第47話 町の結末
「トーマさん、お姉ちゃん」
魔力を殆ど使いきり、膝をつく俺とリズに心配そうにレイナが声を掛ける。
「大丈夫、魔力が無くなっただけだよ。それよりラシェリに逃げられちゃったね」
リズが青白い顔に笑顔を浮かべて話す、笑顔も少しぎこちない。
「敵わなかったな、あれが金上級か」
ラシェリ、あれが金上級の冒険者か、今の全力を出して、二人がかりでも仕留めきれなかった、しかも手加減をされてだ。
ラシェリに本気を出させたと言っても避ける事だけ、攻撃は一度もしてこなかった。
「レイナ、肩を貸して、トーマ、ギルドに戻ろう」
ラシェリの去っていった方を見ながら考えているとリズが明るく声を掛けてくる。
「あ、あぁ、そうだね」
俺とリズはレイナの小さな肩を借りて建物に戻る。
建物に戻り寝かされているテオとセオの所に行く、血は止まり身体も綺麗になっているが骨が折れているのだろうテオの腫れ上がった左腕と、セオの千切れて先が欠けた耳を見ると怒りが込み上げる、ラシェリと、そして自分に。
「間に合ってよかった」
ポツリとリズが呟く、間に合った?横を見るとリズが涙目でテオとセオを見ている。
「生きてて本当に良かったです」
レイナも涙目で頷く、そうか、リズとレイナは大事な人を亡くしているから…。
この世界では命が軽い、俺も三十人の男をついさっき簡単に殺したばかりだ。
(結局世の中は力が全てですからね。ほら?どちらも正しいでしょう?)
「トーマ…兄ちゃん?」
俺がリズやレイナの涙、そしてラシェリの言葉を思い出して戸惑っていると低い場所から声がかかる。
声の方に顔を向けると大勢の子供と、その後ろに職員のレミーが立っていた。
「トーマさん、リズさん、レイナさん、本当にありがとうございます。三人が駆け付けてくれたおかげで住民は無事でした」
レミーが頭を下げる、銀下級以下の冒険者達の遺体を運んでいた他の人達も一様に頭を下げた。
「いえ、俺達が間に合ったのはギルドを守ってくれた冒険者、そしてテオとセオのおかげです」
「そうですね、でも、ありがとうございます」
レミーがもう一度深々と頭を下げると他の住人達からお礼の声が上がる。
「トーマ兄ちゃん、ありがとう。兄ちゃんの言ってた通り本当に強かった」
子供の中で一番大きな子がお礼を言うと子供達が全員で頭を下げる、強かった…か。
兄ちゃんってのはテオの事かな、テオとセオが守ると言って本当に守った子供達だ。
「でも俺達が間に合ったのはテオとセオが頑張ってくれたおかげだ、だから二人が起きたら二人にもありがとうって伝えてほしい」
俺の言葉に子供達は全員で頷く。
「勿論だよ!」「兄ちゃんと姉ちゃんが起きたら全員でお礼を云うんだ」「兄ちゃん、姉ちゃん、俺らの為に何度も、何度も立ち上がってた」「わたし、ふたりのかんびょーしてくる!」「セオ姉ちゃん帰る家無いんだって、家に来ないかな」
頭を下げていた子供達が二人の名前を聞いて口々に喋る。
「兎の前足の皆さん、ギルドを救ってくれてありがとうございます。私はリストルの副ギルド長のサイランです」
子供達に詰め寄られている俺達にそう言って副ギルド長のサイランが頭を下げてくる、その側で他の職員に連れられて子供達はギルドに戻っていった。
それからサイランは俺達に今の外の状況を伝えてくれる、話を聞くと北側の壁は冒険者の加勢によって盛り返し、裏門にも冒険者を送って暫くすると、魔物の群れが突然統率を失った様に半数が散り散りに逃げたようだ。
逃げなかった魔物の中に残っていた大物はオズウェンやスゥニィに倒され、今は乱れた魔物を追い払う様に冒険者が戦っているので余程の事が無い限り大丈夫だそうだ。
