第46話 決着
「トーマ、少し落ち着いて」
「トーマさん、顔が、目があの時のラフさんと同じになってます」
リズとレイナの言葉に頭から何かが抜けるような感覚と共に少し冷静になる。
冷静になる?俺はずっと冷静だったはずだ。
俺はラシェリを見る。
「何か、したのか?」
俺の言葉にラシェリは薄笑いを崩さず答える、何故かさっきまで癪に障ると思っていた顔が今は不気味に見えた。
「ふふふ、残念。もう少しで汚染出来そうだったんですがね」
笑うラシェリの言葉に鑑定で見たスキルを思い出す、精神汚染か!
「いつからだ?」
「おや?何の事です?」
精神汚染を、そう言いかけ、真眼がある事を知られない方が有利だと考え、思い止まり、深く深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「惚けるな、二人の声を聞いて頭から何かが抜けていった、魔力を使って俺に何かしただろう?」
「ほう、その感覚がわかるとは貴方は魔力の扱いが得意な様ですね、魔力操作のスキルも持ってますね?」
精神汚染、どうやら魔力を使って人の精神に何かをするスキルのようだな。
「いつから、ですか。貴方の怒りは貴方が感じた物、その怒りを会話で徐々に増幅させただけです、私は人間の欲望を操る事が出来るようなので。知っていますか?人間には二種類の怒り方があると言いましたが結局どちらも動きが単純になって限界を越えると殺しやすくなるんですよ」
「我を忘れても、冷静になったつもりでも一緒です、思考が憎い相手を殺す事だけに捕らわれて考えが狭まるからどちらも行動が単純になるんですよね」
確かに、俺もどんどん殺す事だけで頭が一杯になって、空間把握に捉えたはずのリズとレイナの魔力を認識出来なかったな。
「お前は、同じ人間同士でなんでこんな事をするんだ?」
俺はラシェリと喋りながらリズとレイナの側に退がり、二人と手を繋ぐ。
二人は何故今?と思ったのだろう、一瞬俺の顔を見るが俺の真剣な顔を見て強く握り返してくれた。
俺は頭の中でイメージを高める、イメージを高めて、そして掌に魔力を集める。
『リズ、レイナ、俺の声が聞こえるか?魔力で意思を伝えられないかとイメージして、今二人に俺の意思を魔力で送っている、もし伝わっているなら強く手を握ってくれ』
この世界では言葉に魔力を乗せて相手に意思を伝える、なら口から出さないでも直接魔力で伝える事が出来るはずだ。
「私は人間の絶望する顔が好きなんです、それに魔族に聞いたんですが闇魔法は魔族にしか使えないらしいんです、それが私には使えるんですよ、どうやら私は魔族の先祖返りのようですね」
ラシェリが話をしている間にリズとレイナが強く手を握る、意思は伝わったようだ、そう思い更に魔力を操る。
『二人とも、顔に出さずに、驚かずに聞いてくれ。いいか?』
二人が手に力を入れる。
『アイツはラシェリ、二人の村を襲った奴だ。どうやら変装が出来るようであの姿になっているけど鑑定でわかった』
俺がラシェリの情報を魔力にして二人に渡すと二人の手を握る力が強くなる、ラシェリ…リズがそう呟く。
「貴方の言葉、魔族の先祖返りや絶望する顔が好きって台詞は襲われた村で聞いたよ、貴方、金上級のラシェリじゃないの?」
リズの言葉にラシェリは感嘆の息を吐く。
「ほぅ、私と会って生き残った人がこんなところに?襲った村で私を見た人はなるべく皆殺しにするようにしているんですけどね」
ラシェリの体から黒い煙の様なものが立ち上ぼり姿が変わる。
銀色に光る軽鎧を身に纏い、顔に笑顔を張り付けた細身で長身の優男、透き通るような銀色の長髪に細い目、そして爬虫類の様に縦に細長い金色の双眸、肌は白いが確かに髪と瞳は魔族に似ている。
「そ、その姿…」
レイナが声を出す、レイナの手が小刻みに震え魔力が高まる。
家族や、家族になるはずだった人を殺され、村を焼かれた事を思い出したのだろう。
だがレイナの魔力はまだ半分も回復していない、それにテオとセオを少しでも回復させてあげないと。
『レイナ、テオとセオが酷い怪我をしているんだ。ラシェリが憎いのはわかるけど今は先にテオとセオを治してくれないか』
