドの職員が道にテーブルを出して所狭しと座り、あちこちで肉を焼いている光景が広がっていた。


どこまで続いているのかわからない程の人並み、ギルドに避難していなかった住人も加わって五百人は越えているのではと思う。


人の熱気に圧倒されていると遠くから職員のレミーが走ってくる。


「皆さんようこそ、もう皆初めてますよ、案内するのでついてきて下さい」


俺達はレミーの後に大人しくついていく、人混みを掻き分け、冒険者達に声を掛けられながら歩いていく。


主役の到着だ、魔族殺しが来た、大魔法使い、神速の侍、小さな英雄等の声が聞こえる。


気になって後で聞いたのだが、この世界ではヒズールで、刀を持って貴族に使える人の事を侍と言うらしい。


レミーに連れられて行くと、ギルドの建物の前、会場の中心に連れてこられた。


「お、やっと来たか」


俺達を見てギルド長と町長が立ち上がる。


そして、すまんが直ぐに挨拶をしたいのでと言われ、促されるままに建物の前に作られている壇上の上に立たされる。


壇上に登るとスゥニィにレイとシェリー、オズウェンも反対側から登ってきた、総勢十一人が壇上に並ぶ。


「皆、楽しんでるか?」


ギルド長の言葉にあちこちから歓声が上がる、どうやらシェリーの風魔法で声を遠くまで届けているようだ。


「今回の大攻勢は皆の協力もあって何とか凌ぐ事が出来た、だから多いに楽しんでくれ、死んでいった冒険者達もそれを望み、そのために戦ったはずだ。俺は辛気臭いのが嫌いだからな、昨日までの暗い雰囲気をお前達の笑顔でこの町から追い出してくれ」


手を振って下がるギルド長に歓声が上がる、次はスゥニィだ、スゥニィが前に出ると一部から熱狂的とも言える程の歓声が上がる、見ると裏門でスゥニィと戦った冒険者達のようだ。


「私はラザの町でギルド長をしているが今回たまたま町にいたので協力した、私は森人で、三百年は生きている、だが六千の魔物の大攻勢などは今まで聞いた事が無い、それをリストルの町ははね除けたんだ、逃げなかった住人も、ギルドの職員も、冒険者達も皆、誇っていい、いや、犠牲になった冒険者の名前と共にどうか誇りに思ってくれ」


そう言って手を上げて下がるスゥニィにも大歓声が上がる。

そしてオズウェン、レイとシェリーが前に出る。


「俺達は冒険者達の纏め役として動いたが、正直六千と聞いて今回リストルの町と共に死ぬつもりだった、俺と同じ気持ちの人も少なく無かったと思う、だけど今、こうして皆で喜ぶ事が出来ている、ありがとう」


「冒険者ってのは結構自分勝手な奴が多いんだが今回は皆、不平不満も言わずに指示に従ってくれた、一人一人が町を守るという気持ちを持って戦ったおかげで旨い肉と酒が飲める、魔物を倒して旨い肉と酒を楽しむ、これぞ冒険者だよな」


「私達、女の冒険者は自分勝手な事なんてしないわよね?男は肉と酒があればいいけど私達は冒険者をしていても女だからね、花の町と呼ばれるリストルが無くなるなんて許せない、だから守れて良かったわ」