裏門には結局魔族は現れなかったようだな、町の様子をどこかから眺めていて諦めたのかもな。
冒険者達の遺体と、ラシェリに従っていた男達の遺体も全て道の側に並べ、外が落ち着いて冒険者達が戻ってくるのを待っている所らしい。
「まだ住居に隠れている賊がいるかもしれないので、外から冒険者が戻ったら職員と確認に行かせます。皆さんはこのままギルドに待機してもらえますか?」
サイランに言われて三人で頷く、テオとセオも、三階の職員休憩所からわざわざベッドを下ろしてきて一階に寝かせているらしい、二人もギルドと住人を救った、リストルの町にとって英雄ですと言ってくれた。
それから俺達は何か起きても直ぐに対応出来るようにギルド前に並んで座り三人で話をする。
そして俺は今回感じた事、胸に渦巻く感情を思わず吐露する。
「ねぇ、二人とも、強いってなんだろうな」
俺の突然の問いに二人が首を傾げる。
「今回色んな人にお前達のおかげだ、実力は金級だって言われたけどさ、ラシェリと会って強さっていうのがわからなくなったんだ」
「俺はテオとセオの姿を見て、感情に任せて三十人の人間を殺した、三十人の人間を殺しておいて、生きているテオとセオの、ボロボロの姿を見るだけでまだ怒りが湧くんだ」
「三十人の男達も、ラシェリに感情を操られていただけかもしれない、もしかしたら家族がいたかもしれない、それを俺は感情に任せて簡単に命を奪ったんだ」
「ラシェリが言ってた、男達と俺達には絶望的なまでに力の差があるって、実際そうだった、殺さなくても無力に出来る位の力の差があったんだ」
「俺は、力はついても、まだ自分の感情を抑えられないんだ」
俺は心の整理がつかず、思った事を思ったままに吐き出す。
今回俺が感情に飲まれたのは日本でのトラウマが原因なんかじゃない、ただ、ボロボロのテオとセオを見てその怒りを男達にぶつけただけだ。
「トーマさんはこの世界が嫌いですか?」
レイナの言葉に首を振る。
「トーマさんの今の話を聞いて、トーマさんがお人好しなんかじゃないってわかりました。トーマさんと私達では価値観が違うんです」
「今回、トーマさんの行動を聞いて、少なくともこの町にはトーマさんを批判する人は一人もいないと思います、だって、私達はただ襲ってきた魔物や人間を殺しただけです、その結果、町や住人が救われた、ただそれだけです」
レイナが前を向いたまま淡々と話す。
「もし私達が負けていたらどうなっていたとおもいますか?」
レイナの言葉に口ごもる。
「それは…」
「私達の村と同じ様に町が焼かれて人が沢山死んで、リストルの名前は無くなってるよね」
リズが俺を見ながら答える。
「この世界ではね、まず自分、それから近しい人、他人の事を考える余裕なんてないんだよ。トーマ、私達が来る前にラシェリに何か言われたの?」
リズの問いに悩みの原因になったラシェリの言葉を話す。
「結局世の中は力が全てって言葉を聞いて、感情のままに男達を殺した俺もラシェリと同じなのかなって」
「世の中力が全て、ですか。そうですね、そうだと思います、トーマさんが教えてくれた言葉に、生殺与奪、って言葉がありましたよね、この世界ではそれがピッタリなんです」
「ラシェリは力を使って町を守っていた冒険者を殺し生を奪いました、トーマさんも力を使って男達の生を奪いました」
レイナの言葉に体がビクッと強張る。
「でも、ラシェリはそこで終わり、奪って終わりなんです。トーマさんは、男達の生を奪いはしましたが、ラシェリが殺そうとした町の住人、ギルドの職員、テオとセオ、そしてテオとセオが守りたかった子供達を力を使って守り、生を与えたんです」
生を、与えた。