俺の魔力を受けてレイナが建物の方を見る。
「セオッ!テオッ!」
レイナが叫んで職員に手当てを受けている二人の元に駆け出す、リズが二人を見て、俺から手を離して背中に背負った刀を抜いて構える。
「貴方がテオとセオを」
ラシェリはリズの刀を興味深そうに見る。
「その剣は見覚えがありますね、確か、三年近く前に襲った村で戦った冒険者が…、あぁ思い出しました、あの時冒険者二人に連れられて村から逃げた女の子が二人いましたね」
それが貴方達ですか、ラシェリは思い出したのが嬉しいのか笑顔を浮かべながら話を続ける。
「あの時はいい具合に一人の青年が壊れてくれて楽しかったですねぇ、絶望に耐えきれずに壊れた人間の魔力は美しいんです」
遠い目をして懐かしむ様に口を動かすラシェリ、こんな奴が金上級として冒険者をしているのか、しかも闇魔法を使った変装、コイツは危険だ。
「あの村では大分満足出来ました、絶望した人間を見ると生きる力って言うんですか?活力が湧いてくるんですよね、ふふっ」
空間把握でリズとレイナの魔力が乱れるのがわかる。
「リズ!レイナ!」
俺が声を掛けると二人はハッとした顔をして、レイナはテオとセオの治療を、リズは再びラシェリを睨む。
「リズ、このままアイツの会話に付き合ったら駄目だ。テオとセオも心配だし早めに倒そう、先ずは邪魔な男達を」
俺の言葉にリズも頷く。
俺が怒りに任せて殺したのは十人、残っているのは二十人だ、コイツらは魔物と変わらない。
「ラ、ラシェリさん」「俺らはどうしたら」
俺とリズが戦闘体勢を取ると周りで固まっていた男達が口々に騒ぎ出す。
「今回はもう少しでしたね、大人を守ると言った子供、その勇敢な子供がボロボロになる姿を、後ろで守られている大人達にじっくり見せるというのは良い考えだと思ったんですがね。なかなか良い具合に絶望感があったんですが途中で邪魔が入りました、彼等は貴方達では相手が出来ませんね、残念ですが死んで下さい」
薄笑いを崩さず喋るラシェリに男達から悲鳴が上がる。
「やってらんねぇ」
一人の男が声を上げて逃げようとするが、それをラシェリが放った氷の礫が貫く、全身を貫かれた男はラシェリを見て苦悶の表情を浮かべながら何か言いたそうな顔で倒れる。
「ラシェリさん何を」
俺に炎魔法を放った男が仲間を殺したラシェリに叫ぶ。
「何故逃げるのです?貴方達の絶望でも私は構わないんです、だから彼等に、絶望的なまでの力の差がある彼等に殺されて下さい」
コイツ、コイツには仲間なんて一人もいないんだな、そうか…。
ラシェリの言葉に戸惑い、そして自棄になった男達が突っ込んで来る、見捨てられたのは可哀想だが後ろの住民を守らないといけないし、何よりまだ脳裏にはボロボロのテオとセオの姿がある、コイツらは絶対に許せない、ただ、苦しまない様に一撃で止めをさすだけだ。
「リズ、俺に任せてリズはラシェリの動きに注意しててくれ」
『疾風迅雷』
リズにラシェリを任せて呪文を唱え、男達を片付ける。
一人、二人、三人、胸を貫かれて男達が倒れていく。
「お、俺らは、なんで…こうなったのか…」
最後の、俺に炎魔法を放った男が呟きながら倒れる、コイツらもラシェリに精神を操られたのかもしれないな、倒れた男を見ながら考える。
パチパチパチ
手を叩く音が聞こえる、ラシェリだ。
「怒りはそのままに冷静に止めをさすとは、首を撥ね無かったのは住民に、喉を狙わなかったのは男達への配慮ですか?」
そうなのか?そうなのかもしれない、首を撥ねるのは残酷に見える、喉を貫かれるのは苦しそうだ、そう考えたのかもな。
結果は変わらないのにな。
「それは知らない、ただそうしたかっただけだ」
ラシェリに返事を返す、そしてラシェリには胸なんて狙わない、どこでもいい、取り合えず殺す、今殺さないと。
そう考えながら一度リズに視線を送り、ラシェリを睨むと一足に飛び込む。
至近距離からの疾風迅雷を纏った正拳をラシェリは首だけで避ける、後ろからの縮地を使ったリズの刀を飛び退いて避ける。
コイツ…まだ身体強化も使ってないぞ?