オズウェン、レイ、シェリーの順にしゃべる、この辺になってくると指笛や笑い声も聞こえてきた、そしてオズウェンが今回一番活躍したパーティーとして俺達を呼ぶ。


こ、この雰囲気で喋るのか…。


戸惑いながらも出ない訳にはいかずに皆で前に出る、すると空気が震える程の大歓声が起きる。


「こいつらがいたから町を守る事が出来た、冒険者パーティー、兎の前足だ。惜しいことにラザの町専属だが、今回はたまたまスゥニィさんと一緒にこの町に訪れていたんだ」


そう言って紹介され、目で促されて一歩前に出る、五百人を越える人の視線が集中する、俺が何を喋るかと待っている。

緊張で喉が乾く、足が震える、だがここまで来て喋らないというのも通用しないだろう、喉を鳴らし、覚悟を決めて喋り始める。


「えっと、ご紹介に預かりました兎の前足のリーダー、銀上級冒険者をさせてもらっている、トーマと申します」


おいおい、ちょっと固いぞと声が上がる、そ、そうか、苦笑いをして手を上げる。


「俺は大攻勢に遭遇するのが初めてで、最初はあまりピンと来てませんでした、それで、途中で六千と聞いて少しビビりました、でもメンバーのリズ、レイナが俺を支えてくれて何とか戦う事が出来ました」


そう言ってリズとレイナを呼ぶと二人に対しての歓声が上がる、南側と正門で戦った冒険者達は立ち上がって大歓声だ。


「その後、町の中に煙が見えたので町に向かい、そこで町を襲った人間と戦いました、その時、俺が間に合ったのは犠牲になった冒険者と、ギルドにいたテオとセオのおかげです」


リズとレイナがテオとセオの手を引いて前に呼ぶ、今度は子供達と町の住人、ギルドの職員から大歓声が起きる。


「今日、町を歩いて、昨日までは気付かなかった、花が沢山植えられているのに気付きました、綺麗な町ですね」


あ、あれ?俺は何を言っているのだろう?何が言いたいのかよくわからなくなってきた。


「大攻勢の兆候が出てギルドの職員が色々と走り回って、 大攻勢が起きて冒険者達が戦って、大攻勢が終わって町の住人が後片付けをして、それで今日、俺はリストルの綺麗な町並みに気付く事が出来ました、それを見れただけでもこの町の為に戦ってよかったと思います」


俺が頭を下げるとリズ達も頭を下げた、そして大歓声が起きる、なんかよくわからない挨拶だったけどこれでいいのか?いいのか、こういうのは雰囲気だからな、そもそもぼっちだった俺にまともな挨拶を期待しないでくれって事だな、俺が混乱する頭で考えていると最後に町長が前に出る。


町長が深く頭を下げて喋り出す。


「今回、リストルの為に行動してくれた皆にただただ感謝をしたいと思う、町長なんてさせてもらっているが私も一人の人間だ、魔物の群れが恐ろしかったし死ぬのも怖かった、それ以上に親や、昔から町に住んでいた人が残してくれた、花の町リストルという名前が無くなるのが怖かった、だが六千の魔物を退ける事が出来た、これからも町の名前は残るだろう、そして、その名前を守ってくれた皆の名前も全て記録して、残していくつもりだ、死んでいった冒険者や今、目の前にいる人達が守ったこの町を、これからも全力を尽くして良くする事を誓う、皆、本当にありがとう」


町長が頭を下げると町中に響き渡る程の大歓声が起きる、そしてそれからはあちこちで宴会が始まった。


俺達も用意された席について料理を食べる、途中で色々な冒険者達が声をかけてきた、俺は冒険者達に促されて酒を飲む、酒を飲むのが初めてなので味はわからないが冷えていて結構美味しい。


俺が初めて飲む酒をグビグビと飲んでいると、テオとセオが子供達に連れられて遊びに行った、町の人やギルド職員に揉みくちゃにされている。


二人はすっかり人気者だな、あんな小さい体を張って町を守ったんだから当たり前か。


リズとレイナも冒険者に囲まれて話をしている、なんだか二人を見てデレデレしている冒険者がいるな、あれは敵か?敵だな。


俺が疾風迅雷を使おうとすると声をかけられた。


「よう、トーマ」


振り向くとレイとシェリー、オズウェンが立っていた。


「レイさん、シェリーさん、オズウェンさんも」


「今回はお前らのおかげで町を守れた、それに北側が危なかった時にレイとシェリーが来てくれてな、話を聞くとお前らの活躍であんなに早く駆け付ける事が出来たそうじゃないか、俺の命の恩人でもあるわけだ」