「トーマが悩んでいるのはあまりにも力の差がありすぎた事、それでやり過ぎたとおもってるんでしょ?ロビンズを殺した時はそんなに悩まなかったしね」
ロビンズを殺した時は仕方ない、殺すしかない、確かにそう思って割りきれたな。
そう考えてリズに頷く。
「それなのに今、殺す事に悩むのは力がついて、取れる手段が増えたからって事じゃないかな?」
取れる手段、か。
「トーマさんは子供だってセラさんもスゥニィさんも言ってたじゃないですか、だからこれからも力の使い方に悩んで、これからもっと生殺与奪を良い方向に使える様に成長しましょう」
「トーマさん考えすぎる時があるけど、それでも最初に会った時よりこの世界に順応していると思いますよ、それに町の人や職員、子供達の感謝の言葉は嘘じゃないです、トーマさんに感謝しているんですよ」
「トーマはウジウジし過ぎだよ、周りの人達に笑顔でいてほしいって言ったの忘れたの?トーマが笑顔じゃなきゃ周りの人も笑ってくれないよ?」
二人に言われ、町の人や職員、子供達に感謝された時の笑顔を思い出して少し気持ちが纏まる、心に渦巻いていた感情が落ち着いていく。
そして二人の言葉を頭で咀嚼する、すると二人が必死に励ましてくれていた事に気づき、急に恥ずかしくなる。
ヤバイ!日本の常識に引っ張られて、感情が落ち込んで、それを二人に慰めてもらう?
パーティーリーダーの俺が?
しかも、二人は村の、両親の、姉とその婚約者の仇を逃した直後だぞ?
それに気付くと恥ずかしくて顔が熱を感じる程に火照っていく。
「トーマ、顔が赤いけどどうしたの?」
リズに気付かれた!思わず顔を背ける。
「トーマさん、まだ魔力が回復してなくて体調が悪いんじゃ?熱があるかも」
レイナにも気付かれた!右も左も向けずにおろおろとし、そして溜め息を吐いて自分の情けなさや二人の気持ちを考えずに一人で落ち込んだ事を二人に謝る。
「なんだ、そんな事か。私達は、やっぱりラシェリは許せないけど、村の事はもう整理が出来てるからね」
「そうです、村や両親、あの時の私達に力が無かった結果ですから」
二人は俺の言葉を、本当に気にしてないという風に笑顔で返す。
その事に余計に恥ずかしさが込み上げる、実質俺は十七才、高校生が中学生と小学生に慰められている構図か。
いや、もう日本の常識を持ち込むのは止めよう。
そして早く二人に追い付けるように成長しないとな、奴隷、死生観、そして純粋な力、成長しないといけないことが山積みだ、俺が自分に足りない物を再認識していると空間把握に沢山の反応が出る。
中にスゥニィの反応もあるので外にいた冒険者達のようだ。
俺はリズとレイナに冒険者が戻ってきた事を伝え、職員にも伝えてギルドの前で出迎える。
「トーマ、リズ、レイナ、無事だったか。お前ら南側と正門でかなりの活躍をしたらしいな」
スゥニィが先頭で歩いてきて俺達に声をかける、後ろの冒険者達の表情が少し変だな。
恐れと尊敬が混じったような…。
「スゥニィさん、裏門と北側も無事だったんですね」
「まぁな、北側はかなり危なかったがレイとシェリーが冒険者を連れて加勢に来てくれて何とかなった、それを見て魔族も諦めたんだろう、洗脳が解けて群れが右往左往してからは楽な物だったよ」
やれやれと自分で肩を揉むスゥニィ、そして町の様子を聞いてきたので俺がギルドに着いてからの一連の流れを説明する。
「なるほど、ギルド内でたまに強い魔力の反応を感じる事があったが金上級のラシェリか。奴は今まで後ろ楯の貴族の力が強く、上手くやっていた様だが流石に今回の件で冒険者資格は剥奪になるだろう、詳しい話はギルド長が戻ってからまた聞かせてくれ、取り合えずギルドに戻ろうか、お前達三人に確認したい事もある」