今の余裕を持った動き…そこまで力の差があるのか?背中に冷や汗が流れる。
「ふふっ、不思議そうな顔ですね。貴方達は確かに強いですよ、動きも早く攻撃も鋭い。ただ私はこれまで沢山の人間を殺して来ました、沢山の、沢山の人間をね」
「人を殺す時、相手の攻撃を受けきって見せると顔がどんどん絶望していくんですよね、絶望していく顔を間近で見るのが私の一番の楽しみです、それで沢山の人の動きを監察していたらいつの間にか人の考えや動きが多少読める様になったんです、貴方達は素直でわかりやすい」
ラシェリとは魔力強度は倍くらい違うが二人で、そして呪文でその差は埋められると思った、だけど経験の差が違うとここまで顕著に表れるのか。
いや、まだだ、俺とリズは再び飛び込む、拳、蹴り、手刀、振り下ろし、横凪ぎ、突き、ラシェリは身体強化を使わず薄笑いを浮かべながら俺とリズの攻撃の全てを躱す。
「ふふふ、貴方達は凄いですね。この年齢で既に金下級、それも上の方の実力がありますね。貴方達は本物ですね、紛い物のロビンズとは違います」
ラシェリの口から俺が殺したロビンズの名前が出る。
「なんでお前がロビンズを知っている?」
「ふふふ、ギルド職員に変装していた時に調べました。私が昔、試しに欲望を増大させた冒険者、後ろ楯の貴族を使って金級に上げた冒険者が確かそんな名前でした。貴方達に絡んだ後に森で死亡、あれ貴方達ですよね?」
あれもお前か!あの時レイナが危険な目にあったのはお前のせいか、コイツ、全部コイツが関わっているじゃないか、コイツはやっぱり危険だ。
「トーマ!」
リズの言葉にハッとする、また怒りに飲まれそうになった、コイツの言葉は危険すぎるな。
「貴方がロビンズ達をあんな風にしたのね、あんな実力で金級になれたのはおかしいと思ってたけどね、でもそのおかけで私達はスゥニィさんに会えた、その点は貴方に感謝しなきゃね」
リズが平然とロビンズ達の事を流す、どうやら俺よりリズの方が精神的に強いようだ。
「スゥニィフゥドさん、あの人は危険ですね。私でもあの人の考えは読めないし実力も底が見えない、あの人は相手にしたくないですね」
「なら何故それを魔族に教えなかった?お前が魔族の協力者で情報を渡していたならスゥニィさんの事も伝えられたはずだ、それなのに魔族はスゥニィさんがこの町にいる事を知らなかったぞ」
俺の言葉に不思議そうな顔をするラシェリ。
「スゥニィさんがこの町にいると知ったら魔族が大攻勢の標的を他の村に変えるかもしれないでしょう?せっかく大掛かりな計画を立てたなら最初は小さな村じゃなくて町でやりたいじゃないですか、魔物を集めた場所から一番近くて大きい町がここだったんです」
然も当然の様に話すラシェリ、コイツにとっては魔族も利用するだけの相手なんだろう、周り全てを利用して自分だけが楽しむ。
俺はリズの側にいき、手を握り魔力を込めながらラシェリに問いかける。
「楽しいか?」
「はい?」
俺の問い掛けに首を傾げるラシェリ。
「そんな生き方、周りを利用するだけの生き方は楽しいのか?」
ラシェリは俺の言葉に少し考え、そして笑顔で答える。
「えぇ、楽しいですよ?自分の好きな様に生きる、楽しいと思いませんか?」
俺はラシェリの答えに首を振る、一人ぼっちだった昔の俺ならラシェリの言葉に頷いていたかもしれない、だけど、リズ、レイナ、スゥニィ、テオとセオ、ラザの町やリストルの町で出会った人の事を思い出すとそれが楽しい生き方には思えない。
これ以上のラシェリとの会話は不毛だな、残る魔力を使い、持てる力を使ってラシェリを倒す。
「お前は全ての攻撃を受けきると言ったな?なら受けきってくれるか?」
「えぇ、その方が良い顔になりますからね。まだ何かあるのですか?」
ラシェリの言葉を受けて詠唱を唱える。
『
『
『
『
『【
先ずは詠唱を使い焔を身に纏う、この魔法は攻撃力は上がるが速さはそれほど上がらないので再び呪文を唱える。
『疾風迅雷』
速さと攻撃力を上げ、焔で刃を象りラシェリに仕掛ける。
ギィン!甲高い音が鳴り焔の刃とラシェリの剣がぶつかり合う、そしてすぐにラシェリの剣に焔が燃え移りそのままラシェリに向かって襲いかかる。
「くっ、ははっ、本当に凄い、貴方は色々ありますね」
ラシェリは剣を手放し後ろに退がり驚いた顔をする、その間も魔力はどんどん減るので構わず仕掛ける。
「フッ、シッ」
俺の攻撃を避けるラシェリだがリーチの伸びた攻撃に先程までの余裕は無い、そして拳を避けたラシェリに形を変えた焔が襲いかかりラシェリを捉える!