オズウェンさんは北側を指揮していたからな。


「そんな事無いです、なんだか皆からお礼を言われるんですが俺なんて大した人間じゃないですよ、なのに皆が俺を持ち上げるんですよね、リズやレイナの方がよっぽど凄いし、テオとセオの方が町の為に頑張ったのに」


酔っているのか?オズウェンがそう言う横でレイが喋る。


「お前達は明日には町を出るんだよな、俺達は暫くこの町でオズウェンと一緒に活動するつもりだ、かなりの冒険者がやられて下を育てないといけないしな」


今回の大攻勢とラシェリの襲撃で七十名程の冒険者が犠牲になったらしい、特に銀下級以下の冒険者が犠牲になったので下を育てないと何かと不味いことになると言う。


「リズちゃんとレイナちゃんの事、よろしく頼むわよ」


シェリーの言葉に強く頷く、二人は絶対に俺が守る、まずは悪い虫から。


そう思って二人を見ると今度は女の冒険者に囲まれていた、この世界の冒険者は比率的に六対四で女の方が少ない、リストルの町に今回集まった冒険者の中では更に少なく女の冒険者は四十人程だ、その中で活躍をしたリズとレイナから色々と話を聞いているようだ。


それを見て安心した俺は用意された席に戻り再び料理と酒を楽しむ、すると町長やギルド長と一緒にいたはずのスゥニィが来て俺の隣に座る。


「どうだ、楽しんでいるか?」


スゥニィに聞かれて酒の入ったグラスを掲げる。


「楽しんでますよ、お酒って初めて飲んだけど美味しいですね。スゥニィさんはどうですか?」


「楽しんでいるさ、私は異端な森人、だから酒や肉も大好きだ、里に戻ると当分は味わえないだろうからな、今の内にな」


ニヤッと笑いグラスを掲げる、それから二人で酒を飲みながら話をする。


「スゥニィさんはどのくらい里に?」


「さぁな、戻ってみないとわからん。少なくとも数年はかかるかもな」


酒を飲みながら町の人達の様子を見守るスゥニィ、その横顔は少し寂しそうに見える。


「スゥニィさん、何か悲しい事でもあったんですか?」


人形の様に整っている顔は、少しの変化で印象がかなり変わるな、そう考えていると思わず口に出してしまった。


「ん?あぁ、そんな顔をしていたか、それにしてもお前はよく気付くな、森人の表情は判りにくいと云われるんだがな」


そう言って酒を飲み、話をしてくれる。


「森人は寿命が長いからな、色々な感情が薄いんだ、掟が無いと何も出来ない程にな。だからこうやって一日一日を、其々が思い思いの感情で楽しむ人間が羨ましくてな、里に戻るとまた起伏の無い日々を過ごさないといけない、それが顔に出たのかもな」


森人としての日々に退屈さを感じ、里を飛び出したスゥニィにはこの町の、大攻勢に不安を感じ、必死になり、そして退けた後に思いきり喜ぶ姿に思う所があるのかもな。

俺が考え込んでいるとスゥニィが笑い出す。


「ふふっ、そんな顔をするな。戻ると言っても数年だ、森人にとってはあっという間だぞ、それにお前と会ってからは大分楽しい日々を過ごしたしな、お前の身の上に久し振りに驚き、お前の甘さに久し振りに呆れ、お前の我が儘に久し振りに怒り、お前の、言葉に対する想いを聞いて久し振りに嬉しかった、そしてお前の故郷の話だ、あれは楽しい、あれが聞けなくなるのが一番寂しいな」