ついてこいというスゥニィの後を歩き俺達三人はギルドに戻る、スゥニィの後ろにいた冒険者達から視線が突き刺さって来るんだが気のせいかな…。
ギルドに入るとそこかしこで涙を流して喜ぶ住人達がいた、職員から町はもう大丈夫だと話があったのだろう。
俺達は子供達に囲まれているテオとセオの寝顔を見る、荒かった息が今は穏やかになっていた。
それを見て子供達に二人をお願いなと言ってギルドの三階に上がり、ギルド長の部屋に入る。
スゥニィが勝手知ったるといった感じで珈琲を淹れながら俺達にソファに座る様に促す。
三人でソファに座ると、スゥニィが人数分の珈琲をテーブルに置いてくれたので礼を言って話を待つ。
「お前達に確認したいのは、お前ら金級に上がる気はあるかということだ」
そう言ってスゥニィは珈琲を飲む。
金級、やっぱりこの話が来たか、正直今回でかなり目立ってしまったので今更大人しくも何も無いから上がっても問題は無いんだよな。
「私も、ですか?」
もし上がるなら銀上級の俺とリズは一段階上がるだけだが銀下級のレイナは二段階上がる事になる、その事を気にしているのかレイナがスゥニィに確認を取る。
「当然だな、というかギルド長はまず金下級に上げ、一度依頼と試験を受けてくれたら直ぐに金上級に上げてもいいんじゃないかと言っていたぞ」
「えっ?」
スゥニィの言葉に何か考えていたリズが驚きの声を挙げる。
「お前らはそれだけの活躍をしたという事だ、千の魔物を無傷で倒し、キュクロプスやオーガも倒して二千の魔物を退ける中心的な活躍をしたんだからまぁ当然だな。そしてギルドを襲った金上級の冒険者までも退けた、この話を聞けばギルド長は尚更お前達を金級に上げようとするだろうな」
金上級、それは流石に早すぎる、その前に金下級になるのも…。
「俺はこのままで」「私は遠慮します」「私にはまだ早いです」
三人が口々に声を出す、それを聞いてスゥニィはニヤッと笑いながら嬉しそうに聞き直す。
「ふふっ、一斉に喋らないでくれ。一人ずつ理由も聞こうか、まずはトーマからだ」
理由もと言われ自分の考えを話す。
「俺はまだまだ経験が足りません、力の使い方にもまだ悩んでいるのに階級が上がっても意味があるとは思えません」
俺の言葉に頷くスゥニィ、そして珈琲を飲みながら目線でリズを促す。
「私も、経験が足りないと思います。オーガは魔法に弱く、魔法で弱らせてから倒す、そんな事もわからなかった私達が上がるにはまだ早いです」
スゥニィはリズが部屋に入った時に入り口に立て掛けていた刀に視線を送り、次いでレイナを見る。
「私も、初めて町から出る依頼を受けて、直ぐに金級になっても良いことがあるとは思えません。もう少し世界を回って、それから三人で考えられたらいいなと思います」
俺達の言葉を聞いて優しく微笑むスゥニィ。
「お前らの考えはわかった、私からギルド長には伝えておこう、ただ、レイナを銀上級に上げるのは構わんな?」
スゥニィの言葉に三人で頷く。
珈琲を飲み干したスゥニィが三人を見回して喋り出す。
「ふふっ、人の成長は早いもんだな。お前らがここで金級に上がると言っていたら考え直す様に言うつもりだったが…、トーマの国の言葉では可愛い子には旅をさせよ、だったか?」
再びニヤッと笑いながら聞いてくるスゥニィに曖昧に頷く、するとお前の国の言葉は面白い、もっと聞かせろと言うスゥニィに、四人で日本の話をするのも久し振りだなと思いながら、ギルド長達が戻るまで日本の諺を説明し続けた。
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