そう思った瞬間、ラシェリの動きが速くなって攻撃を避ける。
「ふふっ、今のは危なかった。貴方、トーマさんは本当に凄いですね、私も思わず本気になりました、特にその焔の変化は読めないので厄介ですね」
身体強化を使わせる事が出来た、魔力は残り少ないがここからが勝負だ。
リズに目で合図を送り、ラシェリに仕掛ける。
「ふっ、ふふっ、貴方は凄いですが経験が足りませんね。どうです?無駄だとわかってくれましたか?」
身体強化を使い、焔を纏う前と同じ様に上半身だけで余裕を持って避けるラシェリ。
まだ、まだだ、魔力の枯渇を近くに感じながらタイミングを待つ。
そして俺とラシェリ、リズが一直線になる。
『活性化』
俺は体を活性化して全ての能力を上げ、ラシェリの虚を突き屈んでラシェリを薙ぎ払うように足を振るう。
「まだ上がっ」
俺の速さが上がり、上半身に集中していた攻撃が下半身に来たことでラシェリは飛び上がって避ける。
『縮地』
そこにリズが縮地を使い、刀を振り下ろす。
「くっ」
ラシェリが空中で上半身を捻りなんとか刀を避けようとするが完全に避ける事は出来ずにリズの刀がラシェリの左腕を斬り飛ばす。
「がっ」
俺は左腕を斬り飛ばされバランスを崩したラシェリの胸に手刀を突き込む、だがラシェリはそれも避け、俺の手はラシェリの脇腹を抉る。
ラシェリは落ちた左腕を拾い直ぐに距離を取る。
「ふ、ふふっ、あっはっはっはっ、更に上があるとは思いませんでした、貴方達は本当に凄い」
笑い声を上げながら燃える脇腹と左腕の傷、左腕を氷魔法で凍らせるラシェリ。
仕留めきれなかった、俺はもう一度仕掛けようとするが魔力が足りなく頭がふらふらとしてきた。
リズも魔力が切れそうだ。
遂に魔法を維持出来ずに身に纏う焔が消える。
「貴方達も魔力が足りないようですね、今日は絶望を味わう事は出来ませんでしたが有意義な出会いがありました。貴方達三人、兎の前足、でしたね。覚えておきます」
ラシェリはそう言って俺達の後ろに目を向ける。
「トーマさん、お姉ちゃん」
レイナが魔力を高めて駆け寄ってくる。
「テオとセオは血も止まって大丈夫です、後は魔力が回復してから」
そう言ってレイナがラシェリを睨む。
「この体では三人は相手に出来ませんから今日は大人しく去ります、また会いましょうね、その時は貴方達の絶望する顔が楽しみです」
楽しみを見つけたという顔でラシェリがゆっくりと町の南側に歩いていく。
そうか、職員として情報を扱っていたから南側には既に魔物も冒険者もいないことを知っているのか。
「ま、まて」「ラシェリッ!」
俺とリズが叫ぶがラシェリは止まらず、背中を向けながら残った右腕を振ってラシェリは去っていった。
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