そう明るく話すスゥニィは、それでも少し寂しそうだ、俺が上手く笑えないでいるとスゥニィが突然イタズラをする子供の様にニヤッと笑う。


「そんなに私の事が気になるか?なんなら私と結婚するか?」


俺は飲んでいた酒を吹き出しそうになり、慌てて口を抑える。


「急に何を言い出すんですか」


「なに、トーマが私を心配してくれているようだからな、結婚したら一緒にいられるしどうかと思っただけだ、それにお前といると毎日刺激を味わえそうだしな」


「それにしても順序ってもんがあるでしょう」


「トーマは私と結婚するのが嫌なのか?」


「嫌とかそういう事じゃなくてもう少し積み重ねとか、時間をかけてお互いの事をよく知ってからとか」


「そんなものは後でどうにでもなる、私はトーマに興味がある、トーマは私の事が気になる、それでいいじゃないか」


「本気ですか?」


「私はいつでも本気だぞ?それに今すぐという訳ではない、一度は里に戻らないとならないしな、お前達が旅をして、それでトーマが成長出来たと思ったら迎えに来てくれ」


どうやらスゥニィは本気の様だ、結婚ってこんなに簡単に決める事なのか?俺が戸惑っているとスゥニィが再び口を開く。


「お前は他の人間と違って森人では無くただのスゥニィフゥドとして見てくれるしな、私は森人とは結婚しないだろう、人間にも何度か求婚されたがその気にはならなかった、だがお前となら楽しい日々が過ごせそうだと思っただけだ、私の表情に気付いてくれるのもお前だけだ」


そう話す顔は酒のせいか少し赤く、照れている様に見えてとても人間味がある顔だった。

俺はその顔を見て思わず口を開く。


「わかりました、結婚とかはまだ考えられないけど、

旅をして成長出来たと実感した時には一度会いに行きます、必ず迎えに行きます」


力強く返事をするとスゥニィは嬉しそうな顔でありがとうと呟いた。


その顔は、一生忘れないと思える程に綺麗な顔で、暫く酒を飲むのも料理を楽しむのも忘れて見惚れてしまう程だった。




その後、リズとレイナが戻ってきたので少し早いが先に明日の事を話す。


「テオとセオも大丈夫な様だからね、明日の朝には町を発とうと思うけどどうかな?」


俺の言葉にリズとレイナ、スゥニィも頷く。


話は決まったのでスゥニィは町長達の席に戻って行った。


すっかり酔いの覚めた俺は再び飲み始める。


「トーマってそんなに酒飲めたっけ?」


「飲んだのは初めてだよ、でも少し気分が良くなるだけで大丈夫」


レイナも心配そうに話す。


「トーマさんがそんなにお酒を飲めるとは思いませんでした、タ、タインさんの様になるんですかね?」


怖いもの見たさという感じで言うレイナにリズが拳骨を落とす。


「またあんたは、トーマの事になると落ち着きを無くすのをやめなさい」


「だって、トーマさん、さっきスゥニィさんと良い雰囲気だったから、リストルに来る前も一度そういう事があったし」


重婚は良くてもスゥニィさんには敵う気がしない、そう呟くレイナを見ながら考える。


リストルに来る前?あぁ、精霊魔法を見せてもらった時か、そういえば魔族が精霊魔法に似た魔法を使うのを言ってなかったな、それにバラムは森人を敵だと言っていた、森人と魔族には何かありそうだな、里に着く前に聞かないとな。


さっきのスゥニィも綺麗だったけどこの姉妹も可愛いよなぁ、俺は姉妹の言い合いを眺めながら酒を楽しむ。


その後、挨拶をしに来た色々な人と上機嫌で話をしながら楽しい夜が更けていった。





翌朝、何故か気分が悪く、酷い吐き気がする、昨日はあんなに気分が良かったのにな、そう思いながらギルドに行き、カードを見せて報酬を受け取る。


ギルドに預けていた馬車を受け取って門に向かい、見送りに来ていた町の人やギルド職員、冒険者達に軽く挨拶をして馬車に乗り込む。

御者は少し経験のあったリズだ。


そして大勢の歓声に見送られながら花の町リストルを後にし、森人の里に向かい馬車を走らせた。

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